龍平会 その一
ルミは冷や汗が止まらなかった。
窓から差し込む陽の光で室内は和らく照らされているのに、室内の空気は全く明るくなかった。
隣に座る霧上とエリナがどうして落ち着いていられるのか、ルミは不思議でならなかった。
とあるビルの一室で、来客用らしきソファに座らせているルミ達の周りには、明らかに関わってはいけない感じの柄の悪い男達が休めの姿勢でズラリと待機していた。
彼等は休めの姿勢で壁際に並びながら、ヒソヒソと話をしていた。
「何や、何であんなガキ通したんや」
「兄貴の知り合いらしいわ……何や話あるちゅうて」
「ホンマか? 兄貴、惚れとる人居るんやなかったんか?」
「そういう知り合いやのうて……あの嬢ちゃん達、さっきダイキチのしたらしいからな。カタギやないと思うで」
「ダイキチあんなんにのされたんか!? 腑抜け過ぎちゃうか?」
男達は内緒話のつもりなのだうが、ルミには筒抜けだった。
壁に掛けられた『龍平会』と墨で書かれた額縁が、彼らの身分を示していた。
どうして、こんな所に来てしまったのか……ルミは自分達を呼び出した夜亟に文句を言いたくて仕方がなかったが、彼は後から来ると言っていたのに未だに姿を見せる気配はなかった。
遡ること一時間前、ルミ達は無事に京都へと到着した。
緋志の事が心配で落ち着かない様子を見せていたルミに、霧上が仮眠を勧めた為、疲れていたルミは意外とグッスリと眠ってしまい、彼女としては起きたら京都に着いていた、という感じだったが。
ルミの方はお陰で体調も良くなったのだが、逆に何故か霧上は神木町を出た時よりもグッタリしている様子だった。
ルミが心配そうに霧上の方を見ると、何故か彼女は顔を背けてしまう。
「あの、き、霧上さん大丈夫ですか?」
「………問題ない」
「でも……」
「大丈夫だ。それより、夜亟さんに連絡をしてくれ」
霧上が怒っている訳ではないようだと分かったルミは、言われた通り渡されていた名刺を見て夜亟に電話を掛け始めた。
霧上はようやくルミの視線から逃れられた事でホッとため息を吐いた。
別に彼女はルミに怒っていた訳ではない、そうではないのだが……単に気まずかったのだ。
新幹線の中で眠り始めたルミに、霧上はまるでそうなる運命だったかの様にガッチリとホールドされてしまったのだ。
そのまま、霧上は一時間以上ルミと密着状態を強いられ、彼女の意外な体付きやら耳元に掛かる吐息やらで散々精神に負荷がかけられてしまった。
起きる直前に彼女の方から離れてくれたので、そういう状況になった事はルミにはバレていないが、それが尚更、霧上の心を乱す要因になっていた。
彼女を助ける為に血を飲ませた一件以来、霧上はどうにもルミの事を意識してしまっていたのだ。
「(何であんなに寝相が悪いんだ……というか、吸血鬼は発育が遅いのでは無いのか? 何であそこまで差が……)」
恥ずかしいやら、恨めしいやら、グルグルと渦巻く感情に整理をつけようと霧上が四苦八苦していると、電話が繋がったらしくルミが霧上達の方を見ながら話し始めた。
「あ、朝早くに申し訳ありません……く、紅道瑠魅です……ハイ、ハイ……その、お話したい事があって……」
三十分後、ルミ達の待つ駅前のコーヒーショップに息を切らせながら夜亟が飛び込んで来た。
店員と客の視線が一斉に注がれたが、全く気にすることなく夜亟はルミ達の元へと一直線に走って来た。
「お待たせしました!! 詳しい話を聞かせて下さい!!」
正直、予想以上の熱の入り方に霧上とルミは若干引いてしまったがエリナは特に気にした様子もなく彼に椅子を勧めた。
それで少しは落ち着いたのか夜亟は息を整えると再び口を開いた。
「いや、失礼しました……取り乱してしまって」
「い、いえ……でも、夜亟さんが京都にいらっしゃるとは思わなかったです」
「ええ、少し仕事で用がありまして……それよりも、早速ですが詳しい話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか!」
仕事はどうした、と突っ込みたくなったが、彼がやる気になってくれているのはルミ達としては有難いので促されるままに、一番事情を知っていてかつ冷静に話せる霧上が三人を代表して話を始めた。
店員のオーダーすら無視して話に聞き入っていた夜亟だったが、話を聞き終えると即座に言った。
「そういう事でしたら自分に協力させて下さい。人命に関わる事ですし、丁度気になる案件がありますので」
彼の言葉にルミ達は期待をせずにはいられなかった。
少しでも力を貸してもらえればラッキー位に思っていたので、情報まで手に入るのは嬉しい誤算だった。
彼曰くどうも最近、対魔課が怪しいとマークしていた人物達が京都へと集まっているというのだ。
マークしていた、という曖昧過ぎる表現にルミは首を傾げたが、疑問はすぐに解消された。
何でもその人物達は、存在が噂されている大規模な魔術テロ組織の一員ではないかと疑われているというのだ。
「テロ組織……ですか……?」
ルミは本や映画の中で出てくる様な存在しか知らなかったが、それが破壊活動を行う集団だという事は何となく理解していた。
彼女の確認に夜亟は頷きながら声を潜めて言った。
「まだ、確証が無いのでこれは聞かなかった話にして頂きたいのですが……何でも近年、いわゆる『教会』の中でも過激な思想……魔族、異端を徹底的に排除しようとする信者で結成された『新十字軍』なる組織が規模を広げているらしく……」
「そいつ等が京都に潜伏しているとして、それが所長の失踪とどう繋がるのですか?」
霧上の問いに夜亟は困った様な表現でこう返答した。
「ええと、これも確証がある訳ではないのですが……紅道さん、リデラを覚えてらっしゃいますよね?」
「は、はい……」
忘れられる筈もなかった。
ルミにとっては、自分の命を明確に狙われた初めての経験だったのだから。
「彼の不正入国を手助けしていた人物を調べていた所、先ほどお話した怪しい経歴の持ち主達も同様に日本に入り込んでいた事が分かりまして……」
そこまで夜亟の話を聞いて、霧上はピンときた。
リデラについては緋志達から話に聞いていただけだが、要するにルミを狙っていた人物だという事は分かっていた。
そして、彼が何らかの信仰心を持って動いていたということも。
「つまり、リデラは『新十字軍』の一員だった可能性が高い?」
「ええ。加えて先ほどの紅道さん達からのお話から推測するに、今回ルミさんの命を狙っている相手は自分達の招待を隠し、かつ麗子さんという存在が目的を達成する為の障害になると踏み、彼女を京都に呼び出した可能性が高い……」
夜亟は彼女が事故に遭ったかもしれないという可能性を既に潰していた。
飛行機の事故は確認されておらず、先ほど京都府警に問い合せた所、麗子に該当する様な人物の事故は確認されなかった。
状況証拠しかないものの、彼女はルミを狙って剛司に依頼を行った人物に誘い出されたと見て間違いなかった。
何故、わざわざそんな手間を掛けたのかは分からなかったが、麗子の事をそれだけ危険視している、もしくは依頼主が麗子に何かしらの遺恨を持っていた為タイミング的に都合が良かった、と考えれば不自然でもなかった。
「となると、今回の依頼主が『新十字軍』の誰かであり、同時に麗子さんを呼び出したのも同一人物である、という線は濃厚です」
彼の手際の良さにルミ達は思わず感嘆の眼差しを向けた。
ルミと霧上は麗子から散々な評価を聞かされていたが、夜亟が優秀な人物であるという事は最早疑いようもなかった。
とはいえ、時間が無いため霧上はすぐさま次の質問に移った。
「その、『新十字軍』の拠点等は分かっていますか?」
「それを調べる為に自分もこちらに来ていたのですが……なにぶん、人手不足が深刻でしてね。今からある組織の協力を得るために上司と落ち合う事になっていまして……」
夜亟は迷っていた。
いくら、一般人とは言い切れないとはいえ、ルミ達はあくまで民間人である。
彼女達が逼迫した状況なのは理解していたが、これ以上首を突っ込ませるのはどうなのか、と彼が僅かに残された良心の呵責に苛まれていると、ルミが意を決して言った。
「あの、私達も夜亟さんに同行させて頂く事は出来ませんか? 私は、足でまといになってしまうかもしれませんけど……あ、霧上さんとエリナさんは……」
「私も勿論そう言うつもりだったが?」
「無論、異議ありません。私も余り戦力にはならないかと思いますが」
彼女達が口々にそういうのを聞いた夜亟は、数秒間考え込んだものの、最終的に彼女達の同行を快諾した。
彼としては寧ろ危険な事に巻き込んで申し訳ないという感じだったが、手慣れている者が力を貸してくれるのは彼としても願ったり叶ったりだった。
ルミは自身が無さそうだったが、身体能力だけ見ても普通の人間で彼女にかなう存在はそうそう居ない上に、霧上は元対魔師で、二人共麗子の元で雑用をこなしているのだ。
戦力てしては充分だった。
実の所、夜亟は相手の拠点については目星がついていた。
ただ上司からそこを調べに行く許可が貰えるかが微妙な所だった。
「(拠点を見つけたとして戦闘は避けられない……時間も無い……やはり、ここは説得と戦力確保を同時にしましょうかね)」
夜亟はルミ達にとあるビルの場所を教えると、そこに行って自分の知り合いであると言って待たせてもらうように彼女達に指示を出した。
ただ一人、霧上だけがビルの所在地に嫌な予感を感じていたが、拒絶する訳にも行かず、そこに向かう事となってしまった。




