決着
突然、意味の分からない事を呟き出した遠丞が、ピタリと動きを止めたかと思うと、今度はゆっくりと顔を上げ憑き物が落ちたような表情を浮かべたのを見て、剛司は彼が遠丞から今野緋志へと戻ったのだと理解した。
緋志は、何故意識を失う前よりも体が傷んでいるのか、何故剛司が血を流し、ボロボロになっているのか全く分からなかった。
しかし、自分が今からやらなければならない事だけは、ハッキリと自覚していた。
「……今から言うことは、冗談でも何でもない。全部本当の話だ。俺は、エリナさんから呪いを解いて欲しいという依頼を受けた。その為に、解呪が出来るかもしれない人を探す為にエリナさんとルミ達は京都に向かった。つまり、ココにエリナさんは居ない」
正直な所、緋志はこれ以上剛司と戦うつもりはなかった。
いや、なくなっていた。
どうして、自分がわざわざ剛司と対面しようと思ったのか、今となっては緋志自身、思い出せなかった。
自分の中の何かに影響された等とは考え付きもしなかった。
ただ、剛司は緋志の言葉に耳を貸そうとはしなかった。
「……それが、本当なら、京都に、行って、紅道瑠魅を、始末する。それだけだ」
剛司の目にはギラギラとした光が宿っていた。
緋志はその光を見て、エリナが言っていた事を思い出した。
緋志達が剛司に麗子の事を話して協力を求めるのはどうかと提案した時、エリナは言ったのだ。
自分の主は一度決めたら止まらない、思い込んだら抜け出せない性質なのだと。
彼女の言葉が誤りではなかったと、緋志は実感していた。
「………なら、仕方ないな」
そう呟くと、緋志は小太刀を鞘へと収めた。
不思議な感覚が緋志の体を満たしていた。
仄かな熱が体を巡り、それが右腕へと集まって行く。
突如、緋志の右腕を中心に魔力が渦巻き、それが徐々に収束したかと思うと、彼の右手に明滅する鎧兜の手甲が出現した。
紅く光る目を剛司に向け、緋志は静かに言った。
「暫く、眠ってもらう」
緋志が腰を落とし突進の構えを取ると、剛司もふらつきながら腕を上げた。
剛司から発せられる圧力が、最初よりも強まっているように緋志は感じた。
強い信念を目の前の少年が持っている事を、緋志はヒシヒシと感じ取った。
しかし、緋志としてもここは譲れなかった。
剛司があくまでルミを狙うと言うなら、彼を行動不能にしてから京都に向かうまでである。
ジリジリと高まる緊張が最高潮に達した瞬間、緋志が後ろ足を勢い良く蹴りだし、一気に距離を詰めた。
剛司は得体の知れない防具を纏った右腕を警戒し、打たれるより早く緋志の体を掴み取ろうとした。
「(予想、通りッ!!)」
緋志は剛司の右腕を左手で捌くと、右足を滑らせる様にして半身になった。
がら空きになった顎目掛けて緋志は渾身の力で掌底を突き上げた。
インパクトの瞬間、手甲に集められていた魔力が緋志の手のひらから一気に放たれ、緋志では到底生み出せない量の魔力の波を流し込んだ。
人は強大な魔力を感じ取ると体調を崩す事がある、それを緋志は舞を見て知っていた。
剛司程の感知能力があれば尚更、堪えるはずだった。
緋志の狙い通り、船酔いを何倍にも強めた様な不快な感覚が剛司を襲い、彼は踏ん張ることも出来ずに背中から倒れ込んだ。
残心を解いた緋志の手から手甲が崩れる様に消え去り、彼は大きく息を吐いた。
「(まだ、だ……まだ、俺は……絶対に……)」
ガクガクと痙攣しながら、剛司は起き上がろうとした。
しかし、彼の心は死んでいなくとも、身体は限界を迎えていた。
「………何とか、寝てくれたか……」
緋志はどうにか剛司を殺さずに、かつ自分も殺されずに済んだ事にホッと息を吐いた。
一先ず、彼を近くの山小屋まで運んでから応急処置だけでも施さなければ、と考えた緋志だったが、突然足に力が入らなくなった。
「? 変、だな……」
思考は停止し、体が氷に包まれているような寒気を緋志は感じていた。
どこかで似たような感覚を味わった事があった気がするな、何処だっただろう?
それが、彼が意識を失う前に、最後に考えていた事だった。




