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所長代理

鎖間那探偵事務所を訪ねて来たエリナの話を聞き終えた三人はそれぞれ全く違った表情を浮かべていた。

緋志と霧上はどちらかと言うと似たような感想を抱いたらしく、懐疑的な視線をエリナに向けていた。

一方、ルミはエリナの命の猶予が残り僅かであり、彼女の為に剛司が行動しているという事に衝撃を受けたらしく、その美貌に陰を浮かべていた。

エリナが話を終えて、真っ先に口を開いたのは緋志だった。

「幾つか聞きたい、という確かめたい事があります。まず、アナタが本当に呪いに掛かっているのかどうかです。最悪今の話は全部でっち上げで、アンタは発振器か何かを持っていて、逆伎が来るのを待っている……なんて事も有り得なくは無いですからね」

彼女の事を疑っている、というのは事実だったが緋志は心の中で彼女が剛司と繋がっているという可能性をほぼ否定していた。

もし、彼女が剛司に協力している場合、少なからず緋志達に敵対しているという意識を持っているはずである。

となれば、事務所に張られた結界の作用でこの場所を見つけるのはほぼ不可能に近いはずなのだ。

結界自体は神木町特有の魔力の流れ……一種の『地脈』と呼ばれるモノを動力源にしているため、術者である麗子が不在でも作動している。

緋志が本当に確かめたいのは、彼女が本当に呪いに掛けられているのか、そして何故わざわざ自分達に会いに来たのかという事だった。

わざと回りくどい言い方をしたのは彼なりの警戒の産物だったのだが、そのせいでエリナが突拍子の無い行動を取ってしまった。

「若様に助力していない事は証明出来ませんが……呪いに関しては証拠をお見せ出来ます」

そう言うと、彼女は首元のリボンを解き、服を脱ごうとし始めた。

余りにも堂々としたエリナの態度に一瞬何が起きているのか分からず固まってしまった事務所の面々だったが、他の二人より早く緊急事態に気が付いた緋志が慌てて彼女を止めに入った。

「ちょ、待って下さい!! そんな事しなくてもアナタが呪われてるかどうかは判別が付きますから!!」

恐らく、話の中に出てきた左胸の刻印を見せようとしたのだろう、というのは理解出来たが、躊躇いが無さすぎるだろう、と緋志は突っ込みたかった。

彼はため息を吐きながら、エリナへ視線を合わせ一瞬、『眼』を発動させた。

緋志の視界が色とりどりの魔力で上書きされる。

煩雑なその光景の中で、一際異彩を放つ魔力がエリナの左胸部の辺りに存在していた。

周りの魔力をまるで喰らうかの様に取り込み、徐々に肥大化している紫色のソレは、明らかに自然に産まれたものでは無かった。

緋志は今まで見た中で一二を争う禍々しい魔力に不快感を覚えながらも、一応の確認は取れた事をルミと霧上にも伝えた。

のだが、どうやら二人は最初からその点については疑っていないようだった。

魔力の感知能力が低すぎる緋志と違い二人は最初から気味の悪い感覚を彼女から感じていたらしい。

緋志達の会話を聞いていたエリナが、相変わらず感情を読み取らせない声で言った。

「信じて頂けた様で幸いです」

「………もう一つ、聞かせて貰いたい事があります。アナタがどうしてココに来たのか、その目的です」

緋志の質問に、彼女は答えようとはせず、代わりに持ってきた手さげ鞄の中から小さな木彫りの像を取り出した。

緋志と霧上が警戒した様子を見せたが、彼女はそれをテーブルに置くと、口を開いた。

「これは、私が作りました魔具で、魔力を通す事で『隠形』を使う事が出来ます」

『隠形』という単語に聞き覚えのないルミが首を傾げたのを見て、隣に座る霧上が彼女に説明をした。

「『隠形』というのは日本の陰陽師や修験者、山伏といった術者に伝わる気配を遮断する技法、一種の魔術だな。ただ、魔力の気配を隠す為に魔力を使う、という矛盾した技術故に使える術者は限られている様だな」

霧上の解説に緋志も頷いた。

そして、それを魔具を使う事で実現させてしまう、というエリナの知識に改めて霧上と緋志は戦慄した。

霧上は話の流れを妨げてしまうとは認識していたが、我慢出来ずにエリナに質問してしまった。

「アナタは記憶が無いのではないのか? 何故こんな物を作れる?」

霧上の質問に、ここに来て初めてエリナの表情が僅かに変化した。

彼女は途方に暮れた様な顔で、歯切れ悪く言葉を並べた。

「何と説明したら良いのか……私は自分がエリナという名前である事以外、自分に関する事は覚えておりません。ただ、魔術や魔具に関する知識だけは残っているのです。それを何処でどの様にして学んだのかは分からないのですが……」

「そうなのか……いや、話の腰を折って申し訳ない。それで、この魔具が一体何だというんだ?」

霧上が自ら軌道修正をすると、エリナは三人を凍り付かせる様な提案を始めた。

「これを使えば若様に気取られる事なく、この町を脱出出来ます。紅道様には暫くの間、逃げ回っていて頂きたいのです。出来るだけ遠くの地で」

魔術関係の話が主だった為、当事者でありながら半分蚊帳の外状態だったルミは突然そんな事を言われて戸惑ってしまった。

彼女が答えに窮していると、緋志が先に口を開いた。

「俺達には願ったり叶ったりの提案ですね。それで? 俺達にどんな見返りを要求するんですか?」

緋志は半ばエリナの答えを予想していたが、わざとそう尋ねてみた。

案の定、彼女は首を横に振ると、平坦な声で簡潔に告げた。

「何も。私はただ、紅道様に数日逃げて頂きたいだけなのです」

彼女のセリフを脳内で反芻したルミは、エリナが何を考えているのか理解出来てしまった。

「………エリナさんは、死ぬつもり何ですか?」

震える声でルミが呟いた。

エリナは表情を変えることもなくただ頷くのみだった。

一見、彼女には死への恐怖もこの世への未練も、何も無いように見えた。

しかし、ルミにはそれが平静を装っているとしか思えなかった。

ルミが動揺のままに何事かを言おうとしたが、それを遮る様に緋志が冷酷に言い放った。

「そういう事なら有難くこの魔具を使わせて頂きましょう」

普段の彼からは考えられない様な発言に、ルミは唖然としてしまう。

彼女は数秒かけて我に返ると、緋志を睨みつけた。

その視線に冷や汗が止まらない緋志だったが、鋼の意志力でポーカーフェイスを貫いた。

そのせいか、今まで彼が聞いた事のない低い声音でルミが緋志を詰問した。

「緋志、本気で言ってるの……?」

緋志はキリキリと胃が痛み出したが、ここで折れてしまう訳にはいかなかった。

彼は当然だろ? と目で訴えると、自身も口を開いた。

「こっちは陣がやられてるんだ。アイツの意思を無駄にしない為にも絶対にルミを死なせる訳にはいかない。逆伎がエリナさんの為にルミを狙ってるなら、エリナさんに掛けられた呪いが発動するまで逃げ回るのは合理的な選択肢だ」

一人、茶番を見せつけられる霧上は堪ったものでは無かったが、彼女も敢えて緋志の言葉に頷き、彼に賛同するポーズをとって見せた。

二人が演技をしている事に気付かないルミは怒りで体を震わせると、彼等が初めて聞く怒声を事務所に響かせた。

「エリナさんを見殺しにしろって言うの!!?」

バキィ!! という音と共に、机にヒビが入った。

緋志は、見た目とは裏腹にルミの力がこの中でずば抜けている事を改めて思い知らされた気分だった。

最早、緋志は退くに退けなくなり、やけになりながらそれらしいセリフを並べ立てた。

「良く考えてみろよ。この人は俺達の身内でも何でも無い。助ける義理なんて一つも無い。仮に助けようとした所で俺達にはどうしようもない。だったら……」「もういい」

ルミは緋志の言葉を遮ると、エリナの方へと向き直り頭を下げた。

ごめんなさい、と彼女が謝るのを見てエリナは困惑の色をそのエメラルド色の瞳に浮かべた。

ルミは柔らかく微笑むと言った。

「私、何とかしてエリナさんの呪いを解く方法が無いか探してみます。だから、この魔具はその時間を稼ぐ為に使わせて下さい」

正直な所、ルミがこういう選択をするだろうという事を緋志、そして霧上は予測していた。

緋志としてはぶっちゃけ先ほどのセリフの殆どは本音であり、出来れば彼女には逃げて欲しかったのだが。

「(ま、無理だよな……)」

緋志は何度目か分からないため息をつくと、コホン、とわざとらしい咳払いをした。

ルミからピリピリとしたビームじみた視線が照射されたが、気付かないフリを押し通して彼は言った。

「そういえば、エリナさんは俺達の事をどれ位ご存知なんですかね?」

「どれ位、と言いますと……?」

「例えば……魔術とか、魔族絡みの厄介事の解決を引き受けてたりするの、知ってますか?」

普段は雑用係でしかない彼だが、一応最古参メンバーの一人であり、所長不在の今、事務所のトップは彼だった。

緋志は前屈みになりながら、エリナの目を真っ直ぐに見詰めた。

そして、この茶番を終わりにしようと最後の演技を開始した。

「もし、アナタが望むなら依頼を受ける事も可能です。あくまで、アナタが望めばですけど……依頼の成功率は今の所100%です。満足度も、まあいい感じです」

「何故そこは曖昧なんだ……」

霧上がボヤくが緋志は、聞こえないフリをした。

唐突に空気が変わった緋志に混乱して、ルミは口を挟めずにいた。

エリナは相変わらず表情が変わらなかったが、その両目の奥に確かに迷いの色を見た緋志は、大きく息を吐くと強い口調で言った。

「健気な自己犠牲には痛みいりますけどね、本当に命捨てたいんですか? この世に何の未練も無いんですか? 残された逆伎はどうなりますかね? いい子ぶってないで本音を聞かせて貰いたいな。アンタ、本当に生きたくないのか?」

畳み掛ける様な緋志の言葉に、エリナが必死に築き上げた心の防御は呆気なくうち崩されてしまった。

未練が無いわけがなかった、彼女の生は半年前、彼と出会ってから始まったばかりなのだから。

エリナは嗚咽を漏らしながら、切れ切れに言葉を紡ごうとした。

「生きたくない、わけ、ないじゃない………死にたいわけ、ないじゃないっ……!!」

泣き出した彼女の背中を、ルミがオロオロとしながら撫で始めた。

緋志は女性を泣かせてしまった罪悪感に苦しめられたが、ここまで来てしまっては突っ切るしかなかった。

「で、依頼はどうしますか? 呪いの解除で良いならすぐにでも取りかかれますけど」

「依頼……します……っ」

エリナはしゃくりあげながら、そう言って首を動かすのが精一杯だった。

彼女が首を縦に振るのを見届けた緋志は、どうにか向こうから依頼を申し込ませる形を取れたことに安堵しながら呟いた。

「契約書は……後で良いか」

とにかく、今の緋志はコーヒーの一杯でも飲んで一息つきたい気分だった。

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