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鬼の子 その四

魔術の重ねがけ。

それが剛司の力を制御する為にエリナが考え出した手段だった。

ただし、それを剛司が一人で行う事を不可能と考えた彼女は刻印や一定の色の配分、文字列や記号等で構成する事の出来る封印術を調べ上げた。

極端な話、そういった術ならば原理や概念を知らずとも魔力さえ通せば術は作用するため、剛司が術を習得する時間を削減出来ると彼女は考えたのだ。

そして、それを効率的に管理する為に使用したのが、現代機器のスマートフォンだった。

とはいえ、既存の物をそのまま使った訳では無い。

いざという時の電池切れのリスクを減らすために動力源を魔力へと変更。

その為に特別製のバッテリーを彼女は一から作り上げていた。

更に封印の制御をサポートする為に特殊なソフトウェアを開発し、本体にも様々な防護措置を取り入れたらしい。

エリナの説明を聞きながら、何故記憶喪失の彼女がそんな事を出来るのか、そんな疑問が浮かんだ彼だったが、そんな事はすぐにどうでもいい事だと気が付いた。

何よりも一番驚くべき事は、彼女がそれだけの仕事をたった一週間でたった一人でこなしたという事実だった。

同時に彼女が何故こんなにも衰弱しているのかにも合点がいった。

「(当然の、結果だな……)」

彼は色々と言いたい事はあったが、それ等は一先ず飲み込んでおくことにして、彼女の話を聞いている間もずっと気になっている事を聞いてみた。

「お前、何で、コレを、作ろうと、思ったんだ?」

すると、彼女は珍しく困った様な表情を浮かべた。

何か不味い事でも聞いただろうか、と剛司が内心首を傾げているとエリナは恐る恐る、といった感じでこう言った。

「若様の、お役に立ちたくて……」

「………?」

剛司はこの答えにどう反応すれば良いのか困ってしまった。

彼の率直な感想は、本当の理由は別にあるのだろうな、だった。

何故なら彼は、自分はエリナがそんな感情を抱く様な事を彼女に対して何らしていないと、本気で思っていたならである。

彼にその自覚は無かったが、彼は一種の人間不信に陥っていた。

誰もが自分を恐れ、気味悪がり、避けている……そんな固定観念に囚われていた。

彼の今までの人生を考えれば無理も無い事なのだろうが。

剛司の反応から、彼が自分の言葉を疑っていると直感したエリナは倦怠感に塗れた身体を起こし、剛司の手を握った。

「!?」

突然の行動に剛司は体を強ばらせたが、彼女は手を離そうとはしなかった。

彼女は静かに語り始めた。

「私は、気が付いた時には奴らの元に居ました……辱められ自分が何者かも分からず、きっとこのまま朽ち果ててしまうのだろうと、諦めていました」

エリナの声は僅かに震えていた。

彼女はあの時の悪夢を未だに忘れられなかった。

剛司の手を握っていると少しだけ、安心出来る気がした。

「………若様は、私をあの場所から解き放って下さいました。そればかりか、様々な物を与えて下さいました……だから、私は貴方様のお役に立ちたいと。そう思ったのです」

そう言って彼女は剛司の瞳を真っ直ぐに見つめた。

その眼差しは剛司が今まで目にした事の無い、澄んだものだった。

それを見てようやく、剛司は彼女が本当に自分の為に無理をして魔具を作ってくれたのだと、信じる事が出来た。

納得はしていなかったが。

「……俺は、そんなに、大層な事は、していない。たまたま、仕事で、やった事だ」

「私を屋敷に招いて下さった事も、仕事の範疇ですか?」

「それは……」

答えに窮した彼に、エリナは畳み掛ける様に言った。

「若様、若様がお優しい事を私はよく存じております」

「俺は……お前が、思っているような、奴じゃない……」

彼は絞り出す様にそう言うと、ふいっ、と目を逸らした。

もしかしたら、彼女は自分に恩を感じているのかもしれないということは彼も認めざるを得なかった。

それでも、きっと、彼女も心の何処かで自分の事を恐れていると彼は疑っていた。

魔具を作って来たのが良い証拠だと、彼はそうこじつけた。

「どうして、ご自分をその様に低く評価されるのですか?」

エリナの声はどこか、いつもと違って悲しげだった。

剛司は心の中の堰が崩れてしまった様に、絶叫した。

「こんな化け物の!! どこを、評価しろと言うんだ!? 封印が無ければ、いつ暴れ出すかも分からない、こんな……」

彼の叫びは最後まで続かなかった。

微かにオイルの匂いと、シャンプーの香りが鼻先を掠めた。

エリナが身を預けるように剛司の首に腕をまわしていた。

剛司の耳元でエリナは囁く様に言った。

「若様はお優しい、立派な人です。全てを薙ぎ払う力を持っているのに、それを自分の為に使おうとは考えもしていません。貴方様の力で救われた人間も大勢居るはずです。だから……ご自分の事をもっと好きになって下さい」

「………俺の事を、怖いとは、思わないのか……?」

掠れた声で、剛司はそう呟いた。

エリナは体を戻すと、再び剛司の顔を正面から見据えた。

そして、僅かに微笑むと楽しそうにこう言った。

「女の子に抱きつかれて固まってしまうような人を、怖いとは思いませんよ」

剛司は、久しぶりに、自分に笑顔を向けられた気がした。

熱い何かが、彼の目尻から溢れ出した。

耐えられずに俯いた彼を、赤子を抱きしめるようにエリナが包み込んだ。

「……悪かった」

「何も謝られる様な事はございませんよ」

今まで散々彼女を疑った事を剛司は恥じた。

初めて、人として評価された事が、彼は嬉しかった。

色々な感情がぐるぐると渦を巻いていて、彼は暫く涙を止める事が出来なかった。





それから数分後、剛司は何とか落ち着いた。

恐らく、自分より年上であろう女性の胸で子供の様に泣きじゃくるという男子高校生として恥ずかしすぎる失態を犯した剛司は、幾分気まずそうな表情だったが。

彼はエリナを布団に寝かし直すと、改めて彼女に言った。

「お前の、お陰で、これからは、色々と、助かりそうだ……感謝する」

剛司の言葉にエリナはゆっくりと首を横に振った。

「お礼を言われる様な事ではございません……ただ」

「ただ?」

「お願いが一つございます」

剛司がそれを断ろうとするはずもなく、彼は短く、何だ? と尋ねた。

すると、何故かエリナは布団で顔を半分程隠してから、予想外の事を言い出した。

「若様は、家を出たくなったらすぐに言うようにと、おっしゃいましたが……勿論、私もここに居る事がご迷惑なのは分かっておりますので、早く独り立ち出来るように努力はしたいのですが……」

どうやら、彼女は自分の不器用さを鑑みて、剛司の言葉を早く屋敷から出ていってくれ、という意味で受けとっていたらしい。

剛司としては、そんなつもりは全く無かったのだが。

彼が慌てて彼女の誤解を正そうとしたが、それよりも先に彼女が言葉を続けた。

「実は、今回の魔具を作るにあたりまして色々と入り用になってしまい……」

まあ、こんな物を作ろうとすれば色々と必要な物もあるだろうと彼は納得した。

「その費用を調達する為に、ご当主に借金をしてしまいました」

ご当主、というのは逆伎家の現当主である、剛司の父の事だった。

よくそんな事が認められたものだと彼は驚いたが、彼女が結局何をお願いしたいのか分からなかった。

「(ああ、もしかして、借金を、肩代わり……)」

そんな予想を立てた彼だったが、それは全くの的外れだった。

「つきましては……借金の返済と独り立ちの費用が貯まるまでの間、もう少しこちらに置いて頂きたいのですが……」

上目遣いで見上げてくる彼女の願いを拒む理由等、剛司には一つもなかった。

が、その破壊力抜群の一撃であえなく撃沈されてしまった彼は答えを返す余裕を持ち合わせていなかった。

黙りこくってしまった彼の反応をどう勘違いしたのか、エリナは目を伏せると、ポツリと呟いた。

「そうですよね……やはり使えない使用人など……」

「はっ………いや、待て、早とちりするな!」

剛司はコホンと、わざとらしい咳払いをすると、色々と彼としては精一杯のフォローを開始した。

「この、魔具、メンテナンスは、必要じゃ、ないのか?」

「……出来れば定期的に調整はした方が良いかと」

「それは、お前以外に、出来るのか?」

「いえ、難しいかと、思われます」

ここで、エリナの目が期待するかの様な光を灯した。

剛司は、気恥ずかしさを紛らわす為に、ぶっきらぼうにこう、言った。

「だったら、俺が、魔具を、使っている、間は、居てもらわないと、困るな」

こうして彼女が屋敷に残る事は決定した。

彼女が嬉しそうに笑ったせいで、剛司は再び石の様になってしまっていたが。

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