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対魔課

「じゃあ、また後で」

「ルミちゃ〜ん、待っててくれよ〜、すぐに行くから!」

「ご、ごゆっくりどうぞ」

 陣と緋志と別れた麗子達は事務所へ向かう。

ルミは麗子と再び二人きりになる事に若干気後れしていたのだが、今更どうする事も出来なかった。

一体何を話せば良いのか、とルミが悩んでいると唐突に麗子から話題を振ってきた。

「ルミちゃん、君にはまだキチンとした依頼内容を伝えていなかったね」

「あ、はい。確か、緋志と同じって……」

 ルミはずっと気になっていた。

ルミは今までの会話の端々から緋志が麗子に何かを依頼した、という事は何となく分かっていた。

ただ、その内容が全く予想も付かないのだ。

「彼が私に依頼したのは、自分を家から切り離して欲しいというものだ」

「家から?」

「ま、詳しい事は後で彼に聞いてみなさい。ルミちゃんが相手なら拒否したりしないだろう。……そう君たちは、どこか似ている」

 麗子はそれだけ言うとその後は口を閉じきってしまった。何となくその話題では話しかけにくかったため、ルミは好奇心を抑え込んだ。がこのまま無言なのも気まずい。

「え、えと。この後ってどうするんですか?」

「ああ、おそらく四時ごろに対魔課の奴が来るから、面倒だとは思うがそいつに色々と事情を説明して協力を仰がなくてはいけないんだ」

「あ、あの」

「?」

「対魔課ってなんですか?」

 すると、麗子が初めて驚いた表情を見せた。

「知らないのかい?」

「はい、聞いたこともないです。私、屋敷から出た事ないし…もしかして人間の人たちにとっては当たり前の知識なんですか?」

「ああ、いや違うよ。対魔課と言うのはね、魔族や魔術師絡みの事件を扱うために、警察内部に秘密裏に作られた部署なんだよ」

「そんな部署があるんですか……」

「ああ、まあ普通の人間は知らないがね」

 麗子が驚いたのはある程度の頭脳を持つ魔族なら対魔課のことを知っていて当然だからだ。対魔課は人数こそ少ないものの強力な魔術師、そして魔族を狩る退魔師で構成されている。

 退魔師は魔族の天敵なのだ、当然、知能の高い魔族達は相手の事を調べるし、身内には言い聞かせる。退魔師に気をつけろと。

(どうやら、この子はまだ普通の人間として育てられたらしいな。ならなおさら早くカタがつきそうだ)

 ルミは警察のことには質問しなかったし、そもそもお金の概念を理解していた、屋敷から出たことが無いと本人が言っているという事は、人間社会のことは紅道一族の誰かが教えたのだろう。

「(ま、今は関係ないか)一応、隠し事はしない様に、聞かれたことには正直に話してくれるかい。奴らの中には退魔師もいるが、まあ今日呼んだ奴は大丈夫だからね」

「は、はい」




 事務所に戻ってしばらく待っていると、緋志達よりも先に噂の対魔課の人間が訪れた。

 コンコン、と扉が軽くノックされた。

「ん、来たか。入ってくれ」

「失礼します」

 扉を開けて入ってきたのは―――――俳優と言われても信じてしまいそうな美青年だった。爽やかな服装に、自然なスマイル。とても、警察には見えなかった。探偵事務所よりどこかのクラブにいる方がよっぽどお似合いだ。

「どうも、麗子さん。お久しぶりです。あれ? そちらの御嬢さんとは初対面ですね?」

「あ、は、初めまして。私は紅道瑠魅といいます」

 ルミが立ち上がり一礼する。緊張したルミは閊えてしまったが、青年は気に留める様子もなかった。

「これはご丁寧に。自分は警視庁刑事部捜査一課の夜亟一馬やすみかずまといいます」

 青年は懐からキザな仕草で警察バッジを取り出すと彼女に見える様に掲げた。

「刑事部?」

 あれ? 対魔課ではないのか? とルミが訝しむ様子を見せると、麗子がため息を吐きながら青年に言った。

「おいおい、私がわざわざ貴様を呼ぶんだぞ?」

「え、つまりデートですよね?」

「違う」

(何だか麗子さんみたいなオーラを感じる……)

 一連のやり取りで一馬がどんな人間なのかルミは分かった気がした。

 そして、麗子がやや押され気味なのがきになった。

(麗子さん、本当に女の子のことが?)

 あまり考えたくない事を考えてしまいルミはブルリと体を震わせた。

 そんな彼女の事など露知らず、彼らのやり取りは進んでいく。

「残念。それで、もしかして、くどうって、あの紅道ですか?」

「そういう事だ」

「なるほど。では改めまして。警視庁特殊犯罪対策部魔道犯罪対策課の夜亟です。長いので対魔課って言い方の方が有名ですかね」

 すると、次の瞬間、バッジに記載された部署名の文字が溶けて、一瞬で別の物に変わった。どうやら、魔術で細工がされているらしい。というか名前が長い。

「ま、とりあえず座れ」

 麗子は彼に席を勧めると自分はコーヒーを入れるために立ち上がった。

「それで?自分は何故呼ばれたんでしょうか?東京からこっちまで来るの大変なんですよ。まあ麗子さんの為ならたとえ地獄だろうと……」

「ん、実は少々頼みたい事があってな」

「あ、スルーですか」

 麗子は三人分のコーヒーを用意すると自分もソファに腰掛けた。その時、ルミは、彼女の表情の中に初めて僅かな緊張の色を見た気がした。

「さて、私が頼みたいのは、紅道華院の足止めだ」

「おっとっと、相変わらず、いきなりトンデモない事をおっしゃいますね。麗子さん……いくらあなたからの依頼とはいえ、できる事とできない事があるんですよ。というか足止めということは現在、あなたと華院は敵対している訳ですか……全く、喧嘩を売る相手は選んでいただきたいですね」

 夜亟は事務所に入って来てから一度も笑顔を崩していない。それなのに、ルミは彼から冷気にも似た何かが漏れ出した気がした。

「麗子さん、非公式とはいえ、一応、対魔課は国の設置した機関です。何故、我々が紅道華院の足止めをする必要があるのか。その理由をはっきり言えますか?」

「うちの従業員がやられた」

「……それが本当だとして、何故、駆除ではないんですか?」

 一般には公開されていないが、一応、日本には日本独自の魔族や魔術が絡んだ際の決まりごとが存在していた。それによれば、人に害をもたらした、もしくはもたらす可能性のある魔族は即排除という事になっている。

 これだけなら、魔族にも日本で生活する余地が残されているようだが、実際は魔族に権利などは無い。退魔師に見つかれば消されてしまう。それが、一部の例外を除いた魔族の実情だ。

「奴が紅道家だからだが?」

 そして、紅道家はその例外だった。

「紅道家は政府の人間にコネがあるだろう? 特に紅道華院は独自に政財界への強いパイプを築いている。そんな奴を消して、貴様は職を失わんのか?」

 加えて、麗子の言う事も事実だった。事実だったのだが――――――

「でも、いつもの麗子さんなら、従業員を傷つけられて黙ってはいませんよね? 一回、土地神とちがみも殺そうとしたじゃないですか。何か、隠してますよね」

「え、神様を、殺そうとしたんですか?」

 ルミが震えながら尋ねると麗子は軽く笑いながら否定した。

「いやいや、本物の神様じゃなくて、神として崇められてるだけの只の魔族だよ」

「それでも、十分不味いんじゃ……」

 ルミが若干怯えながら呟いたが、この場ではスルーされてしまった。

「それで? 誤魔化さないでキチンと答えてくれませんか?麗子さん。僕の予想ではそちらの御嬢さんが関係あると見ましたが? 一体何を隠して……」

「さっきも言っただろう。ま、お前の仕事がなくなっては困ると思ってな。お前の事が心配なんだ」

(最後の方、凄い棒読み!?)

「麗子さん……ありがとうございます。自分なんかの事を考えて頂いて」

(信じた!?)

 あまりに簡単に麗子の言う事を信じてしまった夜亟を目の当たりにしたルミは色々と突っ込みたい事があり過ぎて、開いた口が塞がらず、さらに口をパクパクさせていた。

「そういう事でしたら、自分はもう行きますよ。手ごまも揃えなきゃいけないんで。……今回の事は貸しにしておきます」

 コーヒーを一気飲みした夜亟はそれだけ言うとソファから立ち上がった。実際に何をするのかについては一切話し合われなかったが、どうやら二人の間ではそれでいいらしい。手ごま、の一言が引っ掛かったルミだったが、何となく聞くのが怖かったので何も言わなかった。

「それでは、また来ますので。今度は食事にでも行きましょうね、麗子さん。あ、ルミさんも今度はゆっくりお話ししましょうね」

「は、はい」

「貴様とプライベートの関係を築く気はない」





「ふは〜、何だか緊張しました」

 夜亟が帰った事務所ではルミと麗子が緋志達の帰りを待ちながら、雑談をしていた。

「そうかい? 特に何も聞かれなかったじゃないか」

「だって、初対面の方ですし。それに、どことなく雰囲気が華院お兄様に似てるといいますか……」

「ああ、まあ奴も魔術はそこそこ使えるしな。それに、奴も華院も同じ穴のムジナだ」

「? あの方は国の機関に属していらっしゃる、いわゆる公務員なんですよね?」

 ルミが無知と純粋ゆえの疑問を口にすると、魔術の世界に深く関わり続けてきた麗子は苦笑してしまった。

「確かに、夜亟は表向き公務員だがね。そもそも、対魔課は日本で起きる魔術犯罪の数に対して構成員の人数が全く足りていない」

「それなら、どのようにして問題を解決するんですか? もしかして、他の退魔師を雇って?」

 ルミの言葉に、我が意を得たり、と言わんばかりに麗子は頷いた。

「そう、そこなんだよ。彼らをグレーに染めているのは。まず、知っておいて欲しいのは魔術の世界には大なり小なり様々な勢力、組織が存在するということだ」

 ルミはこの事実には特に驚かなかった。何故なら紅道家が様々な家や組織と関わりを持っている事を知っていたからだ。

「その中には、国が作ったものもある。が、その全ては一般人には非公開だ。対魔課のように。つまり、彼らが何をしようが税金を払う善良な一般市民は誰も分からない」

「つまり、どんな事に費用を使っても、非難されない。どんなことをしても、気づかれなければ問題ない……」

「その通り。対魔課に人が少ないのはまあ色々と理由があるが、最も大きな理由は半永久的に働かなくてはならない、というものだ」

 機密を保持し、なおかつ戦力を減らさないためには打ってつけの方法だ。一度、対魔課に入った人間は死ぬか、何か特別な理由が無い限り、退職は認められない。

「ま、この時点でも相当危ないんだが……」

 麗子は呆れたように肩を竦めると、この後味の悪すぎる話をとっとと終わらせるために口を開いた。

「対魔課の正規職員だけでは人が足りない。そこで、彼らは金を使ってその都度、事件の性質に合った人材を雇い入れるわけさ。そして汚れた仕事は大抵そいつらにやらせる。……確かに、頭のいいやり方だがね、私はあいつらのそういうやり方があまり好きではないんだ。その上、結局、必要となれば躊躇なく殺しもやるからね」

 恐らく、麗子がこの話をルミにして、本当に伝えたかったのは、彼らが華院と似ているという部分だろう。つまり彼らは単純に善人とは言い難い、そして無条件で信じていい者たちではないのだ。麗子はルミの為に危ない橋を渡ってくれていた。

「ま、なりふり構わない分、働きには期待して良いだろうね。奴は貸しにしとくとかほざいていたが……実際は私が対魔課に売った恩はこの程度ではないからね。全く、戦う以外に脳の無い連中は見ていて吐き気がするよ」

 どうやら麗子は対魔課に協力をしたことがあるらしい。

(さっき言っていた雇われた人たちとは違う感じなのかな?)

 ルミが何となくそんな事を考えていると事務所の扉がまたしてもノックされた。

「ただいま戻りました」

「ただいまっす」

 ドアを開けて入って来たのは、陣と緋志だった。緋志は開口一番

「ルミ、麗子さんに何もされてない?」

 と尋ねる。今までの事がある以上疑われても仕方ないのだろうが、麗子は納得がいかないようだった。

「おいおい、いきなり人を犯罪者扱いかい?神に誓って何もしていないよ。」

「本当ですか?」

 なおも疑わしげに麗子に確認する緋志だったが、さすがに麗子がかわいそうだったのでルミが助け舟を出した。

「大丈夫だよ、緋志」

「ま、そういうことにしておきましょうか」

「ふん、人を疑ってばかりいるとロクなことにならんぞ。……さて、二人も帰って来たし、私はそろそろ行くとしようか」

 麗子はそれだけ言うと、突然、机の上に準備してあったバックを取り、外套を羽織った。

「? 行くって、どこに行くんすか?」

 質問したのは陣だったが、言いたい事は他の二人も同じだった。

「ま、済ませなくてはいけないことがあってね。明日は二人でルミちゃんの護衛をするように。対魔課に華院の足止めは依頼しておいたから」

「え、ちょっと麗子さん……」

 緋志が詳しい話を聞こうとした、がその前に彼女の姿が消えていた。

「あ、あれ?」

 確かに、すぐそこに居たはずの麗子の姿が一瞬で消失してしまうという事態にルミは思わず自分の目を疑った。しかし、すぐに思い出した。彼女は最近似たような光景を見ていたことを。

「もしかして……空間転移?」

「だろうな。たぶん、そう遠くへは行ってないだろうけど……」

「どうすんだ?緋志」

 緋志はおぼろげながら、麗子が何をしようとしているのかを推測した。そして、それを踏まえた上でこう言った。

「しょうがない、明日は何とか俺たちだけで……って、どうしたんだ、陣」

 明日、という単語に体を震わせた陣に緋志がはて?と思い尋ねた。

「お、おい緋志。明日って…」

「あ……」

 そこで緋志も気づいてしまった。自分達には日常があるのだということに。

 そう明日はゴールデンウィーク二日目、夏菜たちと約束したお出かけの日だ。



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