鬼の子 その一
逆伎剛司は、物心ついた時には退魔師として生きていた。
魔族を狩り、偶に魔術を悪用する様な輩を成敗して、普通とはかけ離れた生活をしていた。
仕事の都合で小学校の頃から学校を休む事も珍しくは無かった。
それでも、逆伎はそんな日々に不満を抱いたりはしていなかった。
ただ、時々、自分はいつか狩られる側にまわってしまうのではないかと、漠然とした不安を感じていた。
逆伎家は剛司の父で記録上は十代目となっている。
しかし、鬼と交わった先祖は初代では無いとされている為、逆伎家の中に流れる鬼の血は相当に薄くなっていた。
それに伴い、一族に現れる特性も弱くなり、分家には普通の人間と変わらない当主も出てくるようになっていた。
そんな中で、十一代目として生まれた剛司は生粋の鬼と並び立つ程の飛び抜けた力を授かったのである。
いわゆる『先祖返り』と呼ばれる現象だった。
本人に自覚が産まれるよりも早く、周りはその異様さに気が付いた。
転んでも擦り傷一つ追わない。
予防接種の針は刺さるどころか折れてしまう。
挙句の果てには銃弾すら跳ね返す。
そして、その肉体は頑丈なだけではなく、強力な馬力も兼ね備えていた。
幼い故に癇癪を起こしてしまった彼を術を使って止めざるを得なかった事から、使用人、果ては肉親までも彼を腫れ物を扱うかの様に敬遠した。
そして、彼が自分の力を自覚し、行動を律する事が出来るようになった後もそれは変わらなかった。
両親の、人として生きてもらいたいという願いから普通の学校に通わされたが、それも剛司にとってプラスになる事は無かった。
元々、目付きが悪いせいなのか、もしくは家業をこなす内に刺々しい空気を身に纏う様になってしまったのか……
中学生になった頃から彼は極端に絡まれるようになった。
口下手な事もあり、そういった輩を上手くあしらえなかった彼は向こうの気が済むまで好きにやらせようというスタンスを取った。
その態度が相手からすれば、舐められた、と感じるものだったのだろう。
彼は度々暴力を振るわれるようになった。
しかし、彼の肉体を一般人が傷つけられる筈もなく、たちまち『不死身の逆伎』なる通り名まで付けられて恐れられる様になってしまった。
そうして、孤立し続けた彼は次第に自分から喋る事を止めてしまった。
人との触れ合い方を忘れ始めた頃、彼は同時に恐れ始めたのだ。
自分がこのまま本物の鬼になってしまうのではないかと。
そんな彼が一人の少女と運命的な出会いを果たしたのは、高校一年の秋だった。
その時の依頼は対魔課からの応援要請だった。
魔術を使い犯罪行為を働いてる組織が神戸で取り引きを行う、その現場を抑えたい、というのが依頼の趣旨だった。
逆伎家は出自の事もあり、特に魔族を狩る事のみに拘っているわけでは無いため、剛司の父は二つ返事で依頼を受けた。
規模の大きい依頼だった為、剛司にも声が掛かり、その頃にはAAのランクを取得していた彼が最前線に配置される事となった。
年齢の事を考えれば危険極まりない登用に思えるが、彼の今までの実績を知る人々からすれば当然の作戦だった。
作戦当日
灯りの消えたコンビナートの一角で取り引きは行われていた。
大型のコンテナを魔術を使い運び込んだ所を対魔課と逆伎家の合同チームは強襲した。
組織は魔術を使うだけではなく銃火器で武装していたが、ライフル弾でも貫けない剛司の身体に傷を付ける様な攻撃はなされなかった。
ふと、鎮圧が終わっていないにも関わらず彼は微かに漂う悪臭が気になった。
臭いの元がコンテナであると気付いた彼は、何の気なしにコンテナをこじ開けた。
蓋を開けた瞬間、鼻が曲がる様な悪臭が中から溢れ出した。
顔を顰めながらコンテナの中を覗き込んだ彼が見たのは、ボロボロの布切れを纏った数名の男女だった。
犯罪者達が何を取り引きするつもりだったのか、理解してしまった剛司は激情に駆られるままに対魔課の包囲網を突破した数名と取り引き相手の十数名を半殺しにした。
人間相手にやり過ぎだと咎められたが、こんな奴らが自分と同じ人間だと、彼は認めるつもりは無かった。
結局、僅か数十分で全てが片付き、商品として囚われていた数名は身柄を保護された。
彼等は海外で攫われたらしく全員が外国人だった。
対魔課の調査で彼等の身元は判明し、無事元いた国へと送り届けられた、ただ一人を除いて。
記憶喪失の少女が一人居たのだ。
彼女が覚えていたのは自分の名前だけだった。
エリナと名乗ったその少女を対魔課は持て余していた。
彼女は何故か日本語の他、複数カ国の言語を習得していた為、意思疎通には困らなかったが、対魔課はアフターケアーまで行う組織では無かった。
その事を別の仕事で漏らされた剛司は父にその話を伝え、使用人として雇ってみてはどうかと申し出た。
彼としては自分が関わった件なのだから後始末もするべきだという、ただそれだけの意図でした提案だった。
普段は自分から話し掛けようとしてこない息子からの、突拍子もない提案に剛司の父は最初は驚いたものの、使用人一人が増えた所で特に不都合の無い暮らしぶりであった為か、エリナを住み込みの使用人として採用したのだった。
エリナが逆伎家に身を寄せてから一週間、屋敷の大半の人間は彼女の扱いに困り果てていた。
掃除をやらせれば何かを破壊し、台所を手伝わせれば異臭騒ぎを起こし、謎の物体を錬成する。
そう、彼女は超絶不器用だったのだ。
その悲惨な有様を見せつけられた剛司はこのままでは彼女が放り出されてしまうと危惧し、父に彼女を自分の専属として身の回りの世話をさせたいと申し出たのだった。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が漂っていた。
剛司は自分が彼女と口を聞いた事が無いと言う事に対面して初めて気が付いた。
剛司の提案を、またしても受け入れてくれた彼の父によりエリナが剛司の部屋に通されたのだが彼女を部屋に入れて座布団に座らせてから、剛司は向かい合ったまま一言も喋れないでいた。
「(早まったか………)」
自分の迂闊な行動を剛司が悔いていると、エリナがおずおずと口を開いた。
「あの……」
「………なんだ?」
「助けて頂き、ありがとうございます。若様のお陰で自由の身となることが出来ました」
「………仕事で、やった事だ。礼を言われる、事じゃない」
剛司がぎこちなくそう返すと、彼女は一瞬考える素振りを見せるとコクリと頷いた。
その様子を眺めていた彼は、自分の事を棚に上げながら表情の変わらない奴だな、とエリナの事を評価した。
実の所、剛司といい勝負な愛想の無さが彼女が周りから持て余されている理由の一つでもあった。
何を考えているのか読み取れない、或いは何も考えていないかのようなその様相に、彼はふと一つの疑問を感じた。
こんな事を聞かれては困るだろうと思いつつも、彼は口を開くのを止められなかった。
「お前、俺の事を、怖いとは思わないのか?」
彼はエリナを捕らえていた組織を潰した時、理性を飛ばして暴れ回っていた。
彼女もその様子を少なからず目撃しているはずなのである。
一応、魔の存在は理解している様だったが、エリナがアレを見て自分の事を怖がらない筈は無いと剛司は思ったのだ。
「? 何故ですか?」
彼女が首を傾げてそう聞き返して来たのも、最初は只の強がりだと剛司は思い込んでいた。
とはいえ、強がるならそれでも構わないと彼は特に気にもしていなかった。
「いや……一つ、言っておく事がある。辞めたくなったら、遠慮せずに、俺か、家の人間に言え。独り立ちできる、金が、貯まるまでは、頑張ってもらうしか、ないけどな」
それだけ告げて彼は道場へと向かった。
身の回りの世話を命じられたエリナも無言でその後を追い掛けた。




