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狐の意地 その四

月は隠れ、部屋は闇の中へと沈んだ。

外に漏れない様に最低限の大きさの狐火を陣は浮かべた。

作戦を練りながら、彼はどうにか震えを悟られない様にと必死にいつもの自分を演じていた。

いつもの様に、どこか飄々としてはいるが、親しみやすい笑顔を作りながら、彼は覚悟を決めようとしていた。

「じゃ、そんな感じで」

「……本当にコレでいくのか?」

「ダメかね?」

首を傾げる陣に、霧上は何と言うか迷ってしまう。

正直な所、陣の立案した作戦は霧上からしても良く出来たものだった。

ただ、相手のステータスを考えるといささか不安になってしまうというのも事実だった。

何せ相手のランクは魔術協会の中でも戦闘能力に特化した評価で知られる魔族犯罪対策科に所属する世界でも数名しかいない『SSS』のランクを持つ対魔師……の可能性が高いのだ。

可能性、という曖昧な判断をせざるを得ないのは霧上も特徴を伝え聞いた事があるのみで、本人に会った事が無いためなのだが、そんな彼女ですら相手の素性に見当を付けられる事が、逆に逆伎剛司(さかきこうじ)の業界での知名度の高さの裏付けだった。

彼女から簡単に説明を受けた陣は最初、その嘘の様な話を信じられなかった。

曰く、日本だけでなく海外の魔術協会支部からも依頼のくる腕前。

曰く、魔術を一切使わず、しかも他人と組む事をせず基本的に一人で戦う。

曰く、今まで一度も血を流した事がなく付いた通り名が『無血(むけつ)の鬼』。

何故、『鬼』という名が付いているのか。

それは、かの『対魔課の鬼』たる源元三(みなもとげんぞう)の様に、その人間性を示した呼称という訳ではない。

文字通り、逆伎剛司は鬼なのだ。

別に逆伎家は紅道家の様に人として暮らしている魔族の一族ではない。

ただ、彼等の中にはほんの少しだけ人では無いモノの血が混じっているのだ。

力を得る為に人ならざるモノと交わった一族は、実は魔術師の一族では珍しいものではない。

ただ、現代までその血を濃く受け継ぐ者達は……そう多くはない。

逆伎家も大昔の先祖が鬼と交わった一族であり、多少頑強な肉体を持っているものの、その身体は一般的な人間の範疇に収まるものだ。

しかし、逆伎剛司は例外だった。

「………そろそろ奴もここを嗅ぎつけてくるはずだ。今から作戦を練り直す時間もない。この案でいくとしよう」

霧上は自分に言い聞かせる様にそう言った。

陣は特に何も言わずに頷く。

いざとなれば問題児(・・・)の手を借りなければ、と霧上は頭の片隅で考えながら立ち上がった。




いよいよ雨が降り始めようとしているのか、先程まで綺麗に見えていた月はその姿を完全にくらませてしまっていた。

真っ暗な中を一筋の光で照らしながら、大型バイクが疾駆する。

逆伎剛司は己の感覚に従いながら細くなっていく道を迷うことなく進んでいく。

程なくして、陣たちが逃げ込んだ建設現場へと辿り着いた。

逆伎は入り口から中の様子を観察すると、バイクからゆっくりと降りた。

彼がバイクから離れた途端、電池が切れた機会の様にエンジンの鼓動は止まってしまった。

唯一の光源が無くなり辺りは本当の闇に包まれる。

彼は躊躇すること無く入口に作られたゲートを飛び越え、中へと入り込んだ。

「(近くに、いるな……)」

膨大な魔力を感じ取り、逆伎は陣が潜んでいる事を確信した。

ただ、霧上のものらしき気配を確認する事は出来なかった。

元々、逆伎はそういった知覚能力が優れているという訳でも無いのだ。

それでも逆伎が二人を追いかけて来られたのは、ひとえに陣の持つ強大な魔力のお陰である。

しかも、陣は魔力を隠すという技術を習得していないため、尚のこと判別しやすかった。

が、魔力の気配が強すぎるが故に近くまで来ると大雑把な位置を把握する事しか出来なかった。

所々に置かれた建材の隙間を縫い、逆伎は建造途中のビルへと近付いて行く。

残り数メートルとなった所で、彼は突然振り返った。

ギィィィン!! という音が辺りに木霊した。

逆伎は掲げた右腕に伝わる感触から、相手が金属製の何かを使っている事を見抜いた。

逆伎に不意打ちを喰らわせた陣は、一撃を入れるとすぐに後ろに飛んだらしく数メートル先に気配があった。

「いやぁ……マジで固すぎだろアンタ」

苦笑混じりの声が逆伎の後ろ(・・)から聞こえてきた。

反射的に振り返った逆伎の目に、大きく腕を振りかぶる陣の姿が映りこんだ。

ガードを固めようともせず逆伎も左腕でアッパー気味のパンチを繰り出す。

しかし、陣の拳が逆伎の頬に先に触れた瞬間、大した手応えもなく陣の姿が砕け散って消えてしまった。

「残念ハズレッ!!」

再び後ろからの声と共に今度は先程もよりも強烈な衝撃が逆伎の後頭部に横方向から加えられた。

体勢を崩した逆伎に陣は容赦なく追い打ちを掛ける。

切り返す様に振りかぶった鉄パイプが逆伎の脇腹にヒットする。

が、やはり硬い粘土を殴った様な感触が陣の手に伝わり、彼は目の前の鬼が全くダメージを受けていない事を認めざるを得なかった。

陣はそれ以上の追撃を諦めると再び距離をとる。

魔力の節約の為に姿を眩ませる術を解除すると、痛む右手で頭を掻いた。

「『無血』のあだ名は伊達じゃないってか……信じらんねーな。鉄パで頭殴られてケロッとしてる奴なんて初めて見たぜ……」

陣はボヤきながら左手に握った得物をチラリと確認したが、やはりというか、血の一滴も付着している様子は無かった。

それどころか、先の方が僅かに歪んでいる。

陣がそんな事をしている間に、逆伎は何事も無かったかのように、陣の方へと向き直る。

ポツリと浮かぶ赤い瞳には僅かに賞賛の色が浮かんでいた。

実の所、依頼主から送られてきた資料を見た限り逆伎は陣の事を今野緋志の引き立て役、位にしか思っていなかった。

彼は今野緋志という刃を届かせる為の小道具(オマケ)に過ぎないと、そう見ていたのだ。

だが、逆伎はこの数分間の出来事を踏まえ北条陣の評価を改めた。

そして、敬意に則り最後の通告を行う事にした。

「悪い事は、言わない。紅道瑠魅を、呼び出せ。そうすれば、これ以上、お前を付け回したり、しない」

「………」

「お前と、紅道瑠魅は、出会ってから、間もない関係の筈だ。命を掛ける程の、関係では無いだろう?」

逆伎の声は落ち着いていて大きさもさ程ではなかったが、低いおかげか陣の耳にキッチリと届いていた。

彼の言葉を聞いた陣が最初に思い浮かべたのは、自分が初めて命を懸けた場面だった。

あの時から、陣は緋志達と友人以上の絆を築けた気がした。

元々、生きている意味すら見いだせなかった自分に居場所を与えてくれた緋志達は、陣にとって何よりも優先して守るべきもので、今はルミもその一員なのだ。

だから、彼はこう答えた。

「ワリーな。俺、大事なモンには執着しちゃうタイプなんだわ」

陣はニッ! と笑みを浮かべると、再び術によって姿を消した。

その言葉に自分と近しい精神を感じ取った逆伎は心の底からこう思った。

「そうか、残念だ」

こうなれば、陣を痛めつけて心を折るか、彼をダシにしてターゲットを釣り上げるのが早いと逆伎は判断した。

彼は、今度は五感に頼らず、魔力の気配のみを頼りに陣の位置を割り出そうとした。

「(……移動、しているな)」

陣が建物に逃げ込もうとしていると考えた逆伎は、脚力に物を言わせて建物の側へと回り込んだ。

逃げ道を塞がれた陣が悪態を吐きながら姿を現す。

正直、魔力の枯渇云々よりも妖を抑え込むのが辛くなってきていたのだ。

陣は体勢を低くするとどうにか逆伎の脇を抜けようとする。

しかし、姿の見えている状態では流石に交わしきれなかった。

シャツの襟を捕まれ、今まで体感した事のない膂力で投げ飛ばされる。

傍にあった重機に叩きつけられ、陣の肺から酸素が押し出された。

「カッ……ハッ………」

一瞬の停滞が命取りだった。

気付いた時には陣の目の前に逆伎が立っていた。

彼の右足が持ち上げられ、勢いよく陣の右足を踏みつけた。

ミシッ、と骨の軋む音が聞こえた気がした。

「グッ……ガアァァァァァ!!!!」

焼けるような痛みに、陣は思わず叫んでしまった。

立ち上がる事も出来ない彼の首根っこを掴んで軽々と持ち上げると、そのまま地面へと叩きつけた。

血の味が陣の口の中へと広がった。

受け身が取れなかったせいなのか、陣の視界はグラグラと揺れていた。

痛みが痺れに変わり、更にそれを上書きする様な激痛が脇腹に走った。

肋骨が数本折れた事を認識しながら陣はどうにか首だけを動かして自分と、自分の側に立ち、再び自分を踏みつけようとしている逆伎の位置を確認した。

目印の重機からビルの方へ2メートル。

「ジャスト……ポイントだ」

パチン、と陣の指が鳴らされた。

次の瞬間、逆伎の目の前で閃光が弾けた。

鬼の視界を真っ白に染め上げたその光は、同時に陣から霧上へ向けた合図でもあった。

陣は最後の力を振り絞り、不格好にその場から逃げ出した。

思わず目を閉じてしまった逆伎の耳にバチン!! という何かが切断された様な音が響いた。

彼が自分の現状を把握するよりも早く、支えを失った建築用の足場が傾き、上に乗せられていた資材とももに逆伎を押し潰した。

ガラガラガシャン!!! という大音響と共に地面が揺れた。

ギリギリその危険地帯から抜け出せた陣はガンガンと耳鳴りがするなか、狐火を浮かべて様子を確認した。

砂埃がたって見にくかったが、積み重なった物の間から逆伎の姿を確認する事は出来ない。

要するに、彼の肉体はあの数トンはあるであろう重りの一番下にあるという事だ。

「何とか、上手くいったな………」

尻餅をつきながら陣は息を吐き出した。

体のアチコチの痛みに耐えながら、どうにか立ち上がろうとしている彼の側に、ヒラリと人影が舞い降りた。

足場を止めておいたワイヤーを切断するという役目を果たした霧上だった。

「よお……お疲れ……」

弱々しく労いの言葉を掛けてくる陣に霧上は何事かを言おうとして、すぐに口をつぐんだ。

流石に今の彼に説教をする程、霧上は鬼では無かった。

色々と言いたい事はあるにはあったが。

逆伎から気配を隠せないため仕方なくとはいえ、自分よりも危険な役回りを演じてくれた陣に霧上はいつもより少しだけ柔らかい声で言った。

「全く……自信満々だった割にはボロボロだな」

「生きてるだけ、儲けもんだ……」

「そうだな……立てるか? 早くここから離れよう。夜中とはいえ、あんな馬鹿でかい音を立てれば人が集まってくるのは時間の問題だ」

「だな……」

陣は頷いたものの、満身創痍なせいで立ち上がる事が出来なかった。

見かねた霧上がかがみ込んで手を貸す。

「大丈夫か? 焦らなくても大丈夫だ、ゆっくり……」

「………キリちゃんに、優しくしてもらえるなんて最高のご褒美だな」

彼女に肩を借りて立ち上がった陣は、笑いながらそう言った。

霧上はジトっとした視線を向ける。

「減らず口を叩ける元気があるなら大丈夫そうだな」

「いやいや、俺ちゃんこれでも結構キツイ……」

フラつきながらも、ようやく調子が戻ってきたらしい陣の耳に、不吉な音が聞こえてきた。

ガシャン、という音は明らかに倒れた足場の辺りから響いていた。

それを理解した瞬間、咄嗟に陣は霧上を背後に庇った。

バギャン!! という破壊音が辺りに反響した。

同時に携帯の効果音らしき音が微かに聞こえてくる。

そして、続けざまに電子的なエフェクトの掛かったボイスが発生した。

『第一障壁解除 出力二十% 正常ナ作動ヲ確認』

その音声が何を意味するものなのか、陣たちは分からなかった。

ただ、一つ、どうしようもなく思い知らされたのは自分達が想像以上に相手を甘く見ていたという厳然たる事実だった。

ガレキの山から立ち上がった逆伎は首をコキコキと鳴らすと、被っていたニット帽を脱ぎさった。

狐火に照らされて、逆伎の頭部に二本の角が生える様を二人は見てしまった。

その捻れた黒い物体を見るまでもなく、目の前の存在が自分達の常識の外にいる存在だということは分かってしまうのに。

「ハァハァ……」

荒く息を吐きながら、陣は考えられる選択肢を検証し、そして決断した。

彼にとって仲間達は何よりも優先して守らなければならないものであり、そして、霧上恵もその一人なのだ。

「キリちゃん、逃げろ……」

「あ………」

「霧上!!」

恐怖に呑まれている彼女を陣は叱咤した。

その一声でようやく霧上は我に返った。

彼女は泣きそうになるのをグッと堪え、口を開いた。

「馬鹿な事を言うな!! 肩を貸す、私だって……」

彼女もちゃんと分かっていた。

人を一人抱えてあのバイクから逃げ切るのがほぼ不可能に近い事は。

そもそも、霧上の体格を考えれば、この場からボロ雑巾のようになった陣を抱えて逃げられるかも危うかった。

共倒れになってしまうくらいなら、ここで得た情報を持って緋志達と合流するのが賢い選択である。

そんな事は霧上も否応なしに分かっていた。

きっと少し前の彼女なら躊躇いなく行動に移れただろう。

しかし、今の彼女には、それはとても困難な事だった。

「………爺さん、霧上連れて逃げろ」

逆伎がニット帽を大事そうにしまい込むのを見ながら、陣はそう呟いた。

彼の本能が警告しているのだ。

もうあの鬼が襲い掛かってくるまで一刻の猶予もないと。

「ダメだ!! 私は認めないぞ、こんな……」

「爺さんッ!!!」

陣の叫びと共に、霧上は自分の体に支配下に置いているはずの霊が入り込んで来たのを実感した。

薄れゆく意識の中で、彼女は陣に手を伸ばそうとした。

だが、その手が彼に届く事は無く霧上の意識は完全に黒く塗りつぶされてしまった。

体の支配権を得た老人の霊は、短くこう述べた。

「すまぬ……感謝する」

「そりゃあ、コッチのセリフだぜ……爺さん、キリちゃんに殺されても俺の事恨まないでくれよ? あ、あとマホちゃん、達者で暮らせよ」

この期に及んでそんな返しをする彼に、霊は一礼するとすぐさまその場から離脱した。

霊が無事に逃げたのを見届けた彼は、大きく息を吐くと気合を入れ直した。

死ぬのは怖くない。

ただ、まだ彼には果たさなければならない約束が残っていた。

それを残して死ぬわけにはいかなかった。

「(……? 何だ、この匂い?)」

全身ボロボロで、立っているのもやっとなのに、相手はまさかの変身残してますよ展開。

そんな絶対絶命の状況で、決死の覚悟を決めた彼だったが、ふと気になる香りが漂っている事に気が付いた。

心が落ち着くようなその香りに彼は心当たりがなかったが、何となく花のものであるという事は分かった。

「どうした? もう、諦めたのか?」

立ち尽くしたまま動く気配のない陣に、逆伎がそう語りかけた。

その声が聞こえたのか、聞こえなかったのか、陣の口からこんなセリフが飛び出した。

「なあ、この花、何て名前か知ってるか?」

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