それぞれの休日 その三
ケーキショップ『子猫の昼寝』は神木町ならず隣町でも名前を知っている人が居るほどの有名店である、
立地も駅から近い通りにある為、平日でも会社帰りのOLや、学校帰りの女学生、はたまたティータイムを過ごす奥様方で賑わう店なのだ。
そんな繁盛店なのだから、休日ともなればそれはもう物凄い行列が出来る事もしばしばだった。
持ち帰る人も居るには居るのだが、店内の雰囲気がよくイートインスペースを二階にも設置している為、買ってその場で食していく人が圧倒的に多いのである。
今日も今日とて、ムシムシとした空気を物ともせず多くの女性客が列を成して午後のスイーツタイムを今か今かと待ち望んでいるのだった。
そんな長蛇の列の最後尾に若干挙動不審な女の子が一人並ぼうとしていた。
服装も、容姿も、至って普通な何処にでも居そうなその少女は何故かやけに辺りを気にしていた。
やがて、ひとしきり辺りを見回し終えた彼女が列に加わろうとしたその時、彼女の背後から声が掛けられた。
「……そこで何をしているんだ? 北条?」
「っ!!?」
声にならない悲鳴を上げ、ビクリと肩を震わせた少女の姿を纏った北条陣は恐る恐る後ろを振り返った。
彼の淡い期待も虚しく、そこには呆れた様な、憐れむ様な、若干気持ち悪いモノを見る様な目をした霧上恵が立っていた。
「……ちょっと失礼」
「なっ……!」
突然腕を掴まれた霧上はギョッとした表情でそれを振りほどこうとしたが、存外力の強い陣の手を振りほどく事は出来なかった。
陣は急いで彼女の手を引き路地へと身を隠すと、術を解除した。
そして、すぐに謝罪と弁明を開始する。
「まあ、その悪いな。ほら、あそこじゃ術解くわけにもいかねーし?」
「………」
「そ、それでな、その、何で俺が姿変えてたかと言うとな……」
「………」
「あの、何か言ってもらえませんか……?」
「………他人の趣味に口を出す気は無いが、女装して女友達を見つけようというのは」「ちっげーよ!!!」
それから、霧上がなかなか話を聞こうとしてくれず、陣の弁明は数分に及んだ。
女の姿に化ける等という悪用しようと思えばトコトン悪用出来てしまいそうな行為は霧上の疑念を深い物にしてしまっていたのた。
結果、女性客ばかりの店に入りづらかった為、術で姿を誤魔化していたという説明も霧上は信用してはくれなかった。
「いやいや、マジだって……ほら、自分で言うのもアレだけどよ、俺こんなナリだし尚更入りづらいというか……」
「だが、男性客の姿もあるにはあったじゃないか」
「いや、それはカップルも居るにはいる訳で……限定セットが休日の目玉、で……」
突然、陣の声が尻すぼみに小さくなり彼は黙り込んでしまった。
遂に己の非を認める気になったのか、と霧上は反射的に考えた。
しかし、陣の口から飛び出したのは彼女の予想の斜め上を行く質問だった。
「なあ、霧上。お前ケーキ食べたくないか?」
その男は実に怪しい風貌だった。
身長は190センチを超えているだろう、そこまでガッチリとした体付きでは無いものの充分目立つ体格だった。
それだけでは無く身に付けている物も、今日の蒸し暑い天気にはそぐわないものだった。
口元まである襟付きの上着に下も黒いジーンズ、更に頭にはこれまた暑そうな且つ、どことなく見栄えの悪いニット帽を目深に被っており、有り体に言えば顔を隠したがっているのはバレバレだった。
しかし、彼の醸し出すある種の威圧感の様なモノのせいか彼に職務質問をする様な警官は現れなかった。
道行く人々もチラチラと好奇の視線を送るものの触らぬ神に祟なしといった様子で話し掛けたりする様な事はしなかった。
ふと、道路を挟んだ向かい側の路地裏から出て来た一組の男女がその男の目に止まった。
彼はプリントしておいた写真を取り出し確認する。
間違いなく、男の方は北条陣で女の方は霧上恵だった。
男は二人がケーキ屋の列に並ぶのを見届けると、ケーキ屋を視界に捉えることの出来る位置へと移動しそのまま彼等を観察する事にした。
時間が無いとはいえ、まだ大きな騒ぎを起こすのは得策ではないと彼は理解していた。
彼に理性が残っていたお陰で陣と霧上の休日はどうにか平和に継続する事となったのだった。
「それではご注文以上で宜しいですか?」
「はーい、お願いします」
「はい、それでは二階の三番席に掛けてお待ち下さい!」
オーダーを済ませた陣と霧上はウェイトレスの指示通り二階に上がり席へと腰掛けた。
店に入る前から仏頂面を崩そうとしない霧上に陣がおずおずと切り出した。
「なあ、そんなに嫌だったなら……」
「もう頼んでしまったのだからここまで来て帰るわけにも行かないだろう」
「まあ、そうだけどよ……だったらせめて眉間の皺は消してくんね?」
「………」
ますます皺が深くなってしまった。
陣は己の浅はかな考えに遅まきながら物申したい気分だった。
彼としては入りづらいとはいえ、術を使うのにそれなりに抵抗もあったのだ。
ただ、それ以上に彼にとってこの店のメニュー制覇というのはどうしても達成したい項目だった。
そして、遂に術を使った変装がバレてしまった訳なのだが……その時彼の頭に浮かんだのは、霧上を誘って店に入る、というものだった。
女子を連れていれば店で浮きづらくなる、という理由もあったが……何とこの人気店、男女のペアで来店した場合のみに頼めるお得なセットメニューが存在するのである。
魔具の点検や依頼で負った傷の治癒等でバイト代の大半を削られてしまう陣としては非常に魅力的なメニューなのだ。
ついでに口止め料としてケーキをご馳走しよう、というのが陣の頭に浮かんだ案だったのだが、どうやら後半の目的に関しては効果は薄そうだった。
「(ま、目当てのセットメニューは頼めたし結果オーライか……)」
そんな事を考えながらも、彼の頭の片隅では否応なしにこれから運ばれて来る甘美な芸術品の予想図が再生されていた。
何と今回はセットの力により二つのケーキを頼む事が出来てしまったのだ。
毎回毎回もう一つ頼みたい、という欲求に苛まれていた陣にとって今日の注文は待ちに待ったものだった。
「……お前、本当にケーキが食べたかったんだな」
「え? まだそこ疑ってたの?」
「悪いか」
「いや別に悪かねぇけどよ……つか、俺が甘い物好きって割と分かりやすいと思うんだけど。緋志達もルミちゃんもすぐ気付いたし」
「いちいち貴様の好みなど気にする訳ないだろう」
「辛辣だな〜」
二人がそれなりに熟れてきたテンポで、そんな会話をしているとウェイトレスが両手にトレーを持ち階段を登って来た。
それを見た陣の瞳が一気に輝きを増した。
「お待たせ致しました〜。こちらセットのケーキとアイスココアお二つですね〜」
ソワソワと落ち着かない様子で体を揺らし始めた陣に霧上が今日一番の冷たい視線を送ったが彼には届かなかった。
ウェイトレスが一礼して去っていった瞬間、陣は両手を合わせて厳かな声で言った。
「頂きます」
休日限定の『子猫の尻尾』にゆっくりとフォークを入れ、優しく一欠片を口に運ぶ。
甘いながらもほろ苦さがアクセントになったキャラメルの風味を噛み締めながら彼は一言呟いた。
「生きてて良かった……」
「大袈裟な」
霧上は呆れながら『神秘の肉球』という名前らしいイチゴのタルトを口にした。
「!!?」
「どうだ?」
「何故お前が偉そうな顔をしている」
「まあまあ、いいからいいから! で、感想は?」
「………美味しい」
「だろ〜?」
霧上としては陣に負けを認めたようで癪に触る対応だったが、それでもこのケーキの味は認めない訳にはいかなかった。
ここ数年、正確には細井に引き取られてから食生活も管理されたものだった為、こういったモノを食べる事さえ霧上にとっては新鮮な経験だった。
「……そういえば、昔はケーキを焼いたりもしたな」
「ん? キリちゃんって料理とかお菓子作りとかするタイプなの?」
未だに許可を出していないアダ名で呼ばれた霧上の表情が再び険しくなるが、ケーキのお陰か彼女から小言が飛ぶことは無かった。
「……施設にいた頃の話だ」
施設、という単語を聞いた瞬間、陣の動きがピタリと止まった。
彼はフォークを置くと、気まずそうな顔で頭の後ろを掻き始めた。
「あーその……」
「気にするな。私の事を今野が調べたという事は聞いている。当然、お前も少なからず内容を知っているという事は予想の範囲内だ」
実の所、陣は緋志が麗子と夜亟に依頼した調査の報告書を偶然事務所で目にしてしまったのだ。
何気なく手に取ったソレが霧上の生い立ちから現在までを纏めたものだと分かった時にはあらかた目を通してしまった後だった。
いつか謝らなければ、と考えていたもののタイミングを掴むことが出来ずにいた陣だったが、気まずい雰囲気も払拭する為にもとにかく謝罪しようと口を開いた。
「いや、なんつーか……悪かったな、勝手に他人の過去を調べるとか趣味悪いにも程があるっつーか……」
ところが、霧上は首を傾げると陣の予想を裏切る返しをしてしきた。
「? お前達からしてみれば、あの時の私は異質な、かつ敵対する可能性のある相手だったはずだ。となれば、相手の事を調べようとするのは当然だろう?」
霧上の言葉は緋志や、麗子が聞けば同意する類のものではあったが、彼等と違い陣はそういった考えが苦手だった。
「俺ぁそこまで割り切れねぇんだよ」
困った様な表情を浮かべる陣を霧上は暫し無言のまま見つめていた。
が、やがて小さくため息を吐くと
「………とにかく、この話は終わりだ」
と締めくくり、再びケーキに口を付け始めた。
陣も空気を重くした事を反省したのか黙って頷くと途端に表情を変えてこう提案した。
「お、そうだ。提案があったのにすっかり言い忘れてたぜ! 折角だし、お互いのケーキ一口ずつシェアとか……」
「断る」
「即答!!」
「当たり前だ」
ガックリと肩を落として見せた陣だったが、勿論冗談で言ったことなので霧上がすげなく断ってくれた事に内心安堵していた。
ともあれ彼のアクションで空気が和らいだお陰か、珍しく霧上から陣に話し掛けて来た。
「そういえばお前、文化祭の時にもクレープを焼いていたが……もしかしてアレか? お菓子が好きな不良とかいう使い古された設定持ちなのか?」
「ヒデェ言われようだな……そもそも俺不良じゃねえから、つうか夏菜の影響受けすぎだろ!」
どうやら霧上は夏菜から借り受けた漫画やライトノベルに大いに影響を受けつつあるようだった。
後で布教も程々にするように夏菜に言っておかなくては、と陣は心に誓いながら一応話の流れを切らぬ様に答えておくことにした。
「ま、確かに色々作ったりするのは好きだな……食うのも好きだけど」
「つまりスイーツ(笑)、という奴なのか?」
「………説明が面倒臭ぇ。一体どんな染められ方してるんだよ……昔はただ甘い物食うのが好きなだけだったんだよ。作るようになったのは中二の頃からだな」
陣の脳裏にあの衝撃的な出会いのシーンが蘇ってきた。
今まで食べた事の無い、魔法の様なケーキだった。
アレを食べて、彼に出会ってから陣は自分もいつかああいうモノを作りたいと、自らも菓子を作るようになったのだ。
「……この店にいる人達さ、皆嬉しそうだろ?」
唐突に陣はそう呟き、辺りを見回した。
釣られて霧上も首を動かし、彼の言葉が真実である事を確認した。
度合いの差はあれど、確かに客は皆楽しそうに、幸せそうに過ごしていた。
「俺も、あんな風に誰かを笑顔に出来る様なモンを作りたいんだよ」
そう言って微笑む陣は、いつもと違った雰囲気を纏っていた。
虚をつかれた霧上は数秒固まってからどうにかこう言った。
「………何というか、全然似合わないセリフだな」
「相変わらず辛口だなぁキリちゃん」
「んぐ……そのキリちゃんというのをいい加減……」
「あぁ、あの肉球ケーキってのも気になってきたな……テイクアウトもありだな」
「話を聞け!!」
二人が店を出た頃には空模様がかなり怪しくなっていたが、どうにか雨は降らずに持ちこたえていた。
「いやぁ、堪能したぜ。ありがとな、キリちゃん」
「……別に私は何もしていない。というか、会計はお前持ちだったじゃないか」
「まあまあ、取り敢えず感謝の気持ちを伝えたかったわけよ。今日は楽しかったぜ」
ニッ!と笑う陣を何故か直視出来ず霧上は目を逸らしながらポソリと呟いた。
「……良かったな」
「んじゃ、俺はもう帰るけど送らなくて大丈夫か?」
「余計な気を回すな。少なくとも私はお前よりも強いぞ」
こりゃ失敬、とおどけて見せた陣はヒラヒラと手を振りながら霧上の帰り道とは反対側へと歩いて行った。
数メートル歩いた所で、陣はわざと人気の無い路地へと入り込んだ。
「よお、人の事ずっーと覗き見しやがって。趣味悪いったらありゃしないぜ」
彼が振り向いた先には長身の男が一人立っていた。
目深に被ったニット帽と口元まである襟のせいで顔はハッキリとは見えなかった。
ただ、その男の赤く光る目だけが異様な存在感を放ち陣を射抜いていた。
自分の中の何かが警鐘を鳴らすのを、陣はヒシヒシと感じ取った。
北条陣の平和だった休日は、この時をもって終わりを迎えてしまった。




