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文化祭 その四

天気予報の通り、晴れ渡った青空と爽やかな風がそよぐ絶好のコンディションのその日、遂に千台高校の文化祭は始まった。

生徒達の家族だけでは無く、他校の生徒や張り紙を見て訪れたらしき人等、多くの人々が訪れ校内は人の群れで溢れ返った。

千台高校の文化祭は毎年趣向を凝らした出し物と様々なイベントで有名であり、毎年楽しみにしている人もいる程である。

普段は自分達と教師しかいない空間に見知らぬ人々が大挙して押し寄せる光景が生徒達を否応なしに高ぶらせ、今日が祭りであるという事を実感させた。



「緋志!! 生地出来たか!?」

イチゴとバナナをトッピングしたシンプルなクレープを仕上げながら陣がテントの後方に向かって叫んだ。

レジを設置した通路側とは反対の、学食のある建物側では家庭科室から借りてきた三台のホットプレートが設置され更にそのすぐ横には、これまた家庭科室のモノを台車を使って運んで来た大型冷蔵庫が置かれていた。

この一等地の特権である計四つの電源のお陰でここまで体制を整えられたモノの、既に処理能力の限界が訪れようとしていた。

それを象徴するかの様な悲痛な叫びが緋志の口から飛び出す。

「今二枚上がった!! ボウルの方はもう空だから次は少し時間掛かるぞ!!」

「げっ………マジかよ!?」

レジ係の女生徒に完成したクレープを渡しながら陣は思わずうめき声を上げてしまう。

既に緋志達のクラスのテントの前には人だかり……所ではなく人の『山』が出来ていた。

確かに、陣は文化祭でよく見るイメージの焼きそばや、お好み焼きなどとは違い、スイーツ系統のクレープは女性受けが良くそれなりの集客を見込めると踏んでいた。

しかし、実際に販売を始めてみるとクレープ生地を焼く甘い匂いに釣られてやって来た二人組の女の子が直ぐに一つずつ購入して行き、更にはそれを見ていた校門から入ってくる新しい来客が並びだし、遂には人が集まっているのを見た人が更に並ぶ……と言った感じに、まるでねずみ算式に待ちが増えてしまったのだ。

当初の予想を上回るその人気振りに緋志達は喜んだ……が、直ぐに修羅場へと追い込まれる事になった。

まず、幾ら三台のホットプレートという、他のクラスでは成し得ないであろう贅沢な環境が整っているとはいえ、生地の作成にはそれなりに時間が掛かってしまう。

調理に慣れていない生徒もいるので尚更である。

さらに、人が並び過ぎたが故の別の問題も発生していた。

緋志達のテントは校門を入ってすぐ、校内へと続く道の側面に設営されている。

そこに大量の人が何の考えも無しに集まった事で道を塞いでしまうという事態が起こっていた。

こればかりは対策をしていなかった緋志達にも非がある。

が、売り子の何人かを列の整理に回してはいるが客の絶対数が多過ぎる為、なかなか収集がつきそうにない。

「(や、やべーな……こりゃ)」

最早、クレープを自動で仕上げる機械の様になりながら、陣はどうにか状況を改善出来ないかと思考を巡らすのだった。

と、四苦八苦する彼等の耳に馴染みのある落ち着いた声が聞こえてきた。

「陣!」

自分を呼ぶその声はどうやら後ろから聞こえて来る。

手元を止めずに陣は首だけ動かしその声の主の姿を探した。

すると、テントの裏手の出入口様のスペースから舞が入って来る所だった。

右腕には緑色のビニール生地に黄色の文字で『風紀委員』と書かれた腕章を嵌めている。

「緋志君お疲れ様!」

「ああ、お疲れ……!」

緋志は切羽詰まった声で返事を返す。

他の生徒達にも労いの声を掛けながら彼女は陣の横まで来ると僅かに声のトーンを落とし尋ねた。

「ちょっと、実行委員会と風紀委員会に苦情が来てるわよ……道が塞がれてるって」

「だ、だよなぁ………つってもよ、人手が足りなくて……」

とてもでは無いが対処仕切れない、という陣のセリフを先読みしたらしく、舞は急いでトランシーバーに向かって何事かを呟いた。

陣が聞き耳を立てて聞いた所、どうやら何人か列の整理の為に応援を頼み、かつ、自分の見回りの時間を減らして貰えないか本部の人間に確認しているらしい。

陣が祈る様な気持ちで彼女の反応を待っていると、やがて、彼女は腕の腕章を外しながら陣に言った。

「今から風紀委員からの応援が二人来るわ。去年使った列整理様の立て札があったから使ってもいいそうよ」

「ま、マジすか!!」

「それと、私も今から手伝いにはいるわ。何をすればいい?」

頼もし過ぎるぜ! と陣が心の中で叫んだその時……またしてもテント後方から悲鳴が上がる。

「陣!! このままいくと材料が午前で切れるぞ!!!」

「「…………」」

陣と舞は顔を見合わせると同時に苦笑した。

どうにも予想通りにはいかない一日らしい。

陣は滑らかに手を動かしながら、同時に指示を出し続けるという高難度の並行作業を休憩まで強いられる事となったのだった。




緋志達が奮戦している頃、夏菜に連れられた霧上とルミは校内を散策していた。

彼女達は生徒特権で朝早くから校内にスタンバイしていた為、自分達のクラスの出し物がどういう状況になっているのかは気付いていなかった。

一先ず、同じ学年のクラスを見回ろう、という話になり三人は動き出したのだが………

「………二人共楽しそうね」

クスクスと笑いながら夏菜は隣を歩く二人をそう評した。

言われて初めて、霧上とルミは自分達がキョロキョロと辺りを見回しながら新しい玩具を探す子供の様に目を輝かせている事に気が付いた。

普段から無愛想な霧上は特にいつもとのギャップでそれが分かりやすかった。

「え、えっとその………」

「…………悪いか」

二人が恥ずかしそうにするのを見て、夏菜は慌ててこう言った。

「別に悪いとかじゃないわよ! 折角の文化祭なんだから楽しまないとね」

夏菜は二人の手を引くと器用に人の波を避けながら歩いていく。

その足取りは軽く、心の内を表している様だった。

人の事を笑っておいて自分もしっかり楽しんでいるじゃないか、と霧上は訴えたかったがそんな暇さえ今の夏菜は与えてはくれなかった。

そして、霧上自身も何時もの様に振る舞うのが難しい状態だった。

何せ今まで細井の元で『仕事』しかして来なかったのだ。

こんな日常の中の非日常など体験するのは初めてで、地に足が着かないのだ。

きっと、隣を歩いている半分吸血鬼の少女も自分と同じ状態なのだろうな、というのが分かっていたので奇妙な安心感はあったのだが………

とにかく、今は慣れている人間に身を任せようと霧上は大人しく手を引かれるのだった。





「それで、どうしてこうなった」

「さ、さあ〜?」

霧上が何時もの様にムスッとした顔でボヤくもルミはその質問に対する回答を持ち合わせていなかった。

二人は今、体育館の舞台袖にいた。

ルミと霧上の他にも何名かの女子生徒が同じ様に待機している。

見た事の無い生徒も居るのでどうやら学年もクラスもバラバラらしい。

何故二人はこんな所に居るのか………あの後、夏菜と色々と見て回っていた二人を黄色の腕章を着けたイベント実行委員会なるものに属する生徒が連行して来たのだ。

二人は当然、理由も説明せずに自分達に体育館へ来て欲しいというその横暴な態度に拒否の意思を返そうとしたのだが……何やら事情を察したらしい夏菜がその生徒に味方をして二人をここまで引っ張って来たのだ。

暗幕が垂らされた体育館は普段と違いまるで映画館の様な雰囲気だった。

ステージだけ明かりが着けられ、その光で僅かに照らされた館内にはパイプ椅子が並べられそこに座っている人も居れば壁際に立っている人もおり、それなりの客が詰めかけている様だ。

ステージ上にはピアノとドラムセット、そしてアンプ等の機材がセッティングされていた。

「あれ……バンド? 用の道具ですよね? もしかして私達に演奏しろと言うんじゃないですよね?」

「さあな………そう言えばパンフレットがあったな……確か体育館でのイベントスケジュールも書かれていた気が……というか夏菜の奴はどこに行ったんだ?」

霧上はボヤきながら一応持っておいたパンフレットで今から何が行われるのかを調べようとした。

しかし、それよりも先に舞台袖に入って来た男子生徒のセリフで二人は自分達の置かれた状況を知る事となった。

「えー本日はミス千台高校へのご参加ありがとうございます! 残念ながら諸事情により全参加者の方にお集まり頂く事は出来ませんでしたが時間も無いのでそろそろ説明の方を始めさせて頂きたいと思います!」




「「…………え?」」




一時を回った頃、緋志達はどうにか一息つく余裕を得ていた。

あっという間にお昼時は過ぎ去り、ようやくその頃になって客数が落ち着いてきたのだ。

いつまた混み出すか分かったものでは無いので休める内に休んでおきたかった。

食堂のある建物の二階へと続く階段が今日に限っては(二階が立ち入り禁止な為)使われることも無いので陣と緋志と舞はそこに座り込み休む事にした。

とてもでは無いがテントの中ではゆっくり出来る雰囲気では無いし、かといってこの場所からあまり離れる訳にもいかないからである。

「にしても、予想以上にヤバかったな……」

ペットボトルのお茶で喉を潤し、陣がポツリと呟いた。

緋志は疲れた顔で無言で頷くのみである。

正直な所、緋志は用意した材料が無くなった時点での販売終了を提案したい位だった。

が、午後の係になっている生徒の活躍の場を奪う事になってしまうという事情もあり実際には自転車通学の生徒に頼んで買い出しに行って貰った。

「ねえ、陣と緋志君居なくても大丈夫なの?」

舞が心配そうな顔でそう尋ねたが、陣は手をヒラヒラさせながらこう言った。

「だーいじょーぶ。うっちゃんは結構仕上げ上手い方だし、佐藤さんはちゃんと生地焼けるし。今は昼飯食ったばっかで客も少ないだろうし」

「……まあ、それなら大丈夫そうね」

陣の口からスラスラと出てくる説明を聞いて舞は安心したらしく、ようやく陣が奢ってくれたお茶に口を着けた。

実の所、約束していた陣と二人で校内を見て回る時間になっているのだが、それを言い出せる雰囲気では無かった。

舞は、これからどうしようか、どうせならこのまま手伝いをしていた方が一緒に居られるし何より楽しそうだ………と考え、それを陣に伝えようと口を開こうとした。

その時、どこからか緋志の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

三人は顔を見合わせ、同時に立ち上がると階段から顔を覗かせテントの方を見てみた。

「ルミと、霧上?」

緋志達はテントの中を確認しているらしき二人の姿を発見した。

「おーい、ルミちゃーん、キリちゃーん!!」

陣が声を掛けると二人は直ぐに三人に気付き歩いて来た。

「あれ? 夏菜は一緒じゃないのか?」

何度も楽しげに夏菜と霧上と一緒に色々と見て回る、という話を聞かされていた緋志はそう疑問を感じた。

「あ、夏菜さん漫研があるからって……」

「なるほど……何か二人共疲れてないか?」

近くで見てみると二人共顔付きがゲッソリとしているように緋志には感じられた。

舞と陣も同じ感想を持ったらしく、心配そうな視線を二人に向けている。

「え、そ、その……」

「……人が多くて疲れただけだ」

何故だろう、霧上からそれ以上聞くなという威圧的なオーラが漏れだした気がした。

そこまで拒絶されると逆に聞いてみたくなるのが人情というものだが

「………そう、ちょっと疲れただけだ……フフッ」

今にも消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべる霧上を見ていると流石にこれ以上踏み込むのが躊躇われてしまった。

「ま、まあー何か知らんがお疲れ……ってか、疲れてんなら無理して当番しなくても大丈夫だぜ?」

陣が気を利かせてそう提案したが、隣に立つ舞からある種の波動が発せられて直ぐに自分の失言に気が付いた。

が、幸運の女神も今日位は彼に味方してくれるらしい。

霧上とルミは首を横に振り、こう言った。

「いえ、大丈夫です! 楽しみにしてたのでやらせて下さい」

「人の心配をする余裕がある様には見えないぞ。いいから休め」

二人のセリフにこれ幸いとばかりに陣は頷くと、二人に簡単に状況の説明をして当初の予定通りルミにレジ係を、霧上にクレープの仕上げをお願いする事にした。

二人がテントに入るのを見届けてから陣は緋志の方に身体を向けると頭を掻きながら申し訳無さそうに

「あ〜……その、ちょっと休憩貰っていいか? 緋志が休憩入るまでには戻って来るからよ」

「気にするなよ、じゃ俺はそろそろ戻るよ」

舞にも軽く手を振ると緋志はテントの方へと歩いて行った。

陣は深呼吸をすると、先に謝罪を済ませて置こうと舞の方を向き頭を下げようとした。

「その………す、」

「別に謝らなくても良いわよ。それより、時間無いんだから早く行きましょ」

「え、お、おう。そうだな」

どうやらご機嫌を直してくれたらしいと分かり、陣はホッと胸をなで下ろした。

絶妙のタイミングで現れ最高の行動を取ってくれた女神二人と、他人の事には気が利く親友に心の中で感謝した。



「取り敢えず、何か買って食べるか……流石に腹減っただろ?」

「そうね………あ、三年生のクラスで焼きそば作ってるクラスがあったわよ」

「じゃ、そこ行きますかね」

どうやら午後になり、全体的な来客数自体が落ち着いたらしく特に並ぶ様な事もなく二人は目的の品を手に入れる事が出来た。

問題はどこで食べるのか、だった。

陣は少々悩んだものの、奥の手を使う事にした。

一応、舞の体調を気遣い断りを入れておく。

「なあ、ちょっとだけ力使ってもいいか?」

「? 別に良いけど何するの?」

「こうするの……『解放』」

陣は誰にも見られていない事を確認してから、自分と舞の姿を見えなくすると予告無しに舞を抱え上げた。

驚きのあまり声を出しそうになる舞だったが、陣が突然妖の力に任せた大ジャンプを敢行したせいで機会を逃してしまった。

三度の跳躍の末に陣は校舎の屋上に到達する事が出来た。

「あ、アンタね……」

舞に睨みつけられた陣は急いで彼女を降ろすと平伏して弁解する。

「い、いやほら、今日人多いし2人きりになれる場所限られてるというか……扉に鍵掛かってるから仕方なく、な?」

陣は階段へと続く扉を指差し、引き攣った笑みを浮かべる。

舞は眉をピクピクとさせながら、怒った様な、そうでもないような何とも微妙な表情を浮かべていたがやがて、ため息を吐きこう言った。

「次は無いわよ」

「い、イエスマム……ま、まあ、取り敢えず飯にしようぜ」

陣は先に給水塔の上へと登ると舞を軽々と引き上げた。

そして、すぐに力を抑え直すと、心配そうな表情で舞に確認した。

「気分悪くなったりしてないか?」

「……別に陣の傍に居て体調悪くなったりしないわよ最近。ルミちゃんの事だって平気だし。むしろさっきのアトラクションゴッコの方が心臓に悪かったわ」

「ご、ゴメンナサイ……」

ひとしきり陣をからかって気が済んだのか彼女は仕入れた焼きそばのパックを取り出し、陣に箸とお絞りを添えて差し出した。

有難くそれを頂きながら、どうやら舞の体調が大丈夫らしいと分かった陣は安心した。

二人は同時に頂きます、と合掌し暫くは無言で箸を動かした。

午前中は動きっぱなしでロクに水分補給すら出来ていなかったので、香ばしいソース焼きそばが染み渡る。

「美味いなぁ………」

「一つで足りそう?」

「おう、大丈夫だぜ」

モグモグと口を動かしながら、陣は不思議な気分を味わっていた。

そう言えば、何時から舞の近くに居ることを怖がっていたのだろうか、と。

いつからこんな風に普通に接する事が難しくなってしまったのだろう。

「(というか、昔はコイツの方が俺の事避けてた気が済んだよな……)」

自分と違いゆっくりと焼きそばを食べている舞をジーッと見つめながらそんな事を考えていると、彼の視線に気づいてのだろうか、舞が陣の方へ顔を向けた。

目と目が合い、瞬間的に顔を逸らしてしまう。

「(って、これじゃ何も変わってねーじゃねえか! えーと……)」

取り敢えず何か話をしなければ、と考え必死に話題を選ぼうとする陣の耳に、舞の静かな声が届いた。

「良かった」

「………な、何が?」

僅かに上ずってしまったが、どうにか陣はそう聞き返した。

チラリと舞の横顔を見てみると僅かに微笑んでいる。

「二人で話したり、ご飯食べたり出来て、良かった……ちょっと物足りない気もするけどね」

その時、陣は自分の胸の奥から何かがこみ上げて来る気がした。

このままでは不味い、と本能的に悟った彼は口を動かす事で気を紛らわせる事にした。

「いや、その、俺も楽しかったよ……ありがとな……あと、色々助かったよ、ホント」

「そう?」

「あ、ああ。舞が居なかったら色々ヤバかったよ実際。感謝してるぜ」

どうにか、奇跡的に普段の様に笑いながらそう言うことが出来た。

ところが、舞からの反応が返ってこない。

何か不味い事でも言ってしまっただろうか、と急激に不安になった陣は恐る恐る舞の様子を伺ってみた。

が、舞は視線を落としており、表情から何かを察する事が出来なかった。

何か言うべきなのか、いやしかし何を言えば、と陣がパニックになりかけたその時、舞の口からポツリと言葉が漏れた。

「お礼……」

「?」

「今度、お礼として、どっか連れてってね」

何とか耐えてきた陣だったが、最後の最後にノックアウトされてしまった。

耳から火が出そうな程顔が熱くなるのを感じながら陣はどうにかコクコクと頷いた。

それが、今の彼には精一杯だった。




「おい、なんか顔赤いぞ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ。何も問題は無い。ノープロブレム!!」

一時間ほどして戻って来た陣は明らかに挙動不審だった。

それでも本人が大丈夫だと言い張る以上、緋志も無理に問い詰めるつもりは無い。

「舞は?」

「あ、ああ、風紀委員の本部行ったよ」

「そうか……俺もコレが出来たら休憩貰うよ」

「はいよ」

陣は緋志から視線を外し、テントの前方部、レジと商品を渡す為のスペースに目を向けた。

どうやら、お昼前のピーク時程では無いが、それなりに並んでいる客がいるらしくルミ達が必死に手を動かしていた。

やがて、当番の生徒達も欠けることなく集まり、陣はルミに声を掛けた。

「ルミちゃん、お疲れ。交代の時間だぜ」

「あ、ハイ……」

ルミが女性客二人にクレープを渡し終えたタイミングで陣は声を掛けた。

ルミは交代に来たクラスメート達に挨拶をするとテントからフラフラとした足取りで出てきた。

どうやら、陣の予想通りルミの集客効果は抜群だったらしい。

「大丈夫か、ルミちゃん?」

「は、はい……何とか」

が、弱々しい笑みを浮かべるルミを見ていると若干申し訳ない気分になる。

陣は頭を掻きながら少しばかり悩んだものの、ここで謝罪に入るのも変な気がしたので、手っ取り早く彼女を元気にする話題を振ることにした。

「いやぁ、お疲れさんだぜ……あ、そういや緋志の奴も休憩だったな」

緋志、の辺りでルミの顔には期待が滲みだし、後半を聞き終えた瞬間の嬉しそうな顔はそれはもう背景に花でも浮かんできそうな程だった。

どうやら、緋志は休憩を被らせた事をルミには伝えていなかったらしい。

目論見が成功した事を陣が確認した時、ちょうど区切りが付いたらしい緋志がテントから姿を現した。

二人の姿を認めると、エプロンを外しながら話しかける。

「陣、休憩貰うぜ」

「おー、お疲れ……ほれ、エプロンは預かるぜ」

「サンキュー」

陣に礼を言いながらエプロンを渡した緋志は、彼の隣に立つルミに声を掛けた。

「ルミはもう当番終わりなのか?」

「え、あ、う、うん………」

これは早々に退散した方が良さそうだ、と感じた陣は「じゃ、俺はこれで」と言い、敬礼をしてからテントの中へと潜っていった。

二人きりになり、最近続いている沈黙が顔を覗かせる………かに思われたが、そうなる前に緋志が口を開いた。

「ルミはもう、昼は食べたのか?」

突然の質問にルミは戸惑う様な表情を浮かべたが、すぐに首を横に振った。

緋志は頷くと

「じゃあ、一緒に食べないか?」

と用意しておいた筋書き通りのセリフをどうにか言い切った。





「上手い事、今野と紅道を一緒にしたみたいだな」

陣の隣に立つ霧上が、校舎の方へと歩いて行くルミと緋志を見ながらそう呟いた。

どうやら、作業に慣れてきたらしくお喋りをする余裕が出来たらしい。

あまり話をしようとしない彼女が、しかも自分に話し掛けてきた事に陣は少なからず驚いたが、そこを口に出してしまうと折角のコミュニケーションを取る機会が失われてしまう気がしたので、大人しく流れに乗ることにした。

「まあ、俺は何もしてないけどな……って、あれ? キリちゃん、気付いてたのか?」

心が乱れたせいか、陣はホイップクリームを絞り過ぎてしまった。

慌ててスプーンで修正をかける陣に呆れた様な視線を向けながら霧上はサラリと言ってのけた。

「気付くなという方が難しいだろう……まあ、私はどちらの応援もする気もないがな。興味も無いし」

どうやら、夏菜の気持ちにも気付いているらしい。

隣に立つ少女が意外と人間関係の機微に敏感な事に改めて陣は驚かされたのだった。




「で、何も考えずに校舎の方まで来た訳なんだけど……ルミ、何か食べたい物とかあるか?」

「オムラ……」

「流石にオムライスは無いな」

「えっ………」

言い切る前に先回りされてしまったルミはガックリと肩を落とした。

この世の終わりを見てしまったかの様な彼女の顔を見ていると緋志は何故か自分が悪い事をしてしまった錯覚に陥った。

咄嗟に、言葉が口をついて出る。

「まあ、また作ってやるから……」

「ホント!? 今日の晩御飯!?」

「いや、今日という訳では……分かったよ作るよ、だから落ち着けって」

ルミの無言の圧力に屈した緋志は、脳内の予定表に項目を一つ追加する事になった。

一転してご機嫌になった彼女をこっそりと横目で見ながら、緋志は自分の胸がザワつくのを感じた。

最初に会った時からは想像もつかないが、彼女は実に色々な表情を見せてくれる。

そんな彼女の傍に居ることが楽しい、というのは緋志の偽らざる本音だ。

「………」

これ以上考えると泥沼に嵌りそうな気がした為、緋志は思考の渦を断ち切ると再びルミに質問した。

「じゃあ、昼飯は俺が決めてもいいか?」

「うん!」

微笑みながら頷く彼女が何故、そんなにも嬉しそうなのか緋志は理由の半分しか理解出来ていなかった。

結局、二人はお好み焼きとたこ焼きを一パックずつ買い、それを何処か適当な場所で食べる事にした。

何度か(ルミが)声を掛けられたものの、尽く緋志のひと睨みで退散させ二人は体育館裏の人が居ないスペースで昼食にする事にした。

「ご、ごめんね緋志……」

「別に良いって、ルミくらい可愛ければ声掛けられるのも仕方ないだろ……どうした?」

急に俯いてしまったルミに心配そうに緋志が声をかけるが彼女は手振りで大丈夫、というのを伝えるのが精一杯だった。

数分して、どうにかルミも落ち着きようやく二人は食事を摂ることとなった。

ルミは大阪発祥の粉物フードを口にするのは初めてだったらしく恐る恐るという感じでたこ焼きを口に運んでいた。

緋志から注意されていたが、一口噛んだ瞬間熱さに涙を浮かべる。

しかし、味の方は気に入ったらしくフーフーと冷ましながら結局六個全てを平らげてしまった。

「美味しかった〜」

「足りたか?」

「うん、お腹いっぱい」

割と失礼な緋志の質問にもルミは笑顔で返答する。

そういう感性がどちらにも無い、というよりも今のルミは常に頬が緩みっぱなしになってしまう程幸せだったのだ。

緋志と一緒に文化祭を過ごせた事もそうだが、何より彼と普通に喋れている事が嬉しかったのだ。

「(か、可愛いとか言われちゃったし……)」

ルミは自分の顔が火照っているのを自覚しながらも、その事を思い出さずにはいられなかった。

緋志に、突然ミスコンに参加させられてしまった話をしながらもルミは頭の片隅で考えていた。

「(か、かか、可愛いって思って貰えてはいるんだよね……で、でもそれって顔だけなのかな? 他はそうでもない?)」

と、そこまで考えて突然彼女は自分が都合良く現実から目を背けていることに気が付いた。

冷水を浴びせられた様に気持ちが冷めていく。

「(私の、せいで……色々迷惑掛けちゃってる)」

今までの出来事がルミの心を引き裂く様に思い出される。

ルミは隣に座る少年が、自分の事を好いてくれているはずが無いと、そう思った。

きっと、同族に対する憐れみの様な感情で自分の事を助けてくれているのだと。

きっと、彼は心根が優しいから誰の事でも助けるのだろうと。

そして、堪えきれなくなった彼女の瞳から一筋の涙が零れた。

彼女は慌てて顔を逸らしたが、遅かった。

「!? る、ルミ?」

今まで楽しそうに話していたルミが突然泣き出した事に緋志は戸惑った。

一体、何があったというのか。

悩んだ所で答えは出ないと悟った緋志は取り敢えず彼女に理由を聞いてみることにした。

「………どうしたんだ?」

普段と変わらないその声は、強ばったルミの心をゆっくりと包み込んでくれた。

ルミは涙を拭うと、潤んだ瞳からこれ以上涙が落ちない様に顔を上げると、素直に自分の中の気持ちを彼にぶつける事にした。

そうしなければいけないと、ルミは感じたのだ。

「私、緋志に嫌われてるんじゃ、ないかって、不安になって……」

「………へ?」

「………え?」

緋志の口から間のぬけた呟きが漏れ、それに触発されてルミの口からも似たような声が漏れ出た。

緋志は突然の事に思考が停止しかけたが、どうにかショック状態から立ち直り、同時に困惑気味に言った。

「ど、どうしてそうなった?」

「え、だ、だって……初めて会った時からずっと迷惑ばっかり掛けてるし………」

「そ、そうか?」

「他にも、その………と、とにかく不安になったの!!」

「ご、ごめんなさい……」

勢いに押されて、緋志は謝罪してしまった。

が、すぐに冷静になると緋志は彼女に言い聞かせる様にゆっくりと話し始めた。

「………なあ、最初に会った時、俺は自分の意思で華院さんの前に飛び出したんだ。その時は無我夢中で何で自分がそんな事したのかよく分からないし、正直今でも何であの時飛び出したのかは分からない……でも、リデラの時とか細井の時は違う。今は、ルミの事を、その守りたいというか、何というか……華院さんとも約束したし!」

余計な一言を付け加えてから、緋志は纏まらない思考をどうにか言葉にしようと苦戦した。

ルミは黙ったまま、緋志の事を見つめている。

数秒の静寂の後に、緋志は大きく深呼吸をすると今度はやや早口でこう言った。

「俺は、好きでもない奴を守りたいとか思う程お人好しじゃないよ……いや、違う、いや、違わないけど! その、俺が言いたいのは、俺はルミの事守りたいと思ってて、だから、ルミが気にする必要は無いと言うか……」

普段は慌てる事の無い緋志がしどろもどろになりながら話している姿が面白かったのだろう、ルミはクスリと笑うと短く呟いた。

「ありがとう、緋志」

「あ、ああ」

「……ついでに、一つ聞かせて欲しいの」

「な、何だ?」

緋志は今すぐ吸血鬼化して走って逃げ出しくらいだったのだが、鉄壁の自制心を発動させて耳を傾ける。

ルミはふいっ、と目を逸らすと蚊の鳴くような声で

「こ、この前の、お、お願いの事なんだけど………」

と尋ねた。

緋志は自分の中の何かが音を立てて崩れ去った様な感覚に陥り、僅かにと口を開けて固まってしまった。

何かを言わなくてはいけないのは分かっているのだが、何を言えば良いのだろう。

正直な所を言えば、意味は分かっている。

それ位、流石の緋志でもわかってはいた。

ただ、今の彼女の質問は文面通りの意味では無く、それ以上の意味を含んでいるという事も緋志は奇跡的に理解していた。

「………今は、まだハッキリとは答えられない」

結果、出てきたのはそんな情けない回答だった。

緋志は自覚していなかったが、彼は他人との距離感に狂いが生じていた。

一番身近にあるはずの人間関係を失い、それから他人に何処まで心を許していいのか、彼はまだ分かっていなかったのだ。

陣とも、最初は仕事仲間位の関係でしかなかったのだ。

「……じゃ、じゃあその意味については……?」

「まあ、それ位は分かってます、ハイ」

「…………」

プシューという音が聞こえてきそうな程に顔を真っ赤にしてルミは再び俯いてしまった。

緋志もこれ以上ない位気恥ずかしかったが、どうにか意志力を振り絞って口を動かす。

「その、答えを返せない理由は俺自身にあるというか……だから、その、暫く時間が欲しいんだ……」

「………」

ルミが無言のまま頷いたのを見て、緋志はようやく少しばかり落ち着く事が出来た。

結局、それから一時間程は心を落ち着ける為に費やされ、文化祭を見て回る事は出来なかった。

それでも、ルミは心のつっかえが取れたお陰で、実に晴れ晴れとした気分だった。

「(新しい悩みは出来ちゃったけど……)」

それでも、一歩前進出来たことに彼女は喜びを感じていた。

それから、二人はテントに戻り、特に予定も無かったルミも当番の手伝いをして文化祭終了まで時間はあっという間に過ぎていった。

校内放送で文化祭の終了が告げられ、生徒達は片付けへと追われ、校内が元通り綺麗になって帰路に付いた頃には日が暮れかけていた。

流石に色々と疲れが溜まっていた緋志達は真っ直ぐ家に帰ることにした。

こうして、ルミにとっては人生初の文化祭は様々な変化をもたらし、思い出を残し、幕を下ろしたのだった。

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