文化祭 その二
陣と舞が屋上で話している頃、ルミは夏菜に連れられて駅前のハンバーガーショップへと足を運んでいた。
日が伸びて来ているため外はまだ夕暮れ時だが、時刻は七時を回っていた。
それでも、夕飯時という事もあってか店内はそれなりに込み合っている。
先に帰るという緋志からのメールに了解の旨と夕飯は外で済ませるという内容を書いて返信し、ルミはスマホを鞄の中へとしまった。
と、その時丁度二人分の商品を抱えて夏菜が戻って来た。
「お待たせ!」
「あ、ありがとうございます! あ、あのやっぱり自分の分のお金は……」
出しますから、というルミのセリフを手振りで遮り夏菜はカラリとした笑顔を浮かべると言った。
「良いわよこれくらい。色々手伝って貰ったしそのお礼」
結局、ルミは夏菜との話し合いの末に、お化け屋敷を提案する事にした。
夏菜はまさかルミからそんな案が出てくるとは予想していなかったらしく、恥ずかしい格好をするのか、苦手なモノを自分から作りにいくのかで悩んだ様だが、結局ルミの案を受け入れる事にした様だった。
それから、陣のクレープ屋を含め六つの案が出され、何度かの投票で数が絞られ、最終的に陣とルミの案の一騎打ちとなった。
そこで、いきなり投票に移ればもしかしたらルミ達のお化け屋敷の案が通っていたかもしれない。
あまり積極的な面を(学校では)見せていないルミが話し合いに参加しただけでなく、案を出したのはクラスメート達にそれ程の衝撃を与えていた。
「あ、ありがとうございます……でも、結局お役には立てませんでしたね」
「まあ、売り子をやる時は普通に制服で良いって言ってたし、別に問題は無いわよ。陣の奴に言い合いで負けたのはムカつくけど」
「アハハ……」
ルミはどちらの方に肩入れする事も出来ず、乾いた笑いを漏らすだけだった。
陣とルミのアイデアで一騎打ちになった時、多数決を取る前に発案者の二人に自分の案の細かい説明や、クラスメートからの質問に答える時間が設けられた。
そこで、不安になったルミは夏菜をスケットに付け教壇に立った……までは良かったのだが、何せその様な経験が皆無な上に案を出すのに必死で中身までしっかり考えていなかった事もあり、グダグダな説明になり、そこを陣に突っ込んで聞かれ、更にアタフタ……という展開になってしまったのだった。
「まあ、アイツ結構気合い入ってるみたいだったし、陣が指導するなら美味しいモノ作れてお客さんも来てくれるだろうし、別に良いんだけど……」
「あ、そういえば陣さん、クレープ作りたい人は日程合わせて予行練習するって仰ってましたね。陣さんって、もしかしてお料理得意なんですか?」
「料理というよりは……お菓子作りの腕は確かよ。普段のアイツからじゃ想像も付かないけどね」
「へえ〜」
ルミは意外過ぎる情報に目を丸くした。
ルミは売り子をしようと考えているので、その腕を確認出来るのは早くても文化祭当日になるだろう。
話もひと段落した二人は各々のバーガーに手を付けた。
ルミはテリヤキバーガーを半分程食べた所で、口の回りを拭うと気になっていた事を夏菜へと尋ねた。
「そういえば、夏菜さんは売り子とクレープ係のどっちをやるつもりなんですか?」
ルミとしては何の気なしにした質問だった。
ところが、何故かそれを聞いた途端、夏菜は動きを止め、少し顔を青くしてしまった。
ルミはそんな彼女の様子に、自分は何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか、と不安になり慌てて口を開いた。
「え、えっと夏菜さん……?」
「あ、ああ……ごめんね、何でも無い!!何でも無いから……」
心配そうに自分の方を見つめてくるルミに向かって両手をブンブンと動かしながらそう言った夏菜は、明らかに作り物の笑みを浮かべていた。
「そ、そうですか……?」
ルミは夏菜の瞳の奥に葛藤や、悲しみ、そして挫折が入り交じった壮絶な何かを見た気がした。
とてもでは無いがこれ以上聞ける雰囲気では無かった。
「あ〜え〜っと……当日は売り子かな。そっちの方が希望者多いから拘束時間少なそうだし」
夏菜は空気を読んで自分から話を進めてくれた。
ルミはホッとしたのも束の間、夏菜の言い方に少し引っかかり、首を僅かに傾げながら聞いてみた。
「あれ? 夏菜さん、当日は何かやりたい事があるんですか?」
「? あ、そっか、ルミちゃんには言ってなかったっけ……」
夏菜は何やら得心したらしく、鞄の中を漁るとB5サイズのノートを一冊取り出した。
勉強の苦手な夏菜のノートには珍しく、何枚も付箋が飛び出している。
「ノート、ですか?」
「ま、取り敢えず中見てくれる?」
ハイ、と言いながら手渡されたそれをルミはゆっくりと捲ってみた。
そして、直ぐに「うわぁ!」という感嘆の声を漏らした。
中に描かれていたのは、マンガ調の絵だった。
制服を着た可愛らしい小柄な少女と大柄な少年が並んで立っている絵を見ながらルミは思わず早口で尋ねていた。
「コレ、夏菜さんが描いたんですか!?」
「う、うん、ど、どう……?」
「すっごく可愛い!! それに上手いと思います!!……あ、私何かが偉そうにすいません……」
率直に誉められた夏菜は恥ずかしそうに笑うと、こう言った。
「そんな事ないよ。ありがとね」
「い、いえ本当の事ですし……あの、もしかして漫画を書かれてるんですか?」
「うん、まあね」
ルミは屋敷に居た頃、極少ない娯楽として父親の残した漫画と、華院が集めていた最近のシリーズモノを好んで読んでいた。
今でも、お金に余裕が出来たら自分でも買ってみたいと思っている程、漫画が大好きだった。
その為、身近な人物が漫画を書いているという事実は普段の彼女から考えられない程の積極性を引き出した。
「あ、あのいつから描かれてるんですか?」
「中学の頃かな……まあ、趣味みたいなもんなんだけどね」
夏菜は自分とノートを交互に見るルミを微笑ましく思いながらそう説明した。
実際のところ、彼女にとって漫画は趣味以上の意味を持つものだったのだが、それは付き合いの長い緋志達にすら秘密にしている事だった。
やがて、どうにか満足したらしいルミは夏菜にノートを返すとオレンジジュースを一口飲み乾いた喉を潤した。
「ふぅー」
「大丈夫?」
それを面白そうに眺める夏菜に、今度はルミが顔を赤くする番だった。
「す、すいません……凄く可愛い絵だったのでつい興奮してしまって……」
「何だか新鮮な気分だったわ……えっと、そう話を戻すとね、私漫画研究会に所属してて部誌を出すからそっちの売り子もしないといけないの。個人的にも今回はかなり気合い入ってるし、出来ればそっちに時間掛けたいかな〜とか思ってて……」
「そうなんですね……部誌、絶対買いに行きます」
「ふふ、ありがとね」
早くも夏菜のファンになったルミは両拳を握りしめながらそう宣言した。
そんな彼女に再度お礼を言いながら夏菜は自分も一口緑地を飲み、ふうっと息を吐いた。
内心、夏菜はルミがどんな反応を見せるか不安だったのと、単純に自分の絵がどう評価されるかが分からず緊張していたのだ。
「じゃあ、当日は夏菜さんクラスの当番の時以外はずっと漫画研究会の方に?」
「へ? え、えーっとそ、そうね………まあ、折角だし色々回りたいかなーとか思ってるんだけど舞は委員会とかあって忙しそうだし、陣は……論外だし」
「(陣さん……)」
「緋志は多分陣の手伝いとかで忙しいだろうし……何というか一緒に回る人居ないしどうしようか迷ってるというか……」
珍しく、そんな事を言い出した夏菜に、ルミは勇気を振り絞りお誘いを掛けてみることにした。
「あ、あの、それだったら私と一緒に回ってみません……」「良いの!?」
あまりの食い付きの早さに、一瞬固まってしまったが、ルミはどうにか笑顔で頷く事に成功した。
ルミとしても緋志を誘いにくい現状、誰と当日を過ごそうか悩んでいた為有難かった。
と、あの時の感覚が蘇り、ルミは自分の血液が沸騰しかけた様な錯覚に陥った。
「? ルミちゃん、大丈夫? なんか、顔赤い様な……」
「だ、だだ、大丈夫です!………あ、あの霧上さん、誘ってみませんか?」
ルミは慌ててそう口にした。
「あ、そうね。テスト勉強でお世話になったし、もう少し普通に話とかもしてみたいし……」
どうやら、上手く夏菜の意識を逸らす事に成功したらしい。
ルミは再びストローを口に咥え、どうにか心を落ち着かせた。
今はあの時の事は考えない様にしよう、と自分に言い聞かせる。
「(……文化祭、かぁ)」
他の事を考えよう、とするとやはりその事を考えてしまうルミだった。
色々と楽しみなルミは跳ね上がる心を抑えながら夏菜とのお喋りを再開するのだった。
更に同時刻、緋志は霧上と共に麗子の事務所を訪れていた。
あの後分かった事と、霧上のこの後を話し合う為だった。
「では、特に分かった事は無い、という事ですか……」
一通り話を聞き終わった緋志は落胆の色を隠せなかった。
肝心な魔導書らしき手帳と、細井本人は消されてしまったモノの色々と手掛かりは残っていたので、てっきり犯人の目星位は付くだろうと踏んでいたのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。
霧上の方は色々と聞かれて疲れたらしく、ソファにグッタリと座り込んでいた。
そんな二人に苦笑しながら、麗子は頷き、短く報告をまとめた。
「まあ、色々と分かった事もあったのだけどね……今はハッキリとした事は言えない、という感じかな……ただ、華院の方で掴んだ情報で夜亟が動くらしくてね、私も手を貸す予定だから、何か進展はあると思うよ。もっとも其方はリデラ絡みだけどね」
「そっちすら何も詳しい事は分かってませんもんね……」
緋志は自分では調べようも無い事が積み重なって行く事態に頭を抱えたくなった。
が、今は先にやるべき事を片付けるのが優先だろう、と考え隣で抜け殻の様になっている霧上に声を掛けた。
「霧上、お前麗子さんに話があるんだろ?」
「ん……あ、ああそうだった」
どうやら最近の、主に夏菜のお守りで、霧上は疲れが溜まっていたらしく、いつものキリッとした雰囲気は微塵も残っていなかった。
だが、流石に重要な話をするためか、彼女は深呼吸をして意識を切り替えると麗子に顔を向け、真剣な表情で言葉を発した。
「鎖間那さん、お願いしたい事がある」
「ん、何かな?」
「私を、ここで雇って頂けないだろうか」
霧上は孤児院を出てから今まで細井からの援助で生活してきた。
認めるのは癪だったが、任務をこなすにも彼の手助け無しにはままならない部分は多々あったし、そもそも仕事を取ってくるのも彼だった。
要するに霧上一人で対魔師として生計を立てていくのは色々と厳しかった。
それどころか今の賃貸を出る金すら今の彼女には残されていないのだ。
となれば、残された選択肢は限られていた。
そんな訳で霧上にとっては生活の掛かった重要な場面であり、それなりに緊張していたのだが………
「……ふーむ、採用」
「え?」
あまりにもアッサリとそう言われ、霧上は間の抜けた声と顔を晒す事となってしまった。
『良かったのう、主様』
『おめでとうございます、マスター』
連れ歩いている霊が祝福してくれるが、それに答える事すら出来なかった。
「な、なあ、私が言うのもあれかもしれないが、そんなに簡単に決めて良いのか?」
愕然としている霧上を緋志は面白そうに眺めていた。
そういえば、自分もこんな感じでここでの雑用を始めたのだったなぁ、という感慨にふけりながら。
「嫌なのかい?」
「い、嫌ではない……むしろ、有難い」
「うん、素直でよろしい。では早速具体的な話に入ろうか」
「え、いや……はい」
結局、そんな感じで流れるままに彼女は鎖間那探偵事務所の一員となったのだった。
実の所、霧上の加入は麗子にとってもありがたい事だった。
麗子は話でしか聞いていないが、生身で戦う事が出来る上に、柔軟に魔術が使える霧上は現在の事務所の面々のバランスを考えると非常に有難い存在なのだ。
そして、麗子個人にとっても、彼女は興味深い存在だった。
「(まあ、一先ずはここに馴染んでもらう事から始めないといけないかな……)」
そんな事を考えながら、彼女は仕事の流れ等を霧上に説明し始めたのだった。
「なあ、今野、お前達の雇い主はいつもあんな感じなのか?」
すっかり暗くなった帰り道を二人は歩いていた。
霧上は要らないと言ったものの、流石にこんな時間に女の子一人を返すのは気が引けた為、緋志は彼女を送る事にしたのだ。
霧上の質問に少し考えてから緋志は答えた。
「………まあ、大体あんな感じだけど、今日はいつにも増して話を進めるのが早かった気はしたな。霧上、気に入られたのかもな」
色々な意味で、という一言を緋志は危うく飲み込んだ。
麗子の趣味はいずれ知る事になるだろうが、今は隠しておいた方が無難だろうと緋志は会話の片隅で考えていた。
そんな彼の一言をどう捉えたのか霧上が小さく呟いた。
「情で動くタイプには見えなかったのだが………」
これは一応それとなく注意をしておいた方が良いかもしれない、と考え直した緋志は口を開いた。
「あ、言い忘れてたけど、あの人契約は絶対に違えない人だからな。色々気をつけろよ……あと、あんまり二人きりにはならない方が良いかもな……何されるか分からないし」
「………ご助言どうも」
霧上は大きく息を吐くと、気分を変えようと珍しい事に彼女の方から話題を振ってみた。
「ところで、今野は文化祭当日はどうするんだ?」
「? そうだな、多分クラスの手伝いが忙しいだろうし……」
明らかに言い訳めいたそのセリフに霧上は眉間にシワを寄せると、声のトーンを一段下げて呟いた。
「何があったかは知らないが、キチンと話はした方が良いと思うぞ、なるべく早くな」
「………ご助言どうも」
コイツは意外と侮れないな、と若干的外れな感想を抱きながら、緋志は歩を進めた。
結局、彼女の家に辿り着くまで、ルミの事で霧上にネチネチと責められ続けるという、非常に胃の痛い時間を過ごす事になったのだった。




