文化祭その一
五月の二十三日、その日の通常授業は午前中で終了となり午後の時間は全て文化祭の為のホームルームとして使われる事となった。
ついに文化祭へと動き出したのだ、という実感が生徒達を否応なしに興奮させる。
「み、皆さん凄い熱気ですね……」
「他人事じゃ無いわよ!! 他のクラスに負けない様な、ガンガンお客さん呼べちゃう様な企画を考えないと!!」
「は、はあ……」
この学校に訪れてから日も浅く、しかも地元の人間でも無いルミは知る由もなかったが、千台高校は進学校にしては珍しく学校行事に非常に力を入れていた。
当然、勉強面でもそれなりの努力を生徒に求めるのだがメリハリが大事である、という校風であるため数少ない息抜きの場として文化祭や体育際、果ては遠足まで本気で行う学校なのである。
中でも特に大きな行事である文化祭と体育際は生徒達が主体となり行われ、かなりの自由度がある事でこの辺りでは有名だった。
当然、それを知って千台高校に入学している者も多く、夏菜や陣はその一人なのである。
「取り敢えず、これから企画を出し合う訳だけど……」
夏菜は周りの男子達と何やら話し合っているらしい陣の方へと視線を向けた。
彼女は危惧していた。
きっと陣の事だからメイド喫茶をやろう等と言い出すに違いないと。
実際、中学の頃に陣と同じクラスだった二年時にウェイトレスの格好をさせられた事のある夏菜は惨劇を繰り返すまいと固く決意し、ルミに頭を下げた。
「お願いルミちゃん! 協力して頂戴!!」
「へ!?な、夏菜さん……!?」
戸惑うルミに夏菜は簡単に事情を説明した。
クラスで人気のあるルミが出してくれる案ならきっと賛同してくれる人も多いに違いないと夏菜は踏んだのだ。
陣も顔が利く方ではあるが、どちらかと言うと交流のある人物からトコトン好かれるタイプで万人受けするタイプでは無いのだ。
とにかく、ルミに案を出して貰う事が夏菜にとっては大事な事だった。
「えっと、つまり私に何か案を出して欲しいと言うことですか………?」
「そういう事! ルミちゃん理解早くて助かるわ〜」
「で、でも……その、お客さんが呼べるならその、メイド喫茶?でも問題は無いのでは……」
「そ、それは、その……」
ルミは恐る恐る確認を取ってみた。
が、トラウマを抱えているらしい夏菜は首を縦には降ってくれなかった。
それどころかすがり付く様な目でルミの方を見てくる。
とはいえ、ルミの方も簡単に承諾する事は出来なかった。
何せ今まで学校に通った事など無いのだ。
当然、文化祭なるものも初体験である。
緋志から簡単に説明をしては貰ったものの、それだけでイメージを固める事も出来ず、案を出そうにもどういうモノを提案すれば良いのか全くもって見当もつかないのだ。
「(うう〜どうしよう……)」
ルミとしても協力してあげたいのは山々なのだが、自分にその役の適正があるとはどうしても思えなかった。
しかし、困った様な反応を示すルミを見ても夏菜は攻勢を緩めなかった。
パン! と両の手を合わせ顔の前に掲げるとガバッ! と頭を下げて頼み込んだ。
「この通り!! 何なら私と一緒に企画を考えて、それをルミちゃんが提案してくれる感じでも良いから!!」
「(そ、それなら何とかなる、かな……?)」
若干どころかかなりの不安が残ったものの、ここまで頼み込まれて断わってしまうのは、それはそれで気が引けたのでルミはおずおずと頷くとこう言った。
「な、夏菜さんが手伝ってくれるなら……」
「ホントに!? よっし!!」
夏菜はガッツポーズをすると早速ルミと額を突き合わせて話し合いを始めたのだった。
それから数分間、クラス委員が止めるまで教室の至るところで生徒達の話し合いは続いた。
夏菜達の様に二人で話し合う生徒も居れば、十人程のグループを作って話し合っている生徒等、様々だった。
やがて、教壇に立った委員長が「はい、それでは皆さん自分の席に戻って下さい」と声を上げた。
暫くして全員が座り直した事を確認すると、彼は再び口を開いた。
「それでは、案のある方は挙手をお願いします」
すると、四五人の生徒が一斉に手を挙げたのがルミの視界に映った。
陣もビシッ! と右手を突き上げている。
が、肝心のルミ本人は委員長の言葉を聞いて固まってしまった。
考えてみれば当然なのだが、案を出すという事はそれをクラスメートに説明しなければならないということで………
授業中に挙手した事すら無いルミにはなかなかハードルの高い行為だった。
が、一度引き受けて話し合いまでしたのにここで引き下がる事は出来なかった。
ルミは破れかぶれに手を挙げた。
委員長と、他何名かの生徒が驚いた様な表情を浮かべた。
彼らもルミから案が出るとは思っていなかったらしい。
「(うう……き、緊張する)」
キリキリと胃が痛み出したルミだったが、同時に自分がワクワクしている事にも気が付いていた。
「まさかルミちゃんが、お化け屋敷を提案してくるとは思わなかったぜ」
陣は伸びをしながらそう言った。
彼が腰掛けているのはこの間霧上を付けて来た時に発見した屋上の給水塔の上だった。
「夏菜と何か話してたみたいだし、あの子が何か言ったのかもね」
そして、彼の横には舞が同様に座っていた。
企画が決まり、ある程度の話し合いが終わった為後は下校するだけだったのだが……彼は舞に話したい事があった為気力を振り絞り、話し合いで疲れてしまったから涼みに行くのに付き合ってくれ、と言って彼女を誘ったのだった。
が、単刀直入に話題を切り出すのは今の陣には少々難しかった。
今まで二人きりになる事を意図的に避けてきた相手を急に人の来ない所に誘い、しかも伝えたい内容が………
「(って……何か気持ち悪いぞ、俺!!)」
陣は動揺を悟られまいと、必死に笑顔を取り繕った。
当然、舞の方は陣の様子がおかしい事には気付いていたが、敢えて何も言わないでいただけだったのだが。
「なるほどな……てか、だとしたら夏菜の奴アホ過ぎだろ。ビビりの癖に……」
「そこまで考えて無かったんじゃない?」
「それはそれでアホだな」
夏菜には悪かったが、陣としてはこんな話題でも使わないと口を動かす事も難しかった。
先程からヤケに自分の鼓動が早くなっている気がした。
舞と二人でここまで長く話すのは随分と久しぶりな気がした。
何となく、気恥しいというか、気まずいのだが、このままダラダラと話をするのも悪くない様な妙な気分に陣は陥りかけていた。
「(待て待て待て! 違うだろ、おれ! よ、よし取り敢えずそれとなく……)」
陣は揺らぎそうになった決意を締め直すと、どうにか話題をズラしていこうと試みた。
「そ、そういや、文化祭当日って風紀委員も仕事あるんだよな?」
「ええ。見回りとか、色々。当番制だからそこまで時間取られる訳じゃないけどね」
舞がチラリと陣の方を見ながらそう言った。
その視線には、どことなく期待が込められている、様な気がした。
陣は自分の体温が急激に上がってしまった様な錯覚を覚えながら、どうにか返事を返した。
「そ、そうなんだな…………」
「急にそんな事聞いて、どうしたの?」
「い、いや、その………お、俺は当日は委員会の仕事ほぼ無くて、その、クラスの出し物の方も当番制だし………」
陣はグッ、と腹に力を込めると舞の方へと顔を向けてこう言った。
「と、当日一緒に回れそうなら、回らないか……?」
陣はそのまま走って屋上から飛び降りて逃げてしまいたい衝動に駆らたが、どうにか堪えて舞からの返事を待った。
そして、数秒の間の後、彼女は普段と変わらない表情でアッサリとこう言った。
「良いわよ」
「そ、そうか………じゃ、じゃあクラスの当番と委員会の当番の間で……」
ホッとした様な表情を浮かべる陣を見ながら、舞は内心呆れていた。
何を今更恥ずかしがっているのだろう、と。
「(でも、まあ、あっちから誘ってくれた訳だし……)」
許して上げようかしら、と心の中で呟く舞だった。




