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傀儡師事件 夜亟の報告書

体育の授業だろうか。

グラウンドの方からホイッスルの音と、生徒達の声、ボールを蹴るような音が聴こえてくる。

そんな平穏な、いつもと変わらない日常を刻む学校の空き教室には、血溜まりの中に転がる首の無い死体が存在していた。

更に傍らには、魔術犯罪を取り調べる刑事に、怪異現象絡みの依頼も請け負う探偵がいた。

「まさか、神木町に来てまで紅道瑠魅さんを狙う輩がいるとは思いもよりませんでした」

夜亟がそうボヤくと、呆れた様な視線を麗子が向ける。

「前回はあれだけ人がいる中で仕掛けて来たんだぞ? 予想出来て然るべき事態だ」

「あの時はどうやったのか知りませんけど、麗子さんがお客さんを避難させていたじゃないですか……それと、細井とリデラの背後にいる組織あるいは人物が同一かどうかは分かりませんよ。何せ……」

夜亟が目やった先には未だ細井の死体がそのまま残されていた。首の無いその異様な死体を眺めながら、夜亟は、緋志から聞いた状況説明を思い出していた。

「『歪気(ベンド)』を使うような輩と、仮にも元教会所属の退魔師が同じ組織に属しているとは思えませんからね」

「そもそも、本当にコイツを殺したという黒いオーラが黒気かどうかは不明だろう。緋志君の言っていた手帳が残っているならまだしも、それこそ、決めつけるのは早い……ま、捜査をするのは貴様の仕事だ。私が口を出すのは野暮というものかな」

「あれ? 麗子さん、捜査に協力してはくれないんですか?」

驚いて見せた夜亟に、麗子は

「協力する理由が無いからな」

と、サラリと言い放った。

夜亟としては、てっきり従業員が狙われたのだから無条件で協力してくれるかもしれないと期待していたのだが、やはりそこまでお人好しでは無いらしい。

「では自分の出せる範囲でなら報酬も用意しますので……」

「却下だ。リデラの件も片付いていないのに手が出せる訳無いだろう。そもそも、私はお前とあまり関わりたくないんだよ」

「そんな照れ隠しなんて……」

「ところで」

「スルーですか」

麗子は扉の方へと視線を向けると念を押すように夜亟に確認した。

「当然、学校には大勢の生徒、教師が居て、何も知らずに日常を送っている訳だが……本当にここに人が来る事は無いんだろうな? 術で記憶を弄るには限度があるからな。こんなものを見られては流石に誤魔化しきれないぞ」

こんなもの扱いされてしまった細井だが、何と、彼はキチンと教員免許を持っており、人事に携わる数名に術を施して合法的にこの学園に在籍していたのだ。

麗子はその理由を、大勢の人間を一度に操れる程の実力が無かったからだと読んでいた。

ただ、自分に向けられる注意を薄くするという高度な術も使用してはいたのだが……取り敢えず、そういう事情がある為、下手に細井が死んだ事を知られてパニックを起こす訳にもいかず、夜亟の独断で彼の死は学校側へは隠蔽される事となった。

よって、麗子の言葉通り学校では何ら変わらない日常がいつも通りにおくられているのだ。

「大丈夫ですよ。『結界』に関して自信がありますから、自分」

「ならいいが……」

「それより、緋志君達のフォローはしなくて大丈夫なんですか?」

「問題ない。陣君が上手く誤魔化してくれているし、舞ちゃんは普通に体調を崩したという事で早退済で、霧上ちゃん……細井に操られていた子もそろそろ戻ってくる頃だろう。ま、そちらは連絡を待つとして、取り敢えず調べられるだけ調べてみるか」

「なるほど、なるほど……ん? 捜査協力はしてくれないのでは?」

夜亟が首を傾げながらそう尋ねると、麗子は馬鹿を見る様な、否、それ以上に冷たい視線を夜亟に向けた。

「私が調べたいから調べるだけだ。何か文句があるか?」

「いえいえ、とんでもないです」

一応民間人である麗子を現場に立ち入らせるどころか、調査までさせていいのかという部分には疑問が湧いてしまうかもしれないが、そこは対魔課ゆえの措置……という側面もあるのだが、そもそも夜亟が麗子を追い出す事など出来るはずもなかった。

「? これは……魔具か。魔力を込めるとそれを薄く拡散させるのか……精神に作用するタイプの術式の様だな。これで、自分に向けて生じた違和感を消す結界の様なものを作っていたのか」

床に転がっていた木作りのランタンの様な置物を手に取った麗子は、僅かに魔力を込めただけで、その性質と使用法の推測を立ててしまった。

「(相変わらず凄まじい知識量と経験則ですね……一体、どんな経歴を持てばあそこまでのレベルに到達できるのか……)」

改めて、麗子の凄まじさを目の当たりにした夜亟だったが、彼女に敬意を払う為だけにここに居る訳では無い。

彼は一部分だけ風化してしまった様な床に目を付けると、傍にしゃがみ込み、その部分を観察し始めた。

「(この感じは……破壊された、というより劣化した様に見える。やはり、緋志君の言っていた黒いオーラと言い、黒気が関わっているのは間違いなさそうですね)」

タダでさえ忙しいのに、そこに公に出来ない首なし死体に、禁忌とされる力を使う存在とくれば仕事量は計り知れないものとなる事間違いなしだった。

一体いつになれば麗子との食事に行けるのだろうか……

と、憂鬱な気分になっていた夜亟に、麗子が突然声を掛けた。

「夜亟」

「! はい?」

「さっき廊下に貼ってあった札を回収していただろう。見せてくれ」

「ああ、はい……どうぞ」

夜亟が懐から取り出したビニール袋には二枚の紙製の札が入れられていた。

麗子は手袋を嵌めた手で慎重にそれを受け取るとじっくりと観察し始めた。

「(紙は普通の和紙か……これだけなら陰陽師の使っている物と変わりはないが……)」

麗子の目に映る紙に描かれた複雑な紋様の中に、麗子はとある文字を見つけていた。

「ふん、これを作った奴は凝り性らしいな」

「ああ、やっぱりルーン文字の偽装ですか、その模様は」

「十中八九な。ルーンなんてポピュラーな魔術文字を偽装する必要なんぞ感じられないから、私達の知らない未知の術式という可能性も無きにしもあらずだが……」

夜亟は顎に手を当てると、試しに札を使って結界を作った時の事を思い出した。

「確かに……只のルーン文字で作った結界にしては強度も精度も異常でしたからね。しかも、弱い『人避け』まで兼ねてありました」

スラスラと言葉を並べる夜亟に、珍しく麗子が感心した様な眼差しを向けた。

「ふむ、本当に結界には自信があるようだな……」

「もしかして見直してくれました?」

「いや、てっきり対魔課の肩書きだけで今のランクに居ると思っていたからな……意外だっただけだ」

「いやぁ、今日はいつにも増して辛辣な気がしますね!」

笑顔でそんな事を言い出す夜亟に、結局いつも通りの覚めた視線を向けた麗子は、表情を締め直すと最も気になっている点を口にした。

「脱線したな……私が気になったのはこれが和紙で作られている点だ」

麗子の雰囲気が一変したのを感じとった夜亟は、自身もスイッチを切り替えるとその言葉の意味を考察し、自分の考えを述べた。

「それは……何故、日本の和紙と北欧のルーン文字を組み合わせたのか、という事ですか?」

「それも一つだな。土着の魔術は信仰や土地の力にも影響を受けるからな。どうせなら同じ土地の魔術と魔具を組み合わせた方が無難だ。只……それ以上にこの札は巧みだ。和紙には魔力を溜め込み易い性質があるのは知っているか?」

「ええ」

夜亟は短く頷いた。

彼の直属の上司である源からの手解きで、陰陽術にも多少の心得があるのだ。

「結界と和紙で作った札は非常に相性が良い。今回、細井という男がやった様に一度貼って暫く放置する様な使い方をするなら尚更だ。つまり、コレを作った奴は魔具を製作出来るばかりかルーンについての深い造詣を持ち、かつ複数の魔術の知識すら併せ持っていると考えられる」

「となると、かなり人物像が限られてくる……と、言いたい所ですが、何せ世界は広いですからね。相手が日本人とは限らないですし、なかなか厳しい捜査になりそうです……」

「ここから先は貴様の領域だからな、任せるとしよう……さて、私はそろそろ失礼しよう。貴様からの頼まれ事もあるしな」

「僕としてはこの後お茶とか行かせて頂いても……」

「いいから早く死体をどうにかしろ」

「はい」

夜亟は泣く泣く頷くと各方面への連絡を始めた。

麗子はそれを見届けると短く別れを告げ教室を後にした。

とにかく、霧上と合流して色々と話をしてから、順にやる事を片付けなくてはならない。

「全く、急に忙しくなってきたな………」

麗子はボヤキながら校門へ向かうのだった。

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