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彼女を縛るモノ

霊の持つナイフが刺さった瞬間、ルミは痛みとは違う奇妙な吐き気を催す様な、感覚を覚えた。

まるでリデラのクロスボウで『封印』された時の様な、否、それ以上の致命的な予感。

まるで時間が引き伸ばされる様な感覚と共にルミの思考は加速していく。

死に直面したが故の現象なのだろう。


「(ああ、そっか……私、死ぬんだな……)」


ルミは、悟ってしまった。

自分の命は恐らくここまでだと。

そして、その予感は外れていなかった。勿論ルミは知らないが、ナイフには『不死殺し(イモータルブレイカー)』の呪いが掛けられていた。

あと数秒もすれば自分の命は終わる。

そんな状況で、彼女の頭に浮かんだのは今までの生の大部分を占めきた屋敷での生活では無く、緋志達と出会ってからの記憶だった。

始めての経験と、出会いの数々、命の危機すらも体験した。

短い間ではあったが、屋敷で過ごしていた頃より何倍も濃密な時間だった。

ルミが最初想像していた『人としての生活』とは少々、いや大分違っていたが、それでも、生きているという実感を得ることが出来た。

完璧……では無いが自分が納得出来るだけのモノを経験する事が出来たのだ。


「(でも、霧上さんは……?)」


彼女はルミを狩る事に迷いを抱いていた。

それ以上に、『普通』の線引きに悩んでいるようだった。

その様な状況が彼女の望む、満足のできる生なのだろうか?

自分が死んだ後、霧上はどうなるのか?


「(魔族を狩るのを、止められるのかな……?)」


彼女を操る何者かが、それを許すとは思えなかった。

ならば、せめて彼女を縛る術だけでも─────

幸い、手を伸ばせば届く距離に霧上は居る。


「(お願い、動いて……)」


自分を構築する何かが体から抜け出して行く感覚に抗いながら、ルミは腕を動かそうと力を込める。

しかし、霊よって掛けられた術は未だにルミの動きを封じていた。


「(そん、な……私、は……っ)」


遂にルミの意識が途切れようとした瞬間、彼女は声を聞いた。


『契約ハ完了シタ』


そして、声を聞くと同時に彼女を縛っていた術が解除された。

体に自由が戻る。

戸惑う暇も無く、ルミは無我夢中で腕を伸ばし、霧上の首へと腕を回す。

更に深々とナイフが突き刺さるが、最早ルミには、それを知覚する事すら出来なかった。

死んだはずの吸血鬼による抱擁という、突然の出来事に霊は対処しきれなかった。

「なっ!?」

「目を、覚まして、霧上さんっ……!」

莫大な魔力の奔流が霧上の体を飲み込んだ。




「ああ、また繰り返すのか」


何度目か分からない悪夢の始まり。

物心付き始めた頃から、気付き始めた。

自分には『見えてはいけないモノ』が見えていると。

いや、見える所ではなく、声も聞こえれば、話をする事すら出来た。

そうして、次第に周りと馴染めなくなっていった。

私が捨てられた孤児院はある程度どうしようもなくなるまで親元で育てられてから何らかの事情で入れられる子供が多い場所だった。

親が会いに来たり、家庭環境が改善されて家族の元に帰る子すら居たのだ。

しかし、私は本当に出自が不明だった。

名前も園長が付けてくれたものだった。

私は、自分がどんな存在なのか分からなくなっていった。

そして、ある時、他人に憧れ、嫉妬を覚える様になった。

何故私はお前達とは違う?

どうして私はお前達には慣れない?

そうして、周りとの不和と自己を確立出来ない事への苛立ちと不安に苛まれる私に、ある時一人の霊が話しかけてきた。


「それなら、私に体を貸して貰えないかな?」


そして、言われるがままに体を差し出した。

視界が暗転し、次に意識が戻った時、目の前で怯える園長が床に座り込んでいた。


「え、園長先生……?」

「あ、アナタ頭がおかしいんじゃないの!? 何のつもりなの!?」


そこで始めて自分がナイフを握りしめている事に気が付いた。

ビクリと体が震え、私の手からナイフが滑り落ちた。

カンという音が響き、暫くは園長の荒い息遣いのみが部屋に響いていた。


「せ、先生違うんです! これは……」

「…かれてるわ」

「えっ?」

「イカれてるいるのよ!!! アナタは!! いもしない人間に話しかけて! 挙句の果てに私を殺そうとして!!!」

「せ、せんせ……」

「私に近寄らないで!!!」


それまで聞いたことのない程の怒声だった。

そうして私はようやく気が付いた。

自分が『普通』ではないのだと。

自分が誰か等考える資格も持っていなかったのだ。

存在してはいけないバグなのだから。

再び意識が闇に沈もうとした私を、誰かが掴み上げた気がした。


「(暖かい……)」


まるで暗闇の中から光のある場所に戻った時の様に目が霞む。

霧上は刺激に目を細めながらゆっくりと、目を開けた。

「ここ、は……」

辺りを見回し、彼女は途端に跳ね起きた。

床を濡らす赤い液体、同じ色に染られた自分の手、そして、腹にナイフが突き立てられたまま隣に倒れているルミに気付いたからだ。

「このナイフは、『不死殺し(イモーテルブレイカー)』の……」

特に凝った装飾が施されている訳でも無く、至って普通のナイフに見えるそれは、霧上の上司である『彼』が数日前に何処からか手に入れて来て霧上に見せてきたモノだ。

曰く、不死すら殺す、絶対なる死の呪いが掛けられている貴重な代物だと。

「そんな、私は……」

この状況を見てみれば何が起きたのかは猿でも分かる。

霧上は湧き上がる感情に歯止めを掛ける事が出来なかった。

怒り、無力感、そして自分への失望と─────

「うっ……くっ、う……」

霧上の口から微かに嗚咽が漏れる。

ジンワリと、目頭に熱い液体が溜まっていく。

霧上は理解していた。

目の前で倒れている少女が命を掛けて自分に掛けられた魔術を解いてくれたのだと。

彼女がこの世から去る事になったのは自分のせいなのだと。

自分が、半分吸血鬼である彼女の事を、好きになっていたという事実を、霧上はようやく認める事が出来た。

「何で、お前は……」

堪え切れなくなった霧上は唇を噛み締め俯く。

一粒の涙がルミの頬へと着地した。

「う…ん……」

「っっ!!!?」

微かに耳に届いたうめき声に、霧上が顔を跳ね上げた。

恐る恐る、視線を下げる。

「く、紅道…?」

震える声で霧上がルミを呼ぶ。

命の潰えたはずの彼女は、ゆっくりと、瞼を持ち上げ霧上の方へと僅かに顔を動かした。

「きり、じょうさん……?」

「お、お前、何で……いや、この際それはどうでも良い! それよりも……」

「よかっ、た。元に、もどったん、ですね……」

霧上はハッ! としてゴシゴシと袖で涙を拭くと、この期に及んでも自分より他人の事ばかり気に掛ける彼女に一言物申そうと口を開こうと……した瞬間、優しく微笑んでいたルミの顔が突然歪められた。

「!? おい、くど……」

「かっ、はっ!」

大きく咳き込む彼女の口からは黒ずんだ血が勢いよく流れ出た。

「(どうなっている!? やはり術は本物だったのか? いや、それにしては……)」

霧上は大きく深呼吸をすると、頭を切り替えた。

彼女の命はまだ尽きていない。

ならば、出来る事が必ずあるはずだ。

「(ともかく、術が本物ならば紅道は即死している(・・・・・・)はずだ……)」

霧上の上司は確実に且つ、即効で対象を死亡させられる切り札だと言っていた。

今のルミの状態は単純に刃物で腹部を刺された人間と同じ症状の様に見える。

「(術は偽物だった様だが……何故こんなナイフ如きで…)」

霧上は頭をブルブルと振ると流れた思考を元に戻す。

「(理由も原因もどうでもいい! とにかく、コイツを回復させられればっ!)」

しかし、霧上は治癒の魔術を使う事が出来ない。

彼女が連れている霊達も同様に………

『……るじ様! 主様よ!!!』

その時初めて、霧上は自分を呼ぶ声に気が付いた。

「何だ、今は貴様の相手をしている時間は……」

『血じゃ! 主様の血を、その娘に飲ませてやるのじゃ!』

「!!」

遮る様に放たれたセリフに霧上は殴られた様な衝撃を覚えた。

吸血鬼は体を維持する為に血を吸うが、血を吸う事で能力を高める事も出来ると聞いた事がある。

「お前があまりに人間臭くて忘れていたよ……」

霧上は苦しげな表情で息をするルミに、今まで聞かせた事の無い優しい声で話し掛けた。

「紅道、私の血を飲め」

「き、霧上、さん?」

「喋るな。とにかく、私の血を飲むんだ、いいな?」

「う……」

「チッ……不味いな、もう意識が」

霧上は、普段では有り得ない程に感情を高ぶらせながらも、どうにか頭を働かせていた。

グッタリとした様子で瞼を閉じてしまったルミを見て自分で血を吸わせる事は不可能だと判断した。

「……仕方ないか」

と、すれば方法は限られてくる。

この状況で最も早く確実に血を飲ませる。

その為に霧上はまず自分の唇を強く噛み締めた。

口中に金臭い味が広がる。

数秒待ち、充分な量の血が口内に溜まるのを待つ。

この間に霧上はどうにか覚悟を決める事が出来た。

「(くっ……コイツを救う為とは言え……ええい! ここまで来て今さら後に引けるか!!)」

霧上は意を決して仰向けに倒れたルミへと自分の顔を近づけていく。

噎せ返るような血の匂いと、目に飛び込んで来る、余りに整い過ぎた顔立ちのせいで霧上の思考はパンク寸前だった。

しかし、ここで立ち止まる事は出来ない。

霧上は意を決して、ルミの唇をまるで御伽噺に出て来る王子様の様に優しく塞いだのだった。

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