少女の依頼
五月一日 午前零時 神木町、鎖間那探偵事務所
ゴールデンウィーク初日をバイト先で過ごす事になった緋志と陣は二人揃ってポカーンと口を開けていた。
普段は何でも見透かしたかの様に振る舞う麗子も、驚きを隠しきれずに固まっているようだ。
何故なら
「人間との…ハーフ?」
純血としてその筋では名がしれているはずの、紅道家の一員であるルミが人間とのハーフだというトンデモ事情を暴露したからである。
話の発端は一時間ほど前に遡る。
あれから、取り敢えず事務所に備え付けてあった風呂にルミは入る事となった。
ちなみに、麗子の事は陣と緋志が見張ってくれる事になった。(正確には緋志だけが見張りをしてくれている、陣は自分に任せて下さいと言っていたが残念ながらルミには信用できなかった)
ルミとしては、無関係な人間を巻き込むのは気が引けたが、向こうは力を貸したいと言ってくれているし、と自分に言い訳をして唐突に向けられた好意に甘えているのだった。
「(ちゃんとお礼もしたいけど……まずはお兄様から逃げ切らないと……)」
ルミはそんな事を考えながら、指示された通りに三階に上がり、女風呂と書かれた暖簾が掛かっている部屋に入った。
暖簾をくぐり部屋の中に足を踏み入れた途端、ルミは思わず歓声を上げてしまった。
「うわあ……凄い……!!」
入り口もそうだったが温泉の様な脱衣所が広がっていた。
あくまで麗子や偶に緋志達が使うモノだと聞いていたのだが、壁に備え付けられた三段の棚にはそれぞれ二つずつ籠が置かれていた。
手に持っていた荷物を籠に放り込むとルミは奥の扉を開け、またしても驚きの声を上げた。
脱衣所だけでなく浴室も温泉施設の様になっていた。
しかも、屋内なのに露天風呂である。
床は石造りで、流石に広さはそれ程でも無かったが、それでも充分ありえない光景だった。
空気は普通の浴室のそれなので、どうやら、魔術でどこか離れた場所の景色を映し出しているようだ。
その証拠に辺りは静かな竹林で雨が降っているはずの空には満天の星が広がっていた。
この凝りようは麗子の趣味なのだろうか? とルミは気になって仕方が無かった。
「本当に、何者なんだろう? あの人たち…」
麗子は相当な実力者で、陣は会話から察するに『憑き者』と呼ばれる妖にとりつかれた人間なのだろう。
だが、緋志の事だけはどうしても分からない。
「緋志君って普通の人より強いのに、全然魔力を感じない……」
陣と麗子からはそれなりに、圧迫感の様なモノを感じた。
いわゆる『魔力』、生命エネルギーが強い証拠だ。
しかし、緋志は全くの逆でむしろ今まですれ違った普通の人間より気配が希薄なのだ。
「でも、お兄様の魔術を二回も防いで、腕まで……そもそも、どうして私の力になろうとしてくれるんだろう……」
路地で男達に絡まれた時、緋志が居なかったら自分はどうなっていたのだろう?その後は?今、こうして気を抜いていられるのだって――――
溢れだした思考に身を任せていたルミは、盛大にクシャミをした所で我に返った。
そういえば、まだ服すら脱いでいない。
「……早く入ろう」
もう一度籠まで戻って服を脱いだルミは体にタオルを巻きつけると早速湯船へと急いだ。
露天風呂と言っても、本当に景色だけらしく普通の露天風呂の様に寒かったりはしなかった。
ルミは知識として知っているだけで本当に露天風呂に入ったことは無いのだが。
少し迷った後、誰もいないのだからとタオルを外し、頭からかけ湯をした後ルミはお湯の中へと体を沈めた。
「ふわ〜」
思わず声が出て、頬が緩んだ。全身に広がる微かな痺れを楽しみながら、ルミは目を閉じた。
「なあ、緋志お前こういう時のお約束って知ってるか?」
「知らないし、興味もないな」
「ふむ。つまり君はあのルミちゃんの入浴シーンという一生に一度拝めるかどうかの至高の光景を見逃してもいいのかい?」
「麗子さん、動かないで下さいと言いましたよね?」
事務所の中では案の定、緋志による必死の防衛が続いていた。 何しろ、今の緋志では手を抜いて二人を止めることなど出来ないので、武器まで持ち出して殺気全開で牽制を掛けているのだ。
緋志としてはこんな馬鹿みたいな事で体力を使いたくは無いのだが、陣はともかく、こうでもしないと麗子は本当に女風呂に突入しかねないので致し方無かった。
「(麗子さん、あいつマジっすよ)」
「(全く、本当につまらん男だな、彼は)」
二人としてもこんな所で死にたくはないし、本気を出したらそれはそれで、女風呂を覗くために全力を出す変態になってしまう。
まあ、すでに十分、変態で変人なのだが。
そういう訳で歯ぎしりしながらも、二人は大人しくソファに座っていたのだが、ふと麗子はこの生真面目すぎるバイトに一矢報いる素敵な作戦を思いつた。
なにちょっとした腹いせさ、その程度の感覚で彼女は頭の中のアイデアを実行に移すことにした。
「んんっ、緋志君」
「だから、しゃべらないで下さいって」
躊躇なく小太刀を突き付けてくる緋志に内心で焦りながらも、できる限り真面目な表情を作り麗子は話を続けた。
「まあ、聞きなさい。君、あの子に心配を掛けない様に強がってはいるが、結構、限界だろう?」
「………」
それを分かっているなら無駄な体力を使わせないで欲しかったが、緋志は図星なのを認めるのが癪だったため無言を貫いた。
黙り込んだ緋志を見て、麗子はここぞとばかりに攻めたてる。
「どうだね? 今の内に君も風呂に入って来ては? あの湯には効力は弱いが疲労を回復させる魔術が掛かっている事は君も承知だろう?」
「………」
麗子の予想に反して、どうやら緋志は迷っているらしい。見た目よりタフな彼だが、余程疲れているらしい。
一瞬作戦を中止しようかと揺れた麗子だったが、拝めるはずだったルミの裸体の事を思い出してすぐに持ち直した。
そして、彼女は切り札を使った。
「ふむ。そんなに私達の事が信用できないか」
「はい」
すぐさま返ってきた返事に陣が抗議の声を上げたが、刃を向けられると静かになった。
「それではこうしよう。『私と陣君は君が帰ってくるまでこの部屋から出ない。たとえ陣君が出ようとしたとしても私が止める。』君と私の契約だ」
「……俺はいくら払えばいいんですか?」
「五百円って所じゃないか?」
「一体どういうつもりですか?」
「単純に君が心配なだけだよ。私は『契約』は守る絶対にな。それは君も良く分かっているだろう?」
緋志は至って真剣に今の契約を検証していた。
というのも、麗子は、一般的な『契約』と呼ばれる行為を絶対に守るのだ。
それこそ金銭的なモノに関しても、どうでもいい口約束でもだ。
緋志達は何故彼女がその様なスタンスを貫くのか、その理由を知らされてはいなかった。
ただ、あくまでも機械的に契約を守るだけであり、時にはそれを逆手に相手を上手く動かす事もある為、それなりに長い付き合いにはなるが緋志は彼女の事を完全には信用していなかった。
「はあ、分かりましたよ。金は給料から引いといてください」
疲労がピークに達していた緋志はこの申し出を吟味し、何かが引っ掛かる様な気がしたものの、結局は受け入れてしまった。
緋志は小太刀を収めるとロッカーのある部屋で支度を整えた。
彼が部屋から出て行ったと同時に、陣が詰め寄った。
「麗子さん!! 見損なったっすよ!! こんな所で諦めて、しかもあいつにやられっ放しで終わっちまうなんて…」
それこそ、人としてどうなのかという感じの爆発を見せた陣に、
「おいおい、私も見くびられたものだな」
麗子は不敵に笑って見せた。
「へ? もしかして何か策でも?」
「契約と言うのはね、隙をつくために在る物なのだよ」
無駄にカッコいい事を言いながら、彼女は緋志を陥れる為の準備を始めた。
どれくらいそうしていたのだろう。湯船につかって、リラックスしていたルミはふと、人の気配がした気がして、閉じていた瞼を持ち上げた。
どうやら、更衣室に誰かが入って来たようだ。ルミは思わず顔を引きつらせてしまった。
「まさか、麗子さん?」
さすがに、陣ではないだろう。となれば必然的に容疑者は麗子に絞られる。
「どうやって緋志君から逃げ出したんだろう?」
それとも、もう時間も遅いし何か話し合いがあって、時間短縮のために皆お風呂に入る事にでもしたのだろうか。
だとしたら、早く上がった方が良さそうだ。そう結論を出したルミはバスタオルを巻く手間も惜しんで出口へと急いだ。
スライド式のドアに手を掛けようとしたその時、彼女の目の前で扉が勢いよく開かれた。
「あ、麗子さ…」
思わず身構えながら、挨拶をしようとしたルミは途中でその口を凍りつかせてしまった。
相手も脇に洗面用具を持ち、もう片方の手を扉に掛けたまま青い顔をして固まっている。
服を着ていた時には分からなかった引き締まった体に、無数に残る傷跡、そして男にしては長い髪。
「き、」
「いや、待ってくれ! これは、陰謀…」
「きゃあああああああああああああ!!!!!!!!!!」
弁明を聞いてもらう事も出来ず、緋志は冗談抜きで化け物そのものの威力のパンチで吹き飛ばされ壁に叩きつけられて、そこで意識を失った。
空間を歪める等と言う高等魔術をこんな事の為に使うあたり、麗子はかなりタチが悪かった。
「本当にごめんなさい…」
事務所のソファに腰掛けたルミが向かいに座る緋志に向かって頭を下げる。
その声は今日聞いた中でも断トツで沈んでいる。
それもそのはずで、彼女のパンチを何とか両腕を重ねてガードした緋志だったが、両腕は複雑骨折、背中を叩きつけた時に、アバラを数本折ってしまっていた。生きているのが奇跡なのである。
ちなみに、麗子は彼の傷を無料で治療することで(普段は金をとる)一応、執行猶予を与えられる事となった。
しかし、ルミの方には謝罪したのに自分にはそれが無い事が緋志のストレスを増大させていた。
何でも麗子としては緋志をちょっと驚かせるだけのつもりだったらしい。
そして、脱衣所に入ってすぐに荷物を見て女湯である事に気付き麗子に詰め寄って来たであろう緋志を、更に『覗き魔』扱いして弄るというのが計画の全容だったらしい。
これを聞かされた時、余りのしょうもなさに緋志は脱力してしまったが、確かに自分の注意力が散漫だったのは認めざるを得なかった。
「いや、こっちこそゴメン。いくら気が緩んでたからって君が居る事に気づかないなんて」
そう言って床に正座する二人を睨みつける。言うまでもなく。陣と麗子である。
二人ともまるで反省していない様子でブーたれていた。
「何だい何だい、結局君は見れたんだろう?なら良いじゃないか〜」
「そうだそうだ!」
「……」
緋志が無言で得物を取り出すと、さすがに静かになった。そんな二人を見て、ヤレヤレと首を振ってから、緋志は改めてルミに向き直った。
「えっと、それでこれだけは聞いておきたいんだけど…君は、やっぱり吸血鬼なのか?」
一撃で粉砕された腕をさすりながら緋志が尋ねる。質問を投げかけられたルミはビクリと肩を震わせたが、すぐに頷き
「うん。私は現当主の二人目の子供で……人間とのハーフなの」
「……ルミちゃん。君が生まれたのはいつのことだい?」
他の二人より一瞬早く立ち直った麗子が、ルミに問いかけた。
「えっと……十六年前です」
緋志と陣はまたしても驚きに見舞われた。
何故なら、吸血鬼が長寿だと聞いていた為、てっきりルミも見た目通りの年齢では無いと思い込んでいたのである。
とても、失礼な事なのだろうが。
「なるほど、そして純血としての体面がある紅道家は君の事を外部に漏らさない様にしてきた訳だね?」
しかし、再びの問いかけに、ルミは首を横に振った。
「いえ、そうじゃないんです。私は……次期当主という事になっていて、命を守るために屋敷から出さずに育てられたんです」
その説明に陣は首を傾げた。
彼の中で純血、つまり完全な吸血鬼である華院の方が跡継ぎとして選ばれるのでは? という疑問が浮かんだのである。
そもそも兄である華院を差し置いて、何故妹であるはずのルミがその様な立場に置かれるのか、陣には見当がつかなかった。
そして、その疑問を陣はうっかりと口にしてしまった。
「んん? 何でルミちゃんが次期当主なんて立場になるんだ? ルミちゃんには兄貴が居るんだろ? そういうのって普通、長男がなるもんなんじゃねえの?」
質問されたルミは、何やら言いにくい理由があったらしく俯いてしまった。
同時に、陣は自分の隣に座る親友が表情を険しいものへと変えた事に気が付いた。
自分の発言を省みた陣は、自分の発言が緋志の心の琴線に触れてしまった事をようやく悟った。
家柄や跡継ぎといった話題は緋志の前ではタブーなのだ。
その辺りの事情を知っている麗子がすかさずフォローに入る。
「まあ、その話は今は置いておこうじゃないか、それより……」
しかし、緋志がいつもより硬い声でこう言った。
「彼女が追われてる理由がその立場に関係あるんだとしたら……聞いておくべきじゃないですか? もし、彼女が俺達に依頼をするならですけどね」
緋志は言い終わるや否や、鋭い視線をルミに飛ばした。
緋志の雰囲気が急に変わった事に気が付いたルミは彼の方へと顔を向けていたのだが、その射抜くような眼差しに再び顔を逸らしたくなった。
だが、彼が自分の言葉を待っているのだという事は分かっていたのでどうにか、なけなしの意志力を振り絞り口を動かした。
「わ、私は……これ以上皆さんに迷惑を掛けたく、ありません……」
「一人で今の状況をどうにか出来るのか?」
「あ、あう………」
ルミとしては最大級の勇気を振り絞った意思表明だったのだが、緋志に切り返されてしまう。
自分を助けてくれた少年と今、自分の事を問い詰めている少年が同一人物とは、ルミには到底思えなかった。
「そもそも、俺が聞きたいのはそういう事じゃ無いんだよ。俺は君がどうして、紅道華院に追われているのか、それが知りたいんだ」
その時、緋志の瞳に僅かな弱々しい光をルミは見た気がした。
不思議な事に、その事が彼女を落ち着かせる結果となった。
考えてみれば助けて貰った上に何も言わずに立ち去るなど余りにも失礼では無いか、とルミは思い直し、彼等に自分の事情を打ち明ける事にした。
ルミが話してくれた内容は次の様なものだった。
ルミが生まれる前、ルミの母親であり現当主の紅道彩は親交のあった純血の吸血鬼一族からの婿養子を取り華院を産んだ。
しかし、ルミの聞かされていない何かしらの事情から彩はその男と別れ後にルミの父親となる人間と出会い彼女を身篭った。
そして、彼女が生まれ暫くしてから吸血鬼としての能力で華院がルミに大きく劣る事が明らかとなった。
彩はルミが六歳になった時、華院にルミを跡取りとする事を告げたらしい。
同時に、ルミは知ったのだ。
自分の父が何故屋敷に居ないのか、どうして自分が昼間でもある程度活動する事が出来るのか。
「父は……理由も告げずに突然屋敷から出ていったそうです。母は、人と吸血鬼は所詮相入れる事など出来なかったのだと、悲しそうな顔で話していました。でも、それから私はずっと考えて来たんです……私はどちらの世界で暮せば良いのかって……」
自分がもし、父に連れられて屋敷を出ていたなら自分は人として暮らしていたのでは無いか。
そんな想像をする様になってから、ルミはずっと屋敷の外の世界がどうなっているのか気になって仕方が無かった。
自分の父が生まれ育った世界とは一体どういう場所なのか。
ルミの中の屋敷から出たいという衝動が抑えきれなくなったのは、ほんの二日前の事だった。
ルミの独白を三人は静かに聞いていた。
やがて、全てを聞き終え緋志が真っ先に口を開いた。
「つまり、君は人として生きたいんだな?」
先程までの刺々しい雰囲気の消えた穏やかな声でそう尋ねられ、ルミは素直に頷いた。
それを見た緋志は、僅かに微笑むと小さな声で呟いた。
「俺とは違うな……」
何の事を言っているのかルミには全く分からなかった。
陣は何か言いたげな顔をしていたが結局口を開く事は無かった。
麗子は心の内を読ませないポーカーフェイスのまま緋志へと視線を注いでいる。
ルミが堪らず緋志に聞き返そうとした瞬間、それを遮るように緋志が麗子に声を掛けた。
「麗子さん」
「ん?」
「彼女に俺達の紹介をしてみませんか? 簡単に」
「ふむ、それもそうだね。では……」
麗子は口に手を当て軽く咳払いをすると、柔らかい笑みを浮かべながらルミの方へと向き直った。
その仕草が余りにも様になっていて、ルミは思わず見とれてしまった。
「私達は表向き探偵を装っている……が、本当の所は魔の世界絡みの何でも屋、といったところでね。簡単な除霊から魔族の討伐、逆に魔族から依頼を受けた事もある………つまり、今のルミちゃんにとってこれ程頼りがいのある人材はいないという訳なんだよ」
ルミは麗子の言葉を反芻する様に、何でも屋?、と呟いた。
彼女の呟きを聞いた麗子は軽く頷くと、更に言葉を続ける。
「例えば、ルミちゃんが自分が人として暮らせる様に協力して欲しいと依頼してくれれば、勿論報酬は頂くけれど、喜んで力になるよ」
それでも、ルミは迷う様に視線を泳がせた。
ルミは緋志が華院に切られた時の事を思い出していた。
あの時、ルミは胸が張り裂けそうになり、頭が真っ白になった。
もう、あの様な思いをしたくはなかった。
そんなルミの心の内を読んだ緋志が、ゆっくりとこう言った。
「ルミ、俺達はお前が思ってる以上に修羅場を潜ってきてる。そこら辺はまた後で説明するけどな……だから、依頼してくれよ、俺は君の力になりたいんだ」
親友のそんなセリフに背中がムズ痒くなった陣が堪らず冷やかしを入れる。
「さっすが緋志! かっこいいねぇ」
「茶化すな」
どうして、そこまでしてくれるのか、そう尋ねようとしたルミが言葉を紡ぐ前に、緋志が再度口を開いた。
突然目覚めた緋志の感覚は招かれざる客を嗅ぎ付けていた。
「それに、迷惑を掛ける心配をしてるなら」
勢いよく立ち上がり小太刀を抜く。
「もう遅い」
緋志が小太刀を抜いた瞬間、事務所のドアが吹き飛んだ。
緋志がルミをかばう様に前に出る。いつの間にか、麗子と陣も立ち上がり、廊下の方を見据えている。
全員の注目が集まる中、吹き飛んだ扉の向こうから現れたのは
「「メイドさん!?」」
突如現れたメイド服姿の紗那に麗子と陣が真っ先に反応を示した。
その眼は得物を前にした獣の様に輝いている。何する気だ。
そんな二人を見た緋志は目元を覆いながらルミに尋ねた。
「ルミの知り合いか? 吸血鬼?」
「う、ううん、あの人はお兄様の専属メイドで猫又の血が混じった人なの。でも…戦闘訓練は一通り受けているし、たまにお兄様の仕事に同行しているから、かなり強いはず……」
ルミは唇を噛みしめ、せめて大人しく捕まって三人を巻き込まない様にしようとした。だが
「ルミ……」
緋志はルミの肩を掴むと耳元で囁く。
「お前は、普通の人間として生きたいんだろ?」
唐突に自分の考えを言い当てられルミは思わず緋志の方を振り返った。緋志は微笑みながらルミを背後に庇うと
「なら、一人で全部どうにかしようなんて考えるなよ」
緋志のその声は、今までと全く違う力強いのに、柔らかくルミを包んでくれる様な、そんな響きだった。
ルミは自分の中の心の壁が取り払われていくのを実感しながら、短く言葉を絞り出した。
「依頼、します……」
緋志は頷くと、紗那に注意を向けたまま麗子に声を掛けた。
「麗子さん」
「ん?」
「料金は俺が払います。だから、ルミの依頼を受けて下さい」
「内容は……君と同じでいいのかな?」
「取り敢えずは」
と、ここまで様子を見ていた紗那が突然、緋志に飛び掛かった。
『活性』によって強化された魔族の一撃。
受けきれるはずがない。
そう思ったルミは思わず、危ないと叫んだ。
しかし、緋志は涼しい表情のまま、その蹴りを片手で受けると、逆に右手の小太刀で反撃を加えた。紗那が慌てて距離を取る。
と、突然紗那は立ちくらみの様なモノに襲われ目を閉じた。
慌てて辺りを見回すと、何もないだだっ広い部屋に、緋志と陣と紗那は移動していた。
「な!? 」
驚きの声を上げた紗那は、すぐに頭を切り替え目の前の人間二人を叩きのめして元の場所へと自分を案内させることにした。
「あ、あの!」
「ああ、二人なら心配いらないよ。上の結界が張ってある部屋に移動させた。緋志君には肉体強化の術を掛けたし、陣君は本気を出したらそこそこ強いからね」
あの、一瞬でそこまでの事をやってのける辺り、麗子は相当の実力者らしい。が、そうと分かってもルミは気が気ではない。なんせ、一度自分のせいで緋志は死にかけているのだ。
青ざめたルミを安心させる様に麗子はルミの頭に手を置き撫で始めたのだが
「むふ…」
「あの?」
「…むふ、むふふ。素晴らしい撫で心地だ」
こんな時にも関わらず、変態はバリバリ全開だった。