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傀儡師 その二

足早に教室へと入ってきたのは、代わりの担任を務めている細井だった。

彼は教壇に立つと

「すまないが全員自分の席に戻ってくれ!」

よく通る声で指示を出した。

生徒達は訝しみながらも素直に着席する。

生徒が落ち着いたのを確認してから、再び細井が口を開いた。

「えーテスト前の貴重な時間を使ってしまって申し訳ないが、今日は全校朝礼を開く事になった。全員速やかに体育館に移動して、所定の位置に並んでくれ。今の所、欠席の連絡があったのは霧上だけだが……他に欠席者はいないな。よし、では移動を初めてくれ」

「(霧上さん、欠席なんだ……何かあったのかな?)」

ルミも霧上の事を心配しながらも他の生徒同様に体育館に向かおうと立ち上がった、その時

「(っ!?)」

猛烈な立ちくらみを感じ思わず机に手を付いてしまった。

近くに居た夏菜が心配そうに声を掛けてくる。

「る、ルミちゃん? 大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫ですよ。ちょっとテスト勉強頑張り過ぎたみたいで、アハハ……」

必死に笑顔を作り誤魔化すが、自分の体がいよいよ不味い状態にある事をルミは自覚する事となった。

「保健室行く?」

「いえ、そんなにヒドイ訳じゃないので大丈夫ですよ! それより、私達も体育館に……」

ルミが心配そうな夏菜を促していると、教壇から細井が声を掛けた。

「あ、紅道ちょっといいか」

「? はい! ごめんなさい、緋志逹と先に行ってて下さい」

「うん、分かったけど……無理しちゃだめだからね」

夏菜に緋志逹への説明も任せて、ルミは教壇に近づいた。

「えっと、何でしょうか?」

「悪いんだがお前は先に事務室に寄って行ってくれないか? 急ぎの書類があるらしいんだが本人に確認を取らないといけない部分があるみたいでな……ま、朝礼は少しなら遅れても構わんから」

最後の方を小声で呟くと細井はダラダラと教室に残っている生徒を急かしに行ってしまった。

ルミは内心、何故今のタイミングで行く必要が? とは思ったものの、言われたからには従うしかないだろう。


「(こんなに静かな廊下って新鮮だなぁ……)」

細井はどうやら連絡が遅くなったらしく、他のクラスは既にもぬけの殻となっていた。

静寂に満たされた廊下を一人歩くルミは一瞬奇妙な違和感を感じ、振り返った。

「今……」

モヤモヤとした感触がルミの中に残っている。

無理矢理言葉にするとすれば、まるで見えない何かを通り抜けたかのような………

首を捻ってはみたものの、きっと勘違いだ。

そう思い、再び事務室を目指そうと振り返ったルミの目に人の姿が飛び込んできた。

ここに居るはずの無い。

「霧上、さん……?」

ほんのの数メートル先に彼女は立っていた。

ルミの声に反応するかの様に彼女は視線を向けて来る。

その瞳は、まるで濁っているように光が喪われている。

そして、彼女の右手には、鈍くきらめくナイフが握られていた。




「………」

「おい、どうしたんだよ緋志。顔が怖えぇぞ」

「陣、舞はホントに何も感じてなかったのか?」

「ん? あーだと思うけどな……でもなぁ、今もちょっと変な感じするんだよなぁ。気のせいか?それに……」

「それに?」

「何か舞の様子がおかしい気がしなくもないような」

緋志逹はヒソヒソと声を潜めながら、体育館に並んでいた。

緋志は、どうにも嫌な予感がして仕方なかった。

「(でも、アイツはちゃんとここに来てる……流石にこんなに近くで術か何かを使ってたら陣が気付くはず………)」

緋志は今まで何かと目に頼って来たせいか魔力を感知する能力が低かった。そのせいで、この胸のモヤモヤにケリをつけるための判断材料を自分で調達する事が出来ずにいた。

「(……いや、待てよ)」

しかし、陣を見た時、緋志の中に一つの仮定が浮かんだ。

「(もし、あれが分身なら? 陣が作れる様な……)」

緋志の脳裏に探偵事務所で見た調査報告書が浮かび上がる。

確か、あの男はロレンゾ魔術学院を卒業していた。

緋志が昔聞いた噂が正しければ、優秀な幻術師が講師として在任している事で有名な学院だったはすだ。

この仮説を確かめる方法を緋志は持っているのだが─────

「(クソ、朝一回魔眼を使ってからそんなに時間が経ってない……あの丸薬を使おうにもこの場所じゃ……)」

一度この場を離れるべきか。

緋志がそう判断をした時、緋志逹のクラスの列でざわめきが起こった。

ステージに立って話していた生活指導の教師が、何だ?とマイクに向かって呟いた。

そして、皆の視線の先には、床に倒れ込む舞の姿が映っていた。

「っ!」

緋志は素早く奴の位置を確認したが、既に姿は消えていた。

このままでは不味い。

相手は何か行動を起こしている。

「(ルミ……でも、舞も……)」

緋志は一瞬迷い、決断した。

「陣!」

緋志は舞の方に駆け寄ろうとしていた陣の腕を掴んだ。

「んだよ!」

「いいか、俺の分身を作って俺の本体を術で隠してくれ」

「はあ? お前体育館抜け出す気か? てか、今はそんな場合じゃ……おい、まさか偶然じゃねえのか? 今ルミちゃんが居ないのも、アイツがぶっ倒れたのも?」

怒りで瞳を燃やす陣に詫びながら、緋志は尚も懇願した。

「バタバタしてて話すのが遅れたのは悪かったと思ってる。でも、後でちゃんと説明はする。だから、今は俺に力を貸してくれ。お前が舞を保健室に連れてくのを止めたりしない。ただ、この騒ぎが収まれば直ぐに朝礼は再開される。その時に姿が消えてるのを見られる訳にはいかないだろ」

そこまで一息に口にした緋志の耳に微かに、パチンという音が届いた。

自分の掌を見てみるが、そこにあるはずの肉体は消えてしまった様に見えなくなっていた。

「……とっとと行けよ」

「悪い、恩にきる……」




「霧上さん、今日はお休みのはずじゃ……そ、それに、そのナイフ……」

怯えた声でルミが問いかけるが返事は無かった。

それどころか、彼女はルミの事を認識しているのかも怪しい様子だ。明らかに普通ではない。

「……吸血鬼は身体能力が高い、最初から近づくのは愚策。まずは、距離をとり、相手を弱らせる」

ボソリと霧上の口から言葉が漏れた。

次の瞬間、彼女は明らかに人を超えた跳躍力で後ろへと飛びずさった。

「え?」

「標的指定、距離確認、魔術をもって目的を殲滅。『ウィンド・スラスト』」

ルミは本能的な動きで体を横へ逸らした。

その直ぐ横を何かが通過し、パサりと、床に切り飛ばされた髪が一つかみ広がった。

「き、霧上さん!?」

とにかく逃げなくては。

混乱する頭でどうにか、そう考えたルミは来た方向へと戻ろうと走り出した。

しかし、たった数歩進んだだけで、ゴツンと体がぶつかり止まってしまった。

「何で、これ……見えない、壁?」

思わず呟いてからルミは気付いた。

先程感じた奇妙な感覚の正体に。

「これ、結界……?」

「逃げられはしない」

またしても、霧上が魔力を練り上げたのを感じ、ルミは彼女の方へと向き直った。

とにかく、どうにかしなくては────────

「(でも、どうしたら……結界を破るなんて出来ないし、霧上さんと戦うなんて……)」

そもそも、霧上の様子がおかしい。

一体どうしてしまったというのか………

「避けられては魔力を無駄に消費してしまう。まずは動きを止める」

霧上は呟くとまたしても魔術を放とうとした。が

「っ!?」

急に手で顔を覆うと動きを止めてしまった。

「き、霧上さん!?」

「お、お嬢ちゃん……よく、聞くん、じゃ」

苦痛に満ちた声で途切れ途切れに霧上の口が言葉を紡ぐ。

「え……? もしかして……あの時助けてくれた……?」

「ワシらの、主さま……は、あやつられて、おる……どうに、かして術を……」

「(操られてる? 一体誰が……違う、今大事なのは…!)」

老人の霊は尚も何かを告げようとしたが、無理矢理に霧上の体の主導権を奪っただけらしく、直ぐに先程まで喋っていた霊が霧上の体を奪い返した。

「邪魔が入った。速やかに目標を排除する」

「(多分、今も別の霊の人が戦ってる……きっと、霧上さん自身はあんまり戦闘が得意じゃないんだ……)」

彼女は操られ、ルミに襲い掛かって来た。

つまり、操られている原因はルミだ。

そこまで理解したルミは覚悟を決めると、腰に付けておいたカードケースから札を取り出した。

「今度は私が霧上さんを助けてみせる!」




「っと……そっか今保険室誰もいねーのか」

陣はシンとした保健室に入ると、抱えていた舞をベットに寝かせた。

意識を失った彼女を、教師を説得して彼が一人で連れてきたのだ。

「……なあ、いい加減出て来いよ。ナメてのか?」

陣が入口の方に向き直り、そう言い放った。

すると、陣が術を使う時の様に空間か歪み、ドアを塞ぐ様に男の姿が現れた。

「まさか気付くとは……まあ、式神だから気配の消しようも無いのだし、仕方が無いか」

「(式神……てことは本体は別にいんのか。まあ取り敢えず)保健室で待ち伏せしてたって事は舞に何か細工してくれたんだろうけどよぉ……お前、誰だ? 今まで見た事無いしここの教師じゃねえだろ?」

「ああ、容姿に関しては適当に作ったものなのでね。アテにしないでくれ。それと……私より、そこの娘の心配をした方が良いのでないかな?」

「!! ま……っぐ!?」

陣が舞の寝ているベッドの方へ向き直った瞬間彼の首が締めあげられ、勢いのまま彼は床へと倒れこんだ。

「ま、舞……何すんだ……」

その細腕からは想像出来ない力がギリギリと陣の首を絞める。

「おまえ、舞に、なにし……かはっ!」

「なあに、少しばかり術で操らせてもらっているだけだ。その娘お前の事が好きな様だぞ? 自分を愛してくれている者の手で殺されるなどお前の様な異端には過ぎた幸福だろう。せいぜい感謝しながら死ぬといい」

「操る……?」

辛うじて息は出来ているが、このままでは不味い。

陣はどうにか腕を引き剥がそうと抵抗しながら、舞の様子を伺い、彼女が何かを呟いているのに気が付いた。

「……ないで」

「ま、舞……」

「来ないで………来ないで!!」

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