捜査開始
「あのクソガキ切りやがったな!!?」
華院は怒りの叫びを上げると舌打ちをして携帯をポケットへと滑り込ませた。
彼は現在、東京のとあるビルへとやって来ていた。
今のところは廊下で待機だが、しばらくすれば彼にもお呼びがかかるだろう。
「ったく、メンドくせーなあ……」
華院がボヤくが廊下には人っ子一人居ないため、それを耳に留める者は居ない……訳ではなかった。
「まあまあ、これで例の件に関しては不問になるんですから」
いつの間にか華院の隣に一人の男が立っていた。
作り物の様な笑みを浮かべたその人物は、華院に協力を依頼した張本人である夜亟だった。
「(ちっ……相変わらず気配の読めない野郎だ)ハッ、別にお前らの下す裁定なんざ、どうでもいいんだよ」
そう言って、華院が獰猛な笑みを浮かべるが、夜亟は表情を変える事無く尋ねた。
「では、何故捜査に協力を?」
「あ? 別に協力するつもりもねーよ。俺はあのゴミを見つけ出して処分してえだけだ」
「(麗子さんの仰ってた通り、堂に入ったシスコンっぷりですね)」
「テメエ……今なんか俺を馬鹿にしなかったか?」
「いやいや、そんな事あるわけないじゃないですか」
「ふん、まあいいか……で? いつになったらその部屋を調べられるんだよ?」
「もう少しお待ち下さい。今、麗子さんが調べていますので……」
「………」
また文句を言われるだろうと予測していた夜亟は華院が黙ってしまったため内心首を傾げた。
が、ここで余計な一言を言ってわざわざ無駄に絡まれる必要も無い。なにせ、夜亟は一度、仕方なかったとは華院に喧嘩を売っているのだ。
今回の協力依頼を出した時も殺されやしないかとヒヤヒヤしたものだ。
「(鎖間那麗子か……聞いた事のねえ名前だ)」
一方の華院は、麗子の素性が気になっていた。
あの遊園地での、来場者全員を操った魔術、あれ程の規模の魔術を使えるような人間なら、一度は耳にした事があってもおかしくない。
そもそも、魔術協会に所属しているはずだ。それなのに
「(協会には登録されてなかった……あの女、一体何者だ?)」
その頃、当然だが華院に勘ぐられているとも知らず、麗子はリデラが一時収容されていた部屋を調べていた。
具体的には空間が弄られた痕跡が無いかを。
「ふむ……」
一時間程掛けて調べてはみたのだが、それらしき痕跡は見つけられなかった。
取り敢えず報告の為に廊下に出ると、直ぐに夜亟が気付き近づいて来た。
「麗子さん、お疲れ様です……それで、どうでしたか?」
「私が見た感じでは、そういう痕跡は無かったな、ただ……」
「ただ?」
「私程度を騙す事の出来る術者はザラにいる。特に空間制御系の魔術ともなれば突き抜けた者が多いから尚更な」
「いやあ、流石に麗子さんを誤魔化せるレベルとなると……」
夜亟が困った様に考え込んでしまう。
すると、黙って壁にもたれ掛かっていた華院が二人の元へとやって来た。
「ああ、紅道さん。わざわざ電話を代わってもらって済まなかったね。それで、緋志君からの報告は?」
「そいつは後回しだ。それより、手掛かりは見つかったのか?」
「いや、残念だが……」
「ちっ……で? テメエは俺に何をさせようってんだ?」
華院は舌打ちをしたものの、麗子には何も言わず、代わりに夜亟を睨みつけながら、そう質問した。
華院は空間を操る様な魔術は使えない。
要するに、華院には麗子とは別にやらせたい事があるはずなのだ。
「お話が早くて助かります。紅道さんには少々調べて頂きたい事が」
夜亟の表情は変わらないままだ。
柔らかい、しかし、どこか作り物の様な笑み。
だが、その瞬間明らかに彼の纏う空気が変わった。
「(胡散臭い野郎だ……)んだよ?」
「リデラの背後に潜んでいそうな組織を見つけて頂こうと思いまして」
京都某所
繁華街の一角にある古い目立たないビルの一室で、数人の柄の悪い男達がとある人物を煽りたて取り囲んでいた。
「あ? 何勝手に入って来てんだコラ!?」
「シメられてえのか?」
「何とか言えやオラア!!!」
部屋の中は黒革のソファが置かれ、仕事用のデスクがどっしりと構えられ、後ろの壁には『龍平会』と墨で書かれた額縁が飾られていた。
明らかにヤバイ場所で、ヤバイ状況に陥っている男は、涼しい顔をしてタバコを咥えている。
何故なら『対魔課の鬼』にとって、この程度は休憩室で休んでいる時と何ら変わりない状況だからだ。
その態度に髪を脱色した男が耐えきれなかったのか、右手に嵌めた指輪を掲げ叫んだ。
「くたばれ、オラ!! 『ボルト』!!」
男が魔具を使い放った雷は男に触れる前に見えない壁に当たったかの様に散り散りになってしまった。
「へ?」
源がニヤリと笑う。
「そいつぁ甘過ぎねえか? 若造」
源は煙をフウー、とゆっくり吐き出した。
そして、次の瞬間、魔術を放った男は床に倒れ込んだ。
「な、何が……」
「おい、安田!!」
何人かの組員が駆け寄り、室内がザワザワとし始めた所で、一際大きな声が雑音を切り裂いた。
「テメエら、何してやがんだ!!!」
奥の方にある扉がいつの間にか開き、そこに着物を着た初老の男性が立っていた。
左目には縦に大きな刀傷が走り、髭を蓄えた厳つい顔に青筋が浮かんでいる。
「お、オヤジ……」
「オヤジ! こいつが勝手に事務所に……」
口々に騒ぎ出した組員達をオヤジと呼ばれた男の一言が凍りつかせた。
「黙れ!!」
ピタリと声が止むと、源が男に向き直り軽く頭を掻いた。
「すまんなあ、龍寺。とんだ騒ぎになっちまったよ」
「とんでもない!! ウチのもんが失礼を……おい、茶の準備しろ。それと、そいつは裏にかたしとけ」
「「へい!!」」
男達が先程とは打って変わった機敏さと統率された動きで気絶した男を運び事務所を綺麗にする。
「まあ、座って下さいよ」
「おう、ありがとさん」
勧められるままに源が腰を下ろした。
龍寺と呼ばれた男が目で合図すると一人を残して組員達が廊下へと出ていった。
残った男が椅子を引き、そこに龍寺が座ると彼の方から口を開いた。
「随分と久しぶりな気がしますなあ、源さん」
「最後に会ったのが一年前だもんなぁ。相変わらずバリバリにやってるみたいじゃねぇか」
「若い奴らだけに任せていたら組が潰れてちまいますからな」
困った様に笑う龍寺を見て源も笑みを浮かべる。
二人の間に漂う雰囲気は、再開を楽しむ旧友のそれだった。
「では、あの『龍』と知り合いなのか源さんは」
「ええ、若い頃に色々あって、それからは何かと協力し合っているとか」
夜亟がパソコンを使いながら、そう答えると華院が急かすように
「おい、まだか?」
と言った。
三人は現在夜亟の一応の仕事用デスクでとあるリストを調べていた。
目的のモノを見つけると夜亟が、それを印刷し華院に手渡した。
「お待たせしました」
「で? こいつらが不正入国の手引きをしてるってか?」
「正確にはその疑いがある方々ですね。名前を見ていただければお分かりになるかと思いますが……」
麗子が覗き込み、苦笑しながら感想を述べた。
「政財界のお偉方が揃っているようだな」
「まあ、そうなんですよ……」
「で? 何でこいつらをワザワザ俺に調べさせるってんだ?」
当然の疑問を華院が尋ねると、夜亟は辺りを伺うように見渡した。
そして部屋に誰も居ない事を確認すると、小声で事情を説明した。
「いやあ、その……対魔課も一応国の組織ですので、圧力を掛けられると色々面倒なんですよ……」
要するに裏で糸を引いている人物が対魔課に影響力を持っている場合、動きを察知されて捜査を中止させられてしまう可能性があると夜亟は言いたいのだ。
「ケッ……面倒くせーな、人間ってのは。ま、今回はテメエの指示に従ってやるよ」
「助かります。紅道さんなら、この中の何人かとも直接の面識がお有りでしょうし、よろしくお願いします」
部外者に捜査をさせるのは問題な気がするが、そこは対魔課ならではだ。
こうして、奇妙な組み合わせでの調査が始まったのだった。




