ゴーストケース 3
「で、その幽霊を退治する為に普段は遠ざけようとする私を巻き込もうっての?」
「……悪い」
放課後の事務所は剣呑な雰囲気に包まれていた。
主に、舞が陣に詰め寄るように詰問しているせいだ。
ここで、緋志や麗子が止めに入るのは簡単なのだが……二人はあえて静観していた。
どちらにせよ、避けては通れない問題だったのだ。
「アンタ、結局何がしたいの?今朝は私に気をつけろなんて言ったくせに」
「実際、無防備過ぎだっただろーが!俺が止めなかったら……」
二人の口論は延々とヒートアップしていく。
唯一、二人の関係性を知らないルミがオロオロとしながら、止めに入るタイミングを見計らっていたが、無駄な努力だった。
「止めなかったら何? アンタ、霧上さんの何を知ってるの?」
「何って……」
舞は、どうしても来て欲しいと電話で陣に懇願され、霧上との約束を断ってここに来ていた。
彼女の中に、霧上の僅かに寂しさを垣間見せた表情が鮮烈に焼き付いている。
「もう、良いわよ。早く、その幽霊退治を終わらせましょう」
「……何だってんだよ」
陣は不完全燃焼の様だったが確かに、このまま時間を消費するわけにもいかなかった。
「(こればっかりは仕方ないか……)では改めて説明させてもらうよ」
麗子がその場の空気を一新する様に依頼内容の確認を始めた。
「(二人とも、大丈夫なのかな……)」
しかし、場のぎこちなさは消え去らない。
ルミの中に明確な不安が生まれ始めていた。
「あの……」
「ん? どうしたの? ルミちゃん」
「舞さんは……遊園地での事、その覚えてたんですか?」
陣と緋志の他にルミが事務所に居るという事実に舞は驚いていない様子だったのが、ルミには気になっていた。
そこで、そのような質問をしてみたのだが………
「ごめんね、何となく記憶がおかしいのは分かるんだけど……」
「いえ、そんな謝らないで下さい!!」
舞の記憶は確かに麗子によって改竄されている。つまり
「(舞さんは……私がこっちに来てから、普通じゃないって気がついたんだ)」
その事実はルミを動揺させるのにじゅうぶんな威力を持っていた。
もしかしたら、今、舞は自分とこうして歩いている事すら恐怖に感じているのかもしれない────
そんな言い知れない恐怖がルミを襲う。
「……ルミちゃんも分かりやすいわね」
「へ!?」
唐突な舞の呟きに思わず声を出してしまったルミを見て舞はクスクスと笑い出した。
「大丈夫よ。私はルミちゃんが悪い子じゃないってちゃんと分かってるから」
「………」
「ほら。あいつらに置いていかれるわよ」
「は、はい!」
「(どうにか依頼開始までは漕ぎつけた、けど……)」
緋志は現場へと向かいながら、思案に耽っていた。
陣は不機嫌そうに緋志の隣を歩いている。
舞とルミの方は雰囲気が良くなっているようだが、四人全体をまとめて見ると明らかにギクシャクしている。
このまま仕事に入るのは危険だと緋志の直感が告げていた。
「(かと言って、俺はムードメーカーって柄でも無いしな……)」
そして、雰囲気の改善されぬまま四人は問題の工事現場に辿り着いたのだった。
「どうだ?」
「うーん……確かに何かいるのは分かるんだけど……」
緋志が舞に確認してみるも、どうやら霊のハッキリとした居場所は分からないらしい。
時刻は六時すぎ
辺りは夕日が僅かに届くが日当たりが悪いせいで、まるで夜になってしまったようだ。
「(思った以上に厄介そうだな……)」
緋志は歯を食いしばり、ポケットから例の巾着を取り出した。
「それが、お兄様から渡された丸薬?」
それを見たルミが緋志の手をのぞき込みながら尋ねた。
緋志は頷くといくつかの玉が入ったそれをルミに手渡す。
「ああ。これ、ルミの血が入ってるって聞いたんだけど?」
「あ、そういえば家を出る前にちょっと血を抜かれた……これの為だったんだね」
ルミから巾着を返してもらい、緋志は一粒の赤い丸薬を取り出すと口に入れ思い切り噛み砕いた。
ガリっという感触と共に、金臭い匂いが舌に広がる。
同時に、体が変化していくのを確かに感じた。
「……よし、作戦通り俺とルミが前に出る。舞は霊の場所が分かったら直ぐに教えてくれ」
「分かった」
舞は頷くと隣で黙ったままの陣にだけ聞こえるように呟いた。
「ちゃんと、守ってね」
「……わーってるよ。任せろ」
「行くぞ」
緋志の号令で、四人は霊のテリトリーへと足を踏み入れた。
ざり、ざりと四人の足音たけが作りかけの建物に反響して響き渡る。
工事の後片付け等もされていないため、辺りはかなりごちゃごちゃと、工具や工事用の資材等が置かれている。
「!? 避けろ!!!」
「ひゃ!?」
突然、緋志が叫びながらルミを抱えて横に飛んだ。
「っ!!」
「きゃあ!!」
陣も体が反応するままに舞を押し倒す。
陣と舞の真上を何かが通過しガコン!!という音を立てて着地した。
砂埃が舞い上がり、一気に視界が悪くなる。
「っぶねーな!!」
「気をつけろ、まだ来るぞ!!」
陣が舞を抱え上げ、どうにか二発目も躱す。
次々と飛来する鉄骨をどうにか避けながら陣が叫ぶ。
「緋志!!早く霊を探してくれ!!」
緋志はルミを下ろすと魔眼を発動させる。
ルミは若干顔を赤らめながら腰につけたケースから符を取り出し構えた。
どうにか視界が回復し始め緋志の目が浮かぶ鉄骨の下に人形の魔力を捉えた。
「よし、見え……っ!?」
舞も場の魔力に慣れたのか霊の位置を掴んでいた。
しかし
「(この感じ!?)」
緋志と舞が同時に叫ぶ。
「「相手は一体じゃない!!!」」
緋志達は複数の悪霊に囲まれていた。
下卑た、野太い笑い声があちこちから聞こえてくる。
緋志達はいつの間にか狩られる側へとまわっていた。
「疲れた〜」
ようやく突然の居残りから開放された夏菜は教室に向かっていた。
舞達は用事があるらしく先に帰ってしまったが、舞の話では霧上が残っているかもしれないので見に行こうとおもったのだ。
ところが、教室の前までたどり着いたが、中からは人の気配はしない。
「(これは……)」
夏菜が扉を開いてみると、予想通り人の姿は無かった。
もちろん、霧上の姿も。
「あーあ、今日はもう帰るか〜……それにしても」
夏菜は首を傾げ呟いた。
「皆どこに行ったんだろ?」
「おい! どうすんだ緋志!!」
「今、かんがえて、る!!」
緋志は必死に飛来する資材を回避しながら陣に返事を返す。
霊達は緋志達が入って来た入口の前に資材を投げ、逃げ道を封鎖していた。
現場は高い仮設の壁で囲まれているため、確実に逃げるにはどこかの出入り口を使うしかない。
「(クソ! まさかこんな事になるなんて……)」
ルミは覚えたての符術を放ち霊を攻撃しようとしているが、緋志が指示を出す余裕が無いせいで霊の位置が掴めず空振りに終わっている。
陣は舞を抱えて逃げ回るので精一杯のようだ。
相手は霊体でスタミナの概念がない。
このまま体力が尽きれば、緋志達は無事では済まないだろう。
「!? ルミ!!」
その時、ルミの背後から鉄骨が投げつけられた。
術の行使に集中していたルミは一瞬反応が遅れる。
「っ!!」
緋志は吸血鬼の脚力を利用し一瞬で加速すると、ルミと鉄骨の間に割り込み、左手で鉄骨を受け止めた。
メキメキという音共に骨が砕けるのが緋志には分かった。
「ぐ、お……!」
焼けるような痛みに緋志は苦悶の表情を浮かべるが、強度の上がったている緋志の体は何とか持ちこたえ、鉄骨をはじき飛ばした。
「緋志!!」
ルミが泣きそうな顔で緋志に駆け寄る。
「俺は大丈夫だ。それより何とかここから逃げないと……」
霊の笑う声が木霊する。
奴らはこの狩りを楽しんでいるのだ。
「コイツら……!」
陣が額に青筋を浮かべる。
彼が一か八かの特攻に出ようとした、次の瞬間、霊達のモノではない、高らかな笑い声が響き渡った。
「ハッハッハッ!! 小童共には少々荷が重い様じゃのう!!」
緋志と陣へ分からなかったが、彼女と行動を共にした事のある舞とルミは気がついた。
「まさか……」
「えっ、この声……」
「「霧上さん!?」」
二人が驚きの声を上げると同時に四人の頭上から人影が飛び降りてきた。
それと共に霊達の攻撃が止む。
着地で舞った煙が晴れ、降りてきた人物の姿が明らかになる。
確かにそこにいたのは、あの霧上恵だった。
しかし、雰囲気が学校にいる時とは、まるで別人の様だ。
「全く、身の程知らずじゃのう、お主ら」
口調も何故か老人の様で、腕を組み、堂々と仁王立ちし、唇を釣り上げニッと笑う。
そんな彼女のあまりの変わりように四人は呆然としてしまう。
「さて……それでは主たっての希望じゃしの。とっとと片付けさせてもらうかの!!」
四人に何の説明もすること無く彼女はそう宣言すると、片足を前に出し、両腕を不思議な型で固定した。
「ふっ!!」
一呼吸で陣と舞を囲んでいた霊の一体に詰め寄ると
「ハッ!!!」
気合いと共にひじ打ちを繰り出した。
「(あれは!?)」
魔力を見る事の出来る緋志は彼女の肘から放射状に魔力の波が広がったのを捉えた。
まるで緋志の使う『破流』の様な技だが、放たれた魔力の量が緋志とは段違いだった。
どれくらい違うかと言うと……霊を一撃で消し飛ばしてしまう程の魔力を霧上は放ったのだ。
「な、なんだあ?」
「今、霊が一体消えた……」
「はあ!? 幽霊を殴って倒したってのか!?」
陣と舞のやり取りが聞こえるが緋志は彼らに説明をするより先にやる事があった。
「ルミ!!」
「へ!? な、なに!?」
「あの足場の辺りに術を打ってくれ!!」
そう、これはチャンスだ。霊を一掃し、生き残る為の。
「!! 了解!!」
ルミも緋志の考えを理解し、すぐさま符術を放つ。
符を通して練られた魔力の衝撃波が霊に直撃し、消滅させる。
「よし!!」
「ほう、なかなかやるのう」
ルミが霊を倒したのを見て霧上がもう一体霊を倒しながら感心するような声を上げる。
「くっそ! 一体どうなってんだ……舞、霊の位置分かるか!?」
「ちょっと待って……あそこよ!!」
「よっしゃあ!!」
陣が指を鳴らすと舞の指指した辺りに青白い炎が湧き上がる。
苦悶の表情が響き渡り、また一体霊が討伐された。
「ふむふむ、まあまあやるようじゃな」
パンパンと手を払う音が聞こえ全員がそちらに目を向ける。
いつの間にか霊は全滅している。
つまり、その半分以上が霧上の手によって仕留められていた。
緋志は霧上に体ごと向き直ると軽く頭を下げる。
「……取り敢えず礼を言わせて下さい。本当に助かりました。ありがとうございます……それで、貴方は誰なんですか?」
緋志の質問に、霧上は不敵な笑みを浮かべる。
こうして、幽霊退治は一応の幕を閉じる事となり、同時にいくつもの疑問を緋志達の元にもたらしたのだった。




