ゴーストケース 1
どうにか、ホームルームが始まるまでに予習を片付けたルミと夏菜は二人揃ってゲッソリとした顔で椅子に座っていた。
「お、終わった……」
「何とかなりましたね……」
「ルミちゃんがノート写させてくれたらもっと早く終わったのに〜」
夏菜が目を逸らしながら、そう言うとルミが真面目な顔で言い返す。
「ダメですよ、夏菜さん。一度簡単な方に流れてしまったら……」
「ぷー、分かったわよ〜……」
「ふふ……あ、私そろそろ席に戻りますね」
「うん、了解。ホントにありがとね!」
夏菜の子どもっぽい反応に微笑みながらルミは自分の席に戻った。
そろそろホームルームの始まる時間だ。
なのだが────
「(緋志遅いなあ……)」
舞と陣は何やらひと悶着あったようで、舞の後ろをそっぽを向いた陣が付いてくるという形で戻って来た。
陣の方は何やら仏頂面な所を見ると『雑用』についてまた何か言い合ったのだろうか?
そして、何故か浮かない顔をしている霧上もつい先程帰って来たところだ。こちらも、普段の何事にも興味の無さそうな無表情とは明らかに違う気落ちした表情だった。
が、様子はおかしかろうと、教室には来ている。
ホームルームが始まるまで残り五分程度。教室に来ていないのは緋志だけなのだ。
「(もしかして……何かあったのかな?)」
言いようの無い不安がルミの胸中を覆う。
分かってはいる。
この生活を望んだのは自分で、その為に緋志達を巻き込んだのも自分。
巻き込んでおいて自分のせいで相手が傷つく事を恐れるなど愚の骨頂だ。それでも、考えずにはいられない。
いつか、自分は見捨てられてしまうのではないかと。
約一時間前
ルミが教室に着いた頃、緋志は麗子の事務所を訪れていた。
「入りなさい」
緋志が事務所の扉をノックしようとした瞬間、中から声が掛かった。
相変わらずの、全てを見通されているような嫌な感覚を覚えながら緋志は扉を開いた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。どうしたんだい?今日は平日じゃないか」
どうせ、分かっているんでしょう?と咄嗟に口にしそうになった緋志だが、グッと堪えて説明する。
「夜亟さんからの報告が来てるんじゃないかな、と思いまして」
緋志の言葉に麗子は苦笑いを浮かべて指摘する。
「おいおい、君から調査を依頼されたのは昨日夕方なんだがね」
「麗子さんの事なのであの後直ぐに夜亟さんに連絡してくれたんじゃないですか?そして、夜亟さんの性質上、失態を犯した汚名を返上する為に最速で調べ物をして報告してくれたんじゃないかな、と思いまして」
悪びれる様子も無くスラスラと答える緋志に降参とでも言いたげに肩を竦め、麗子はデスクの引き出しから一冊のファイルをとりだした。
「アイツもこういう事は得意だからな」
「拝見します」
緋志は麗子からファイルを受けるとその場で中の書類を読み始めた。
ほんの数分でそこそこの量の報告書を読み終え緋志は口を開いた。
「……やっぱり、何かおかしいですね」
「君もそう思うかい?」
「はい。ただ推測だけでは何とも言えないですし、そもそも情報が少なすぎます。取り敢えず様子を見て、相手が何かしら仕掛けてきたら捕まえて話を聞きたいですね」
「受身に回るのかい……?」
「まあ、仕方無いですよ。先に仕掛けたらこっちが不利ですから……ありがとうございました」
緋志は礼を述べ、ファイルを麗子へ手渡した。
そのままお辞儀をして立ち去ろうとした彼を麗子が呼び止めた。
「ああ、緋志君。済まないが私からも話したい、というより頼みたい事があるんだ。少し良いかな?」
緋志は時計をチラリと見て時間を確認する。
まだホームルームまでは時間がある。
「はい、大丈夫ですよ」
「すまないね。では、そこに掛けてくれ」
麗子に促され緋志は来客用のソファへと腰を下ろした。
彼女は緋志が座るのを待って話始める。
「実は……少々急ぎの依頼が入ってしまってね」
「急ぎの?」
緋志が聞き返すと、麗子は魔術で一枚の紙を浮遊させ、緋志の前のテーブルに着地させた。
早速、緋志は手に取り確認する。
「………工事現場に幽霊ですか」
緋志の前に置かれた紙は依頼人に記入してもらう依頼の確認書だった。
それによると、新しくビルを建設する為に基礎から組んでの本格的な工事を始めたところ、足場を組んだ辺りから足を踏み外したり、落下物で怪我をする作業員が相次ぎ、つい数日前一人の作業員が太い声で笑う男の声を聞き、同時に飛来した鉄骨で大怪我を負ったらしい。
「……これ、工事を初めて最初の頃は特に異常も無かったって事ですよね?」
「気がついたかい?」
麗子は我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷くと、椅子に深く座り直した。
「普通、地縛霊の類いは自分以外の存在がテリトリーに入った時点で反応を示す。しかし、今回は人が敷地に入り初めてから暫くは何も起こらなかった。つまり……」
「この霊は浮遊霊の可能性が高いって事ですか」
「ああ……しかも、鉄骨を浮かせて加速させるほどの干渉力を持ち、さらに残忍で攻撃的な霊の様だ」
緋志はこの件が急ぎだという麗子の意図を掴み、確認の為に口にした。
「このまま放っておけば、工事が再開できず、それに伴って霊が獲物を求めて街に出る可能性がある、という事ですか」
「実は私も個人的に厄介な依頼を抱えていてね……どうかな緋志君、頼めないかい?」
緋志は暫し考える様に依頼書を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「まあ、テスト期間ではありますが……俺は別にこの依頼を受けても不都合ありません。ただ」
「分かっているよ。緋志君の小太刀では霊に致命傷を与えるのは難しいからね……陣君の協力が必要になるか」
「そっちも問題ありません。ただ、もう一つ問題が。俺は魔眼を使えば霊の姿を捉える事は出来ます。ただ、視界に捉える以外に霊の位置を特定する方法が無いんです」
「む……そうか、となると」
緋志は大きく頷き、面倒くさそうな顔でこう言った。
「舞にも手伝ってもらわないと厳しいと思います」




