新しい日常
この短期間で二人の美少女が、同じクラスに転校して来るというセンセーショナルな出来事に千台高校の生徒達はそれなりに盛り上がった。
が、それは一過性のモノだったようだ。
そうなった理由として考えられるのは、一つは二人が転入して来たのがテスト週間だったという事。
そして、霧上恵が非常に無愛想だったというのが二つ目の、かつ主な理由だろう。要するに、話しかけても反応が帰ってこない彼女に皆白けてしまったのだ。
霧上が、このクラスの一員になって三日目。その態度に今日も変わりは無かった。
「うう……む、難しい」
机に突っ伏しながら夏菜が呻く。彼女の下敷きになっているノートにはテスト範囲となっている問題の回答が中途半端な所まで記されていた。
「ほら、泣き言言ってても始まらないわよ」
「な、夏菜さん!頑張りましょう!」
「ふしゅー……」
舞とルミがそれぞれの方法で発破を掛けてみるが効果は無いようだった。
人も疎らになった放課後の教室で三人はテスト勉強を行っていた。
千台高校では基本的に放課後に教室に残る事を許可していない。しかし、テスト前だけは生徒同士で教え合う場所を提供するために時間制限付きで開放されてるのだ。
「緋志達は?」
「……バイト先から呼び出しがあったんだって」
「むうー何よテスト前に……余裕こいちゃって」
緋志達が居ないという事もあって夏菜のやる気は地に落ちていた。
「な、夏菜さん……」
もう一度夏菜を励まそうとしたその時
「(あれ?)」
ルミは強い視線を感じてそちらに顔を向けた。
睨むようにこちらを見つめていた霧上とバッチリ視線が合う。比較的、シャイなルミはまだ霧上に話しかけていないため少々気まずかったのだが────霧上の方はそんな物では済まなかった。
ルミと視線が合った途端、何か恐怖でも感じたように顔を強ばらせたのだ。
「(え?ええ!?)」
混乱に陥ったルミは慌てて視線を逸らす。
自分は何か彼女を怖がらせる様な事をしてしまったのだろうか……ルミはそんな心配と同時に、ある疑問を頭の中に浮かべた。
「(霧上さんは、どうして教室に残ってるのかな?)」
いや、別に教室に残っているだけならおかしくも何とも無い。実際、ルミ達だって残っている。
ただ、霧上はルミ達と違い、一人だったのだ。
「ルミちゃん、どうかした?」
突然あらぬ方向を向いたかと思うと何事かを考え出したルミに舞が不思議そうに声を掛けた。あくまで、表面上はだったが。
「え、いやその……」
ここで夏菜も何事かと項垂れていた顔を上げルミに問いかけた。
「?何何?どしたの?」
「あう、その……」
ルミはどうしようもなくなり小声で二人に説明した。
「あー確かに、ちょっと気になるねー……よし!ルミちゃん、ちょっと一緒に来て!!」
「へ?」
「ちょっと、夏菜……」
事情を聞いた夏菜は何を考えたのか、突然立ち上がるとルミを引きずって霧上の席へと歩を進めていく。
舞が何事かを言おうとするが、少しばかり遅かった。
「霧上さん!」
夏菜が笑顔で霧上に声を掛けると、錆び付いた人形の様にギリギリと霧上が二人の方を向いた。その顔には緊張を通り越して緊迫が浮かんでいるようにルミには見えた。
「挨拶が遅くなっちゃってごめんね。私は棧納夏菜って言うの、よろしくね」
しかし、夏菜は特に気にすることもなく自己紹介を終えると、今度はルミを促す。
「ほら、ルミちゃんも!」
「は、はい」
ルミは勢いに流されるままに霧上の前に立つと
「く、紅道ルミです。よろしくお願いします……」
そう言って軽く頭を下げた。
すると、先程まで何かに追い詰められているような表情をしていた霧上が、ルミの挨拶を聞いた途端ポカーンと口を開けた。
ここ何日間かからは考えられない程目まぐるしく表情が変わる彼女をルミは僅かに首を傾げる。と、
「よし、挨拶は終わりね!それでね、突然馴れ馴れしいかもしれないんだけど、良かったら私達と勉強しない?」
夏菜の唐突すぎる提案に、普段の霧上なら無言を貫き通していただろう。しかし、動揺している彼女は思わず声を出してしまう。
「え、そ、その……」
ルミはその様子を見て僅かにホッとした。どうにか無視はされなかったようだ。
「あ、あの霧上さん。もし迷惑じゃなかったら、その……やっぱりダメですか?」
心にゆとりの生まれたルミも夏菜の提案を後押しする。彼女も実は霧上と話してみたいと思っていたのだ。
よくよく考えてみると夏菜がいいキッカケを作ってくれた。
「……分かった」
だが、霧上が頷いてくれた時は流石に内心、ルミは驚いてしまった。それ程、霧上は他の生徒に対して無反応だったのだ。
「やった!ありがとね、霧上さん」
「(やっぱり夏菜ちゃんは凄いなあ……)」
喜びながら霧上を自分達のスペースに引っ張っていく夏菜を見ながら、ルミはそんな感想を抱いたのだった。
ルミ達が机をくっつけて作った勉強スペースにはもう一組机と椅子が追加され、舞が自己紹介をしている。
「ルミちゃーん!!ほらほら!テストに向けて気合い入れるわよ!!」
「威勢だけは良いわね」
「何よ!」
ようやく見慣れてきた、二人の掛け合い。その日常の中に今日は新しい女の子が増えてくれた。
その事がルミには嬉しかった。
無意識の内に笑顔を浮かべ、ルミも皆の元へと戻る。そんな彼女の様子を、霧上は無表情で見つめていた。
しかし、瞳だけで語っていた。何か理解出来ないものを目にしている。そんな彼女の心の内を。




