転校生
「守る為の力、か……」
華院が帰った後、緋志は一人考えに耽っていた。
守る
それは緋志の力には程遠い概念だ。遠丞はただ、魔族を狩るのみ。何も考えず、ただ力を使う。
「……」
しかし、そんな事ばかり考えてもいられない。
緋志は時計を確認して椅子から立ち上がった。そろそろ、隣人を起こしに行く時間だ。
インターホンを鳴らしてみるが反応が無い。
どうやら、いつもの通りまだ寝ているようだ。
「(そろそろ、この生活にも慣れてもらいたいんだけどな……)」
緋志は苦笑しながら合鍵を取り出す。
彼の名誉の為に説明しておくと、これはルミから依頼され作ったものであり、朝から彼女が起きない場合は部屋に入って起こすことも合意の上での行動である。
「さてと……」
鍵を開けて部屋に入り、ルミの寝室に向かう。
緋志の部屋と全く同じ構造なので他人の部屋に居るという感覚は薄い。
「ルミー、そろそろ起きないとマズイぞ」
寝室のドアをノックしながら、そう声を掛けるが反応が無い。
もはやテンプレと化してきたこの行動だが、やはり実行するとなると少々、精神への負担が────
「(いや、もう時間も時間だし……よし)」
緋志は覚悟を決め、ドアノブに手をかけた。そして
「ルミ!部屋入るぞ」
最後の通達をして乙女の部屋へと突入する。
ルミの部屋は遮光カーテンに遮られ、リビングからの明かりで薄ぼんやりと中が確認できるような状態だ。
緋志は窓まで歩み寄り勢い良くカーテンを開いた。
そして、眩しい朝日に僅かに目を細めてからルミの方へと向き直ったのだが………
「ほら!そろそろ起きないと遅刻……って」
緋志はすぐに体を逸らし叫んだ。
「な、何で寝巻きがはだけてるんだよ!!」
その切羽詰った声でようやく目覚めたルミが目をこすりながら起き上がる。
「んにゅ……もう朝〜?」
彼女はどうやら自分の格好がどうなっているのか気づいていないらしかった。
鎖骨の浮き出た首元から肩までがあらわになり、パジャマのボタンは全て外れているせいで可愛らしい布地が────
「な、何でこんなに寝相が悪いんだ……」
今までで最悪のパターンを経験した緋志は心の中で浮かび上がった疑問をそのまま宙に流してしまった。
「うう……何であんな事に………」
「それは、コッチが聞きたいけどな」
覚醒したルミをどうにか宥めた緋志と、あまりの恥ずかしさで動転してしまい、ベットから転げ落ちたルミは急いで支度を整え、朝食を流し込み、学校への道を歩いていた。
「……もう学校には慣れたか?」
空気を変える為にだろうか、緋志は唐突にルミにそう質問した。不意を突かれたルミは素直に答える。
「え、うん。皆優しいし……最初の頃よりは落ち着いてきたし、ね」
後半のセリフを呟くルミは僅かに苦笑していた。
緋志は無理も無い反応だ、と納得する。
何故なら、彼女が転校して来てからの数日間は大騒ぎだったのだ。
ルックスは良いし物腰も丁寧。そして、どこか浮世離れした神秘的な雰囲気。
それはもう、男女問わず多くの生徒がルミの元を訪れては彼女を取り囲んでいたのだ。
「まあ、そろそろ一週間は経つしな……それに」
緋志は駄菓子屋の店先に貼られたポスターにすれ違いざまチラリと視線を送る。
それには、カラフルな手書き文字でこう書かれていた。
『千台高祭六月一日、二日に開催!!ぜひ、ご来場下さい!!』
そして文字の下には、こちらはキチンとパソコンで作成された地図がプリントされていた。
今日の日付は五月十二日、これから一週間間はテスト週間、そして、その苦難が終われば文化祭と皆忙しい時期に突入したのだ。
その為、ルミの周りもかなり落ち着いてきたのだった。
まあ、クラスの中でも存在感のある緋志達のグループがルミと仲が良いため話しかけ辛いという事情もあるにはあったのだか……
「皆自分の事で精一杯なんだろ、多分」
「あ、そっかもうすぐテストだもんね」
「そういう事、文化祭実行委員の生徒はテスト前でもやらないといけない仕事とかあるみたいだし尚更だろうな」
「へー……文化祭もテストも楽しみだなあ」
微笑みながらルミが呟いた一言に今度は緋志が何とも言えない表情を浮かべる。
「(まあ、本人が楽しそうならそれで良いか……)」
彼女にとっては全てが憧れの生活。
一般的な学生にとっては苦行でも彼女にとっては楽しみの一つなのだ。
「あ、ルミちゃん、緋志オハヨー!!」
緋志達が教室に着いた途端夏菜が駆け寄って来た。
麗子は相当細かい記憶操作をしたらしく、夏菜はルミとの遊園地巡りについては忘れていなかった。
そのお陰もあってか二人の仲は良好だった。
「あ、夏菜さんおはようございます」
「おはよう。朝から元気だな」
緋志は席が離れているため取り敢えず荷物を置こうと自分の机に向かった。
「ん?」
緋志は荷物を置いた所で気が付く。
クラスの雰囲気がやけに賑やかだ。テスト一週間前ともなればどこかドンヨリした空気になるものなのだが────
「え、転校生ですか?」
「そうそう、しかもこのクラスになるらしいのよ」
「そ、そうなんですか……」
一方、同じ疑問を感じたルミが夏菜に尋ねたところ、あっさりと理由は判明していた。
「いやーまさか、こんな短期間に二人も転校生が、しかも同じクラスに来るなんて思ってみなかったわ」
「確かにビックリですよね……あ、ちなみに転校生の方の性別って」
「女の子みたいよ?さっき陣がキモイ顔しながら教えてくれたわ」
「アハハ……」
ルミはやや強ばった笑みを浮かべながら辺りを見回す。
どうやら陣と舞は教室には居ないらしい。
「あれ?」
「どうかした?」
「いえ、その、緋志どこ行ったのかなって」
ルミに言われて夏菜もクラスを見渡す。確かに緋志の姿が見当たらない。
「陣と舞は委員会だろうけど……緋志って委員会も部活もやってないから………質問があって職員室とかに行ったんじゃない?」
夏菜の言葉にどこか腑に落ちないモノを感じたが取り敢えずは頷く事しかできなかった。
もうすぐホームルームなのだし、すぐに戻って来るはずだ。
「あ、質問といえば……」
夏菜が何か思い出したかのように呟き、ノートを取ってくるとそれで恥ずかしそうに顔を隠した。
「る、ルミちゃん……」
「何か分からない問題とかありましたか?」
「う、うん……教えてもらってもいい?」
「勿論ですよ!」
ルミは笑顔で快諾する。
紅道家の屋敷の中で毎日家庭教師に勉強を教えられていたお陰か、ルミは特に苦労する事なく高校の勉強に馴染んでいた。
少なくとも勉強の苦手な夏菜よりは。
夏菜がどうにか問題を攻略した時、教室のドアが勢い良く開き、同時にルミの聞いたことの無い声で
「はい、ホームルームには少し早いですが席に着いて下さい!」
と指示が掛かった。
「あれ?どうしたんでしょうか、こんな中途半端な時間に……」
「というか、あんな先生見た事無いけど」
教室中が僅かにざわめくが、生徒達は素直に自らの席に戻っていった。
そのまま教壇に立った若い教師らしき人物は無言のまま時間が経過するのを待ち始めた。
どうやら委員会に行っている生徒や、ギリギリに駆け込んで来る生徒が揃ったらすぐにホームルームを始めたいらしい。
「(土屋先生はどうしたのかな?)」
と、緋志と陣が同時に教室に入ってきた瞬間
「(あれ?)」
一瞬教壇の方を睨んだ気がした。が、二人は何も言わずに自分の席についてしまった。
ざわめきが収まらないまま数分が経過し全員が揃った所で再び教師が口を開いた。
「えー急な話なのですが、このクラスの担任である土屋先生は盲腸で入院されてしまったため暫くの間私が担任をさせて頂きます。」
そこで一旦言葉を切ると黒板に字を書き
「名前は細井健太郎といいます。宜しくお願いします。普段は三年生の地学を教えているので皆さんとの接点はあまり無いですが……」
素性が分かったことで生徒達が再びざわめき始めるが、今度は細井がすぐに注意する。
「はい、静かに。えー今日はもう一つ皆さんにお知らせ、というか紹介する人が居ます。どうぞ、入って来て下さい!」
細井が廊下に向かって声を掛けるとゆっくりと扉が開き一人の女生徒が中に入って来た。
「(うわあ……可愛いらしい人だなあ)」
少女は女子にしても小柄な体格で尚且ほっそりとした見た目だった。表情が薄いせいか顔立ちの整った人形の様な印象を受ける。
彼女は教壇に上がると一礼して口を開いた。
「霧上恵です。よろしくお願いします」
少女に見とれていたルミは気が付かなかった。緋志の様子がおかしい事に。そして、陣が静か過ぎる事に。




