終わりよければすべて良し
「もー、何でせっかくのお出かけがあんな事になっちゃうかなー……」
夏菜が頬杖を突きながらそうボヤくと、隣に座る舞がすぐさまなだめる。
「まあまあ、しょうがないじゃない。むしろ、ラッキーだったと思わないと。テロに巻き込まれて皆無事だったんだから」
そう、魔族と退魔師が入り乱れたテーマパークの戦いは、テロリストによる爆弾を使った事件へと置き換えられていた。
テロリストは逃走、現在日本では厳戒態勢が敷かれており、町中がピリピリした空気に包まれている。
どうやら、対魔課も今回は後手に回ったせいか誤魔化すのが難しかったらしい。
夏菜達の記憶も何者かによってか書き換えられていた。
「(まあ、どうせ麗子さんだろうけど……)」
緋志はボンヤリと考える。
彼女は今どうしているのだろうか、と。
五月四日 午後二時三十四分 鎖間那探偵事務所
どうにかリデラを退けた緋志が目を覚ました時、ゴールデンウィークは最終日に突入していた。
「う、ん……」
重い瞼をどうにか持ち上げる。
ボヤけた視界がだんだんとハッキリしてくるにつれて緋志の意識も覚醒していく。
「ここ、は……事務所か」
辺りを見回し確認するが人の陣や麗子の姿は無い。
そして、ルミの姿も。
「今何時なんだ……?」
緋志は鉛のような重みを感じながらも、どうにか体を起こしベッドから少し離れたテーブルに歩み寄った。
テーブルの上には小太刀や手持ちの飛び道具、そしてスマートフォン等、緋志の持ち物が並べられていた。
「って、充電切れてるのか……」
遊園地に行く前にしっかりと充電したはずなので相当長い時間寝ていたらしい。
「まあ、あれだけハデに暴れて壊れなかっただけマシか……」
取り敢えず持ち物を回収し、仮眠室を出る。
仮眠室があるのは四階なので、まずはオフィスのある二階まで降りることにした。
歩き出してみると、やはり倦怠感が体に残っているのを感じる。
体の傷は治っているようなので、吸血鬼モドキになった影響だろうか?
そんな事を考えているうちに、緋志は二階に到着した。
いつもの癖で扉をノックする。
すると、すぐに反応があった。
「入りたまえ」
「失礼します」
麗子の声に促され事務所の中に入ると、陣と麗子の笑顔が目にはいった。
「よっ!やっと起きたのかよ」
「ああ……今何時だ?」
「十四時半過ぎだよ。五月四日のな」
陣は緋志が現在の日時を把握出来ていないと質問の仕方から悟ったのだろう。
彼の気遣いにより、緋志はようやく今の状況が掴めてきた。
「俺は……だいぶ長いこと眠ってたみたいですね」
「ま、そうなるな。さて、何か暖かいものでも飲みなさい。一応治癒魔術は掛けたが流れた血までは戻せないからな。少しづつでも良いから胃にモノを入れないとね」
麗子にそう言われて緋志は体にまとわりつく違和感の正体を掴んだ。
恐らくは軽い栄養失調の様な状態なのだろう。
流石に点滴を医師免許も看護師免許も持たない麗子や陣がする訳にはいかない。
意識も不明とあっては普通の病院に連れていくこともできない。下手をすれば入院させられ長期的に拘束されてしまうかもしれないからだ。
「さあ、座って待っていなさい」
「ありがとうございます」
一言礼を言い、緋志は陣の向かい側に腰掛けた。
ソファに軽く体を沈め、深く息を吐く。
そんな緋志を見た陣は不安そうに眉を顰める。
「おいおい、大丈夫か?」
「ちょっとダルいだけだよ……それより、お前は大丈夫なのか?」
リデラとの戦いでは陣の方が多くの傷を負っていたはずだ。
緋志がそう考えて尋ねると相棒は白い歯を見せながら明るく笑った。
「ハッハッハッ!俺はお前と違って頑丈だからな、モヤシ君!!」
「そうですか……」
どうやら大丈夫なようだ。
とはいえ、麗子が魔術を使えば大抵の傷は治せるので大丈夫だろうとは思っていたのだが。
二人がじゃれ合っていると、麗子がココアが入ったマグカップを持ってきた。
ちなみに、よくこの事務所に出入りする緋志と陣と舞、そして麗子は自前のマグカップが事務所に置かれている。
「ほら、飲みたまえ。熱いから気をつけてな」
「いただきます」
緋志は一口口をつけ、ホッと息を吐いた。
「おいしいです」
「それは良かった」
麗子はそう言って微笑むと陣の隣に腰掛ける。
そして足を組むと緋志を見つめ始めた。
「……何ですか?俺の顔に何か付いてます?」
「聞かないのだな」
何を?
そんな事言われなくても分かっている。
「もしルミが居たら、俺が目を覚ますまで側で待ってたでしょうから」
「お熱いね〜」
陣がいつものノリで茶化すが緋志は軽く笑っただけだった。
そう、緋志にはとっくに分かっているのだ。
彼女がもうここには居ない事など。
「俺が逆の立場ならそうするからな……それで麗子さん、ルミは大丈夫でしたか?」
「ん?ああ、あのチンケな封印の事かい?当然、私が解除しておいたよ。だが、あの場を離れる前に紅道家の連中が来てしまってね……」
「そうでしたか……」
麗子は戦闘においてはからきしだと自ら公言している。もし、謙遜だとしても、さすがに、護衛業を生業としているような吸血鬼の一族を相手に粘るのは無理だったのだろう。
緋志達が見逃してもらえてのは恐らく────
「華院さんは何か仰ってましたか?」
「おやおや、『さん』付けとは、えらく親しくなったみたいだね?」
本気で感心しているらしい麗子の様子に、緋志は思わず苦笑する。
「まあ、ルミのお兄さんですし。あの男を倒すために協力してもらったので」
「なるほど、それで死神が緋志君に感謝しろと言っていたのか……君が恩を売っていなければ私達はタダでは済まなかっただろうね。感謝するよ」
「別に恩を売ったつもりはありませんよ。華院さんが義理堅い人だったってだけです」
その言葉に今度は麗子が苦笑する。
「『人』ではないがね」
「確かに」
緋志と麗子のやり取りがひと段落ついた所で今度は陣が緋志に質問した。
「なあ、緋志。お前どうやってあのイカレ神父ぶっ倒したんだ?」
「? どういう意味だ?」
「いや、だってよ。華院、さんに刀作ってくれって頼んでたけどよ、あれ魔具だけど特に凄い力があったとかそんなんじゃないんだろ?」
「まあ、そこらの名刀より凄い刀だったけどな」
「それでも、結局使うのは緋志だろ?どうやって、アイツの魔眼を攻略したんだ?」
「あーそれは、何というか……」
普段、緋志は小太刀を使い、同時に無手の体術も使っている。それらはどちらも、遠丞家の武術だ。
型の名を口にすれば、体は限界を超えた速度で技を繰り出すし、そんな事をしなくともある程度は戦えるレベルで緋志は技を使いこなしている。
だが、緋志がもっとも得意とする武術は全くの別物なのだ。
遠丞家に居た間、欠かさず修練に励み、免許皆伝まで到達した剣術
「……遠丞とは違う流派の技を使ったんだよ。アイツは俺には俺自身の動きの癖が無いって言ってただろ?だから、俺自身の動きはまだ予測されないと思ったんだ。」
「で?実際に使う技を変えたら動きを読まれずに済んだってのか?」
「賭けみたいな事して悪かったよ……」
陣はヤレヤレといった感じで首を振るとニッ!と笑い
「ま、終わりよければ全て良し!って奴だ。気にすんな」
陣の言葉に緋志は安堵と感謝を感じながらも、どうしても今回の顛末について考えてしまう。
「(終わりよければ、か……)」
全滅の危機に瀕しながらも、全員が生還出来たのだからこれ以上の成功は無いはずだ。しかし
「緋志君、私に何か依頼したい事は無いのかい?」
「……」
本音を言えば、ルミの元に行きたかった。
彼女に会い、彼女の望みを聞き、それを叶えたい。
だが、それを実行すれば、陣と麗子に多大な危険が及ぶだろう。今回の件も、相当危なかったのだ。
「何も、ありませんよ……」
影のある笑顔を浮かべる緋志に陣が何事かを言おうとしたが、麗子の目配せによって止められた。
「そうか……では今日はもう帰りなさい。ちゃんと食事をして静養したほうが良い」
「はい、失礼します……陣、また明日」
「おう、きーつけてな」
「何かあれば連絡してくれよ」
二人に見送られ、事務所を出る。
胸中に秘めた決意を悟られないようにしながら。
五月五日 午後八時十二分 神木町、緋志の自宅
緋志は学校が終わるとすぐに家に帰り、準備を進めていた。
紅道家へ向かうための準備を
「紅道家の場所は麗子さんに聞くとして……どうにかそこまでたどり着ければ華院さんに会って話を聞く位はできるかな」
もし、それが出来なかった場合は────
緋志は小太刀をにぎりしめる。
遠丞の家を出てから自分の意思で魔族に関わりにいくのは、これが初めてだ。
「取り敢えず、明日までは学校行っとくか」
何故ここまで拘るのか。
それは緋志自身にも分からなかった。
翌日、緋志が教室に入るとやけに生徒が賑やかだった。
ゴールデンウィークが終わってから今日で二日目。
さすがに、休みの思い出に浸っているということは無いはずなので、何か面白い出来事でも有ったのだろうか?
「あ、緋志!」
緋志が他の生徒に話を聞こうとするより早く、彼を呼ぶ声が届いた。
声の方向に視線を向けると夏菜が自分の席で手招きしており、その周りには陣と舞の姿もあった。
取り敢えず、緋志は呼ばれるままに皆の元に向かう。
「おーっす」
「おはよう、緋志君」
「おはよ!」
「おはよう……なあ、皆何を盛り上がってるんだ?」
挨拶を終えた緋志が誰にともなく尋ねると、陣はニヤニヤし、舞は首を傾げ、夏菜は眉を顰めた。
「え? 緋志、あんた知らないの?」
「? 何を……」
その時、教室の扉が勢い良く開き担任の先生が入って来た。
ホームルームの時間にはまだまだ早いはずだが────
理由はすぐに彼の口から説明された。
「はーい、皆席につきなさい……今日は転校生の紹介があるので、早めにホームルームを始めます」
担任の言葉にまたしても教室がざわめき始める。
ホントなんだ、どんな娘かな!といった声を聞くと朝クラスが盛り上がっていたのはこの事をどこかからか聞きつけたかららしい。
「はい、静かに……それじゃあ入って来てください」
先生が促すと、開いたままの扉から一人の女生徒が入って来た。
途端にクラス中から歓声が上がる。何故ならその少女は信じられないくらいの美少女だったからだ。
儚い様な、それでいて強烈な存在感を発揮する少女を見た瞬間、緋志の思考は停止した。
「静かにしなさい!えーそれでは自己紹介を」
「はい」
そんなもの必要無い、と緋志は心の中で呟いた。
何故なら緋志はもう、彼女の名前を知っている。
「紅道瑠美です。皆さんよろしくお願いします!」




