提案
口の中が金臭い。
ペッ、とたまった血を唾と共に吐き出し口元を拭う。
傷は塞がったが、そもそもこの吸血鬼の力は一時的なものだ。いつ効果が切れるか分からない。
緋志は無意識のうちに『眼』の力を発動させた。
注意深くレイピアらしき剣を構える西洋人の男を観察する。
「(やっぱり目のあたりに魔力がたまってるな……)」
魔眼は魔力の消費と引き換えに、様々な力を発揮してくれる異能の力だ。
緋志のコレも魔力を色の付いた物質として見ることができるという他に類を見ない貴重な魔眼だった。が、緋志はその体質ゆえこの目を使えるのは一日、三十秒程度だ。
それを超えれば目が壊れ、視力は失われる。
現在、緋志が自由に『眼』の力を使えているのは、目が崩壊しきるより早く再生してしまう、吸血鬼の異常な再生能力のおかげなのだ。
「(とりあえず、魔眼の話は本当みたいだな)」
しかし、緋志の中には疑問が残っていた。
時間を稼ぐために、直接リデラに質問をぶつける。
「一つ分からないんだが」
「何でしょう?」
「お前、どこで俺の動きを見てたんだ?」
「ああ、その事ですか。別に私はあなた自身の動きを解析したわけではありませんよ。そもそも、あなたには自分自身の動き、癖がほとんどありません。だからこそ、先ほどの技をかわせたのですが……」
そこまで言われて、緋志は気づいた。
リデラは緋志の動きを読んだのではなく
「遠丞の武術を見たことがあるのか……?」
リデラは緋志の問いにすぐには答えなかった。レイピアを眺め、次に緋志に視線を送る。
「まさか、あの遠丞の血を引く者と敵対することになるとは……私は自らの子孫に退魔の技を託し、多くの魔族を狩ってきた遠丞の一族に敬意を払っています」
リデラは剣に付着した血を振り払い、緋志を睨みつけた。
「が、あなたは誇り高き一族の一員であるという事を忘れ、穢れた魔族の力に手を出したようだ」
その瞬間、緋志はまたしてもリデラに飛び掛かりそうになった。
穢れた魔族?
あのイカレた神父もどきは何を言っている?
ルミが何をした?
あいつはただ、人として生きようとしているだけなのに
「……お前の線引きなんざどうでもいい。ルミに何をした? あの矢には魔術が掛かっているだろう?」
リデラは面倒臭そうに口を開いた。
「私が開発した新しい術式です。吸血鬼は並の術式では殺せませんからね。封印するのが取り敢えずの対策として一番効果的なのですよ」
封印
つまり、ルミは死んではいない。
おそらく、麗子さんなら魔術を解くことも可能なはずだ。
そう考えた緋志は陣の様子を覗う。
どうやら未だに麗子への連絡がつかないらしく、焦った表情を浮かべていた。
「……お前、結界か何か張ったのか?」
「ええ。連絡手段を絶たせていただきました。ですからいくら時間を稼ごうが無意味ですよ。死神が起こした騒ぎのおかげでこの辺りは封鎖されているでしょうし」
「クソが…」
華院が悔しそうに呻くが彼はまだ体の自由が利かないようだ。
緋志は大きく息を吐き、腹をくくった。
この場を切り抜けるには、リデラを倒すしかない。
そのためには―――――――
「さて、そろそろ順番に狩らせていただきますよ。いくら時間があるとは言っても万一、邪魔が入らないとも限りませんからね」
リデラがそう宣言して緋志に近づこうとした瞬間、緋志が叫んだ。
「陣!! あいつを囲え!!」
これまで、積んできた経験が考えるよりも先に、陣の体を動かした。
開いている方の手を動かし、パチンと指を鳴らす。
「なに!?」
その瞬間、リデラを封じ込めるように、青白い炎の壁が生まれた。リデラは驚きの声を上げたが、どうすることもできず、その姿は炎の向こうに消えた。
「(これで、少しは時間が稼げる…)」
緋志は急いで陣とルミの元
ではなく、華院の元へ向かった。
「……何してやがる。早くルミを連れて逃げろ」
華院は、緋志が膝を立てて何事かを言おうとする前にそう言い放った。
陣も何故、緋志が華院の元へと向かったか理解できていないらしく、怪訝な表情を浮かべて駆け寄って来た。
「おい緋志! 何やってんだ、早くルミちゃん連れて……」
「無理だ」
「は?」
「あいつからルミを抱えたまま逃げるのは無理だ。お前もケガしてるし。それに華院さんはどうするんだ?」
「いや、どうするって……」
陣が言いよどむと、華院が後を引き継ぎ淡々と述べた。
「分かってんのか? 俺はお前らを殺そうとしたんだ。何で俺の事を気にする必要がある?」
「……あなたが死んだら、たとえルミが助かったとしてもあいつが悲しむ。それに……あなたが、あんな奴に殺されなきゃいけない程に悪性を持つ魔族だとは、俺にはどうしても思えない」
緋志は一旦言葉を切ると、自分の考えを打ち明けた。
「それに、この場を切り抜けるにはあなたの力が必要なんです……華院さん、力を貸してください!!」




