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再会


「…ろって、おい緋志起きろって!!!」


 聞き覚えのある声がする。

 緋志は重い瞼を何とか持ち上げる。まず目に映ったのは、声の主である陣だった。


「陣……」


  自分でもビックリする程、緋志の声は弱々しかった。

  しかし、緋志の意識が戻った事を確認した陣は緊迫した表情にやや安堵を浮かべた。


「緋志ッ!! 気が付いたか? 一体何があったんだよ!? 俺が居ない間に……傷が見当たらねーけどここら辺の血はお前のなのか? 何で制服が破れてんだよ!?」


 矢継ぎ早に質問を繰り出す陣を手振りで抑え、緋志はゆっくりと起き上った。

  辺りを見回すと、確かに雨でやや流されてはいるが、緋志とあの男の血が残っていた。

 そこまで確認して、緋志は重大な事に気づき、慌てて胸の辺りを触る。


「傷が……消えてる?」


 服が切られていて、血が残っているのだから、幻覚等ではなく緋志は実際に切られたのだ。

  なのに傷が無い。そもそも、何故自分は生きているのだろう?

  それに、あれだけ長時間『眼』を使ってしまったのに、何故自分は光を失っていないのだろう。

 思考の渦に呑み込まれかけた緋志に陣がどこか苛立った様な声で話掛ける。


「おい! 少しぐらい質問に答えろよ。とりあえず大丈夫なんだな!?」


 どうやら余程心配してくれたらしいと分かり、緋志は素直に頷き謝罪した。


「ああ、悪い……心配かけて」

「たくっ、ホントだぜ」


 陣は一息つくと、いつの間に拾ったのか緋志と自分の傘と鞄を持ち、屋根のある休憩所に向かって歩き始めた。

  緋志も小太刀を懐に隠した鞘に収めると、立ち上がって後を追う。

  血痕をそのままにしていくのはマズイ気もしたが、今の彼等にはどうする事も出来なかった。

  不幸中の幸いとでも言うべきか、雨である程度清められている上に人の姿も無いため騒ぎになる前に跡は消えてくれるだろう、と緋志は期待した。


「で? 一体何があったんだ?」


 休憩所に着いた途端に荷物を置いた陣がベンチに座って緋志に尋ねる。

 緋志は一度深呼吸をして落ち着くと、自分も同じように腰を下ろし自分の身に起こった事を陣に説明し始めた。

  緋志が例の男に襲われたと聞いた時は、話の腰を折るのは良くないと思ったのか「マジかよ……」と呟くに留めていたが、『眼』を使ってしまった、という告白についに耐え切れなくなったらしく、素っ頓狂な声を上げて、緋志に詰め寄った。


「お、おい!? じゃ、じゃあ今、お前は……」

「ああ……目の前にアホ面のヤンキー崩れが見えるよ」

「そうか……ってはあ? 見えてんのか!? つーか今はふざけるトコじゃねーだろーが!!」

「ああ、悪い悪い……というか普通に立って歩けてるんだから気付けよ」


  緋志は笑いをかみ殺しながら謝った。

  陣からすれば友人が襲われたらしいのだから心配してくれているのだろうが、それとは対照的に緋志は気が抜けてしまっていた。

 死を覚悟したのに、何故か無傷で生き残ってしまったため、何だか拍子抜けしているのだ。

 は〜、とため息を吐く陣に、もう一度謝ってから、緋志は一番重要な部分を告げた。


「ホントに悪かったって。それでな、俺はその男に確かに切られたんだ。巨大な鎌、たぶん魔具の一種だと思うが、そんなモノで切られたんだ、血が噴き出して俺はもう死んだと思ったよ」

「で、意識が途切れて、起きたら傷が治ってたってのか?」

「ああ」


  緋志の話を説明を聞き終えた陣は、難しい顔をして腕を組んだ。

  そして唸り声を上げながら数秒考え、こう結論を出した。


「う〜ん……これは俺たちの手に負える感じがしないな。その男は確かに魔族だったんだろ?」


  魔族、と一概に言っても様々な存在がいるのだが、要するにおとぎ話の中に出てくるような妖怪や海外ではモンスターとも言われる超常現象を引き起こす力を持つ存在の事を緋志達、というより緋志達の雇い主はそう呼んでいた。

  緋志は元々そういった存在の事は獲物、としか呼んでいなかったし周りの人間も同様だった為、魔族という呼称を使い始めたのはこの町に住み始めてだったが。

  それはさておき、緋志はあの時に感じた感覚を思い出しながら自分の考えを口にした。


「それは間違いないな。あと……女の子の方もたぶん。ただ、男と違って、その、純粋な魔族っぽくなかった。何て言うか……封印を解いた時の陣みたいだった」


  普段なら、緋志はこの様な感覚的な推測はしなかっただろう。

  生まれつき、そういった(・・・・・)気配や魔力を感じ取る事が緋志は苦手なのだ。

  しかし、緋志はこの時だけは自分の感覚に自信があった。

  何故なのかは緋志自身にも分からなかったが。


「てことは、魔族っていうより、『憑き者(つきもの)』みたいな感じなのか?」


  陣は何故か期待に満ちた表情でそう尋ねた。

  きっと同類を見つけたのかもしれないと考えているのだろう、と緋志は推察した。

  だが、彼の疑問に緋志はとある判断材料をもって、こう答えた。


「いやでも、何となく高位の魔族みたいな澄んだ魔力が見えたんだよ。憑き者だと、人の魔力と憑いてる奴の魔力が混ざって見えるはずなんだけど……」


  緋志の『魔眼』……と言えなくも無い能力を陣は二年以上の付き合いでよく知っていた。

  ただ、あくまでも能力を知っているというだけで感覚的な部分を共有出来たりはしていなかったので、彼の口から出たセリフは次の様なものだった。


「普通は魔力なんざ見えねーから、俺には判断つかねーな。それでだ、お前、麗子さんの所に行くのは絶対として、その後どうするんだ?」


  陣はおそらく、そんなヤバい奴を追うのか? という意味の質問をしたのだろう。

  だが、緋志は自分でよく分からないまま、全く違う返答をしていた。


「あの子を、俺が見た女の子を探したい」


  案の定、陣がキョトンとした顔をする。


「でも、その子は緋志の事見捨てて逃げちまったんだろ? それに、俺たちには何の関係もないじゃねーか。その女の子だって魔族っぽいし」


  彼にしては珍しく冷たい言い方だったが、陣の言っている事は全くの正論だ。

  今、気にすべき事は、緋志の命を奪いかけた男の事であり、余計な事に首を突っ込むのは得策ではない。

  そもそも、これ以上あの男に関わる事自体がヤバいのだ。

  恐らく舞の霊感に引っかかったのがその男なので調べない訳にはいかないという理由が一応ある為、陣は男の方は追うつもりだったが。

  緋志も頭ではその事を理解していた。

  それでも、何故かあの子を探さなくてはいけない気がするのだ。


「…あの子に会えれば、男の事が何か分かるかもしれない。それに」

「それに?」

「理由は分からないけど、探さないといけない気がするんだ」


  緋志は陣の目を真っ直ぐに見つめ、そう告げた。長い付き合いの友人は、緋志がどうしても引く気がないと、悟ったらしい。

  やれやれといった感じで、首を振ると


「しょうがねえな。女に興味のないはずの親友が一目ぼれしたとあっちゃ協力しない訳にはいかねーよ」


  確かに目撃した少女は美人だったが、一目惚れでは無いと緋志は言いたかったが、そんな返しをする前に緋志はいつも厄介事に付き合ってくれる親友に感謝した。


「ありがとな……」

「気にすんなって」

「…………あと、別にあの子に惚れた訳じゃないからな」

「はいはい、取り敢えずそういう事にしといてやんよ。とりあえず麗子さんのトコに急ぐぞ。傘は畳んで持ってくか、走るのに邪魔だからな。それと」


 陣がパチンと指を鳴らす。すると


「おお……相変わらず便利だなお前の幻術。魔術が使えない身としては羨ましいよ」


  緋志の制服が元通りになって、体に付いた汚れもあらかた消えていた。

  しかし、良く見ると少し服の質感がおかしい気もする。


「お前、『あんなの』が生えるのが羨ましいと言うのか?」


 陣がプルプルと震えている。どうやら、彼の心の中のスイッチを押してしまったらしい。

  今日何度目かも分からない謝罪を口にしようとすると、それよりも先に陣があれ?と言う顔をしながら


「おい、口元に血が付いてるぜ」


  と、自分の口元を指さして場所を教えてくれた。

  反射的に拭ってから緋志は、気づいた。


「(俺、血は吐いてないはずだけどな?)」


  だが、あまり深くは考えず、すぐに思考を切り替え


「それじゃ、急ごう」


  陣と共に、雨の中へと飛び出していった。



 四月三十日 午後七時 神木町、駅前

  目的地のビルに着いた陣は開口一番


「ホント、何度見てもぼろいよな」


  と、呟いた。

  これから、助力を乞う人間の事務所に対して失礼すぎる発言だが、緋志は否定できなかった。

  十年ほど人が使っていなかったらしく、外から見ると完全に廃墟の様な見た目になっているのだ。

  そんな五階建ての小さな雑居ビルの二階には『鎖間那探偵事務所』と書かれたビルに比べると非常に綺麗な、シンプルな看板が取り付けられていた。

 鎖間那麗子さまなれいこと言うのが緋志達の雇い主の名だ。

  彼女は安いだけが取り柄のこの物件の建物と土地を丸ごと購入し、建物の二階部分を事務所として使用している。


「取り敢えず中に入ろう」


  緋志は陣を促し、スウィングドアを押して中に足を踏み入れた。

  どことなくカビ臭さが鼻につく。

  入ってすぐの所にある階段を登りきると、金属製のプレートが付けられた部屋のドアが目に飛び込んできた。プレートにはやはり、『鎖間那探偵事務所』の文字。


「麗子さん、緋志です。陣もいます」


  扉をノックしながら声を掛けると、中からすぐに返事が返ってきた。


「分かっているよ。早く入りなさい」


 キビキビとした声に促され、緋志は扉を開け、陣と共に、見慣れた職場へと入り込んだ。

  緋志と陣には見慣れた光景だったが、普通の客は事務所を初めて訪れる時、必ず驚く、何故なら、取り壊し予定だと言われても納得できそうな外見からは想像できない程、麗子の事務所は整えられているのだ。

  床も壁も、新築の様な綺麗さなのは魔術を使っているかららしいが。


「お疲れ様です、麗子さん」

「ちわっす」


  緋志と陣が部屋の奥にあるワークデスクに座る女性に挨拶をした。

  その女性、鎖間那麗子(さまなれいこ)は、こんな所で探偵をしていると言われるよりも、女優をしていると言われた方がしっくりきそうな美女だった。

  やや赤味がかった肩まである髪を後ろで束ねており、スッと通った鼻梁と白い肌は明らかに日本人離れしていたが、この女性の素性を緋志と陣は未だに詳しくは知らなかった。

  品の良い白いシャツと黒のパンツを来ている為、やり手の女社長の様な雰囲気もある。

 しかし、彼女の本業は存在を信じる人こそ少ないが、実際に今もかなりの人数を誇る魔術師なるものなのだ。

  どうも魔術師達は自分達の存在を一般市民に知られたくないらしく、様々な組織、派閥が協力して存在を秘匿しているらしいので、身近な者にだけとは言え、麗子の様に正体をばらしている魔術師は珍しいそうだ。


「二人ともずぶ濡れじゃないか。そこにタオルが置いてあるから、それで体を拭いて更衣室で別の服に着替えてきなさい。話はそれからだ。ああ、あと緋志君はその破れた制服は必要ないなら処分しておくよ?」


  テキパキと指示を出す麗子に、緋志達は、やはり大した人だと驚きを隠す事ができなかった。

 陣も「まいったな……」と言いたげに苦笑している。

  陣が幻術を使っている事も、そもそも緋志達が何かを相談したがっている事までお見通しらしい。


「じゃあお願いします」


  緋志は有り難く申し出を受けると、向かい合わせに置かれた二つの来客用のソファの片方に置いてあった二枚のバスタオルを手に取り一枚を陣に手渡して、部屋の右側にある扉を開けて隣の部屋に移る。

  そこはロッカーが三つ置いてある六畳程の広さの部屋だった。制服のままバイトをする訳にもいかない為、ここに私服を何枚か置いておいて使っているのだ。

  緋志と陣が手早く体を拭き、着替えて戻ると来客用のソファの前にあるテーブルにコーヒーの入ったカップが三つ置かれていた。 麗子は既に座っている。

  視線で座る様に促され、緋志と陣は礼を言いながら麗子の向かいに側に腰を下ろす。二人が座るのを待って麗子は口を開いた。


「それでは取り敢えず、急に尋ねてきた訳を聞かせてもらおうかな」


  緋志はその言葉に頷くと、陣にしたのと同じ話を繰り返した。違ったのは麗子が陣と違って一切口を挟まなかった事ぐらいだった。




  緋志の話が終わると、麗子はコーヒーを一口飲んでから、おもむろに語りだした。


「まず、結論から言っておくと、緋志君を殺そうとした男は紅道華院という男だ。紅い道と書いて紅道くどうと読む。紅道家の中でも腕利きの護衛だよ」

「紅道家ってなんすか?」


  陣が全く聞いたことのない名に首を傾げる。緋志は表情を変えたりはしなかったが心の中では同じ様に首を傾げていた。

  彼等の疑問に、麗子はスラスラと答えてみせる。


「紅道家は日本で唯一の吸血鬼の一族だ。そして、彼ら以外に日本古来の吸血鬼は存在しない」

「吸血鬼って…そんなモンがマジでいるんですか?」


  疑う陣に、麗子は呆れたように言った。


「君はあやかしに憑かれておきながら信じられないと言うのかい?」

「いやだって、吸血鬼が伝説通りの存在だとしたら凄すぎるじゃないっすか。俺のなんて比べもんにならないっすよ」


  吸血鬼、と聞いて陣は様々な伝承を思い浮かべていた。

  杭で心臓を突かれなくては死なない不老の存在と自分に憑いてる妖怪を比べるのはいくら何でも無理があるだろう、と陣は感じたのだ。


「まあ、伝承はほぼ吸血鬼達の流した嘘か恐怖した人々がでっち上げたものだがね。まず、彼らは長寿だし傷の治りも早いが不老不死ではない。川も問題なく渡れるが、太陽が出ている間、厳密には『昼』という概念に相当する時間は完全な力を発揮できない。日光に当たっていなくてもな」

「でも、まだ夕方だったのに紅道華院は魔術を使っていましたよ?」


  緋志の質問を麗子は


「ま、それは後にして、とりあえず吸血鬼の事を教えよう」


  とスルーする。ここでゴネていては進まないので緋志もしぶしぶそれに従う。


「それでだね、吸血鬼に何故一族があるかなんだが。彼らは仲間を増やすとき二つの方法を取れる。一つは吸血鬼もしくは人間と交わり子を成す。もう一つは人間の血をある程度飲んで、そいつを下僕にする方法だ。紅道家は吸血鬼同士で交わって数を増やしてきた、いわば純血の吸血鬼達なのだよ。まさに一族、という訳だ。それと、海外にもいくつかの一族がある。紅道家はそういった一族とも交わっているようだな」


  緋志も陣も目を丸くして、麗子の話を聞いている。そんな二人の反応が面白いのか。麗子は微笑みながら、解説を続ける。

「紅道家は人を襲って仲間を増やさない。さらに力を保つ目的の吸血も最小限に済ませている。だから、魔族と呼ばれるモノでありながら、退魔師から黙認されて、彼らは企業をやったり、護衛業を行ったりしていて、魔術の世界ではそこそこ有名なのだよ」

  そこで、一旦言葉を切ると、麗子はコーヒーで喉を湿らせた。 緋志はどうしても我慢できなくなり、またしても疑問をぶつける。


「それで、何で麗子さんは俺が会った男が紅道華院だと分かったんですか?」

「全く。少し落ち着きなさい」


  どこか焦っている様な緋志を注意しながらも、麗子は話を再開した。


「吸血鬼の魔族としての能力に『血晶』というのがある。血を媒介にして少ない魔力で、その場に魔具を顕現させるという物だが、どのような魔具が生まれるかには個人差がある」


 麗子のセリフを聞いた瞬間、緋志は切られた時の感覚をまざまざと思い出した。

  つまりあの鎌が麗子の言う結晶というものだろう、と緋志は理解した。

  無意識の内に胸に手を当てながら緋志は麗子の説明に耳を傾ける。


「そして、紅道華院は鎌型の血晶を使い、昼でも力を使える特異な吸血鬼で、その居出立ちから『死神』と呼ばれている。紅道家の中でも特に有名だ。私の知り合いの中には奴にちょっかいを出して大けがした奴がいるが……魔術師としても一流の様だな、紅道華院は。確か協会にも名前を登録している。魔族としては珍しく、ね」


 麗子が、ふうっ、と大きく息を吐いてから、「何か質問は?」と二人に声を掛ける。


「あ、じゃあ俺からいいか?」


  陣が緋志に断ってから、麗子に尋ねた。


「その紅道華院って奴が昼間に力を使えるのも、血晶のおかげなんすか?」


  麗子は首を縦に振り


「おそらくね。だがどんな形なのかは分からない。鎌は純粋に武器として使っているようだから、陣君の様にアクセサリー型のモノを付けているのかもな」


 麗子がチラリと視線を向けたのは、陣の右手人差し指だ。そこには、彼女が陣に売った銀の指輪が嵌められている。


「これってかなり高かったっすよね? そんなモンをほいほい作れるんすか? 吸血鬼ってのは」


 陣が心底羨ましそうな声でそう言うと


「全く、相変わらず俗物的だね陣君。残念ながら、という訳でもないが、彼らの作る血晶はいわゆる普通の魔具とは違って、かなり独特なものが多い。そして、先ほども言ったが個体によって作れる物がある程度は決まっているんだ。つまり、柔軟性の無い能力なのだよ。しかも普通の魔具と違って同じものをいくつも作ったりはできない。だから、血晶で商売はできないよ。まあ、できてもしないだろうが」


 麗子が呆れたように注釈を加えた。


「それで」


 いい加減に我慢できなくなった緋志が続けて問う。


「女の子の方はどういう理由で追われていたんだと思いますか?」

「さあ?」


 麗子の答えはシンプルだった。緋志は思わずムッとした表情を浮かべてしまう。すると、麗子はやれやれと首を振りながら


「だから、落ち着きなさいって。追われている理由は分からないし、その子がどんな存在なのか知らないけど、それで何か問題があるのかい?」

「俺は……その子を探したいんです」

「ふむ」


 麗子は僅かに考えてから、あっさりと


「ま、そういう事なら手伝おうかね」

「いいんですか? 手伝うってことは無料でってことですよね?」

「話を聞いてる限り、その女の子は私達のクライアントになりそうだからね。それに緋志君が女の子に興味を示すなんて珍しいからね。私もどんな子なのか会ってみたくなった」


 陣と同じような事を言い出す雇い主に緋志は首を傾げ


「陣も俺が女に興味が無いとか言ってましたけど、俺普通に女友達いますよ?」

「あ〜陣君」

「何すか?」

「(夏菜ちゃんは最近どうだい?)」

「(相変わらずっすよ。見てるこっちが恥ずかしくなるような事を夏菜がやってんのに、あいつが気づかないんで……色んな意味で辛いっす)」

「(全く、友達の先が見えないとは情けない……)」


  ヒソヒソと会話を交わす二人に緋志はキョトンとしている。

  するとと、ボーンという音が鳴り響き、壁際に置かれた古めかしい柱時計が三人に時間を告げた。


「ふむ、もう七時か。陣君、少し遅くなっても大丈夫かい?」


  麗子の問いかけに陣はすぐに頷いた。緋志に何も聞かないのは、彼が一人暮らしで、門限等が一切ないからだ。


「それでは、仕事に移ろうか」











 四月三十日 午後八時半 神木町、駅前

 緋志達の探し人である少女は駅前の路地で蹲っていた。

 昼間から降り続いた雨は弱まっていたが、濡れた体は冷たかった。

 どこか、休める場所に行きたかったが、お金は無いし、屋根のある場所にはどこもかしこも人の目があったため、仕方なくこんな場所に蹲っていた。


「これから、どうしよう……」


 家から逃げ出したのは良いものの、兄が追って来ているのでは、そう簡単に逃げられないだろう。


「私の血に…そんなに価値があるのかしら?」


 そう、呟いた所で


「くしゅん……!!」


 クシャミがでた。いかに吸血鬼といえども、寒い物は寒いのだ。

 これからどうしようか、と腕をこすり合わせながら少女が考えていると


「おい、あそこに誰かいね?」


 男の声と共に複数の足音が少女の耳に飛び込んできた。

 顔を、音がした方に向けると、少女が見たことも無いような派手な服装をした男が三人路地に入ってくる所だった。

 ルミには判断がつかなかったが、見た目は二十代前半位の男達だった。

 そして、地方とはいえ駅周辺のこの辺りは夜になると少々治安が悪くなるという事も少女は当然知らなかった。


「あれ〜君、傘も持たないでどうしたの? 家出?」


 もう暗いと言うのに、何故かサングラスを掛けた男が少女に声を掛ける。

 さらに、後の二人が少女を取り囲むように移動する。

 少女は、慌てて立ち上がったが完全に囲まれてしまった。

 少女の力を持ってすれば、人間三人など、容易くあしらえるのだが、少女は何故か足が竦んでしまっていた。

 そう、吸血鬼ではあるものの彼女の精神は見た目相応の、普通の少女のものだった。

 そんな、少女の様子を見て、男達が下卑た笑みを浮かべる。

 同時にきついアルコール臭が鼻をついた。

 まだまだ夜は始まったばかりだというのにもう酔っているらしい。


「怖がらなくても大丈夫だよ?俺たちがあっためてあげるからさ〜」

 ピアスをした男が少女に手を伸ばす。

「や、やめて下さい!!」

「だから、大丈夫だって」


 少女がどうにか抵抗すると


「おい、もう面倒いから奥の方行ってやっちまおうぜ。どうせ家出少女だろ」


 もう一人の男も物騒な事を言いながら少女に手を伸ばしてきた。

 未知の恐怖に少女は頭が真っ白になり、思わず目をつぶった。


「へへ…ん? おい、お前何見て………ぐえっ!?」

「ハツオ!!? お、おい、なんだテメーは!!!」


 男達の手が少女から離れる。

 何が起きているのか確かめようと、目を開けた少女が見たのは、苦悶の声と共に地面に倒れ蹲った男と、ルミを助けてくれた、あの少年だった。



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