刹那の駆け引き
「(待て待て待て……落ち着け!!)」
緋志はフリーズしそうになった頭を無理やり動かし、現状を確認する。
術の属性は魔力の色からして『炎』。
もし、このまま華院の術が発動すれば緋志が戦闘不能になるかどうかはともかく、辺り一帯が吹き飛ばされる。動けない陣が危険だ。
一番の問題は魔法陣が宙に浮いているという事。
小太刀が届かなければ緋志は魔術を妨害することができない。
華院本人を叩くという手もあるが、華院は詠唱なしで魔術を使える上に、肉弾戦にも強い。緋志一人の力では仕留めきれないだろう。
「どうする……」
窮地に立たされた緋志を救ったのは、同僚で相棒のあの男だった。
「緋志!!」
背後から自分の名前を呼ばれた緋志は、しかし、そちらを振り返る事はしなかった。
わき目も振らず、顔の前を両腕で覆う。
「あ?」
それを見た華院は、何をしてやがんだあのゴミは? と言いたげに一瞬顔を歪め
「っ!! しまっ……」
その行為の意味に気が付いた。
だが、対策を取る前に、彼の目の前で閃光が炸裂し、華院の視界は真っ白に塗りつぶされた。
「あの狐やろう!!」
遊園地を夜にしたことも災いして、華院の視力は完全に奪われてしまった。
逆上する華院を尻目に、緋志は打ち合わせ通りに動き出した。
「クソが……」
華院は短く毒づきながらも、今自分が一転して絶体絶命の状況に追い込まれている事を悟った。
緋志の足音や動く気配を全く感じ取れない。
が、確実にあの少年は華院の命を奪おうとこちらに向かってきている。
華院の中の時間が引き伸ばされ、思考が加速する。
魔術で防ぐ?
否、あの妙な技で無効化されるだけだ。
イチかバチかで動いてみる?
否、動いた方向に緋志が居た場合、寿命が縮むだけだ。
「(クソ、どうにかあのガキの位置をつかまねーと……)」
逆境にさらされた死神は、幾多もの危機を乗り越えてきた経験を総動員し、そしてこの状況を打破する一手を考え出した。
「(魔力だ……あのガキ妙に魔力が薄いが、それでも確実に魔力を持ってんだ)」
それを感知すれば、逆に、自分の位置を掴まれていないと思い込んでいるあのクソガキに一撃叩き込むこともできるかもしれない。
僅か一秒で彼はそこまで考え、それを実行に移した。
そして、持ち前の探知能力を発揮し、こちらに向かって来る二つの魔力を持った人影を捉えた。
「なっ……」
自分を挟み込むように向かってくる二つの人影を感知した華院は思わず声を上げ、固まってしまった。
が、それもほんの僅かな刹那の時間だ。
『死神』と恐れられた吸血鬼は瞬時に状況を理解した。
「(片方は分身……鎌でやれるのはどっちかひとつだけだ)」
もし分身を選べば、吸血鬼の中でも群を抜く速力を得た緋志が、華院にあの小太刀を突き立てるだろう。
残された数秒の間にどちらが本物かを見分けなくてはならない。が
「(クソが……魔力が弱すぎて判別できねえ!!)」
今度こそ、自分の負けか
そう諦めかけた華院の感覚に何かが引っ掛かった。
自分の腕を切り落とした、あの刃の身の毛のよだつ魔力が。
「おおおおおおお!!」
華院は雄たけびを上げ、前方から近づく人影に全力で鎌を振るった。
鋭い切っ先が、深々と人影に突き刺さる。
「残念だったなあ。その小太刀はさすがに誤魔化せねえよ!!」
ま、いい線いってたぜ
そう言おうとした華院は気づいてしまった。
手ごたえがなさすぎる。
鎌に貫かれた分身が霧散し
カラン、と小太刀が地面に落ちる音がした。
同時に華院の背後で緋志が叫んだ。
「『破流』!!!」
ドン!!と弾丸の様な速度で打ち出された緋志の掌底が華院の細い体を吹き飛ばす。
ガランと金属の様なモノが地面にぶつかる音が響いた。
恐らく、鎌が吹き飛ばされたのだろう。
「勝った……のか?」
「勝ちました…よね?」
少し離れた所から一部始終を観戦していた陣とルミは呆けた様に自分たちの勝利を確認し合っていた。




