覚悟
緋志は陣の事を信用している。
相手が男なら、かなりいい戦いをするはずだ。
それでも、一度、華院戦った身から言わせてもらえば、陣と華院は格が違う。このまま無駄に時間を使えば、陣が危ない。
そこまで分かっている緋志は、拳を握りしめながら、呻くように話し始めた。
「ルミ、お前は、こんな事考えてるんじゃないか? 他人に迷惑はかけられない。誰かに迷惑をかけてまで、人間として生きるのは間違ってるって……」
無言の首肯を返し、ルミは俯いてしまう。
自分は不器用な人間だと緋志は思っている。
しかし、そんな彼でもルミの考えている事は簡単に分かる。
「確かに、お前は間違ってる」
「……」
「だれにも迷惑を掛けずに、誰にも力を借りずに生きてる人間なんていない。互いに助け合って、生きていくために、それが打算の上であっても、誰かとつながりを作る。それが人間だ」
「っ!!」
ルミは緋志の言葉にハッと、顔を上げた。
緋志はしっかりと彼女の目を見ながら
「お前はビビってるだけだ。誰かに頼るのがそんなに怖いか?」
「それは……」
「俺たちは、何かを犠牲にしてでも、お前からの依頼をこなす覚悟を決めてる。お前はどうなんだ?」
ルミは唇を噛みながら、僅かに体を震わせた。そして
「……ごめんなさい。私は何も分かってなかった。皆の優しさに甘えっぱなしだった」
緋志は見た。
彼女の瞳が、紅く染まっていくのを。
「この方法を使えば、緋志は擬似的に吸血鬼になれる。つまり、一時的とはいえ、人じゃなくなっちゃうんだよ?」
警告だと言わんばかりの言い回しに、緋志は不敵な笑みを浮かべた。
「そんな事、どうでもいいに決まってるだろ」
「……分かった」
緋志の決意を確認したルミは、説明を始めた。
「方法は簡単。私の血を呑めば、それで数分間だけ擬似的な吸血鬼になれるの」
「血を、飲む……」
緋志は華院に切られてから目覚めた時に、口元に血が付いていたのを思いだした。あれは、自分の物ではなく、ルミの血だったのだ。
「(なるほど、だから吐血もしてないのに、血が付いてたのか……)」
そこまで考えて、緋志は新たな疑問を見つけた。
「あれ? なあ、死にかけてた俺を助けてくれたのはルミなんだよな?」
「え、う、うん」
「あの時、俺は意識なかったはずだけど……どうやって血を飲ませたんだ?」
「え、えっと、その、飲むって言っても、口の中に血を含むだけでよくて、その……」
緋志の質問を聞いた瞬間、急にルミが慌てだした。
暗闇で分かりずらいが、どうやら頬も赤くなっている。
かと思ったら、今度はピタリ、と動きを止めて固まってしまった。
「あ、あのルミ?」
こうしている間にも、陣がピンチかもしれないのだが――――――
そう言おうとした緋志は、結局、その思考を言葉にする事は出来なかった。
彼の口は塞がれてしまったのだ。吸血鬼のお姫様に。
「悪い、遅くなった」
緋志は倒れた陣をかばう様に立ちながら、そう言った。
先ほどまでの出来事のせいで、緋志の心の中は罪悪感でいっぱいだった。
幸い、それに気づかれる事は無かったようで、陣はへらへらと笑って返事をよこした。
「いやー、マジで死ぬかと思ったぜ」
その時、未だに立ち上がる事の出来ない陣のそばに人影が駆け寄った。
それを見た華院の口から苦々しい声が漏れ出した。
「ルミ……」
ルミを自分を見つめる兄に気づき、視線を返した。
しかし、彼女は特に何も言わず、陣を安全な所に、移動させ始めた。
「あの野郎、シカトか!?」
その行動は予想外だったらしく、華院は思わず叫んでしまった。
「ずいぶん余裕ですね」
その様子を見ていた緋志がそうコメントすると、華院はフン、と鼻を鳴らして
「当然だろーが。覚えてんだろ? テメーは俺に殺されかけたんだ。あんときゃ油断してたが、今度は本気だ。確実に殺してやるよ!」
華院は叫びながら、緋志に向かって風の魔術を放った。
緋志はそれを一瞥して、小太刀を持ち上げ、軽く振り払った。
パシュッ、という音がして、あの時の様に華院の魔術は消飛ばされる。
「クソガキが!! 一体、何をしてやがる!?」
予想してはいたが、こうもあっけなく魔術を潰されると精神的に厳しい物がある。
華院はもう一度、魔術を放ち、緋志の技のカラクリを見極めようとした。
「ん?」
そして、それを実行に移すまでもなく、彼は気づいた。
フードの下から覗く緋志の目が蒼い輝きを放っている事に。




