遊園地にて
五月二日 午前七時二十二分 神木町、駅前
朝も早いというのに駅は多くの人でごった返していた。みんな大きめの荷物を持っているところを見ると、これから旅行にでも出かけるのだろう。
神木町は交通の便だけは優れており、高速道路が通っているだけでなく、新幹線の停車駅まであるのだ。緋志達も今日は新幹線を利用する。
「あうう……結局わくわくしてあんまり眠れなかったよー」
「遠足前の小学生か……」
隣で寝不足からの頭痛に苦しんでいる、最初の頃の神秘的な雰囲気がかけらも残っていない吸血鬼の少女を横目で見つつ、緋志は駅の入り口の方へ目を凝らしていた。
そろそろ待ち合わせの時間なのだが陣の姿が見当たらない。何かあったのだろうか?
「(というか陣の機嫌が直ってなかったらどうするかな……一応納得はしてくれたみたいだが)」
昨日、ルミが緋志の部屋に戻った後、緋志はすっかり忘れかけていた陣への説明メールを送った。
そこに書かれた傍若無人で他の客を巻き込んでしまうかもしれない作戦内容に(考えたのは麗子なのだが)陣は激怒し、電話まで掛けてきた。
まあ、彼が癇癪を起こした主な理由は舞に危険が及ぶかもしれないという一点のみだっため、異変を感じたら舞と夏奈を速攻で逃がすという約束で丸め込んだのだが……
「(やっぱ内心は穏やかじゃないよな……)」
緋志はせっかくのゴールデンウィークに心労が絶えないことに気づいて思わずため息を吐きそうになった。
しかし、彼が息を吸い込むよりも早く、嵐がやってきた。
「ルミちゃーん!!おっ、はっ、よう!!」
「ふん!!」「ごほっ!?」
ハイテンションのままルミに抱きつこうとした陣に緋志は容赦のないボディブローを見舞った。
「朝っぱらから騒がしいな、お前は」
どうやら心配は杞憂に終わったようだと緋志は確信した。どう見てもいつもの陣だ。
「お、お前こそ、朝っぱらからバイオレンスじゃねーか」
「お、おはようございます、陣さん」
陣は腹をさすりながらルミに挨拶を返す。
「おう、おはよう。……ルミちゃん、何か目にクマができてるけど、大丈夫か?」
「あ、あはは。大丈夫です……」
ようやく全員が揃ったため切符売り場で人数分の切符を購入し、早速ホームに移動する。目的地までは駅を出発してから十五分ほどで到着してしまうため飲み物などは購入しなかった。
「やっぱ連休は混んでるなー」
「普段がどれくらいか分からんが……確かに人が凄いな」
緋志と陣は乗車口の前に連なる人の列にゲンナリとした表情を浮かべる。こういった時は特に麗子の魔術がうらやましくなる二人だった。
「それにしても……」
「ああ……こんなんで大丈夫か?」
「うにゅ……何?」
寝ぼけ眼のルミは緋志に肩を叩かれると少しの間辺りを見回し
「すう…」
すぐに緋志に寄りかかって眠り始めた。
陣は、何でお前ばっかりそんなうらやましい目に!と抗議の声を上げたが、緋志はむしろこれから列車が来るまでこのままかと思うと気が重かった。
おもに精神安定的な意味で。
「ああ、そういえば渡し忘れてたわ、ホレ」
列車に乗り込みどうにか三人席を確保したところで陣が緋志の方へ無造作に手を差し出してきた。その手に握られていたのは
「ネックレスか?」
「ああ。俺の予備用の魔具だ。後で、ルミちゃんに渡してくれ」
「わざわざ、悪いな。……なあ、今日の作戦は」
「分かってるよ。完全に納得はできねーけど、要するに俺がしくじらなければ被害は最小限ですむんだろ?やってやろうじゃねーか」
そう、こいつはこういう奴だった。
緋志は万感の思いを込めて呟いた。
「ああ、やってやる」
二人が決意を固めている隣ではルミが幸せそうに眠っていた。
五月二日 午前八時半 イエローランド、大型車専用駐車場
新幹線を降りてからバスに揺られること五十分。
緋志達は目的地である『イエローランド』に到着した。
バスに乗っている間も寝ていたおかげか、ルミはかなり回復していた。バスを降りると目の前にはガヤガヤと騒がしい人の山ができている。
おそらくチケット売り場が混んでいるのだろう。
皆、これから盛大に遊んでやろうという空気を纏っており、ここにいるだけで何となく気持ちが浮き足だった。
「うわー、人がいっぱい!!」
目の前に広がる、ある意味恐ろしい光景を見たルミは何故か目を輝かせている。
ルミはどうやら人ごみが苦にならないタイプのようだ。
「ルミ、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
緋志は先ほど陣からもらったネックレスを渡し、事情を説明する。
「今日、一緒に回る友達の一人が魔力に敏感でさ、できればそれを着けといてくれ」
「う、うん」
「それと、ルミは俺の親戚ってことにするから。うまく話を合わせてくれよ」
「了解!」
打ち合わせを終えた緋志達は待ち合わせ場所である一般駐車場前の広場へ向かった。
空は真っ青で降り注ぐ陽光はまさに春といった感じの暖かさだった。
胸いっぱいに空気を吸い込むとさっきまで居座っていた眠気が覚めていくような気がする
待ち合わせ場所に移動する道すがら、ルミはこれから会うことになる夏菜と舞のことが気になるらしく、若干落ち着きがなかった。
「ルミちゃんは見ててあきないね―」
陣が面白そうにそれを眺めている。
その姿は、彼には悪いが少しばかり変態くさかった。
「は、はあ……あの今日ご一緒させていただくお二人はどういった方達なんですか?」
「んー、二人とも女子だけどタイプはぜんぜん違うな」
陣のざっくばらん過ぎる説明では説明にもなっていないが、ルミは一つ気になることがあった。
「女の子……」
ルミは同世代の女の子と接したことが全くない。男の子は緋志と陣で少しは慣れたが女の子とはどう接したらいいのか全く分からない。
屋敷から出たことが無いので当然のことではあるのだが
「(ど、どうしよう……な、何を話せばいいんだろう?)」
思いつめたような顔になったルミを見て緋志も陣も彼女が何を心配しているのかを悟ったらしい。
「ルミ、そんなに心配しなくても大丈夫だって」
「そうそう。かるーく行こうぜかるーく。せっかくの遊園地なんだから楽しまないと」
二人に励まされてどうにか頷いてみたが、その表情は不安そうだった。
「きゃー!! 何この子!? 凄いカワイイ!!」
「ふ、ふるしいれす」
数分後、ルミは初対面の夏菜の胸に顔をうずめていた。いや無理やり埋められていた。
男なら一度は夢見るシチュエーションだが、ルミは女だ。
そして冗談抜きで窒息しそうになったルミを夏菜といたもう一人の少女、舞が助け出してくれた。
「ほら、その辺にしとかないと、その子苦しそうよ?」
「あ、ゴメンゴメン」
パッと拘束を解かれてふらふらになったルミを舞が支えてくれた。
「大丈夫?」
やさしく声をかけてくれる舞のおかげでようやくルミは落ち着くことができた。
何とか首を振って無事を伝えると、舞はホッと息を吐いた。
「ごめんね、突然」
「い、いえ」
「いや〜あんまりカワイイもんだからつい」
悪びれずにそう告げる夏菜に呆れた陣がこう言った。
「お前はおっさんか」
「うるさいわね、どうせあんたはこの子に会った時いきなり愛を語ったんでしょ?」
「うぐ……な、なんだよ」
陣に冷たい視線を突きつけたのは舞だった。
「別に」
しかし、特に何も言わず、ルミの方へ向き直った。
「挨拶が遅れてごめんね。私は山田舞って言うの。あなたは?」
「あ、紅道瑠魅です。今日は突然参加させていただいてすいません」
「いーのいーの、大勢で回った方が楽しいし。私は桟納華夏菜っていうの。夏菜って呼んでね」
「私の事も舞でお願い」
「は、はい。か、夏菜さんと舞さんですね。あの、私のこともルミでお願いします」
やや、こわばった声でルミが自己紹介を終えた瞬間、夏菜が猛烈な勢いで緋志の方を振り向いた。
「な、何だよ」
「この子、あんたの親戚なのよね?」
「あ、ああ遠縁だけどな」
ルミは一つ大きく頷くと力を込めて言った。
「グッジョブよ」
そのままルミの腕を引っ張るとチケット売り場の方へ歩き出した。
「あ、あの」
「さあ、今日はとことん楽しむわよ!!!」
「なあ、夏菜ってあんなキャラだったか?」
「いや、あれじゃまるで麗子さんだな」
残された陣と緋志は思わずため息を吐いた。
その後ろで舞が険しい表情を浮かべていることに、二人は結局気が付かなかった。
五月三日 午前九時 イエローランド園内
大勢の人ごみと共に四人はようやく園内へと足を踏み入れた。
「さーて、まずはあれね」
入って早々、夏菜が指差したのはこのテーマパークで三大ジェットコースターに数えられている凶悪アトラクションだった。
恐竜を模して造られた機体は園内随一のスピードでレールの上を疾走している。
乗客ものらしき悲鳴はその場のノリなのか、それとも―――――本気で恐怖しているのか。
「あ、あれに乗るんですか!?」
「そうよー。ここに来たらまずはあれに乗るのが流儀なの。さあ、行きましょ!」
「あ、あの最初はもっと優しそうなのから……緋志、助けて!!!」
引きずられていくルミに残された三人は同情の眼差しを向けるだけだ。
ああなったら夏菜は誰にも止められないと分かっているため、三人はとりあえず二人の後に付いていくしかなかった。
「ううう……気持ち悪い……」
「ごめんね、ルミちゃん。あたしが連れまわしたせいで……」
「い、いえだいじょ……うぷ」
数時間後、ルミはベンチに座り込み、完全にグロッキー状態に陥っていた。
あれから常人でも吐きたくなる勢いで絶叫系マシーンに乗りまくったせいだ。
「ったく、どうするんだよ……取り敢えず、少し休んで、その後は絶叫系以外の奴に行くぞ」
「ら、らじゃー」
眉間に皺を寄せた緋志がそう言うと、さすがにやり過ぎたと反省したのか、夏菜はおとなしく追従の意を見せた。
「でもよ〜絶叫系以外のアトラクションって何があるよ?」
陣の疑問に答えたのは舞だった。
「あれとか良いんじゃない?」
舞が指さした方向に四人が一斉に顔を向ける。そこにあったのは
「お化け屋敷か」
「ベタだけど……絶叫系よりはマシじゃねーか?」
「の、乗り物じゃないなら……」
「え……」
緋志、陣、ルミがそれぞれ肯定的な意見を上げたのに対し、夏菜は一人固まってしまった。
「うう、あ、緋志? ちゃんといるの?」
「ここに、居るだろ。というかそんなに引っ付くなよ、歩きづらいだろ」
「で、でも……」
「夏菜さん、怖いの苦手なんですか?」
「そ、そそそ、そんなわけないじゃない!!」
がっしりと緋志に捕まったまま、夏菜はルミにそう言った。
全く説得力が無かったが。
病院をモチーフにしたらしき通路には棚やら、何やらが散乱していてかなり雰囲気がでているが、高校生にもなって怖がる者は少数派だろう。
「陣、舞、付いてきてるか?」
「おーう、ちゃんと居るぜ」
「私達より、夏菜の事見てあげて」
少し離れているが陣と舞も近くに居るらしい―――そう安心したのも束の間
突然、夏菜が立ち止まった。
「あ、あれ何?」
夏菜が震える手で指し示したのは
「おかあさーん、どこ?」
下半身のない子供だった。
血にまみれた両手で床をひっかきながら、母親を探していた。
「ぎゃあああああああああ」
プツンと限界を超えた夏菜は、緋志を引きずって走り出した。
「あ、夏菜さん!!」「おい、夏菜!?」
ルミは陸上選手並みのスタートを切った夏菜を追い駆け、角を曲がった。
「お、おいお前ら!」
陣と舞も急いで廊下の角を曲がったのだが
「あ、ありゃ?」
「分かれ道ね……」
道が二手に分かれていた。
左が『死体安置所』、右が『入院病棟』らしい。
「どうするよ?」
「……どうせ、もう追いつくのは無理だろうし適当に選びましょ」
「だな。じゃあ左にすっか」
陣と舞は行き先を決めるとためらうことなく前に進んだ。




