後悔の果てに
もしかしたら、彼女は自分の元から去ってしまうかもしれない。
血にまみれて生きてきた自分に恐怖を感じるかもしれない。
それでも、緋志は自分の中に隠してきたことを打ち明けようと決め、口を開いた。
「……俺が小さい頃、仕事を手伝ってたってのはさっき話したよな。」
「うん……」
「俺はいわゆる嫡子って奴でさ、周りにも期待されて生まれたんだ。でも、仕事をこなしていく内にとんでもない欠陥を抱えてる事が分かった」
「欠陥……?」
緋志は過ぎ去った過去に目を向けているのか、ぼんやりとした眼差しをルミに向ける。
「ああ、俺は生まれつき魔力の生成量が少なかったんだ。……おかげで簡単な肉体強化の術も使えない。母親から受け継いだ力も使えない。その事がわかった途端、周りの俺を見る目がガラッと変わったよ……憐憫、同情、失望。当然って言えば当然だ。何せ次期当主候補がポンコツなんだから」
今までひた隠しにしてきたドロドロとした感情が体の内側から溢れてくる。緋志はそれを嫌というほど味わっていた。
それでも言葉は止まらない。ダムが決壊したように腐ったモノがどんどん流れ出てくる。
「今じゃどうでも良いけど……その頃の俺はその扱いに耐えられなかった。だから魔術が使えない欠点を補うために、努力して、経験を積んで、必死に魔族を狩り続けた。そうやって過ごしているうちに、俺はある依頼を受けて人間に混じって暮らしている混血の家族を狩ることになった。」
混血、つまり人間と魔族の間に生まれた存在。
ルミと同じ。
そう緋志にはルミの依頼を受けて善人面する資格などないのだ。何故なら
「俺は何も考えず、ただ自分の評価を上げるためだけにその家族を殺した。でも、その後になって気づいたんだ、自分がどれだけ残虐な事をしてきたのか。あの家族だけじゃない俺はそれまでも大量に魔族を殺してきた。その事を俺は後悔した……たった一つの価値観に縛られて、命を奪うことに全てを費やす。その事が嫌になった。」
「……緋志」
「幻滅したか?これが……」「私は緋志に助けられた!!」
緋志のセリフを遮るように、ルミはそう叫んだ。
「昔の緋志がどういう風に生きてきたか分かったよ。でも、今の緋志は私を、自分の命をかえりみずに助けてくれた。それが今の緋志でしょ?確かに過去を背負うのは大事かもしれない。でも、緋志が自分の事をどう考えようと私は、緋志の事を信じてるから。
だから……だから……」
「……何でそっちから聞いといてそんな顔するんだよ」
「だって、だってえ……」
ルミはウルウルになってしまった瞳で緋志をにらみつけている。
「あー、だからそんな顔するなって……雰囲気重くなるような言い方したのは謝るけどさ、仕方ないだろ。不安だったんだから」
「不安?」
「その、何て言うか……ルミは半分魔族なわけで、いくら人間として生きようとしてても魔族を殺してたって分かったら、俺のこと嫌いになるかと……」
しどろもどろに語る緋志を見て、ルミは一瞬ポカンとした後、プッと噴出した。
本人も失礼なことだと分かっているのか、必死に口を押さえようとしているが、全く抑えることができていない。
かなり恥ずかしい思いをした緋志はたまらず仏頂面になってしまった。
「お、お前な……」
「ご、ごめんなさい。その、ちょっと安心したら気が抜けちゃって」
「安心?」
ルミはわずかに濡れた瞳をぬぐうと、今までの暗い空気を吹き飛ばしてしまうような特別素敵な笑顔を浮かべてこう言った。
「だって、緋志も私と仲良くしたいと思ってくれてるんだなって分かったから!」
「……」
もう何も言えなかった。とはいえ、このままやられっぱなし(?)では男が廃る。何か言い返してやらなくては……と思ったが遅かった。
「緋志、私に今の話をしてくれてありがとう」
「……どういたしまして」
何故だか分からないが頬が熱くなった気がする。しかし、緋志はその熱を架空のものとして処理する。そうでもしないとむず痒さで叫びだしてしまいそうだ。
「それで、結局緋志はどうしてあんなに気分が悪そうだったの?」
「そういえば、そこから始まったんだったな……」
完全に忘れていた。緋志は事情を説明しようとして始めて気がついた。
「(あれ?気分は良くなったけど……)」
魔族の気配を感じなくなっていた。ルミは目の前にいるし、夜だかだろうか、魔力が活性化されているので魔族がそこにいると分かる。
が、他の気配を全く感じることができない。さっきはお隣に地縛霊らしきものがいるのを感じたが、今はそれもない。
「まいったな……」
「どうしたの?」
「え〜と……」
ここで誤魔化すとさっきの二の舞になると分かっているので、今度は包み隠さず事情を説明した。
「とまあ、こんな感じなんだけど……」
「へ〜、じゃあ今は魔族が殺したくてたまらないとかそういう感じはしないんだ?」
「そのはっきりした言い方はやめてくれ……取り敢えずは落ち着いたみたいだ。まあ、何であんな風になったのか原因が掴めてないからな。また同じような事が起こらないとも限らないな……ルミ、もし俺の様子がおかしくなったらすぐ逃げてくれ」
緋志の言葉にルミは少しだけ不安そうな表情を浮かべた。しかし、すぐに笑顔を塗り重ねるとこう言った。
「大丈夫だよ。だって緋志だもん」
根拠も何もない、ただのこじつけだ。それでも緋志はルミの気持ちを踏みにじる様な事はしまいと、首を縦に振った。
「そこまで信用してもらったらキッチリ応えないとな」
普段はあまり笑顔を見せるタイプではないが、この時ばかりは流れのままに笑みを浮かべる。ルミはそんな緋志を見てますます嬉しそうに笑っていた。
「さてと……そろそろ寝ないと明日に響くぞ」
緋志はチラリと時計を見てそう言葉を掛けた。しかしルミからは芳しくない反応が返ってきた。
「え、えーと、そうかもしれないけど……」
「? どうかしたのか?」
「その、私今までは夜の間に活動してたから、まだ眠たくならなくて……昨日はお兄様から必死で逃げてた疲れがあったから眠れたけど、一晩しっかり寝たら体力が戻っちゃったみたいで」
これは失念していた。確かに、普通の吸血鬼は昼間は力が出せないのだから夜に活動するはずだ。
とは言ったものの、時刻は十二時を回った頃でそろそろ寝ないと明日がキツイのは事実なのだ。
「う、う−ん。とは言ってもな……」
緋志はしばらく思案していたが、結局
「とりあえず、ベッドに入って横になるだけでも違うと思うし。それに、人間社会では昼に起きてなきゃいけないからな。その練習も兼ねてってことで」
とルミを促した。
ルミもこれ以上駄々をこねるつもりもないようで、ココアを飲み干すと緋志の部屋へと向かった。
「それじゃ、今度こそお休み。明日は七時には起こすからな」
「うん、分かった。お休みなさい」
こうして、長かった一日はようやく終わりを告げた。




