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プロローグ

 二〇一一年九月二七日、私は死んだ。

 睡眠薬を多量に服用しての自殺。どこかで聞いた話では、死ぬまですごい頭痛と吐き気が襲ってきて、全然楽に死ねないということだったけど、そんなに苦しいという感じはなかった。飲む薬の種類によって違うのかな。

 別に熱烈に死を望んだわけじゃない。この薬があまり効かず、普段どおりに目が覚めればそれはそれでまぁいいやって気持ちになってたような気もする。後遺症でたら困るけど。そもそも自殺するような理由もないといえばないのだ。『自殺』っていう表現がよくないのだよねきっと。

 半生を振り返ってみる。いろんなことがあったような気もするし、なにもなかったような気もする。誰かに確認したわけじゃないけれど、いわゆる「普通の」人生だったんじゃないかしら。

 家庭環境は悪くない。ありがたいことに友達もそれなりにいる。仕事は楽しいわけでもないが嫌でもなく、職場の人間関係にもまぁ慣れてきたんじゃないかと思う。

 じゃあなぜ自殺したの? って聞かれると返答に困る。死にたかったわけではない。ただ、生きたかったわけでもないっていうのが理由といえば理由。そこをつっこまれると、ただ「めんどくさいから」としか答えられなかったのだろう。私自身、そんなのがホントの理由でないとは思っている。「なぜ生きなければならないのか」という質問にはっきりした回答が得られないのと同じようなものかな? などと考えると少し誇らしい気持ちにもなっちゃう。困ったもんだ。

 性別は女性。年齢は二三歳。名前は……、もうどうでもいいか。



 そんなことをぼんやりと考えながら私は目の前を見続けている。

 私は死んだ。死んだはずだった。なのに……。

「ちゃんと聞いてくださいよ! アナタまだ死んでないって何回も言ってるじゃないですか」

 目の前でイルカが怒鳴っている。

「理由もなくいきなり死なれたら、こっちがすごく困るんですよ」

 あ、口パクパクしてるだけで、台詞は直接テレパシーみたいなもんで入ってきてるのか。納得納得。思ってたよりあんまり可愛らしくないなぁ。

「アナタが生まれ変わるならイルカになりたい、とか周りに言ってたから、その姿で出てきてあげてるんですよ。サービスなんです!」

 じゃーやっぱ第二候補の家猫がいいなぁ。

「はいはい、それじゃ家猫になりますよ。何色がいいです?」

 黒猫が好きだけど今は白猫が見たい気分。周り真っ暗だしね。

 あ、イルカ一瞬で白猫になった。煙も光も出てないのに。

「じゃあ、どうせ聞いてなかったでしょうから、改めて話をしますよ」

「は、はい」

「アナタ睡眠薬飲んで死んだと思ってるみたいですけど、死んでません。このまま半日で目が覚め、普通に考えればとても幸運なことに、特に後遺症もなく元の生活に戻れます」

「はぁ」

「勿論、自殺を試みたくらいですから元に戻っても嬉しくもなんともないでしょう。またなにかの機会に自殺しようって思う可能性のほうが高いですしね」

「はぁ」

「そこで、相当不本意なんですけど、私がアナタを再び自殺させないよう活を入れにきたというわけです」

 不本意ならわざわざこなきゃいいのに。

「誤解しないでくださいよ! アナタを助けることが不本意なんじゃないですからね。こういう、自分本位で危機的状況を作り出すのを助けるっていうのが不本意なんですよ。目の前に現れちゃってるし。本来なら、なんらかの外的要因でピンチに陥った時、姿を見せずそっと手助けしてるとこなんですよ! そういうのがかっこいいのに」

「そうなんですか、すいません」

「まぁ、手助けするっていっても、私の力にも限りがありますからね。正直ピンチのより好みはできないんで、今回やることにしたんですよ」

 ありがとうございます、とお礼を言うべきところなのかな。

「それに、こういう形でアナタと顔を合わすことになってしまったんで、こちらからも頼み事をしたくてですね」

「あ、あのぉ……」

「はい?」

「やっぱりちゃんと聞いておいたほうがいいかと思うんですけど、アナタどなたなんですか。あと、ここどこなんでしょうか。あと、さっきから私しゃべってない時も会話成立してるような感じになってますけど、なぜなんでしょうか」

 ……なんとなく怒られる空気。

「いや、別に怒りはしませんけどね」

 さっきすっごい怒鳴ってたくせに。

「ちょっと興奮しちゃっただけです! 人前でしゃべるの私も久々なんですよ。まずここどこって質問ですけど、どこでもないです。しいて言えばアナタの意識の中、アナタ個人の精神世界みたいなものだと思っていただいて結構です。なのでアナタが思うだけで私に台詞(せりふ)として伝わるわけです。さっき思ってたテレパシーを無意識にやってるようなもんですね」

 それじゃあんまり迂闊(うかつ)なことは思い浮かべられないなぁ。

「……で、私のことですけど、これは説明するのが少し難しいです。大ざっぱにいえば、土地神(とちがみ)だとか産土神(うぶすながみ)、精霊だとかいわれるような(たぐい)のものです。(おおむ)ねどこかの山とか森に寄生してます」

「か、神様でいらっしゃるんですか」

「そんなかしこまった存在でもないんですけどね。そもそも私に実体はなく、ある土地がもつエネルギーの集合体が、木々の発する思念によって一つの『存在』になります。その『存在』に、外部から何かしらの意志が宿り、私のような意識をもったものになるわけです」

「木々? 思念? 木って何か考えたりできるものなのですか」

「そりゃ勿論できますよ。生きてますからね。考えっていうのは何も脳から発せられるわけではありません。脳は考えることをより複雑に、より高度に昇華してくれますが、その根源ではないのです。根源は命そのものであり、生きたいという本能の欲求からくる願い、祈りといったものが思念として現れるわけです」

 はー、分かったような分からないような。

「まぁ、私のことをそんなに深く知る必要はないですよ。さっき言った土地神だと思っててください」

「分かりました。そ、それでですね……」

「はい」

「なぜ、その神様が、私を助けようとしてくれているんですか」

「気まぐれです」

 自分がずっこけている姿を想像してしまった。

「アナタの家、先祖代々京都のある山のふもとで農家を営んでいるんですね。あの辺り一帯がちょうど私の存在する場になっているのです。そこにある、名前ややこしくて覚える気しないんですけど、なんとかって小さい神社が、多分私のこと(まつ)ってあるんだろうなぁってことで、一応お守り役をしているわけです。アナタも小さい頃よく遊びにきてたんですよ」

「そうなんですか。あの神社ちゃんと神様いたんですねぇ」

「……まぁ、ホントに私のこと祀っているかどうか分からないんですけど。私もちゃんとした神様とか見たことないし、人が考える土地神っていうのと存在のニュアンスが似てるし、私でもいいかって形にしてるだけなんですけど」

「あのー、途端になんか胡散(うさん)(くさ)く感じられるようになってしまったんですけど」

「アナタを助ける気持ちは神様以上ですよきっと。じゃあこちらの頼み事を話しますね」

「はい」

「アナタに、ある女性を助けてほしいのです」

「はい?」

「その女性はとても芯が強く、快活で悲観思考とは無縁の方です。善良な心をもち、悪意に惑わされることなく、決して長いとはいえない生涯において、自分の大切なものを守ることに一生を捧げるのを(いと)いませんでした」

「私なんかが助けるような方じゃない気がするんですけど。お名前はなんとおっしゃるんですか?」

虎姫(とらひめ)です」

 すごいネーミングセンス。しかも姫って。

「四〇〇年以上前、歴史でいえば安土(あづち)桃山(ももやま)時代ですからねぇ。親が親だし」

「あ、安土桃山時代? ってつまり、戦国時代ってこと?」

「その通りです」

「そんなところ行っちゃったら、私のほうがすぐ死んじゃいますよ。それ以前に、そんなところどうやって行くんですか」

「意識だけその時代に行くことになりますから死にはしませんよ。彼女の側にいて、どうすれば彼女の人生をより充実させてあげられるか、アドバイスをもらいたいのです」

 たった今、生きるのがめんどくさくなって死のうとしてる人間に、他人の人生を豊かにするアドバイスなんてできるわけないじゃない。

「大丈夫ですよ。人間自分のことは他者に理解を求めず、より悲観的に閉塞的に考え込んでしまいますけど、他人のことはより親切に、より適切な助力を行えるものなのです。よくいえば客観的視点をもって。悪くいえば無責任に」

 なるほど、人間全般はともかく、私に対しては当てはまる気もする。

「私は一度、彼女の生涯をずっと見守っていました。そして思ったのです。彼女のような人は、もっと充実した人生を送るべきだと。しかし私には良案が浮かびませんでした」

「ずいぶんと肩入れなさるんですね」

「一個人をずっと見続けるなんて滅多にないことですからね。彼女の没後も、一助を(にな)いたいという気持ちをずっと持ち続けていたのです。そして現在、女性が自由な発想をもつことができるこの時代こそ、彩りを添えるアドバイザーが得られるのではないかと思ったわけです」

 それで光栄にも私が選ばれたと。

「いえ、そこはホントに気まぐれなので、過度に入れ込む必要はございませんよ。私も無作為に人を選べるわけではなくて、私との縁、アナタでいえば、幼少期にあの神社で遊んでいたこと、がある人に限られますもので」

「……その虎姫様を手助けすることが、私を助けることに繋がるわけですか」

「アナタには、虎姫とその周りの人々を見てもらいたいのです。それが結果としてアナタを助けることになると信じております。私は虎姫の手助けがしたい。その私をアナタが手助けしてくれる。その結果アナタが助けられる。人の世は助け合いで成り立っているのですよ。それでは前置きも長くなってしまいましたし、そろそろ参りましょうか。後は現地で説明していくことにしましょう」

 丸め込もうとなさっておられる。アレ? 頭が急にフワフワしてきた。白猫……、白色が目の前いっぱいに広がる。体が引っ張ら……!

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