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極論で暴論、矛盾と戯言

 違いや境界線が争いを生む。違いや境界線が無くなればそれらも無くなる。それは確かにそうなのかも知れない。


 けれど、無くなるのはそれだけだとは思わない。

 他とは“違う”何かを見つけて、人は特定の誰かを愛することになる。“違い”が無くなれば、誰かを特定することすら出来なくなってしまう。

“違い”が無くなって消えるのは、争いだけではない。愛も消えるのだ。


 誰かが誰かを“特別”だと想えば、その瞬間に他者とその人との間に境界線が生まれる。誰かが誰かに“特別”だと想われたいと望めば、その瞬間に境界線が生まれる。あの人の“特別”になるために、他の人とは“違わなければ”ならない。


 私の“特別”を守る為に、人や生活や文化や様々なものを守る為に、“特別”を脅かす“特別ではない”ものが現れたならばそれを駆逐しなければならない。

 愛が境界線を生み、境界線が争いを生む。誰かが誰かを愛する限り、境界線は生まれ続ける。


 突き詰めてしまえば、愛がある限り戦争は生まれるのだ。


 愛は世界を救わない。決して救ったりなんかしない。本気で世界から争いを無くしたければ、愛を捨てなければならないのだから。

 愛をもって争いを無くそうだなんて、何て酷い矛盾。


 ああ、だからあの曲は想像のままなのか。ジョンが気付いていたのかどうかは知らないしそんなことはどうでもいいけれど。

 争いの元はまた愛の元でもあり、愛が存在する限り争いは無くならない。


 極論で暴論。

 何て酷い矛盾と戯言。


「だから、違うことは必ずしも悪いことでは無いということでだな……」


 だんだん何が言いたいのかわからなくなってきた。少し考えが暴走し過ぎたみたいだ。いや暴想か。

 このままでは本当にわからなくなってしまいそうだったので、話を纏めるのを諦めてショートカットで結論を言い放った。


「……他とは“違う”から、だから俺は玲於奈のことが好きになったんだ」


 言ったが為に襲われる微妙な気恥ずかしさ。これを先延ばしにしたかったが為の暴想。遠回りした癖に結局言い放ったわけだが、遠回りした分余計に気恥ずかしさが増したような気がする。

 乙女のように顔を覆い隠してしまいたかったが、生憎片腕がまだ家具の下だった。

 遠回りなんかせずにさらっと言った方が恥ずかしくも無く、しかも格好良かったかも知れない。

 そう思いはしたが時既に遅し、後悔先に立たずというやつだ。ああ格好悪い。

 だがまあ、きっと俺は間違えなかったのだろう。玲於奈は口を開けたまま、少し目を見開いてこっちを見つめている。

 少し顔が赤くなっているのが何よりの証拠だった。

 ……何つうか、可愛いよな。反則だよな。


「顔、赤くなってるぞ」

「っ!」


 ……どうやら俺は間違えたようだ。

 頬を染める玲於奈のあまりにもレアな可愛い表情に油断して、からかうように言ったのが災いした。


「五月蠅い!」


 そう言うなり玲於奈はその場で軽くジャンプ。着地の衝撃が家具を伝って俺を襲う。


「ごふっ!」


 さらにもう一回軽くジャンプして俺を瀕死状態にすると、ふわりと床に飛び降りた。

 そのまま潰れた豆大福の気分がわかってしまいそうになっている俺のそばまで来ると、見下ろしながら「でも……ありがとう」と小さく呟くのが聞こえた。

 ……何故俺の顔を踏みながらなのか、釈明を激しく要求したいのだが。


 その後、玲於奈は十数分もの間もじもじと照れながら俺の顔を踏み続け、俺はと言えば……黙って踏み続けられていた。

 いや、別に新しい何かに目覚めたわけじゃないんだ。目覚めたわけじゃないんだからね! 踏み方がやけに優しくて絶妙な力加減だったからだとか、そういうんじゃないんだからねっ!

 ……まあ、本当に目覚めたわけじゃなくて、ただ何となく変に茶化さない方が良いような気がしただけってやつだ。

 何と言うか、本気で照れてたような気がしたから。


 ひとしきり俺の顔の踏み心地を堪能した玲於奈は「明日はたくさんお土産話をしてあげるからね!」と言って寝室へ入って行った。夜まで寝直すらしい。まあ、殺人鬼の活動時間は夜だからな。

 だが、朝の土産話は俺の食欲を無くさせるから止めてくれ、と何度も言ったはずなんですが? はりきる所はそこじゃねえだろ、と言いたい。

 それから、これが最も重要なことなんだが……俺をここから出すのを忘れてやいませんか?

 大声で玲於奈を呼ぶも、何がどうしてどうなったのか、いつものような寝付きの悪さはどこへやら、今回に限っては寝付きが良かったらしく、既に寝息がうっすらと返ってくるばかりだった。これだけ叫んでも起きないなんて初めてじゃないだろうか? ともあれ、


「どうしたものかな……」


 途方に暮れつつ辺りを見回す。


 ドアの無い玄関。

 床に散乱するグリンピース。

 部屋の真ん中に積み上げられた家具(+食べ終えた弁当箱)。

 その家具に埋もれた俺。

 傍らには馬鹿姉によるふざけ切ったメモ。

 階下にはどうやら死体。


 ……何だこの状況? どんな名探偵でも頭を抱えてしまいそうだ。「事件の謎はわかるが、この状況の意味がわからん」とか言って。

 とりあえず、姉が依頼したドアの修理業者が来る前にここから脱出だけはしておかなければ。そう思ってもがいてはみたけれど……無理だ。どうしてもあと少しが動かせない。

 どうしたものか。いっそのこと、恥を忍んで修理業者に助けてもらうか。


 そこまで考えてはたと気付いた。

 そうだ、ドアがぶっ壊れて開けっ放しなんだから、住人か誰かが通った時に助けを求めればいいじゃねえか。幸い、住人ならウチの事情も……不本意ながら……少しはわかっているだろうし、それ以外の人間も、どうせここの住人に用があるような人物ならこの程度では驚かない人ばかりだろうからな。

 よし! と勢いよく玄関へ顔を向けて目が合った。


 もう一度言う。目が合った。合ってしまった。

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