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prologue/命恋いをする

 ところで、いじめを傍観してる奴はそれを止めさせたいけど怖くて出来ずに見てるだけって奴ばかりだと思ってないか? そんなお人好しなことを考えてやしないか?

 そうじゃないだろ?

 いじめに参加したくてしたくてたまらないのに、怖くて出来ずに見てるだけって奴も居るとは思わないか? 死なれたり、告げ口されたり、キレて刺されたり、そういうのが怖くて参加出来ずに傍観してるだけって奴だって居ると思わないか?

 いじめは悪いことだってことから来る罪悪感に足止めされちまって、参加したくても出来ずに見てるだけって奴も居るとは思わないか?

 お人好しだな。ああ、本当にお人好しだな。止めさせたいけど……って奴ばかりだなんて思ってる奴にははっきり言ってやりたいね。「お前、バカじゃねえの?」ってな。主犯の居ない時にだけ優しくしてくれてる奴だって内心どうだか知れねえだろ。お前はそいつか? そいつが何考えてるか完全に理解出来るのか? 出来るわけねえだろ。お前はそいつじゃねえ。お前はお前でしかねえし、そんな自分自身すらちゃんと理解出来てねえからそんな目に遭うってんだよ。

 なあ、そうだろ? そうは思わないか?


 そこまでマシンガンのように喋り倒した男を、衛地が殴り倒した。

 倒れた男は、受け身をとることも殴られた頬を押さえることすらもせず、鼻や口からだらだらと血を流れるままにしながら、まだブツブツと何かを喋り続けている。


 ただの廃墟だと思っていた。

 取り壊されることもなく残っていたその工場へ、興味本位で友人を伴って潜り込んだ俺たちは、そこで異様なものを目にした。

 そこには、男女問わず様々な異常を持った人間がゆらめいていたのだ。

 ゲラゲラ笑い続ける者。片足の無い男たち。

 片足の無い状態でやじろべえのようにゆらゆら揺れながら、放心した顔で虚空を見つめ続けている者。

 両足はあるが、片足だけが異常なまでに肥大化している者。

 顔のパーツの位置がデタラメな者。

 四肢が無く芋虫のように這う者。

 もっと酷く、とてもじゃないが言葉では言い表せないような状態の者。

 そんな者たちが佇んでいたり、うろうろと鈍く歩き回ったりしていた。


「何だこれ……。ヤバい、明らかにヤバいって!」


 そう言った孝田の首が身体からどんどんズレていく様を、俺はただただ呆然と見ていた。


  ◆


「なんだ夢か……」


 と安心する夢を見たような気がしたようなことを考えていたと思いたかったという話なら良かったという妄想を抱いていたとしたらどうしようかと悩むような不安を心のどこかに潜ませていられたら素敵だという夢想を抱えずにはいられなかったなんてフィクションを延々思案している振りをしていたかった。


 結局のところ俺はベッドの上になんか居らず、ただし自室で、何故か家具に潰されて虫の息になっているのだ。


  ◆


 音蔵玲於奈(おとくら・れおな)は朝から不機嫌だった。もう超絶的に、この上ないくらい不機嫌だった。

 部屋の中はそこで川中島の合戦でもあったのかというくらいに乱れに乱れ、数時間前までの美しく調和のとれた状態は見る影もない。部屋のど真ん中には、どんな模様替えを敢行してもこうはならないだろうと、見た人全てが首を捻り過ぎてねじ切ってしまう程の大胆な家具配置がなされていた――全ての家具が部屋の真ん中にうず高く積み上げられているのだ。


 そしてその家具タワーの真下、潰されるような形で埋もれているのが俺、井上阿次(いのうえ・あのつぐ)だ。

 虫の息だった。


「反省、したかしら?」


 タワーの頂上に座り、艶やかに微笑みながら鬼……もとい玲於奈が下に向かって尋ねる。


「……」


 しかしながら俺は虫の息なので、答えることすら出来ない。


  ◆


「やだな、虫の息なら虫の息だって言いなさいよ。もう少しで殺しちゃうところだったじゃない。それとも何? 私を殺人犯に仕立て上げようとでもしたのかしら?

 生命を賭して私を殺人犯に貶めようだなんて、もし貴方があれくらいで死んでたら、私が貴方を名誉毀損で訴えてやるから」

「……もう、どこからツッコんでいいのかわからんが、とりあえず殺しかけたことを謝れ」

「いや。怪我させたなら謝らなくもないけど、殺しかけたことで謝るのはいや。ううん、貴方に謝るのがいやなの」

「……」

「むしろ、私を殺人犯にしかけたことを謝るべきよ。謝って」


 なんてこった。被害者が謝罪を要求されることになるなんて。どっかで見かけたいじめ理論野郎もびっくりのトンデモ展開が今、まさに今ここで起こってるじゃねえか。世の中どこに事件が転がっているかわかったもんじゃねえな。


「いやそれおかしいだろ」

「謝って」

「いやだから」

「謝って」

「……」

「謝って」

「……」

「謝って」

「……」

「謝りなさい」

「……ごめんなさい」

「ごめんで済むなら警察はいりません!」

「許さねえのかよ!」

「当たり前じゃない。いい? 私は殺人犯じゃないの」


 そして彼女は世にも美しい笑みを浮かべたまま告げる。


「私は殺人鬼。鬼なの。殺人犯なんてランクダウンよ。そんなことしようとした貴方を許したりなんてしないわ」

「いや、俺は好き好んで殺されそうになったわけじゃねえぞ?」


  ◆


 本人が言う通り、彼女は殺人鬼だ。

 あの日、入り込んだ廃工場。

 そこは彼女の城であり動物園だった。

 蠢く人々は彼女の試す様々な殺害方法で奇跡的に生き残った廃人・狂人達で、それらを飼っては眺めて暮らし、飽きれば殺し、過ぎれば晒し。そこへ迷い込んだ俺達は恰好の餌食、或いは新規入園した動物候補でしかなく、まずは孝田が中華包丁で首を落とされた。次に衛地が腰からぶつ切りにされた。そして最後に可多山の腹が割られた。

 割った可多山の腹に衛地の一部と孝田の首を詰め、荒い糸で無理矢理縫合しながら「ああ、妊婦っぽい! 妊婦っぽい!」とケタケタ笑う彼女を見た時、俺は狂ってしまったのかも知れない。


 その夜、月は蒼白く、異様なほどに大きかった。

 月に蒼白く照らされた床を、赤黒い色がどんどん侵食していく。

 木霊する××××じみた声と、肉のぐちゃぐちゃ鳴る音と笑い声とが絶妙に不快極まりないハーモニーを奏でている。


 そんな中で、彼女はとても美しかった。美しいと思ってしまった。


 一通り友人達の死体で妊婦遊びを楽しんだ彼女は、包丁片手に俺へと振り向き、俺は彼女が何かをする間も与えない勢いで「好きだ」と言ったのだ。


「そんな命乞い、初めて聞いた」


 彼女はきょとんとしながらそんなことを言い、俺は首筋に包丁を充てられながらも彼女の瞳を真っ直ぐ見返していた。

 しばらくそのまま膠着状態が続き、やがて何かに気づいた彼女はひとつ瞳を大きくしたあと、ぽつりと一言「……愛?」と呟いた。


「あー、そうだそうだ。愛ね? 知ってるわ。有名よね」


 こいつ絶対知らないな。絶体絶命の状況にいる割には冷静にそんなことを思った。

 

「ああ、うん。そうね。それ面白い」

「……何が面白いんだ?」


 もう死ぬならいいやと思い、普通に会話してみる。


「まだ包丁が首筋に充てられてるのに冷静に質問だなんて、馬鹿?」

「馬鹿ではない。好きなだけだ」


 むしろどうせ死ぬなら言いたい放題だ。


「何? 一目惚れってやつ? もうね、綺麗だとか思っちまったんだよ。そいつらバラして妊婦妊婦言いながら狂ったようにケタケタ笑ってるあんたをな。どうしよう、狂った女を好きになっただなんて、俺も狂ったかも知れない」

「うん。どうでもいい」


 その言葉と共に口を――唇で――塞がれ、俺は言葉を失う。


「決めた。ここで来訪者を待って殺すのにも廃人を作って眺めるのにも()きたし、愛にします。

 私は夜を駆け人を殺し、貴方を愛します。だから貴方も私を愛しなさい。大丈夫、最後にはちゃんと殺してあげる。胸が張り裂けそうな気持ちになりながらしっかりじっくり滞りなく殺してあげる。

 ――というわけで一緒に行きましょう、ね?」


 ――今日から貴方の恋人は殺人鬼よ。嬉しいでしょう?


 どこまでも真剣な顔でどこまでもふざけた展開を口にする彼女は、そう告げるやいなや周囲を徘徊する廃人・狂人達の首を次々に跳ね飛ばし始めた。

 それはシャンパンの栓を飛ばすように。

 心臓のリズムと共に噴出する紅のシャワー。

 友人達で作られた疑似妊婦。


「新しい日々を祝福するようだわ!」


 そんな中で彼女は声を上げて笑い、優雅に舞うかのような仕草で次々と首を跳ねていく。

 そうして城を、動物園を壊し尽くすと、さあ連れ出しなさいと手を差し出した。

 何だこれ。馬鹿みたいに有り得なくて馬鹿みたいに美しくて馬鹿みたいにグロテスク。

 そう思いながら俺は彼女の手をとった。


  ◆


 ともあれ、これが愛の始まりだ。

 ……その「愛」ってやつが何処まで本気なのが見えてこない辺りが、玲於奈らしいと言えば玲於奈らしいのだろう。おかげ様でこうして死にそうな目に遭っているのだから。


「あら心外。ちゃんと凶器無しでやってるわよ? 手加減してるじゃない」


 へえ、俺の上に芸術的なまでに積み上げられていた家具類は凶器じゃないんですか。

 どんだけ怪力なんだよこの人外。 

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