涙飴
ファイルを整理していたら、むかしどこかに応募した覚えのある話がでてきたので投稿します。
たぶんこれも雰囲気小説で、とても短い小話です(笑)
ポツ・・・
窓ガラスに大きな雨粒が当たってはじけた。さっきまでは青空だったのに、今日の空はご機嫌ななめみたい。
僕は読みかけの本を閉じて大急ぎで玄関に走る。お気に入りの青い傘とスミレ色のお母さんの傘を手に持って、最近買ったばかりの長靴をはけば準備完了だ。
僕のお母さんのお腹の中には赤ちゃんがいて、今はお医者さんのところに赤ちゃんをみせにいっているんだけれどね?
その病院は公園を通り過ぎた先にある佐藤さんのお家と皆川さんのお家の間にあって、僕が歩くとカップラーメンが4つできあがるぐらいの時間でいけちゃうものだから、お母さんは重い体をよいしょ、よいしょ、って動かしながらお医者さんのところまで歩いていったんだ。
でも晴れていたから傘なんて持っていかなくて、このまま雨が降り続けたらきっとお母さんたちは困っちゃう!!
だから僕は傘を届けるためにエイッと雨の世界に飛び出した。
パラパラと降る雨は、けして勢いの強いものではなかったけれど、その粒は大きくて、傘に当たるたびにパタパタと軽快な音が鳴る。
僕はその音が嫌いじゃない。
パタパタ
まだまだお母さんたちは病院の中だろう。
パタパタ
傘を届けるまで十分時間はあるはずだ。
パタパタ
だから―
「ちょいと、そこの坊ちゃん。」
パタ・・・
「え?」
いきなり聞こえてきた声に僕はその場に立ち止まった。キョロキョロと辺りを見回すと公園の木の下でお兄さんが僕のほうを見ながらちょいちょいっと手招きしている。
でもそれがすごく怪しいの!
だってね?
もうすぐ五月になるっていうのに、そのお兄さんときたら冬に着るようなぶかぶかのコートを着て、毛糸の帽子をすっぽりとかぶっているんだよ?しかも、口には大きなマスクをしているから顔なんて全然わからないし・・・
僕はお兄さんから顔を隠すようにまた歩きだした。知らない人にはついて行っちゃいけないって言われているもん。
でも―
「ッ!?」
グイっと傘を引っ張られてそれが大きく傾ぐ。
「ちょいと、坊ちゃん!無視するなんて酷いんじゃねぇか?そりゃぁ、確かにこんななりじゃ怪しいかもしれねぇけど、悪いことを考えているわけじゃねぇや!」
ひょいと顔を覗き込まれて僕とお兄さんの目がバチッとあった。お兄さんの細長いのに大きくてクリクリとした目はなんだか猫の目みたいで、少し可愛い。
「あぁ、そのぉ~、驚かしてごめんな?ただ坊ちゃんがこの町にきて初めて見かけた人だったから、嬉しくなっちまってなぁ。」
「どういうこと?」
「オレァ、飴屋っていって、飴を売り歩いているんだ。それこそ世界中を回って、珍しい飴を集めたり、作ったり、売ったり―」
「世界中!?」
「あぁ、そうさ!すごいだろ?」
そう言ってお兄さんは胸を張って見せたのだけれど、それもすぐにしゅんとしぼんだものへと変わる。
「でもなぁ、今日は急に降り出した雨のせいでお客がこねぇんだ。初めて来た町でついてねぇ話だろ?」
「えっ!?う~ん、そういわれるとかわいそうかもしれないけど・・・」
「だろ!?だからさ、生まれてくる弟さんに飴をプレゼントするってことにして、坊ちゃんお客さん一号になってくれねぇか?ちょうど珍しい飴があるんだ。」
お兄さんはポケットをごそごそとあさると、そこからビー玉ほどの黄金色をした玉を取り出した。そしてその表面をカリカリと刃物で削り始めたんだ。
「これは涙飴っていう、オレのオリジナル商品でな?言葉のとおり涙を練りこんで作ってある飴なんだ。ほら、ちょいとこの削りかすを指につけてなめてみな?」
僕は恐る恐るお兄さんの言うとおり指に削られてできた粉をつけてパクッと口の中に含んだ。すると、
「ッ!?なにこれ!」
僕はピョッと飛び上がる。なぜなら、それは砂糖なんかよりもずっと、ずぅ~っと甘くて、花の匂いがする飴だったから。僕はこんなにおいしい飴を食べたことがない。
「美味いだろ?それはミツバチの涙を練りこんで作った飴なんだ。あいつらはしょっちゅう花の蜜なんて吸っているから、涙まで甘くなっちまったのさ。」
僕はもう一度削られた粉を指につけてパクッと食べてみる。
うん!やっぱりおいしい!
「ねぇ、お兄さん!他にはないの?その涙飴!!」
僕がぐいぐいとお兄さんのコートの袖を引っ張ると、お兄さんは声を立てて笑った。
「アハハッ、坊ちゃん気に入ってくれたか?そりゃぁ、なによりだ。でも、他のヤツはちょいとお勧めできねぇぞ?」
「えぇ~、そんなこと言って本当はおいしいんでしょ?いいから他のヤツも見せてよ!」
僕はそういってさらにお兄さんの体をぐいぐいと引っ張った。
「あぁ!分かった!分かったから、ちょいと待ちな!!」
お兄さんはそう言うと肩に背負っていた大きな木箱をよいせっと地面に下ろす。そして、
「うわぁ!!スゴイッ!?」
そっと開かれた引き出しの中を見て、僕は目を輝かせた。だって、そこにはいろいろな大きさで、見たこともないような色をした鮮やかな飴玉がきれいに並べられていたんだもん!!
どれもその表面はガラスみたいにピカピカしていて、飴玉というより宝石みたいだった。
「これって全部涙飴なの?」
「ああ、全部それぞれいろんなヤツの涙が飴の中に入っているんだぞ?例えばアリの涙とか、カンカンに怒っている人の涙とか。」
「本当に!?なんだか面白そうだね!味見してみちゃダメ?」
「えっ!?味見!!まぁ、そりゃぁかまわねぇが、さっきも言ったとおりあんまりお勧めできねぇぞ?それでもいいのか?」
「うん!!」
力強く頷いた僕を見てお兄さんはふぅと大きなため息をついて肩を落とした。
「坊ちゃんも変わり者だねぇ。まっ、いいけど。ところでどれが食べたいんだ?」
「う~んとねぇ・・・じゃあ、その青い飴!ほら、3列目の右から5番目。」
「ほぅ、この飴か・・・ちょいと待ってな。」
お兄さんはひょいと綺麗に並んだ飴の列の中から僕が指差した飴を取り出すと、
「ここをこうやって・・・次はこう・・・」
なんて具合にブツブツ言いながら飴玉を削り始めた。
でもその手つきはとても優しくてね?削った後も宝石みたいな輝きは失われることがなかったんだ。
「さぁ、できた!ほら、なめてみな。」
すっと飴玉をだされて、僕はさっきみたいに削りかすを指につけて、パクッと口に含んでみる。けれど、
「しょっぱい!!」
あまりにもしょっぱいものだから、思わずペッペッと吐き出したんだ。それでも口の中には海の香りが残っていて、ひどく喉が渇いた。
「アハハッ、そりゃぁ、しょっぱいだろうさ!なんたって、そいつはクジラの涙を練りこんであるからなぁ。あいつらの涙はそこらへんにある塩なんかよりもずっとしょっぱいんだぞ?」
お兄さんは肩を震わせて笑っている。
ちぇっ、知っていたなら教えてくれてもいいのに。
「まぁまぁ、そう怒りなさんなって。次はどうするんだ?」
僕はキッとお兄さんを睨みながら、こげ茶色の飴玉をつまみ出した。
「ふむふむ、次はこれか・・・」
僕から飴を受け取るとお兄さんは楽しそうにまたそれを削りはじめる。
「ねぇ、お兄さん。」
「ん~?」
「これもしょっぱい?」
「さぁねぇ~、そんなこと教えちまったらつまんねぇじゃねぇか。ほら、舐めてみろよ。そうすりゃぁ、イヤでもわかるから。」
ずいっと突き出された飴に僕は指先をちょこんとつけた。そしてエイッと覚悟を決めて口に含む。
「ッ!?」
「どうだ?」
「・・・・・・苦い。」
あまりの苦さに思わずギュッと眉間に力がはいった。なにしろその飴はお父さんがよく朝に飲むコーヒーを何十倍も苦くしたような味がしたんだもん。
「苦いだろ?それは、かけっこで2位になった男の子の涙の味さ。よっぽどゴールすんでで抜かされたことが悔しかったのかねぇ。」
そう呟いたお兄さんの言葉に僕は大きく首を縦にふってうなずいていた。だってこんなに苦くて、胸が苦しくなるような味がするんだ。きっとその子はギュッと唇をかみ締めながら涙を流していたに違いない。
「さぁ、次はどうするんだ?」
「・・・・・・・」
黙ったままの僕を見て、お兄さんの目元に小さな皺ができる。
「な?オレのいったとおりだろ?お勧めできないって。」
「・・・うん。」
「涙飴ってもんはあんまり美味いもんじゃぁねぇ。痛いときに出る涙。苦しいから流す涙。悲しいから出ちまう涙。そんなもんが入っているから、どうしても味がいまいちになっちまうんだ。まぁ、ミツバチみたいに美味いもんもあるけど、そっちのほうが珍しい。」
お兄さんはそう言ってあのこげ茶色の飴をもとあった場所に戻す。
「でもな?涙飴ってのはそれだけじゃねぇ。」
「え?」
「たまにとっても素敵な涙飴ができあがることがあるんだぞ?」
そう言いながら、お兄さんが木箱の一番上の段をそっと開けると、そこには岩みたいにゴツゴツした塊がぐちゃぐちゃに入っていたんだ。そしてそれらはピカピカに磨かれていた涙飴と違って、どれもこれも氷砂糖みたいに不透明で、くすんでいて、とてもおいしそうには見えないものだった。
でもね?お兄さんはその中でもほんのりとピンク色をした塊を取り出すと、同じようにその表面を削って僕に差し出してきたんだ。
「ほら、舐めてみろよ。」
「えっ!?でも―」
「大丈夫。これは気にいるはずだから。」
ふわりと微笑みかけられて、僕は疑いながらもそっとその削りかすを指につけてみる。今までのことを考えればとてもじゃないけれど、お兄さんの話なんて信じられない。
でも、男は度胸だって、お父さんも言っていたもん!!
僕はギュッと目をつぶって口を大きく開けた。
パクッ!!
「あれ?」
「どうした?」
「お兄さん、僕・・・この味を知っている気がする。これってなんの涙からできているの?」
それはほんのりと甘い味のする飴だった。イチゴミルクみたいにまろやかじゃなくて、チョコレートみたいな甘さもない。でもギュッと胸がいっぱいになって―
僕は悲しくも無いのに泣きたくなった。
「それはな?自分じゃなくて、誰かを思って流された涙からできているんだ。」
「どういうこと?」
「例えば転んだときは痛くて、涙がでるだろ?でもそんな泣いている友だちを見て自分も悲しくなったり、痛くなったりすることってないか?自分も泣きたい気持ちになることって?」
僕は小さく頷いていた。
「そんなときに流される涙はな?誰かを思って流された涙っていって、特別な味がするんだ?」
「特別な・・・あじ?これが?」
「あぁ、特別な味だ。そして坊ちゃんが食べたその飴はその中でもさらに特別なもので、本当なら一生に一度しか味わえないものなんだぞ?」
僕はもう一度指先に削られた粉をつけると口に含んでみた。甘いものが大好きな僕にはこの味が少し物足りない。物足りないんだけれど、僕の大好きなアレとよく似た味をしていて―
「お兄さん・・・」
「ん?」
「僕・・・今まで食べた飴の中でこの味が一番好き、だな。」
そう言った僕の頭をお兄さんはくしゃくしゃと撫でた。
「そりゃぁ、よかった!坊ちゃんにそういってもらえればオレも作ったかいがあるってもんだ。ちょいと待ってな!!」
お兄さんはそう言うとあのゴツゴツした涙飴を器用な手つきで削り始める。それこそどこから取り出したのか大きなトンカチを使い、トントン、カンカン、叩いては削り、削っては叩いた。
するとね?そのたびにあのゴツゴツとした表面は、キラキラと輝き、氷砂糖みたいに不透明だった色は透き通ったそれにと変わっていったんだ。そして―
「ほら、やるよ。」
「え?」
お兄さんはひょいっと僕の手にピンポン玉くらいの大きさにまで磨かれたあの不思議な涙飴を握らせた。
「でも僕、お金持ってないよ?」
「ハハハッ!そんなもんいらねぇや!!もともとそれは坊ちゃんための飴だからな。」
「ぼく?」
「あぁ、その飴はな?初めて坊ちゃんのことを思って流された涙からできているんだ。だからこそ価値がある。」
お兄さんはそう言うとよいしょっと掛け声をかけながら大きな木箱を肩に背負った。その拍子にカタコトと中の飴が小さく揺れる音が聞こえた。
「さてさて、そろそろ行かなきゃ、お母さんの診察が終わっちまうぜ?」
「えっ!?あっ!?本当だ!!」
公園に備え付けられた時計の針がいつの間にかずいぶんと進んでいて、僕は慌ててポケットに僕の涙飴を押し込んだ。
「お兄さんありがとう!!」
「いや、どうってことねぇよ。どうせまたお世話になるんだ。」
「え?」
首をかしげた僕を見てお兄さんの瞳がにぃっと細まる。それはまるでさっきまで読んでいた不思議の国のアリスに出てくるチシャ猫みたいな笑みでね?
「いやいや、気にすんなって。また近いうちに会うだろうが、そんときゃぁよろしくな!」
と、お兄さんは僕にヒラヒラと手を振った。
「うん!!お兄さん本当にありがとう!!この飴大切にするね!!」
僕はそう言いながら、大きく手を振り返すと病院に向かって駆け出したんだ。
そして次に公園の前を通ったときには、もうお兄さんの姿を見つけることはできなかった。
でもね?
「ねぇ、お母さん。」
日の光がキラキラと降り注ぐ病室で僕は小さな発見をした。
それはお兄さんと出会ってから何ヶ月もあとのこと。
「どうしたの?」
「んとぉ、あのさ。さっきまでずっと泣いていたでしょ?」
「えっ!?なんで!!」
そう言ってお皿みたいに目を丸めて驚くお母さん見て僕は小さく笑った。
「ふふふ、だってね?赤ちゃんのホッペにキスしたら涙の味がしたんだ。」
「涙の味?」
「うん、涙の味。」
僕はもう一度弟のマシュマロみたいなホッペにキスをした。そこからほんのり感じられる味はきっと誰もが一度は食べたことがあるもので、
「ねぇ・・・お母さん。」
「なぁに?」
「僕が生まれたときも・・・泣いた?」
「え?そうねぇ・・・嬉しくてたくさん泣いちゃった、かな?」
お母さんはそういいながら抱いている赤ちゃんの頬をそっと指でなでた。
「じゃあ、さ。じゃあ、きっと赤ちゃんだった僕は、その涙を食べちゃったんだろうね!」
「涙を?」
「うん!!」
「ふふふ、そうね。そうかもしれないわね。」
僕はお母さんと顔を見合わせて笑った。
その横で何事もないようにすぅすぅっと寝息を立てているのんきな弟。
そんな彼に僕はいつか教えてあげようと思う。
君にも君だけのために流された涙があったってことを。
そしてその涙の味は誕生日に食べるケーキとよく似た味がするんだってことを。
遠くで猫の鳴き声が聞こえた。




