17 ゆうやの思想
「私たちの人生はある法則に基づいて成り立っています。生きていくうえで様々なことを感じ、捉え自分の中で肯定否定を繰り返し行動して生きていく。
時には卑屈になり悩みや迷い、または思考することを放棄し成長から遠ざかる生き方を選ぶ。その過程の結果にあるものが現在なのです。
現在の自分は運命でもなく、ましてや他人に作られたものでもなく自分の行動の結果なのだと過去の哲学者は説いております。
至極当然の事ですがその当たり前の事に本当に気付けている人がいるかどうかは、わたくしが感じている中ではごく少数なのではないのかなと思われます。わたくしの講義の目的と
しては当初からも伝えているように、この生徒の一人でも多くがそのことに気付き、人生においての立派な目標を持って行動できたらなと思っております。
それでは本日の講義はここまで」
とある大学の講義室。
講義も終わり公園の鳩の群れが飛び立つようにみんな一斉に騒ぎ出す。そんな中で俺は一人考え事をしていた。
「教授、ちょっといいですか」
「えっと……君は仇野君だったかな。何か分からないことでもあったのかね?」
「世の中に正しいことと悪いことは存在すると思いますか?」
「えらく抽象的な質問ですね」
教授は鼻で笑いなが答えるだろう。確かに唐突にこんな質問されてもおかしく思うだけだ。
しかし、俺の真剣な表情を察して教授も真剣な表情で話を続ける。
「……ふむ。一般的に言えば他者に対して喜ばれる事なのか、または迷惑になる事なのか――という二択で分けれると思いますが、
哲学的な意見でいくと正しいという定義はそもそも何なのか。
その個人に対しては利益になることであってもその周りの人はどうなのか。
または地球全体の規模でみるとどうなのか……。
何かの例えの元、善悪のある程度の判断は可能かもしれませんが
それだけの質問ではイエスかノーで答えられるほどの単純なものではないのかも知れませんね」
「つまり悪いことをしても本当の意味では悪ではないということもある。という解釈で間違ってないですか?」
「そうですね。ただこの人間社会においては法を犯すことなどは罪となりますので償わなければなりません。
そういった意味ではそのような行為は悪とみなして間違いではないでしょう」
「教授、法って絶対的なものですか? 人が創ったものだから完璧であるとは思いません。内容に改正があるように法律であろうと絶対的ではないと思います」
「確かに。すべてに当てはまるわけではありません。その状況に応じて意見の違いは起こるでしょう。そのために裁判が行われるわけですから。」
「だからそれを裁くのも人間なんだろうがっ……」
と俺の頭の中で教授との会話をシュミレーションしていた。
いつも俺は、どうせ他人と話したところでこんな流れになるだろうと一人で自己解決してしまう。
だから最近他人とまともに話し込んだ記憶がない。
そうなり始めたのは俺が物心ついた頃だろうか。
身の回りの環境に疑問を抱き、成長するにつれ社会、経済、世の中の仕組みについて日に日に嫌気がさしていった。
各国の上層部の地位を固める為に一般人がもがき苦しみ、命を削って生きていることですべてが成り立っている。
そういった制度は古来からほぼ完成されているので、そのことを早い段階で気づき、理解し、幼き頃から上を目指す者もいれば、努力することを嫌いぬるま湯に浸るものもいる。
俺に言わせればその行動自体がすでに枠にはまっている様なものだ。
かといって歴史上の人物のように革命を起こすような者も一向に現れる気配はない。
それは俺の耳に入ってこないだけなのか今の制度が崩せないほどのものなのか分からないが……ってまぁそんな事はどうでもいい。
何よりもこの気に入らない社会の仕組みを崩壊させまったく新しいユートピアを創ること。
それが俺の人生の目標ともいえよう。
己が生きている理由、意義を使命の如く求めさまよう世界……そんなもので染まっている世の中はまさしくディストピアであり、人間の思い上がりも甚だしい。
所詮ヒトの一生など本人の意思とは関係なく遺伝子の進化の過程に過ぎないのだ。人間が一人死のうが百人死のうが母体である遺伝子はまったく傷つかない。
だからこそ俺はすべての人間の根底にある遺伝子の仕組みに抗い進化を抑止し、途絶えさせることが俺の行きついた答えである。
それはヒトが存在しない世界。
全人類をこの世から消し去り、一人になった俺は無限の解放と未完成で終わらせることができた遺伝子に対する勝利を存分に味わいこの世を去る。
その時にこそ俺は真の満足感を得られるだろう。
「仇野君」
「うおっ!? あ、はいっ」
ふいに声を掛けられ驚いた俺は慌てて声のほうに目を向ける。
「大学になってまでこんなことをあまり干渉したりはしないんだが、
仇野君はいつも深刻な表情で考え事をしているようだが何か難しい悩みでもあるのかね?」
「いえ……大丈夫です。何もありません」
「ふむ、そうか。もし話があればいつでも私のところへ訪ねてきなさい。出来る限りの協力はさせてもらうよ」
俺は軽く会釈をし、荷物をまとめてその場を離れた。
――ふむ。やはり彼は何か大きな問題を抱えているに違いない。いつも講義にはまじめに出席しているが話を聞いている様子がまったく伺えない。
かといってレポートなどに問題があるわけでもない。そして何より他者を寄せ付けようとしない雰囲気が常に感じられる。まるで刃物をむき出しに歩いているような……
「大滝教授、さっき彼と話してましたよね? 何か言ってました?」
「ああ……広瀬さん。特に何かを話してたわけではありませんよ。いつも深刻そうな顔をしてるから悩みがあるなら話を聞こうと思ったので」
「悩みかぁ。あの、山がどうとか言ってませんでしたか?」
「山? なんの事かね。そんなことは一言も言ってなかったが、広瀬さんは仇野君と仲がいいのかい?」
「仲がいいも何もほとんど話したことはありません。
彼いつも怒ってるみたいで近寄りづらくて……それで誰かに対して不満があることを大滝教授に話してたのかなって」
「いえいえ。そのような感じではなかったですよ。それよりも広瀬さん、そういえば前回のレポートまだ提出されてませんよ。早急に提出して下さいね」
「あっ! そーだった……わっかりましたー。後で持っていきまーす」
広瀬は教授の忠告を軽く受け流し、青山あかりの方へ歩み寄っていった。
「あかり、仇野君なにも言ってなかったみたいだよ」
「そう。ありがとう」
「あと山の事も言ってなかったみたい。てゆーか何? 登山でもするの?」
「ううん。仇野君は山好きかなって」
「なにそれ……やっぱり聞きたい事あるなら直接本人に聞いたほうが早いじゃん。あたしたちを嫌ってる訳でもなさそーだし。
でも意外だなー。まさかあかりの好みのタイプが陰キャだったなんて」
「うん。そうね、その時はまたお願いするね」
「え!? ほんとにタイプなんだ……」
「え!? 違うよ。そんなのじゃないの。なんかね、うまく言えないけど気になるの」
「それが恋の始まりじゃん……」




