00-01 とある兄妹
レイト・ルナフォードは門を出て、後ろを振り返る。
10年間暮らしてきた屋敷を感慨深く眺めていると、前を歩いていた妹から声がかかった。
「兄様?何をしているんですか?入学式に遅れますよ?」
妹のディアナが急かすので、思い出に浸るのはやめて目的地に向かうことにした。
「すぐいくよ」
とある理由からあまり外に出ることがなかったし、これからも往来を歩くようなことをするつもりはなかったのだが、かわいい妹がどうしても一緒に登校したいと目をうるうるさせながら訴えてきたので断ることはできなかった。
「ふふふ、兄様とこうして学院に行けるなんて嬉しいです」
「……僕としては去年のうちに入学してディアナに学院を案内してあげたかったんだけどね」
「それも良かったかもしれませんねー」
昨年は入学式の前の月に旅に出て一週前までに戻る予定だったのだが、予想よりも遥かに時間を要したため、帰ってきたのは夏の終わりだった。別に問題なく入学させてやると学院長に言われたが、それを断って翌年からの入学を選んだのだった。
そのことを思い出すと若干憂鬱になるレイトだったが、対するディアナはご機嫌なようで、笑顔でレイトの手を引く。
どうして彼らが徒歩で登校しているのか。
これから彼らが通う王立魔法学院自体が、ルナフォード家の持ち物であり、その屋敷から学院までは徒歩5分もかからない。大した距離でもないので馬車を出してもらうのは悪いとレイトが断ったためこのようになっている。屋敷内に存在する学院長室直結の転移魔法陣を使うという案もあったのだが、毎朝学院長室から出て来る事がバレたら目立って仕方ないのでこれも断った。
名家の次男と長女である彼らだが、わざわざ彼らを狙うものもいない。その理由は彼らが精霊の契約者であるからである。
中位以上の精霊と契約した者は契約印をその身に刻まれている。たとえばディアナであれば胸元に光の精霊との契約印が存在する。
精霊と契約した魔術師は普通の魔法使いよりも大きな力を用いることができる。もともと平均値の4倍以上の魔力を保有するディアナ・ルナフォードなら宮廷魔術師をも圧倒できる力を持つだろう。
普通、学院の学生たちは学院の敷地内に存在する寮に住むのだが、今年は入学者が多く、寮の部屋の数が足りなかったため、近くに住んでいる一部の生徒(といっても学院が王都の真ん中にあるためほとんどが貴族)は自宅から登校することを命じられている。
そんなわけで2人は自宅からの登校を彼らの母親である学院長・シンシア・ルナフォードに命じられた。
入学式までは少し余裕があるが、校門付近はすでに新入生たちでにぎわっていた。
『何?騒がしいけど……』
レイトの右肩あたりにプラチナの髪とアメジストの瞳を持つ美女が現れた。特に驚いたような声が上がらないところを見ると、レイトとディアナ以外には見えていないらしい。
「おはようルナ。今起きたの?」
「おはようございます、ルナ様」
『何のお祭り?』
「祭りって言ったらそうかもしれないけど、今日から学校に通うって言ってただろ?」
『うーん……そんなこと言ってたような……言ってなかかったような……』
「まあ言ったの5日前だからあんまり覚えてないかもね」
『新月の日かぁ……テンション低かっただろうし聞き流したかも……』
ルナと会話しているレイトの袖をディアナが引く。
「兄様、私新入生代表の挨拶があるので早めに講堂に入らないと……」
「あ、そうだった。行こうか」
ディアナは非常に優秀な魔法使いなので学年主席。レイトはとある項目の点数が取れないため次席である。ただし現職の宮廷魔術師でも難しいとされる筆記試験を全て満点で切り抜けた唯一の学生でもある。
「お母様も兄様が点数をとれない理由をわかっているのだから、それを考慮してくれればいいのに……」
残念がる優しい妹の頭を撫でながらレイトが答える。
「いいんだよ。別にそこまでして主席とかになりたいわけじゃないし、いくら息子といえども贔屓はダメだろ?」
「兄様がそれでいいなら私は構いませんが……」
「とりあえず講堂へ行こうか。主席なのに遅刻したらみっともないよ?」