01-18 氷の覚悟
緊張の会議から一夜明けた。
トウキ・ノースウィンドはいつもより早く起床し、手早く身支度を済ませ、部屋を出た。
昨日どこへ行っていたのか妹たちに問われたが、思わずごまかしてしまった。
どうせすぐに知ることになるだろうが、あまりにもショックが大きいように思えたためギリギリまで伏せておくことにした。
そして、これから起こるであろう事態を考えながら無駄に長い廊下を歩く。
「あら、お兄様。今日は早いですね」
振り返るとそこにはトウカの姿が。
「トウカか」
「はい。おはようございます」
「ああ。今日は珍しく父上も母上も家にいらっしゃるようだから挨拶しておこうと思ってな」
「そうですね……そういえば、レイトの事は」
「それは俺から話す。だから心配しなくてもいい」
「……わかりました。レイカには説明しても?」
「それは構わない。アイツも気になっていることだろう」
食堂の前の扉で立ち止まると、トウキは一度言葉を切る。
そして、一呼吸おいてから続ける。
「もう既に隠しきれるような段階ではない。何もかもな」
トウキはそういうと扉を開き中へ、トウカも彼の言葉に疑問符を浮かべながら後に続く。
「おはようございます」
「トウキか」
「体はもう大丈夫なのかしら?」
「ええ、万全です」
もちろん嘘であるが、自分の息子が特別優秀だと信じて疑わないこの人たちはこう言っておけばとりあえず満足するだろう。
「トウキ。今日は修錬室でお前の聖霊を呼び出すための儀式を行う」
「……父上、精霊はしかるべき場所に行かなければ会う事すら難しいのでは?」
「ふむ、そうだが。クラモールの奴が書いた記録に方法があった。トウカ、お前の精霊を使う」
「……っ!?」
「……どういう事でしょうか」
父に噛みつこうとしたトウカを手で制し、念のため概要を聞く。
「クラモールの記録によると精霊に他の精霊を呼び出させることができるらしい」
「それは中級程度の精霊には難しいのではないでしょうか。そもそも自分の適性値は……」
「あんなものはクラモールの創ったまやかしだ!」
あからさまに機嫌を悪くし、憤慨する父。
「……アレを作ったのはレイト・ルナフォードらしいですが」
「ルナフォード家もノースウィンドを疎んでいるからな。信じるに値はしない。そもそもどこの子供か知らないが、養子なんぞに家を継がせるとは何を考えているのか……貴族の血を何だと思っているのか」
「お父様っ!?レイトはっ……「待て、トウカ」
トウカを止める。
今この人に無用な情報をあたると悪用しようとするだろう。
しかし、この男は自分の息子だった人間の名前すら覚えていないのか。
一方、母の方はトウカの反応から何かを察したのか激しく動揺している様子がうかがえる。
母が購入した趣味の悪い柱時計を見る。じかんはそろそろだ。
父と母が家にいる時間帯は把握していた。
修錬室で何かやらかすつもりだったらしいのでそのあたりを探れば何かしら後ろ暗い物が出てきそうだ。
昨日のうちに書斎から危なげな情報のある資料はすべて確保しておいたので隠蔽に走っても成功することはないだろう。
色々と灰色な使用人たちもまとめて開花する用意は済んだしルナフォードの紹介で監視の意味も持つ商人が今日の午後から来てくれることになっている。
父が何やら大層な理想を語っているのを聞き流しながらそんなことを考えていると、扉の外を慌ただしく走る音が聞こえ始めた。
その直後、扉が勢いよく開き執事の1人が飛び込んできた。
「旦那様!騎士団が立ち入り捜査を行うと!」
「なんだと!?」
父が声を荒げ、母とトウカが動揺する。
そして騒ぎを聞きつけたレイカがこちらへと駆け込んでくる。
「何事ですか!?」
その背後にはアドルート団長率いる騎士たちがこちらへと視線を送っている。
「なんだ貴様ら!」
「抵抗するな。許可は得ている」
団長が号令をかけると同時に後ろに控えていた騎士たちが捜査のために散っていく。
「お兄様……」
「安心しろ。トウカとレイカは俺の後ろにいるといい」
妹たちをさがらせる。
父は交戦モードで団長に食いつく。
「誰の許可を得て我が屋敷に侵入した!?」
「それはもちろんノースウィンド家当主殿から」
「ふざけるな!私はそんな許可を出した覚えはないぞ!」
「ふむ、何故あなたの許可が必要なのでしょう」
「なんだと!?」
「ナダレ・ノースウィンドとその奥方は精神を病み、療養のために息子トウキに家督を譲り、北端の領地で暮らしている……という事になっていますが」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
父と母が驚愕の声を上げる。
「どういう事ですかお兄様!」
「後で説明する。アドルート団長。修錬室で何やらしようとしているようですが」
「そうですか。では、調べさせましょう」
団長が指示を出そうとしたとき、扉の向こうからやってきた影がそれを遮った。
「そちらの方は僕が片付けておきました。しかし、精霊の魔力を無理やり増幅させて上位精霊を呼び出す糧とするなんて、まさに外道。こんなに下品な魔法よく思いつきますね。おかげで死罪確定じゃないですかね?」
白髪、紫の瞳。
「ご苦労様。レイト君」
「いえいえ、一時期は住んでいた家ですし。このぐらいたやすいことですよ」
そして、こちらに向き直すと、両親に向かって告げる。
「お久しぶりですね。そして、初めまして。レイト・ルナフォードです」
そういった瞬間、レイトの瞳から色が抜ける。
「……っ!?お前は!?」
「レイ、ト、なの?」
「案外バレないもんですね。いかに貴方たちが僕に無関心だったのか思い知りました。まあその結果がコレですけど」
やれやれと言った仕草をするレイト。表情は落ち着いているが、周囲からは暗い冷気が漏れ出しているように見える。どうやら精霊たちはご立腹のようだが。
「待て、貴様本当にレイトなのか!?」
「ええ、お互いに残念ながら」
「そうか、ならば私から謝罪をしよう。ルナフォード次期当主ならば可能だろう」
「まあ可能ですけど、僕はノースウィンドの人間ではありませんし、あなたたちの生死に全く興味がありません。さすがに3人が哀れなので家は残す方向で動いていますが」
「なんだと」「そんな……」
「どうしても死にたいというなら、彼女が殺してくれるそうですけど。あなたたちにはまだ聞かなければならないことがたくさんありましてね。困りました」
レイトが窓の外を見つめる。
時刻は午前9時過ぎだったはずだが、空は紺に染まっている。
そして金色に輝くのは
「……月?」
トウキの後ろに立つトウカがそうこぼした瞬間、空間を闇が呑み込み、騎士たちですら慌てはじめる。しかし、続いて空間にいくつも灯が浮かんだため、一時的には落ち着いたようだ。
レイトの隣に現れる雷と火の精霊が火球と雷球の数を増やし室内を照らしていく。
「ご機嫌だねー……」
「やっと獲物に会えたからだろうか」
「君ら物騒なこと言うのやめてくれない?」
レイトがため息をつきながら精霊たちを諌める。
しかし、彼女は最高潮のテンションを保ったままで、
『ふふ、レイト。何をしてほしい?どうしてほしい?何でも叶えてあげる』
「いや、別にいいんですけど……」
レイトが闇の中から聞こえる声にこたえる。
「なななな、何をした!?こんな無茶苦茶あり得るのか!?」
腰に佩いた剣を抜き、震えながらレイトに剣を向けるナダレ。
「ルナ、殺しちゃだめだからね」
『……いいの?』
「殺したらそこで終わりだしね」
『レイトがそう言うなら』
そう言いつつもナダレに仕掛けることはやめ無いようで、突然ナダレの腕を黒い何かが掴んだ。
火と雷の球に照らされたそれは、ナダレの影から伸びているように見える。
「なんだこれは!?くっ……邪魔だっ!」
お得意の氷魔法を乗せた剣で黒い何かの左手を切り飛ばす。
「……いいんですか?あなたの影ですよそれ」
「何を言って…………!?」
突然ナダレの左肩から血が吹き上がる。
斬れ落ちるとまではいかなかったが、相当の出血だ。
「ぐあああああああ、何がっ!?くそっ、そういう事か!?」
「グレイシア、止血を」
「お任せください」
ナダレの肩が凍てつき、血が止められる。
「ルナ」
「まだよ」
ナダレとレイトを隔てるように現れた紫の瞳の美女がナダレへと歩み寄り、その額に人差し指を押し当てた。
「眠れ」
「な、んだ……お前は……」
ナダレがっゆっくりと崩れ落ちていくのをいつの間にか背後に回り込んだアーリックが支える。
「ご協力感謝します」
「いいのよ別に。この程度」
「ほとんど私怨ですしね」
レイトが苦笑しながら頬をかく。
「それでは我々は撤退を。仕事も終わったようですし。トウキ殿、ご協力を感謝します」
アーリックが一礼した後、部下を率い、ナダレとサユキを連れて撤退していく。
「……お兄様」
「あの二人はそれだけの事をしたというだけだ」
「しかし、……それに」
「……世話を掛けた、レイト」
「いえ、気になさらず。ルナ、この人たちには手を出さないように」
「まったく、甘いんだから」
ルナがレイトの後ろにゆっくりと周る。
「………レイト」
「?……どうかしました、トウカさん」
レイトがトウカに視線を向けると、うるんだ瞳でこちらに駆け寄ってくる。
「レイトっ……!会い、って……きゃぁ!?」
トウカがレイトにたどり着く直前で影に脚を捕られてこける。
「……兄様、迎えに参りました」
開け放たれたままの扉の外に立っていたのはディアナ。
「あ、ああ……ディアナ、アレ解いてあげてね。後不法侵入はしないように」
「何のことでしょう」
「いや、可愛く首をかしげてもダメだから。それでは失礼しますね」
「ああ!待ってください兄様!」




