第0転
神田勇美。とても強そうで、雄々しい名前。新撰組好きの母が付けた名だ。勇ましく美しく、そんな、女になってほしくて。
そう、勇美は女である。確か歴史上の勇って人物は男ではなかったか?勇美自身そう疑問に感じることがあったが、母の遺伝か、同じく新撰組というか歴史が好きな彼女は嫌ではなかった。 しかし、申し訳ないな、と、思っていた。勇ましく美しく。とてもそうはなれなかった。残念なことに、なれなかった。
「もう少し、女らしくできないの?」
──女らしく?もう諦めたかなー。
この先も、こんなことを言われるのか。
入学式の前日、勇美は妙な夢を見ていた。一年前に遠い遠い所へ旅立ってしまった祖母が、キンキラキンの着物を着て目の前に現れ、上記のようなことを言われたのだ。こんな非現実的なことが起きても、いつもはこれは夢だと思うことはなかった。しかし、今回は不思議と、これが夢だと理解できた。いや、それだけではなく、現実かもしれないという感覚もあった。ここは自分の家、というより部屋である。高校へ通うために、実家から離れ下宿をすることにしたのだ。
まさに今この場面は、自分の部屋に亡き祖母が目の前に立っているというもので、それをはっきり理解することができた。
「ばあちゃん悲しいよぉ、勇美にかーわいいお洋服いっぱい買ったじゃないの。10歳くらいから着てくれんくなったけど」
──ピンクとかフリフリとか、似合わないもん。
ちょうど10歳の時に学校へスカートを履いて行ったら、『勇美ちゃんにはスカート似合わないよ!』と級友に言われ、ああ、自分は女の子らしい服着ないほうがいいんだ、と極力男物を着るようになった。祖母が買ってくる洋服なんてもってのほかだった。女の子って疲れるな。そう思い始めたのもこの頃。そして現在進行中。
「そんなに女の子が嫌かね?今からでも男になりたいの?」
勇美は祖母の向こう側の壁の一点を見つめたまま、口を開かない。キンキラキンの祖母は不敵な笑みを浮かべた。
「なら願いを叶えてあげましょ。大丈夫、都合のいいように細工するから」
肯定も否定もしない勇美に手をかざした。意識が、遠のいていく。
「あ、そうそう……入学おめでとうね」
優しい微笑みを浮かべる祖母と、目が合う。
勇美は目の前が真っ暗になった。