6.「もしもし、私メリーさん。……壺なら買いませんよ?」
同僚の口裂け女に連れられて、私は人生で初めての遊園地にやってきた。ただでさえ人間界のことはよく分からないのに、ましてや彼らの娯楽施設に来るなんてなんておそらく初めてのことではないだろうか。そう言った意味では、今日は私の人生で記念すべき日になるだろう。
「平日だから空いてるわね」
口裂け女はずいぶん機嫌が良い。遊園地を楽しむ気で満々だ。
それにしても……。
彼女は真っ赤なワンピースに身を包んでいる。はっきり言ってとても目立つ。ダメ押しで口にはとても大きなマスクをして顔を隠しているものだから、どこからどう見てもただの不審者である。
小さくため息をつく。私の私服は至って地味だから(三十歳にもなるとさすがに周りの視線が気になる)彼女と並んで歩くのは少し恥ずかしかった。
しかしそれも、私たちの足元にいるアレに比べれば大した問題ではない。
私たちの足元には、あの上司(人面犬)がいるのだ。
結局、人面犬であるところの私たちの上司を、怪しまれることなく遊園地まで連れてくるアイデアは出なかった。
「こんなんでいいんですか?」
「こんなんでいいんじゃない?」
口裂け女はそれでもたいして気にしていないようだった。私の疑問に適当な返事を返してくる。
私たちの足元では、覆面を付けた子犬がしっぽを振っていた。
人間界で行われているプロレスとかいう取っ組み合いで、よく見かけるやつだ。レスラーマスクをつけている犬など怪しいにも程がある。正直なところ不気味でしかないのだが、上司(人面犬)はそもそも不気味なのでしょうがないわけだし、素顔を晒すよりはましであろう。
しかしこれはいささかまずいかもしれない。
私たちは遊園地の入り口付近にいるのだが、先ほどから周囲の視線が気になっていた。この遊園地に入っていく人間どもは例外なく私たちのことを見て、指さし、何事かを囁きあいながら入園していった。なんかもう私たちがアトラクションの一部かなんかだと思われているかもしれなかった。すでに遠くから二、三回写真を撮られていたし、私たちのことを指差して笑っていた少年は母親に手を引かれてどこかへ連れられていった。
「私たちって、注目されてません?」
「そりゃ注目するわよ。自分で言うのもなんだけど、今の私たちってなかなか変じゃない?」
変どころじゃないですよ、と心の中で呟いた。
まあとにかく、これで上司(人面犬)の希望は叶えたわけである。レスラーマスクをかぶせられ、当然のことながらしゃべらないように念を押された上司(人面犬)は、それでも上機嫌のようだった。その証拠にしっぽを元気よく振っている。
「じゃあ、入りましょうか」
口裂け女が言った。
遊園地の中は、正直なところたいしたことはなかった。なんだかやたらと回っているという私のイメージは、おおよそ当たっていた。
そして一つ、誤算があった。
「まさかこんなことになるとは思いませんでしたね」
私は口裂け女に言った。
「そう? 私は遊園地にはよく来ているから、多分こんなことになるんだろうなって思ってたよ」
私たちの誤算とは(口裂け女はそうではないようだったが)、上司(人面犬)のことだった。
彼は遊園地に入ることができなかった。
なんのことはない。早い話が、この遊園地は“動物の持ち込みは禁止”だったというだけだ。私たちは恨めしそうにこちらを睨みつけている(もちろんマスク越しだ)上司(人面犬)を入り口にいた係員に預け、口裂け女と二人で遊園地へと足を踏み入れた。係員が余計な気をきかせて上司(人面犬)のマスクを取ってしまわないことを祈るばかりだ。
「まあいいじゃない。これで気兼ねなく遊べるでしょう」
口裂け女は楽しそうに言う。多分マスクの下では笑顔になっているに違いない。彼女の笑顔はなかなかに恐ろしい代物だが。
だが、気が楽になったというのは事実だ。せっかく来たのだから、ここは上司(人面犬)の分まで楽しみつくすというのが、部下としての使命と言うものだろう。
とはいえ。
私は遊園地のことは全然わからないので、おとなしく口裂け女について行くことにする。彼女はまず私を大きく平べったい円柱形の建造物に連れていく。そこではたくさんの馬の張りぼてが回転していた。
「遊園地と言えばこれでしょう」
これでしょう、と言われても私には分からないが、とにかく乗ってみた。
馬にまたがり、ひとしきり回ったところで止まった。なんだったんだこれは。
「どう? 面白いでしょう」
「はあ」
正直なところよく分からなかったが、否定するのも悪いのでうなずく。人間はこれで楽しいのか? 少なくとも口裂け女は楽しそうだが。
その後も口裂け女は遊園地を案内してくれたが、私にとってそれはあまり魅力的なものではなかった。遊園地と言うものを簡単に説明すれば、地面に対して垂直および平行な回転運動をするところのようだった。それでも、悪い気分ではなかった。口裂け女は楽しそうだったし、外で動き回るというのも健康的だ(お化けが健康を気にするのもどうかとは思うのだが)。
そんな中で、私は一つ気になる建物を見つけた。その名も『お化け屋敷』。お化けの私としては、あれが何なのかとても興味がある。
「お化け屋敷ってなんですか? 私たちの屋敷ですか」
私の質問に口裂け女は噴き出した。
「あれはお化けの作り物を楽しむところよ」
なるほどと納得する。基本的には人間は私たちお化けを怖がっているものだが、中にはお化けが好きでそう言った情報を集めては喜んでいる人間も少なからずいるのだ。人間を怖がらせることを目的としている私たちとしては少々不本意なのではあるが、そう言った人間たちが嬉々として噂を広めてくれたりもするわけで、彼らの存在も無くてはならないものでもある。
この施設はそう言った人間が集まって楽しむところなのだろう。
「なるほど。つまりあの中には、お化けや妖怪の人形がたくさん展示されているわけですね」
「ええ、……まあね」
口裂け女は曖昧に頷いた。
「じゃあ、入ってみる?」
「そうですね。入ってみましょう」
乗り物自体にはたいして興味が持てなかったが、『お化け屋敷』にはなんだか興味を引かれた。『お化け屋敷』という響きがなんだか好きだし、中がどうなっているのかも知りたい。
この施設の中には、いろいろなお化けの人形があるらしい。
私の人形はちゃんと展示されているだろうか。
一応有名だとは思うのだが。
私たちは二人そろって入口へと向かった。係の人が親切に対応してくれる。
「心臓の弱い方はご遠慮していただいているのですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、心臓もう動いてませんから」
「?」
係の人は口裂け女の言葉に怪訝な表情をしたが、すぐに笑顔を取り戻し、
「それでは、とびっきりの恐怖をお楽しみください」
係の人はにっこりと笑うと、お化け屋敷の扉を開けた。
中は真っ暗だ。
ひんやりとした空気が体を包み込んだ。
私たちは足を踏み入れた。