コンビニとコーヒー
26歳、フリーターの颯太のコンビニバイトの日々から繋がっていく人の物語。
日差しが差し込んでくる。朝が来たのかと薄目を開けたがそのまぶしさに目を閉じた。時計を見ると朝はとうに過ぎていた。16時ごろ西陽のまぶしさに起こされたのだ。腹が鳴る。朝家に帰ってきて何も食べずに寝たことを思い出す。仕事鞄から無造作に財布を取り出し、アパートの下のコンビニへ向かった。
腹は減ったと訴えているが何を食べる気にもならずサラダチキンと水だけを買って部屋へ戻ってきた。西陽が差し込むだけの静かな部屋でサラダチキンを頬張り、水で流し込んだ。生きるために必要なエネルギーを最低限摂取する。ただそれだけで良かった。
シャワーを浴びて適当な服に着替える。今日はアパート下のコンビニで仕事の日だ。最低限働いて最低限のエネルギーを取って最低限の人と関わる。大した趣味も恋愛もない颯太にとってはそれで十分だ。
18時前、さっきとは違う入り口からコンビニに入る。「はざまーす」誰に向かって言うわけでもなく、義務として漏れた声はかすれていた。
「颯太!おはよー!」自分の挨拶とは真反対な声が返ってくる。春香だ。春香はバンドをしながら生活のためにこのコンビニでも働いていた。「何事も全力で!」がモットーな明るい人だ。春香さんと一緒の日か...。少し面倒に思いながら返事もせず制服を上から羽織る。「ねぇ!今日もサラダチキンだけでしょ!ちゃんと食べなきゃダメだよ~。」さっきご飯を買いに来たときは春香はいなかったが、店長からでも聞いたのだろう。
「店長は、早上がりっすか?」かすれた声も少しずつ戻ってきた。
「そう!今日もだよ~。待たせてる人がいる、とか言って私来たら早々と帰っていった。女ができたねこれは。」と春香は楽しそうに小指を立てていた。
仕事終わりの人が夕飯と明日の朝食を買いに寄る忙しい時間が去り、気が付けば時計は22時を回っていた。客がいなくなった店内を見ながら春香は大きなあくびをした。春香は小さなインディーズバンドのギターボーカルをしている。全国のライブハウスでライブをしながら曲を作り、合間を縫ってはコンビニで働いていた。自分が働き始める前からいたので少なくとも8年は働いているだろうか。ライブの後でもシフトが入っていて、いつ寝てどこからその元気は出てくるのかと思うほどエネルギッシュな人だ。
「ねぇ颯太。」春香が話しかけてきた。返事をする間もないまま春香は続けた。
「コンビニ辞めるか、バンド辞めるか。どっちの方が良いと思う?」
意外な質問だった。コンビニを辞めなければいけないほどバンドの調子が良いというわけでもなさそうなので、バンドを辞めてもっと働く時間を確保する必要が出てきたということだろうか。でもそうなるとコンビニを辞める理由の説明がつかないか、と思っていたところ、春香はいつもの笑顔で言った。
「ごめん、ごめん。変なこと聞いて。忘れて!」
何も聞かず、何も言わず会話は終わった。
日付が変わって深夜1時。交代で2時間の仮眠をとる。「お先!」といつもの笑顔で春香がさっき仮眠室へ行ったところだ。窓の外を時々通る車のライトを眺めながらさっきの春香の質問を思い出していた。コンビニかバンドか辞めなければいけない状況にいるのだろうか。バンドを辞める、コンビニを辞める、単体なら分からなくはないがどちらか片方しか選べない理由は何か。バンドを一番に、その足しにコンビニで働いていると思っていたのでバンドが忙しくなったならコンビニを辞めれば良いし、バンドが続けられないならバンドを辞めれば良い。なぜ2つの選択肢が同時に出てくるのか分からなかった。そもそも相談事などしているところを見たことが無い人からの相談は少し勘ぐってしまう。
2時間経っても春香は起きてこなかった。さっきまで寝ていられる為体な生活をしている自分とは違うのでまぁ良いかと思い起こさずにいた。
たまに来る客の接客を最低限の体力でこなしつつ時間は過ぎていった。太陽が昇り始めようとしているのか外は少しずつ明るくなり始めていた。
「ねぇ~!!ちょっと起こしてよ!!」と髪が乱れたまま制服を羽織りながら春香が起きてきた。
「いや、まぁたまには良いかと思って。客も少ないし。」とぶっきらぼうに返す。
「いやいや、店長にばれたら怒られるじゃん!いや、怒られなかったら良いってわけでもないんだけどさ~。」と寝起きとは思えないほど元気な春香だった。
「じゃ、休憩の30分だけもらいます。」とバックヤードに入った。
今まで8年間何度も春香とは一緒に深夜のシフトに入ってきたが春香が寝坊した日はこれまでになかった。それほど疲れて悩んでいるんだろうか。でもそんな素振りも見せないようにしているんだろうか。そんなことを考えていた30分の休憩は終わった。
「おはようございます。」裏からドアを開ける音共に声が聞こえてきた。6時出勤の人が来たようだ。それほど忙しくもなさそうなので春香と二人で仕事はあがった。いずれ店長も来るので問題ないだろう。
「ねぇこの後予定ある?」
春香にそう聞かれるのは初めてだった。
「いや、何もないですけど。」
「だよね。だと思った。ちょっと付き合って。」
春香に引っ張られるまま近くの喫茶店へ入った。
「コーヒー2つで!あ、それで良い?」
「はい。」
そう答えるしかなかった。まぁ、コーヒーが嫌いなわけではないが春香の勢いに負けた。コーヒーとともに立派なサンドイッチがついてきた。
「あの、頼んでな…」
言いかけたところで春香が遮った。
「モーニング。コーヒー頼めばついてくるの。この辺の喫茶店じゃ普通だよ?」
喫茶店などというものに縁のなかった自分は知らなかった。確かにメニューにも10時まではコーヒーを頼めばサンドイッチがつくと書いてあった。
「いただきまーす。」
春香がさっそくサンドイッチを頬張っている姿を見ながらコーヒーを一口飲んだ。
「ちゃんと食べなきゃダメだよ!」
春香に釘を刺される。そう言われてやっとサンドイッチに手を付けた。
「何かあったんすか?」
春香に自分から話しかけるのは久しぶりな気がする。春香は何も答えず黙々とサンドイッチを食べている。返ってこない答えに仕方なく自分もサンドイッチを食べる。無言でサンドイッチを頬張っている2人。周りからはどう見えているんだろうかなんて考えてみる。周りを見渡して周りに他の客がいなかったことに気が付いた。平日の朝6時過ぎから喫茶店に来る人の方がおかしいかと思いサンドイッチの最後の一口を食べ終えた。
「バンド楽しいの。」
春香が話し始めた。
「でもどこかで終わらなきゃいけないことも分かってるの。もう30代でコンビニで食い繋ぎながらってのも才能ない証だしね。4、500人のキャパはだいたい埋められるようになった。でもそこから進むこともない。何なら売り切れていた会場sold outさせられなくなったりね。」
春香のバンドの現状を聞くのは初めてだった。素人からすれば500人のキャパが埋めれたら十分なのじゃないかと思ってしまったが、現実はそう簡単ではないらしい。
「まわりからもいい加減真面目に働きなさいとか言われるようになって。コンビニ辞めてもっとバンドのライブ増やして1曲作ってってした方が良いのかなとか思ったり。でももういっそバンド辞めてコンビニ専属で働くのもありかとか思っちゃったり。もうこの年じゃどこもまともに雇ってくれる会社なんてないからね。」
大きなあくびが出た。
「ねぇ、ちょっと人の話聞いてる?一応真面目に相談してるんだけど。」
「あ、すみません。仮眠取れなかったもので...。」
「いや、それはごめんだけど。」
「春香さんはどっちがやりたいんですか。バンドの内情は俺には分からないですけど、春香さんはやりたいことどんどん突き進むタイプだと思ってたから、そんなことで悩むの意外です。」
「バンドやるのにどれだけお金かかるか知ってる?」
春香は微笑みながら聞いてきた。
「バンドだけで食っていけないわけじゃない。でも今のコンビニは保証みたいなものかな。たとえ急に解散になっても何とか食つなぐための居場所とお金って感じ…かな。」
「なら、もう決まってんじゃないですか?」
「そうか!だね!」
その勢いのまま春香はスマホを開き、なにやらメッセージを送っているようだった。スマホを触っている春香を見ながら、冷めたコーヒーを飲む。
いつものエネルギッシュな表情に戻った春香は「店長にコンビニ辞めるってメッセージ送った!これで終わり!さ、帰って曲作らなきゃ!」
いつも以上にエネルギーに満ちた春香に連れられて店を出た。別れ際春香はいつもの笑顔でこっちを見てくる。
「でっかくなってやるから!ぜーーーーーったいライブ見に来てね!!」
それから1年ほどたったある日、以前は気にもしなかったインディーズバンドが集結するフェスの一番大きなステージでトリを務めている春香の姿があった。春香は前よりもエネルギーに満ちているように見えた。
春香がいなくなったコンビニは多忙の日々を過ごしていた。最低限プラスアルファの生活をしなければいけなくなったことで春香の背中を押したことを少し後悔しつつ、サラダチキンを野菜ジュースで流し込み、今日もまたコンビニで働き始める。
春香のバンド人生はまだまだ序章が始まったばかり。
この先の話はまた、いつか。




