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女王陛下の犬

王宮の夜は、いつも静かで不気味だ。

静かすぎて、息が詰まりそうになる。


揺れる馬車の中で、私はつい先ほどの出来事を思い返していた。


「アーデルハイト公爵令嬢、女王陛下の御前に拝謁いたします」


重い扉が、ゆっくりと開かれた。


玉座の間は、冷えきった湖の底のように静まり返っている。

並ぶ廷臣たちの視線が、一斉に私へと向けられた。


私は女王陛下の前で止まり、ドレスの裾をそっと摘まむ。片膝を折り、静かに一礼した。




「皇国の光にして太陽たる女王陛下に、謹んでご挨拶申し上げます」



玉座の上で、女王は微笑んでいる。

その微笑みは慈愛にも見えるが、刃にも似ていた。


「顔を上げなさい」


視線を上げた瞬間、芯から冷え切るような紅い瞳が私を射抜いた。


「お前に、頼みたいことがあって呼んだのよ」


その一言で、空気が凍りついた。


アーデルハイト一族は、代々“無情の天才”と呼ばれてきた。

感情に流されることなく、常に合理性を選ぶ血統。


その忠誠は王家に捧げられ、

彼らは古くより“女王の犬”として生きてきた。

王家の影となり、刃となり、

表に出ることのない汚れ仕事を一手に担う存在。



女王陛下がアーデルハイトに願う"頼み"は、王家直属の命令に等しい。



「陛下の御心のままに」



アーデルハイトの血を受け継ぐ者は、誰よりも深く、誰よりも重く人を愛する。

その愛を向けられた者は、たとえ拒もうとも決して逃れない。

それほどまでに大きく、逃げ場のない愛に包まれることになる。


そしてひとたび、その愛を失えば――

その想いは、何よりも深い憎しみへと変わる。



「ありがとう。お前たちはいつの時も私に従順ないい子達ね」



女王は、まるで愛犬を褒めるかのように微笑んだ。

その声音は柔らかく、あたたかい。


けれど――

玉座の間の空気は、ひときわ冷え込む。


紅い瞳が細められる。

慈愛に満ちているはずのその視線は、どこまでも底が見えない。

優しく撫でるようでいて、喉元に刃を添えられているような錯覚を覚えた。


「だからこそ――安心して任せられるわ」


ゆっくりと、その紅い唇が動く。


「この頃、私の傍を嗅ぎ回る汚らしい鼠がいるの」


その声音は、あくまで穏やかだった。


「鼠はね、放っておくと巣を作るわ。

その巣はやがて腐臭を放ち、高貴な城を蝕んでしまう」


紅い瞳が、わずかに細められる。


「分かるわね?」



問いかけの形をしているけれど、そこに選択肢は存在しない。


私はゆっくりと息を吸う。



「――はい、陛下」


声は、驚くほど何の感情も無い音を響かせた。


「その鼠、必ずやアーデルハイトが捕らえてみせます」


一瞬、女王の唇が満足げに歪む。


「いいえ」


甘く、静かな否定。


「捕らえる必要はないわ」


紅い瞳が、まっすぐに私を射抜く。


「潰してしまいなさい」


玉座の間の空気がわずかに沈んだ。


音という音が一切聞こえてこない静寂に包まれる。


女王の言葉は、絶対。

その言葉に逆らえる者等、この国にはいない。


私は静かに目を伏せて、頭を垂れた。


「……女王陛下のお心のままに」


その一言で、すべてが動き出す。


私の言葉に女王は満足げに目を細めた。


「期待しているわ、アーデルハイト」


優しく、甘く。


まるで祝福の言葉のように。


けれどそれは、

逃げ場を塞ぐ鎖にも似ていた。

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