第2話 姫と狼娘
第三章読後オススメです。
中学生トリオ、鞍馬邸移住時。
「チビ! 妹だろうが何だろうが関係無い! 若様にベタベタ触んじゃ無いですよ!」
キャンキャンと吠える声の主。
彼女は兄ちゃんの側近候補、彩海ちゃんである。
彩海ちゃんは日本狼の妖で、『碧空は今日も』では、もっと脳筋おバカ負けヒロインだった。
原作は分かりやすいハーレム漫画では無いが、少し女の子と主人公絡める遊び心が凝っていたのだ。
彩海ちゃんは、本命ヒロインちゃんは勿論、ちょっとでも兄ちゃんに『気があるんじゃ無い?』という子達に、グイグイ敵意を剥き出し噛み付く位置に居た。
まぁ、私は血縁関係あるからロックオンされる訳無いでしょう! と、楽観視していた。
そしたらコレですよ。
「聞いてんのかチビ!」
「 お す わ り 」
「キュンッ!?」
初対面の幼児をさ、いきなり『チビ』はどうかと思うの。コレが敵意無ければ全然許せるんだけど、彩海ちゃんてばグルグル威嚇するもんだからね、優し〜く躾る事にしたよ。
霊力? 使ッテナーイ! ←嘘
てか多分私がしなかったら、後ろにいる麦穂とメイシーと藤君に殺されちゃうだろう。
落ち着いて御三方、夢に出るくらい怖い顔してる。
「『チビ』はダメだよね?」
「あ……あいっ」
たった一言でお座りを習得した(※腰を抜かした)らしく、彩海ちゃんはペタンと畳に座り込んで、丁度良い高さになった。
その頬をむぎゅり、と……。両手で挟んで逃げられないようにした私は、コテンと首を傾げる。
「こういうとき、なんて言うの?」
「ごごご……御免なさい」
目をかっ広げて、しばし無言で見つめる。
彩海ちゃんは冷や汗をコレでもかというくらい流して、器用にも目を円にさせてプルプル震えていた。
「……」 ジー
「……」 プルプル
「……」 ジー
「……」 プルプルプルガクガク
「……」 ニコ
うん、反省したっぽいね。
毒でも食べたみたいに顔が真っ青になって来たから、そろそろ許してあげよう。
「よく言えました。いいこ、いいこ〜」
両手を使ってわしわし撫でて、大袈裟に褒める。
「あ……っ、あぅ、撫でるのウマ……シュキ」
これが所謂即落ち2コマ。
犬の躾は褒めるのが良いって本当なんだね、学んだ。
……で、ここ最近。
家の中で座っていたりすると、彩海ちゃんに結構スリスリされるようになった。
今も勉強してたら、お膝に乗っけられて後ろから抱え込まれるように頭に頬擦りされている。
「姫様って良い匂いしますよねぇ〜」
「そう?」
「蜂蜜とバターの匂いですぅ」
ソレは今日のオヤツの匂いだと思う。蜂蜜いっぱいかけたパンケーキだったの。
「おい駄犬」
そして毎回、物凄い殺気を放つメイシーが背後に立つまでがお約束。
「何だアバズレ」
彩海ちゃんの頬が離れた。ギロリと、メイシーの方に視線を向けているんだろう。
てか、どっちもドスの効いた声だ。
貴女達、ちょっとガラ悪く無い??
「私の許可無しにぃ、何勝手に姫様に頬擦りしてんだぁ? あ゛ァ?」
「少なくともオメーの許可は要らねぇよなぁ?」
……他所でやってくれないかな。
私、素因数分解を今解いてるとこなのよね。
集中出来なーい、と困っていたところだった。「七ちゃーん」という、天の助けの声が聞こえて来た。
「息抜きせぇへん? って何なん? この部屋の雰囲気悪すぎちゃいます?」
「いきぬきする!」
空気の悪さに関しては何も言わず、ピョンと、彩海ちゃんの腕の中から飛び降りて、私は部屋の障子戸から顔を覗かせた兄ちゃんの元まで駆けて行く。
何するの? 息抜きなにするの?
「おやつ? ピザまん たべにいく?」
「今日のオヤツはさっき食べとったよなぁ」
頭を撫で撫でされながら、晩御飯が入らなくなるからダメだと言われた。無念。
「普通に散歩。常世やったら襲撃もほぼ無いから。七ちゃん連れてっても良えって。彩海もおいで、お散歩行こ」
魔物とのエンカウントは襲撃に入れない兄ちゃん、染まって来たね……。
ていうか兄ちゃん、に連れられてお散歩ってちょっと新鮮。
基本的に、私が案内に連れてく側だからだ。
「|一個消えてて吃驚したけど《※「天狗と鬼」第10話 参照》、俺がよう遊んどった山は、昔と変わっとらんてジジィが言うてたから」
そっか。多分、私が生まれる前は兄ちゃん、定期的に此処に遊びに来てたんだろう。ソレが、私の母親の妊娠で余り来なくなって、そろそろ3年前の話になるけど、私が斬られた事件がトドメになって、すっかり疎遠になっちゃったんだね。
「ジジィが柿食いたいらしいわ。七ちゃん、全力疾走する柿まだ捕まえた事無いって聞いたから、一緒に捕まえよな」
全力疾走する……柿?
柿って走るんだっけ? あ、あれ?
「取り敢えず、このペットボトルに水入れてきて」
目を点にしている間に兄ちゃんに渡されたのは、500mlの普通のペットボトル。
飲み物? 水筒使えば良いのに。
不思議に思いながら、水を入れたペットボトルの蓋を閉める。
「若様が玄関でお待ちですよ」
教えてくれたのは、入れ替える予定の掛け軸を持った通りすがりの女中さん。
私もポンチョを羽織って玄関まで歩いて行った。
着物にも洋服にも使えるこれ、裏起毛だし千鳥のワンポイント刺繍が可愛いんだ。
「兄ちゃーん、おみずー」
「ありがとうね」
あれ……? 水筒ちゃんと有るね?
玄関の、木目が綺麗な靴箱の上にあるステンレスの水筒と、兄ちゃんが大きなバッグに入れてるペットボトルの水を見比べる。
予備? と思ったら、また不思議なものが見えた。
もう一つ小さいポーチが入ってて、ソレに更に小さなポーチが付いているのだ。一番小さなポーチの真ん中にはウェットティッシュの入れ物で見るような穴が空いていて、袋がちょっとだけ見える。
「兄ちゃん、これなに?」
「彩海のお散歩マナーセット。あんま触らんといてな」
私は固まった。
マナーセットって……おトイレ用品だよね??
思わず、他のも視界に入れてしまう。
リード
首輪
ペットシート
どうしよ……。心臓がド・ド・ド・ド・ドって音を立て始めたよ。
「兄ちゃん?」
「どしたん? 不安そうな顔して? あぁ、ちゃんと柿狩りの用意もあるよ」
わー、正式名称知らないけど、高い所の木の実収穫する棒の鋏だー。
……いやそうじゃ無いんだよ兄ちゃん!
常世に獣型の妖は多数いる。てか殆どがそう。
けれども、彩海ちゃんはどう見ても人型タイプの妖だ。
ピンとしたイヌ科のケモ耳が付いているけど、人面があって肌もあって二足歩行している。
首輪とリードとペットシートを、そんな子に使うと? 正気か?
私は一体何を見せられるの? 七ちゃんまだ5歳よ!?
カタカタカタカタカタカタカタッ……!
「凄い震えてる!? なんで!?」
兄ちゃんヤベェ。
ハッ! 中坊なのに、その隠しようの無い色気の訳は……真逆もう━━ッ!
「姫様〜、若様〜!」
背後から彩海ちゃんの声と、カシカシという爪の音が聞こえた。
……爪?
不思議に思って振り返ると、クルンと尻尾を揺らしながら、ワフワフ歩いて来る毛玉が1匹。
「ふわああああ! もっふもふだぁあああ!!」
真っ白な大型犬である。
私より大きい。もうこれは白熊サイズ。
率直に言おう。テンション爆上がりした。
そうだった思い出したー!
漫画で彩海ちゃん、ワンコになってたよ!
戦闘シーンだったし、兄ちゃんに近いキャラなのにそこまで沢山出番無いんだよね。だからワンコになれるの頭から抜け落ちてた。
「ワンコかわいい! かわいい!」
「ワンコじゃ無くて狼です!」
「なでていい? ぎゅってしていい?」
「諦め、これ聞いてへんわ」
二人が何か言っているが、モフモフへの抗えない衝動に私の手はうずうずしっ放しですよ!
「なるべく優しく撫でたってね」
「ん!」
いやっふぅー! モフモフを堪能するぜー!
「んふふふふー! ふかふかだー!」
「ちょっ、擽ったいですよ姫様〜」
「二人が仲良ぅなってくれて兄ちゃん嬉しいわぁ。━━じゃ、必死で柿追い立ててな」
ニッコリ微笑む兄ちゃんに持ち上げられたかと思えば、彩海ちゃんの背に乗せられる私。
「おいたてる……とは?」
私の知ってる柿狩りのワードじゃ無いよ?
「ストレス与えると甘くなるんよ」
与え方がおかしくない?
「ソレじゃ行こか〜」
この後、彩海ちゃんの背に乗ってビュンと紅葉に染まる山中を駆け抜けるのは、滅茶苦茶楽しかったとだけ言っておく。
尚、柿には顔面に二発実をぶつけられた。




