IX 夜会、再び
それから更に二か月後。
久々に夜会に参加することになり、贅沢なことに今回も新しいドレスを作ってもらえた。
今回参加する夜会はおしゃれにこだわりのあるドプナー侯爵夫人の主催で、着回しでは済まされず、参加者はどなたも気合を入れて最新のモードを取り入れているとか。
私が着ているドレスは伯爵夫人が張り切って選んでくださった。舶来の布もレースも惜しげもなく使って何層にも重なり、花の刺繍も美しい。私にはもったいない品だ。ネックレスやイヤリングも伯爵家に伝わるかなり高価なものをお借りしてちょっと緊張してしまうけれど、いつまでも貧乏人根性でいてはいけない。宝石に負けないよう、胸を張る。
今回は別行動はないながらも、会場に着くとすぐに振りだけのエスコートはなくなった。ヨハネス様の後ろ(隣ではなく)について、まずはヨハネス様の知り合いの方にご挨拶。
「うちで治癒師を務めるリーゼ・リーベル嬢だ」
…まあ嘘ではないけれど、その紹介、どうしたものだか。夜会に年の近いただの治癒師を同行させる方が恋人か愛人を連想させてよろしくないのでは??
私の知り合いも何人か会場にいて、今回はヨハネス様をご紹介することができた。
ヨハネス様があんな紹介をするもんだから、こっちもどう紹介したらいいのか困ってしまうけど、正直に「婚約者」と言ったら、渋いものでも口にしたような顔をされてしまった。
社交は笑顔ですよ、笑顔。
「あら、リーゼも来てたのね!」
声をかけられて振り返ると、そこにいたのは姉のマルゴットだった。一緒にいるのははとこのアルノー。ということは、姉のお相手はアルノーに決まったのかな。
「久しぶりね。みんな変わりない?」
「ええ。…見違えたわ。こんな素敵なドレス…」
姉の目は私のドレスに釘付けだった。姉にとって、私が自分よりいいものを着ているのを見るのは初めてかもしれない。じっとドレスを見つめ、ちょっと言葉に詰まりながらも、
「さすがボルフェルト家ね」
と言って、忘れかけた笑顔を取り戻した。
姉は時々父と一緒に夜会に参加してたけれど、私は仕事で走り回り、ほとんど夜会に出ることなんてなかった。教会や騎士団がらみで呼び出され、やむを得ず参加しなければいけない時もドレスは中古で手に入れた一枚を使い回し。新品で私の体にぴったり合った流行のドレスなんて、ボルフェルト家に来るまで着たことはない。今でも手は少し荒れてるけれど、ちゃんとクリームでお手入れしてるから以前ほどじゃないし、それも絹の手袋で見えはしない。
鼻であしらわれるのは慣れていたけれど、羨望の目で見られるのはこれが初めてで、それはそれで居心地が悪い。
そこへ突如ヨハネス様が一歩前に出た。
「お、お久しぶりです」
姉から視線が動かない。
「こんなところでお会いできるとは…。運命を感じます」
運命も何も、お互い貴族なら夜会で知り合いに会うなんて珍しくもないけど。運命だと思いたいらしい。
ヨハネス様の反応は実にわかりやすかった。私に向ける雑で白けた態度は消え、口元を緩ませて照れたような笑みを見せ、少し頬を赤らめてまぶしそうに姉を見つめている。
A boy meets a girl、再び。あの時出会った憧れの君は、誰もが美しく装う華やかな会場の中でも数段輝いて見えているのだろう。
そんなヨハネス様に、姉はにっこりと特上の笑顔を向けた。
「お会いできて嬉しいですわ。妹がご迷惑をおかけしているのではないかしら」
「いえいえ、それくらい大したことはありませんよ」
…いつ私が迷惑をかけた?
この機会を逃してなるかと、ヨハネス様は積極的に姉に話しかけた。アルノーも私もヨハネス様の世界からは消滅している。
この人、こんなに褒め言葉を知っていたんだ、と驚くくらい姉を褒め称え、姉の方も自分に好意を向けるヨハネス様の態度にまんざらでもない様子。婚約者である私を無視して姉を称える姿に、ドレスしか魅力のない私への嫉妬心は薄まったみたい。
音楽が流れ、ヨハネス様とファーストダンスを終えると、義理は果たしたとばかりヨハネス様はすぐさま姉の元に行き、ダンスを申し込んだ。姉は喜んでヨハネス様の手を取り、こちらもアルノーにひと声かけることもなく踊りに行った。
ちらりと私に送った目線は優越感に満ちていた。いつも姉が私に向けてきたあの目だ。
どんなに着飾ったところで、私は姉に敵うことはない。それくらいわかっている。




