IV 夜会の洗礼、孤立無援
何とか日程のやりくりをつけ、社交の練習を兼ねて、ボルフェルト伯と親交のあるバルテル侯爵家の夜会に行くことになった。
伯爵家の侍女達の手でしっかりと磨き上げられ、実家では身に着けたこともないようなレースをふんだんに使ったドレスに着替えた。夫人の見立ては確かで、自分の中では結構いけてる方で、私でも何とかなるんじゃない? なんて思ってはみたものの、元の素材が素材。
「…まあ、見られなくもない。馬子にも衣裳だな」
美姫を見慣れたヨハネス様にとってはザコに過ぎなかった。
慣れないエスコートを受け、会場入りすると、女性陣から品定めをする目で見られた。
「あれがヨハネス様の婚約者?」
「大したことないわね」
「平民の血が混ざっているらしいわよ。そちらの方が色濃く出てらっしゃるみたいね」
令嬢方のお相手としては上位のランクにいたヨハネス様が、子爵家の二女、しかも金持ちでもなければ美人でもない女にかっさらわれていったことが許せないらしい。
「何でも治癒師の方らしいわよ。領お抱えの治癒師の方が引退したので、その代わりだとか」
「それなら別に結婚する必要ないでしょ? …ああ、取引ね。治癒師の方ならお金で買われるのも慣れてるでしょうし…」
聞き捨てならない発言もあるけれど、今日はボルフェルト伯爵家の一員(仮)としてデビューの日。面と向かって言われたなら反論するところながら、全ては扇の向こう側、密やかにネチネチと繰り広げられる愚痴に過ぎない。同行者さえ味方でない状況で新参者が反応するには分が悪い。とりあえずこの場は耐えるのみ。
本来味方であってほしいヨハネス様は会場に入るとすぐにエスコートをやめて私から離れ、一人で知り合いの元に向かった。ここは婚約者を紹介する場面では? と思えど、そんな気はまるでなさそう。
仕方がないので、一人壁の花になる決意をしたところに最初の洗礼がやってきた。ご令嬢五人の集団だ。
「あら、お見かけしない方ね。どちらのご令嬢だったかしら」
挨拶しろ、と言っている。
「リーベル子爵が娘、リーゼと申します。本日はボルフェルト伯爵家のヨハネス様とご一緒させていただいております」
ご要望通り名乗ったのに、相手は礼を返すどころか名乗りもしない。
「肝心のヨハネス様は…、あら、あんな遠く」
「同行したご令嬢のことなど、お忘れみたいね」
おっしゃるとおり、私の事なんて忘れてるでしょうね。でもここにいる令嬢達もパートナーとは別行動をとっている。大きなお世話というものだ。
「男の方には男同士、お話があるでしょうし…。そのあたり、皆様もご理解あるようで」
意図した皮肉は通じたらしく、先頭の令嬢は悔しげに顔を歪めた。
「ずいぶん古めかしいネックレスですこと。流行というものをご存じないのかしら」
二番目はちょっとレベル低いかな。
「伯爵夫人がボルフェルト家縁の品をお貸しくださったんです。アンティックで素晴らしい装飾、今ではもう手に入らない品とお聞きして、身につけていてドキドキしますわ」
私の言葉に悔しそうに口をゆがめた。物の価値は見分けてほしい…。残念!
入れ替わって三番目の令嬢。
「リーゼ様は治癒師の腕を買われてボルフェルト家とご縁があったとか。ずいぶんお高く買われたのではなくて?」
くすくす笑い合う令嬢方。お金で手に入れた婚約者のくせに。かなり金額をはずまさせたんでしょ? とでも言いたいのかな?
「ええ、一般的なご令嬢の支度金程度では済みませんわね」
先頭の令嬢の扇が妙な音を立てた。ご自身は一般的な令嬢枠の自覚があるらしい。
「あなたのような方でも伯爵家が欲しがるんですもの。素敵な力をお持ちでよかったですわね」
「ええ。この力は私の誇りです。皆様、くれぐれも健康でいてくださいませ。治癒師の力には限りがあります。いざという時に優先するのは信頼かお金か…。人それぞれですけど」
領民が治癒師の治癒を受けられるかどうかは、もちろんお金も大事だけど、それだけじゃすまない。治癒師にけんかを売るということが何を意味しているか、わかって言ってるよね?
少なくとも私の優先枠には入らないことは決定した。私が彼女達を治療するのは瀕死の重傷になった時だけだろう。まあ、ほかの治癒師に悪口を広めたりはしないけど。
令嬢達は顔を引きつらせながらそそくさと逃げ去った。
人には名乗らせておいて、自分達は最後まで名乗りもしなかったけれど、その後聞き耳を立てて家名は覚えた。彼女達の家の領に呼ばれても行くのやめとこっと。まあボルフェルト家にいる限り、他の領に呼ばれることはないだろうけど。




