III 治癒師は忙がしい
婚約もさながら、伯爵領での治癒の仕事を任された私は、婚約を交わすとそのまま伯爵家に行くことになった。次の派遣先も決まっていたのにドタキャンになってしまったけれど、そこは伯爵がお金の力で解決した。
メレニアさんがいた時と同じく、誰か一人が広大な領を回ることは避け、教会からの治癒師の派遣も継続しながら領内全域の治療活動を行うことにした。
伯爵領には四つの教会があり、私または派遣された治癒師が月に二回程度定期的に巡回することになった。
今まで私の稼ぎの大半は家の借金に当てられていたので、自分の生活費を工面するため薬の調合も勉強していた。挨拶がてら領の薬師さんに会いに行き、その地域で取れる薬草や調合の方法を確認して必要な薬をそろえ、治癒師がいない時でも対応できるような環境を整えていった。
治癒師の力は頼りになるけれどいつでもいる訳じゃない。依存しすぎないようにしないと、治癒師がいない時に何もできなくなる。みんな協力してくれてとても助かっている。
もちろん、伯爵夫人としての教育も受けなければいけない。領の地理、歴史、特産物の把握はもちろん、気候的に育てられそうな農産物を選んで果樹や雑穀の試験栽培なども提案し、伯爵や夫人からはそれなりに評価されていたと思う。
伯爵と意見を交わしていた時には手ごたえを感じ、いろんなことが試せると期待していたのだけど
「これからは夫となるヨハネスに相談し、進めてもらいたい」
と伯爵から言われた時からギクシャクしてきた。
治癒師、薬師の仕事、領の勉強に夫人の仕事のお手伝い。お試し中の試験栽培の観察、エトセトラ、エトセトラ。私のほうが毎日忙しく、家を空ける時間も多い。互いの予定を確認しても大抵私の予定が詰まっていて、ヨハネス様は自分が譲らなければいけないのが気に入らないようだった。
予定を合わせようとしても拗ねて話し合いにもならない。
「どうせ君は俺のことなど軽く見ているんだろ。好きにするがいいさ」
話をする前からそういう態度なので、とかくやりにくい。
私が折れるしか、ないんだろうなぁ…。
「今北部でソバの栽培に取り掛かっていて、北部に治癒に出かける時に様子を見てますけど、順調なようです。東南部で一部の農家がハト麦やエン麦を育ててますが、もう少し範囲を広めて育ててみてはどうでしょう」
「同じ種類のものを植えた方が手っ取り早いだろう」
「収穫時期が違うので、病気が発生した時のことを考えても種類が違うものを育てておけば多少は安心かと思うんですが…、どうでしょう」
なるほど、という顔はしているけれど、私の提案なのは納得いっていない感じ。
「伯爵様からも、ヨハネス様のご意見を聞きながら進めるよう言われてますので、ぜひアドバイスいただければ。領民もヨハネス様の指示ならきっと試験栽培に協力してくれると思うんです」
「…検討しておく」
後日、「ヨハネス様の提案」で、ハト麦の試験栽培が始まった。
面白い取り組みだと父親である伯爵に褒められ、機嫌がいいうちにお願いして北部のソバの栽培もヨハネス様の仕事として押し付け…、引き受けていただけた。
仕事は分かち合わないと。




