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XVIII もう一度、外の世界へ

 私は修道女見習いとして治癒の仕事に従事することになった。

 修道女見習いに支払われる治癒師の給料は決して多くはないけれど、派遣元の修道院にもお金が入るのでご飯もちょっとよくなり、毛布も買い換えてもらえた。仕事での外出も許され、移動は送迎付きで自腹を切る必要はない。手持ちのお金は順調にたまっている。以前は靴一つ、服一つ買うのも覚悟がいったのに、それさえも自分のお金を出す必要がない。

 治癒に出かけた先でちょっとしたお土産を買うこともできる。金銭的にも、心にも余裕がある生活。

 シスター達の話では、お嬢様専用の修道院は俗世での身分で仕事量が違うらしく、私は間違いなくこき使われる方に回っていただろう。ここに来てよかった。



 治癒魔法を使い過ぎてから、私が治癒魔法をかけると手をかざしていた患部付近が赤くなるようになった。精神的にいらついていた時だけ発症していたあれがすっかり定着しまった。

 治癒魔法で後遺症が残るなんて聞いたことないんだけど。でも赤みが出るだけで痛くもかゆくもないらしく、二、三日ほどで消えてしまうので、後遺症の説明をして了承してくれた人にだけ治癒を受けてもらうことにした。女性は痕が残る可能性を気にして他の治癒師がいる時は他の人に替えることが多かった。けれど怪我を負った人や重症で担ぎ込まれた人は一時的な後遺症を気にしている場合ではなく、治療をためらわなかった。


 常連さんに経過を聞くと、重症だった人ほど赤みが強く残っていて、傷の痛みがやわらぎ、治りも早かったと言われた。緩やかに治癒の効果が続いているとも考えられるけれど、病は気からと言うし、気の持ちようで効いているように感じているだけかもしれない。

 治しきれなかった傷や病を補ってくれているならありがたい後遺症といえる。



 その後、アルノーから届いた手紙によると、税の滞納で追徴課税を受けていたリーベル領は、結局期限内に支払うことができず、父は領主を下ろされた。

 王に領地を返還するか、誰かが後を継いで滞納分を払うか。

 元々父が作っていた借金に加え、ごまかしてきた四年分の税+追徴金。それだけの金額を肩代わりしてまで子爵家を継ぐ意味があるのか、アルノーの父でさえもためらうなか、アルノーはリタとの婚姻を条件にその面倒な役割を引き受けた。


 「婚約を保留して待っていた甲斐があった」と書かれていたのは何より。リタも諦めないでいてくれてよかった。だけど

「税金はペナルティの加算分はまけてもらえたけど、未納分は早々に納めなくちゃいけない。前子爵の財産を没収し、不要な家財も王都の家も売った。父からもリタの家からも援助を受けて税も借金もすべて清算したものの、前領主があまりに領をほったらかしだったせいであちこち手をかけなければいけない。君を身請けするのは難しそうだ」

と書かれていた。

 とんでもない。リタに愛人にでもする気なのかと疑われても嫌だし、まだ領内に父が住んでいるのにリーベル領専属の治癒師になんかなりたくもない。


 身請けなんて大きなお世話、こっちはのんびりやってるからそっちはそっちでどうぞお幸せに


と返事を書いておいた。




 修道院での生活になじみ、まもなく半年が経とうかという頃、修道会のお偉い司祭長様がやってきた。

 何故か私がご指名で呼び出された。面識のない人だと思うのだけど、顔を見せた時からニコニコ顔で、同席したシスター・ヘルガもほくほくの笑顔を浮かべていた。


「あなたに身請けの話が来ていてね。…見習いなのにこんなにすぐに要望があろうとは…」

 父には安くないと言ったけど、修道女見習いはまだ修道女ではない。修道女になるため修行をし、作法を学び、神に仕える決意を持つまでのお試し期間のようなものだ。まだ片足が俗世に浸かっている分、身請け話が出ても保証金程度になるのが通例。まあ、父がお金で解決しようとしたらぼったくる気満々だったけど。


「あなたはまだ若いのだし、あなたを認めてくれる方達がいるのだから、もう一度外の世界で生きてみるのもいいのではないかしらね」

 認めてくれる方()? …申し出は一件じゃなかった?

「あの、…どちらから…。治癒師としての雇用、でしょうか」

「いずれも専属治癒師としての雇用を希望している。王立騎士団と、ボルフェルト伯爵家、それにシリングス公爵家だ」


 王立騎士団はレオンハルト様に治癒師の空きがあるか聞いてたから、その縁で採用を検討してくれていると考えられる。でも身請けまでしてというのはあるんだろうか。身請け金は私の借金として払わせる手もあるか。


 ボルフェルト家は、…姉の代わり? 姉は伯爵夫人、私は治癒師として引き取るつもり?

 いやいやいや。姉が嫁いだ先に元婚約者の私が乗り込むなんて、とてもじゃないけどそんな気にはなれない。勘弁してほしい。


 シリングス公爵家は、専属治癒師が三人もいるところで、今更治癒師が必要とは思えないんだけど。

 リーベル領の東隣で、領境に近い村で大火事が起きた時に派遣要請を受けて手伝いに行ったことがあるけど、どなたも凄腕だった。

 もしかしたら退職する人がいるのかも。みんな若かったはずだけど…


「何か希望はあるかな?」

「ボルフェルト家は、…婚約解消されましたし、……避けたいです」

 仕事ぶりを認められたのはありがたいけれど、ヨハネス様のあまりの対応を思い出すと心が拒絶する。もうつながりは持ちたくない。

 司祭様もシスターも深く頷いた。希望を聞いてもらえるんだ。よかった。


「騎士団とシリングス公爵家は三年間の従属を義務とするが、その後は自由にしていいと言ってくれている。騎士団は国庫から出せる金額の上限が決まっていて、三件の中では一番少額でね。こちらの希望としてはシリングス公爵家だとありがたいが…」

 つまり、シリングス公爵のお布施(身請け金)の額がよかったということね。

「…、わかりました。神の導きのままに進めていただいて構いません」



 いよいよここを出て、外の世界で生きていくことになる。

 この半年間、落ち着いた生活ができた。ただいまと言って迎えてくれる人は、私の成果や仕送りだけを歓迎してはいない。守ってもらえる安心感。役に立てる嬉しさ。叱られることはあっても責められはせず、素直に謝れる。

 何より自分のことに無関心で無邪気に傷つける人達と離れられたことで、自分が傷ついていたことを知った。

 今度こそ、自分のために働こう。自分のために生きよう。


 ここに来ることができたのは、目に見えない導きがあった。その何かが神だと言うのなら、私はもう一度神を信じることができるかもしれない。

 修道女見習いでありながら不謹慎な思いを抱える私の前でも、女神像は慈悲ある微笑みを向けていた。


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