XI 「妹のことが心配で」
社交辞令じゃなかった…
伯爵夫妻が王都に二週間ほど出かけることになり、お二人が不在の間を狙ったように突然姉が遊びに来た。
「いつも妹がお世話になっています」
とびきりの笑顔でやってきた姉を出迎えたのは他ならぬヨハネス様だった。朝からそわそわしてると思ったら、どうやら以前から計画されていたようだ。
お客様用の食事の手配に行くと、すでにヨハネス様から連絡があったとのこと。客室も準備済み。私の身内でありながら、私の客ではなくヨハネス様の客だ。
「妹のことが心配で、一度こちらに伺ってみたかったの。お招きいただけて嬉しいわ。リーゼのところだったら行ってもいいって、お父様もこの旅行を許してくださったのよ」
「実に妹思いでいらっしゃる。遠いところ、わざわざお越しいただけて実に喜ばしい。大切な姉上だ。歓迎しますよ」
二人の話を黙って聞いていると、あの夜会で「一度ボルフェルト領に行ってみたい」と言った姉のリクエストに応え、ヨハネス様はすぐに日程を決めて姉に連絡し、お迎えの馬車まで用意したらしい。
「妹のことが心配で」が後付けなのは言うまでもない。
私といるときはいつも眉間にしわを寄せているヨハネス様が、姉を前にすると笑顔を絶やすことなく、姉の一言一言に頷き、時に私をダシにして
「気の利かないリーゼとは違う」
などと褒めてみたりして…。
なんですか、これは?
今、この部屋は二人の世界になっている。一応私の姉と私の婚約者なんだけど、事実上私はいないも同然、空気になっている。
二人はそれなりの距離はとっているけれど、このまま放っておいたら手を取り合ってイチャイチャとその先に進みそうな気配さえある。
ヨハネス様が私よりも姉を気に入っていたのはわかっていた。加えて姉の方も今はヨハネス様に好感を持っているのがわかる。でも最初に一目ぼれしたのは私の着ていたドレス。そこからボルフェルト家の贅沢な暮らしに心惹かれたとすると、姉はどれくらい本気なんだろう。何とも読めない。
二日後には私はまた教会に治癒の仕事に出かけなきゃいけないんだけど。
二人をこの家に残すのもなんか変な感じがしたけど、こっちも仕事なのでどうしたものか…。困っていると、姉の方から
「治癒の仕事? 私も一緒に行くわ」
と言ってきた。するとヨハネス様も
「それでは私も行きましょう。お二人の活躍するところを是非見せていただきたい」
と自ら進んでついてくることに。父親に言われて治癒に同行した時はあんなに不機嫌だったくせに…
正直言って二人とも来ない方が仕事ははかどりそうなんだけど。かといって二人がこの家に残るよう勧めるわけにもいかず、結局三人でのお出かけが決定した。
もしかして、…これはチャンスかも?
その夜、私は急ぎ手紙を書いた。
王立騎士団のレオンハルト様に向けて、騎士団の治癒師の仕事に空きはまだあるか、それは貴族の令嬢でなければいけないのか確認した。
アルノーには、姉がボルフェルト家まで来たことを伝え、我が家から婚約の話が出てももうしばらく粘って保留にするように伝えた。
姉のための荷物を運ぶ馬車が追加され、姉が持って行きたいと言った物品や薬、食糧などが要望のままにヨハネス様の手で買いそろえられた。私が隙間でいいから追加で運んでほしいと頼んだ時には渋ったのに、大盤振る舞いだ。
「おまえの姉に恥をかかすわけにはいかないからな」
弁解すればするほど痛い。それに喜んでいる姉も痛い。便乗で姉の使う私物も買ってある。執事はあきれ顔をしながらも口を閉ざしている。伯爵様がお戻りになるまでは誰も意見することはできないだろう。
今回訪問する教会は朝出れば夕方には着ける距離。途中の泊りがなくてよかった。
私と姉とヨハネス様が同乗する車内は正直言って勘弁してって感じ。私とヨハネス様は隣り合って座っていてもその間はもう一人座れそうなほど空間があり、正面に座った姉とばかり話をしている。話のネタも尽きることなく、よほど楽しいらしい。私と移動する時はいつも葬式帰りのようだったもの。よくもこんなに笑顔も会話も続くものだと感心する。
道中の食事もグレードが上がり、いかに私への関心が低いのかがよくわかった。
教会に着き、持ってきた荷物は私と護衛、侍従、侍女が運び入れた。それを気にかけることもなく教会に入っていったヨハネス様と姉はある意味似たものだ。
姉は家でも周りの者が動くのが当たり前だと思っていた。そうした態度は貴族の令嬢としては普通でも、治癒師としてはあまり望ましくない。治療に使えるものがそろっているか、その地域でどんな薬を使っているか把握しておくのは大切なことだ。姉は自領内の専属治癒師で、外で働いた経験がほとんどないのでわかっていないのだろう。見習いの頃は一緒に訓練を受けたけど、姉と一緒に働いたことはない。昔は私より治癒の力が強いと言われていたたけど、今はどうなんだろう。
姉の実力を知るいい機会だ。
薬や治療に使う物品は決まった場所に置いて明日に備えた。姉の持ち込んだものは差し入れと思われる食料品はキッチンに運び入れたけれど、それ以外のものは箱に入ったまま荷解きされることなく置かれていた。
それもそのはず、翌日になり、治療をするのは私だけだった。
ヨハネス様と姉はまずは教会で司祭様とお茶を飲みながら歓談した後、二人で教会周辺の街を見学に出かけた。朝からドレス、戻ってからもドレスのままで手伝う気がないのは丸わかりだ。あの薬や治療器具は自分が使うためのものはなく、全て教会への差し入れだったんだろうか。まあありがたいけど。
昼になり三人で昼食をとったけれど、午前中回った街の話題で盛り上がり、私は蚊帳の外。途中で急患が来て一人食堂を離れることができ、ほっとした。表現は悪いけどいいタイミングだった。
午後は私の治療を二人で見学。…二人で治療、じゃなかったっけ? ヨハネス様はそれが見たかったんじゃなかった??
患者さんから「婚約者の方ですか?」なんて話しかけられて、否定の言葉を濁して喜んでいる。
あんなに嫌がってた同じ言葉を、偽りであっても受け入れるくらい姉のことが好きで、私を嫌っている。そんなに嫌われること、しただろうか。
その後、姉の
「疲れちゃったわ」
の一言で、二人は見学を終え、休憩を取りに行った。
二人にとって私ってどうでもいい人間なんだなぁ。
婚約がなくなることは望んでいるけど、こんな当てつけのようなことをされても私は何も感じてないとでも思ってるんだろうか…。
二人の世界はいつまで続くんだろう。
何で私だけが我慢してるんだろう。
いつになったら私は解放されるんだろう。
ダメだ。また指先がピリピリしてきた。治療に支障が出ないようにしなければ。




