I 借金返済のための婚約
ボルフェルト伯爵家と我がリーベル家の間で婚約を取り交わすことになった。
いわゆる政略結婚。
ボルフェルト伯爵の領では専属の治癒師が引退することになり、新たな治癒師を探していたものの教会からの返事は鈍かった。教会は治癒師を派遣して資金を得ているので優秀な治癒師を易々と手放したがらず、結構な紹介料を要求される割に当たりはずれがある。治癒師が教会に所属しているとさらに「還俗」のための身請け金までかかる。そうなるとつてを頼りに直接交渉したほうが早い。
一方の我が家、リーベル家では姉も私も治癒の力を持っていた。
私の母は教会に所属する治癒師だった。父が事故に遭った時、ずっと付き添って治癒の力を使い続けてくれた母に惚れ込み、相場の三倍のお金を払って教会から母を「還俗」させ、妻に迎えた。
先に言っておくけど、我が家は裕福ではない。豊かな資源がある訳でなく、お金になる特産品がある訳でもない。温暖な気候で農作物がよく育つ恵まれた環境ではあったけれど、今はもちろん母を受け入れた時だって相場の三倍で治癒師を受け入れられるような財産などなかった。
父は自らの恋を叶えるために土地屋敷を担保に借金し、お金を工面したのだ。
愛され乞われて貴族の家に入ったものの、ふたを開ければ借金生活。とはいえ平民出身の母からすれば子爵家の生活は段違いに恵まれていた。貴族の節約モードなど平民にとっては贅沢なもの。衣食住に困ることはなく、誕生日や結婚記念日にはプレゼントを欠かさない。意地悪をする舅姑も、皮肉を言う親類もいない。生まれた子供は女の子二人で跡取りはできなかったけれど、父は婿を取ればいいだけだと母を責めるようなことはしなかった。
身請けのための羽振りのいい献金のせいで、教会から定期的に来てもらう治癒師に払うお金まで相場の倍に近い額を要求されるようになった。プライドの高い父は値切交渉ができず、母は領の治癒の仕事を一人で引き受けた。自分のせいで作った借金に負い目もあったのだろう。決して母自身が望んだわけではないのだけれど。
人間とは残念な生き物で、治癒師が常住するようになるとちょっとしたこと、それこそ指をちょっと切った程度でも頼みに来るようになった。いつでも笑顔で応じていた母だったが、いつも疲れていたのを覚えている。私が五歳の時に領内で起きた流行病の治療に奔走し、最後は自分がその病に倒れて亡くなってしまった。母を治すための治癒師がいなかったからだ。
父の甘い計算で四年でなくなる予定だった借金は、どういうわけか今でも残っている。
その後、私達姉妹に治癒の力があるとわかり、私達は治癒の力の使い方を学んだあと、教会に登録してフリーの治癒師として働くようになった。働いたお金は生活に必要な分を残し全て家の収入になっていた。
そして今回、治癒師である私達姉妹の一方を嫁入りという形で伯爵家に託し、代わりに金銭的な援助を受けることになった。残念なことに、どちらが行くかは既に決まっていた。
それは私の方。
昔から父は母に似た姉を気に入っていて、母が生きていた頃は小さなひいきも、母が死んでからは明確に姉だけを溺愛するようになっていた。
「長女だから、婿を取ってこの家を継いでもらわんといかんからな」
そう言って父は姉を手元に置きたがった。
服ひとつとっても、体型が変わらなくなった今でも新調するのは姉の服で、私は姉のおさがりを直して着るのが当たり前だった。ずっとそうだったので、姉はそれが普通だと思っている。仕方がないのでそれが我が家の普通だと諦め、今では自分で服を買っている。
私達二人が治癒師として認められ、教会から各地へ派遣されるようになっても
「家を継ぐのだから、危険なことは避けるように」
と姉は遠方への派遣は不可。母のように領内の治癒を担当している。
私は身入りのいい仕事を求めて出かけて行き、時には危険を伴う魔物討伐隊にも同行し、現場で鍛えられて自然と治癒の力も上がっていった。
ボルフェルト伯爵領の前治癒師メレニアさんとも知り合いで、目をかけてもらったことが今回の縁組のきっかけにもなっていた。
ボルフェルト伯爵は、メレニアさんの推薦付で実力が確かな治癒師である私を受け入れたい。
父は姉をそばに置いていたい、手放すなら私。
てなわけで、この縁談の相手は両家の間で既に「私」で決定していた。
2026.2.11
「警告の侍女」コミカライズ記念! に、短編でばーーーんと応援しようとしたのですが、
なかなか終わらず、ようやく書けたので短期連載6時間更新でお届けします。
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よろしくです。
(孫を見守る気分って、こういう感じでしょうか…? まだ孫おらんけど)




