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第4話 願いと破滅

奴隷のナノとナナシが来て3日が経過した。

執事達が来たのはアリオラの様子を確認するためだと、アリオラは経験上知っている。

だが、屋敷に入って早々、執事が驚きで目を見開いたのを見たのは初めてだった。


「奴隷!どういう事です?なぜ二本の柱が無いのか、答えてもらいましょう!」


執事は中央広間に立っていた二本の太い柱が無くなっていたのに驚いて、掃除中のナノとナナシへ声を上げた。

いつも冷静な執事にしては、少々声を荒くして。


彼らの足に巻かれた鎖は、消えた二本の柱に巻いて、屋敷の外に出られぬように拘束していたと言うのに、その柱がない。

奴隷二人は、未だ兄に鎖を引きずってはいるが、自由に屋敷の外に誰れる状態である。

逃げ出していないのが不思議なくらいだ。


「せっしゃは知らないでござる」


「あ、僕ですけど?屋敷にあるものは全て自由にって言ってましたよね?忘れちゃいました?ああ、もうろくされて大変ですねえ?」


ナナシは興味なさそうに答えて、干し肉をむぐむぐ噛みながら拭き掃除を続けている。

しかし、ナノが平然と自分が犯人だと答えて、挙句執事を小ばかにするから、

「奴隷の分際で!躾が必要なようですね!」

執事がツカツカとナノに歩み寄り、

「うわ、怖いお顔だあ。皺が戻らなくなりますよ?あ、お歳だからもともとの皺―――ぐべ」

手刀一撃でナノは気絶させられ床に伸びさせられて、執事によって足に繋がった鎖を改めて頭上の太い梁へとつなぎとめられた。

ナナシの方も同様である。


執事は柱がなぜ切られたのか調べて回り、

「風呂を作るためだったというのか。馬鹿げてる………」

風呂が設置された部屋を見て、目を細めた。


それでも、落ちつきを取り戻したのか、執事は今や部屋にこもりっぱなしではなく中央広間の椅子に腰かけているアリオラの前まで来ると、

「ほう。すべき事をされたらしい。お嬢様、大変よろしい。ただ、その衣服はまさか奴隷が?………まあ、購入相手へ差し出す商品への飾りつけと考えれば、良いかもしれません」

アリオラをつま先から頭の先まで舐めるように見て、少々の驚きとともに満足したらしい。


「………」


執事の満足など、アリオラは望んではいなかったし、アリオラは執事が言った事に首を傾げるばかりだからだ。

執事が望んだ事を、アリオラはしていないのだ。


アリオラ自身、自分がどうして飢餓の極限状態から脱したか分からない。

その変化の原因を強いて言うなら、ナノの特別製料理を食べたから、だろうか。

未だアリオラ自身それを信じられてはいないが。


「―――あと、10日」


広間を出て行く執事の口から発せられた独り言が、奇跡的に耳に届いたアリオラはその時が近いと背筋を寒くすることになった。

同時に、アリオラはしなければならない事を自覚する。


「ナノとナナシ君を巻き込めない………」


アリオラが相手に引き渡された時、二人の奴隷は用無しになる。

その後、解放されるとはどうしてもアリオラには思えなかった。

実の父親に毒物を盛るようなアンガビと、彼に忠実な執事を思い返し、悪い予感しかしないから。


「ナノ、ナナシ君。逃げて、この屋敷から逃げて」


ナノとナナシが屋敷から出られぬように鎖の先を繋いだ柱を切ってしまえるほどのナノだ。

きっと梁の方もなんとか切って、逃げ出せるはずだとアリオラはそう考えて、二人は十分逃げ出せると思い、二人に願った。


「なんでござる?怖いことでござるか?」


「きっと殺されるか、同じくらい酷いことをされるの。だから逃げて」


「それはいかんでござる!せっしゃ怖いのはいやでござる!ナノどの逃げようでござる!」


「え、嫌だよ、ナナシ君?アリオラお嬢様、僕の仕事はアリオラお嬢様の身の回りのお世話ですよ。奴隷にそれを放って逃げろとは、無茶な命令を出すお嬢様だあ。奴隷として僕はお嬢様の将来が心配だなあ」


「うう、ならばせっしゃはナノどのといっしょに残るでござる」


「お願いだから、逃げてよお………」


しかし、アリオラの願い虚しく、ナノもナナシも屋敷に残ると言い張った。

彼らの奴隷の首輪に刻まれている所有者の名前は、おそらく執事の主であるアンガビのはずで、それはつまりナノもナナシもアリオラの事など気にする必要がない事を示すのに、である。


それでも、ナナシは屋敷を掃除し続け、ナノはアリオラの世話を焼き続けた。

料理には手を抜かず、お風呂も毎日かかさず入らされ、アリオラは貴族家に生まれて初めて、貴族の子らしい扱いを受けた。

それが最期までの間だけだというのは皮肉だったが。


時々、ナノは巨大な背架から取り出した楽器をポロンと鳴らし、音楽を屋敷中に響かせた。

明るく暖かな草原を風が吹いて大きな空へ舞い上がるかのような、軽快な曲。

やさしく穏やかだけど、全てを抱き包むような大らかな曲。


それらを、

「旅の劇団で働きながら勉強しました!いいですよねえ、音楽!僕、大好きになっちゃいました!」

屈託のない笑顔でナノが言うから、アリオラは一層思い悩んだ。ナノとナナシを絶対に巻き込めないと。


あと残り何日と数えて二人を説得する方法を懸命に考えていたアリオラの耳に、複数の馬車が近づいて来る音が聞こえたのは、夜も遅く。

眠れずにいたアリオラはその音に気付いて、

「うそ?あと五日残ってるはずなのに」

執事が言った『あと10日』まで余裕があったはずのそれが、嘘だったと知る。


まだあと何日残っていると思えたからこそ、アリオラはまだ安心と思っていたのだから、悠長に二人を逃がす方法を考えていたのだから。


「ナノ、ナナシ君!逃げて、もし逃げてくれないのなら―――」


アリオラは最後の手段に出る事にした。

中央広間のソファで眠るナナシを起こし、なぜか起きていたナノへ向けてそう願った。


最初に目指した自分の死、飢餓で死ねたならその方がマシだったのだが、そうは出来なかったから。

アリオラが手にするのは、包丁。

キッチンで見つけておいた、ロンダ愛用だった包丁。


それを首に向けて、

「わたしは、死ぬ!」

そう決意を口に、視線を二人へと向けた。


「血は嫌でござる!止めるでござる!痛いのは怖いでござるよ?」


「いいの、いいの。もっと早くこうすべきだったの。わたしも痛いのは怖い、だからこの方法を選ばなかった。弱虫で、だめなわたしは、それでもナノとナナシ君に生きて欲しい。だから、お願い。今すぐ、逃げて」


「あの、痛いのを選ぶくらいなら、戦ってみてはどうでしょう?お嬢様」


「わたしに戦う力なんてない。わたしにあるのは魔力だけ」


「いやあ、いけると思いますよ?僕が言うんだから間違いないですが?」


「お願い逃げて!でないと―――」


アリオラの懇願の言葉は、

「奴隷を逃がすのに必死ですね、お嬢様?」

数名の下男に続いて中央広間へ入ってきた執事の声で止められた。


「ああ、あああああ―――」


「おや、みっともない声をだしてはいけませんね、貴族家の娘であるお嬢様が」


「なにが貴族家の娘………あの人がわたしを………」


「ああ、紹介が遅れましたね。皆様どうぞ―――」


執事達がどいた玄関ホールに現れたのは、十名以上の騎士姿の若者たち。

兜こそつけていないが、全身を傷一つない金属鎧で身を覆って、帯剣した男達である。

年のころは、きっと15歳のアリオラより数歳上。

金属鎧の腹部分にオプラトス大王国の紋章が金で描かれているから、騎士学校を出たばかりの騎士といった若い集団である。


「間違いないのだな?」


「はい、誓って。これは吸血鬼でございます」


それを聞いた時、アリオラは確信した。

やはり吸血鬼として利用される。

かつて魔力の素として箱を満たした血をアリオラに吸収させ魔力に変換させて、その魔力で魔導砲を放ち村を焼いたように、それと同じような悪辣な使い方をされる、と。


それを恐れてアリオラは血の摂取を拒み続けた。

ナノとナナシの前にも女奴隷があてがわれ、血を吸う事を迫られた。それでも拒み続けたから、女奴隷はアリオラの前で執事に殺されて、

『もう一度、奴隷を用意しましょう。それの血を飲まないならば、分かりますね?』

そう脅されてきたのだ。


しかし、引き渡し前に死ねなかったアリオラはだから、もう迷いはなく首に包丁をあて、

「何をする!」

執事の怒声が聞こえたが、アリオラに執事の意に沿ってやる義理はないから、アリオラは当てた包丁を引き切った。

首からは血が噴き出し、いくばくかの時間でアリオラは死に、もう利用されなくなると、そう思っていたのに、

『ガリガリガリ』

包丁が切り裂くはずだった首筋から硬質な物に刃が拒まれた音がして、

「なぜ、切れないの?ただの首なのに………」

包丁の刃を見てみると、ボロボロに欠けていた。さっきまで美しい刃だったのに。


「生死不問。心臓だけ持ち帰れば良いと父から聞いている。死んでいても問題ないが、それでは僕達がわざわざ出向いた理由がなくなる。それは困るな」


「ああ、僕達は大王国の騎士に叙任される。その前に経験を積まなければ。おい、奴隷は用意してあるのだろうな?獲物が三人では、僕の学友たちの分がないじゃないか」


「もちろんでございます。おい、地下室に閉じ込めている奴隷たちを連れて来るんだ」

騎士姿の青年が貴族の子息だからだろう、執事の腰は低く。


「地下室に奴隷がいたの?ずっと?」

その気配に気づけなかったのは、飢餓状態で眩暈と耳鳴りに悩まされていたからだろうかと考えたが、

「大変です!地下室の奴隷達が一人もいません!」

地下室へ続く扉から飛び出てきた下男が報告し、

「どうしてだ。屋敷は外から見張らせていたのに―――」

「おい、どういう事だ!奴隷はいなかったのか、なら僕達の獲物はたった三人か!バスティア家は使えないな!」

「あとで、前渡しの奴隷購入費用を弁済してもらうことになるな。父が許さないだろう」

眉根の皺をきつくする執事と、不満を執事へとぶつける騎士青年たちを前に、ナノが背負っていた巨大な背架をアリオラの後方に置き、その仕掛けを動かしていくのはナノ。


「ここから椅子が出て、ここが鍵盤、ここが軽い音の弦楽器1と2、ここが重い音の弦楽器、ここが太鼓と―――はい、準備よおし!ああ、僕です!地下室の奴隷さん達を逃がしました!だって執事さん、『屋敷にあるものは全て自由に』って言ったじゃないですか!だから自由にしましたが?」


まるで楽器が並ぶ箱の前に座ったナノを、執事が睨む。


「お前、見張りの目をどうやってかいくぐらせた?私が連れるバスティア家の下男は、皆私自ら訓練を課してその実力を認めた者達だぞ」


「20人もの奴隷さん達が逃げ出すのを見逃したんでしょう?執事さんのその自信がどこから来るか、僕は知りたいなあ?大勢の逃亡に気づかない程度の訓練を受けた程度なら、皆さんお間抜けでお弱いのでは?」


「く―――手刀一撃で気絶する男が何を言う。いや、今はいい。引き渡しは滞りなく完遂せねば」


執事は興奮しかけていた気を静めて、騎士青年達に向き直り、

「お叱りはお受けしますが、弁済はご容赦を。皆様の帰りの道中にある村の住人全てを差し出しましょう。これは不測の事態に備えて私に託されたアンガビ様の指示でございます」

そう言って恭しく頭を下げたから、

「そうか、村民全員を僕達の経験に差し出してくれるのか、ならば奴隷20人より楽しめよう。父からのお叱りは無いものと安心しろ」

「ははは。老若男女、もしかしたら赤子すらいるかもしれんな。大王国騎士になる前の、素晴らしい経験になるぞ」

騎士青年達が満足そうにうなずいていく。


「村を差し出す?どうしてそんな事ができるの、ただの領主なのに!」


「領主だから、出来るのです。村民は全て領主であるアンガビ様の所有物にすぎないのですから」


「ち、違う。違う、そんなのサルマンお爺様が生きていたら許さなかった。領民は宝だって、大切に守らなきゃならないって。それを―――」


「今さらお嬢様に理解していただかなくて結構。皆様、存分にお楽しみを」


執事はアリオラの抗議を無視し、騎士青年達に声をかけた。


「では、今回は爵位の順で僕達三人が楽しませてもらうよ」


「そうだな、大王国の騎士は王命で、反逆者の首を落とさねばならない時がくる。今のうちに、殺す経験を積むんだ」


「ああ、大王国の騎士らしく、女子供も躊躇なく殺せるようにな。だとすれば、女と子供が揃っている。絶好の獲物だよ」


抜剣する金属音が三つ、広い室内に響いて、アリオラは息を飲む。


「サルマンお爺様、ごめんなさい。ロンダ、さよなら―――」


もう助からない。絶体絶命。


その重苦しい緊迫感を―――『ツッツッタン、ツッツッタン』と軽快な太鼓の音が打ち破った。

「ナノ?」

振り返ったアリオラが見たのは、ボサボサの長髪を後ろで結んだナノが口角を上げて二本のバチで太鼓を叩く姿。


そのナノが言った―――

「さあ、アリオラお嬢様。戦う時がやってきましたよ!大丈夫、この騎士様たちは、貴族のお父さんに殺す経験を積ませようと全部用意してもらった、お坊ちゃま方です。なんでも与えてもらって、不自由なく、貴人の息子だ、偉いのだとチヤホヤされて来た箱入りのお坊ちゃま方ですよ?そんなお坊ちゃま方が、痛みに耐え抜いて生きてきたお嬢様に勝てる訳ないじゃないですかあ!」

「僕達がお坊ちゃまだと?貴様、許さないぞ!その命で償ってもらうからな!」

騎士青年達が憤慨しているのも完全に無視したナノが、アリオラだけを見て再び―――

「なあに、大丈夫。僕が応援しますから!それにね、お嬢様は強い!―――吸血鬼はねえ、強いんですよ!」

そう言いきった。

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切実なので、よろしくお願いします。

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