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第2話 苦しさに心閉ざして

この話は少々辛い体験が含まれていますご注意下さい。

苦手な方はこの話を飛ばして次の話へどうぞ。

アリオラは奴隷の紹介のために連れ出されていた中央広間から、自分にあてがわれた部屋へと戻った。


部屋は薄暗く、そこに小さなベッドが一つと丸テーブルに椅子が一脚あるばかり。

15歳の少女が暮らす部屋にしては、物がなさ過ぎるが何も問題はなかった。


アリオラは―――

「わたしは、死ななきゃ。また………」

アリオラは死を早めようと何も食べずにいる。

特に、アリオラにとって何より重要なものの摂取を完全に止めてでも。


ベッドに横たわり、眠れぬのに目を閉じて空腹を通り越した飢餓感に耐える。

眩暈はひどく、四肢どころか指先にすら十分な力は籠らず、陽光を防いだ部屋であるのにまだ眩しく感じるほど閉じた瞼の裏に光を感じ、それが当たる皮膚がチリチリと痛む。


そのアリオラの脳裏に、フラッシュバックすろのはおぞましい記憶だ。

8歳を迎えたある日、

「恨むなら、おまえの父を恨むがいい。金でお前を売ったのは奴だ」

男達数名がアリオラが軟禁されている地下室へ入ってきて、アリオラはそこからの記憶が途絶えた。


アリオラが次に目を覚ましたのは、爆発音が響き煙の上がる着陸状態の飛空艇の上。

目を覚ましたと同時に真っ暗だった視界に夜空と炎に赤く照らされた祖父サルマンの顔が見えた。


それが、棺のような箱の蓋をサルマンが開けたのだと分かったが、アリオラを見るサルマンの形相は身が竦むほど怖かった。


「子供に惨い事をさせおって、あ奴ら………」


アリオラの味方で優しいサルマンの厳しい形相の理由は分からず、しかし自分の身体を生ぬるい水のようなものが覆っている感覚に不思議に思い、サルマンから自分の身体の方へ視線を移して、

「―――っひ!」

短い悲鳴が口から洩れた。


水と思ったそれは、箱の中を満たして揺れる赤黒い血液。

それがアリオラをたった今まで包んでいたのである。


「お、おじいさま、わたし、わたしは―――」


どうなっているのか、どうして自分は血の満たされた箱に入っていたのかを聞きたくてサルマンを見つめたが、

「アリオラ、今は何も考えるな。まだ敵の全てが死んだわけではない。ここから逃げ出す、それだけに集中するのだ。良いな?わしが必ずや、可愛いアリオラを助けるでな!」

サルマンは眉根に皺を刻んだ厳しい顔のまま、アリオラを血の棺から毛布でくるんで助け起こした。

アリオラが全裸だったからだ。


しかしアリオラには羞恥よりも何よりも、何が起こっているのか知りたくて、知らねば得体のしれない恐怖に飲み込まれそうで、だからサルマンに小脇に抱えられて飛空艇から降りるように移動中も周囲を見てあちこちから聞こえる怒声を耳に拾う。


「がいこつしるし?ほねがごほんずつ、ずらっとかいてある?なにかのかず?」


髑髏マークの下に、骨を描いただろうものが五本ずつまとまって並び、それがずらっと並んでいる。

飛空艇甲板の客室横の壁一面にである。


「アレが逃げたぞ!探せえ!」


「畜生が!着陸中に奇襲を受けるとは!王陛下から預けられた貴重な飛空艇を!」


「アレがおらねば、王に逆らう者共の粛清が叶わん!探せ!魔力の源泉の娘が必要だ!」


「やっと粛清が1000人の大台に乗ったというに!」


サルマンが逃げ出す隙を伺っている間に聞こえてくる怒号、そしてアリオラの眼前の壁面を埋めるほどの髑髏と骨のマークの意味が、幼いアリオラにも分かった。

それが、殺した人間の数を示していると。


「わ、わたしをまりょくのもととしてつかって、ひとをころした………ひとをせんにんも―――いやぁ、いやぁ、いやぁぁぁぁだぁぁぁぁ」


アリオラは知らぬ間に、その身であまりに多くの人殺しに手を貸していた事に、耐えられずに泣いた。

それしか出来なかった。

人は死ねば生き返らない、アリオラに犠牲者を悼む以外に何もできはしない。

そして、犠牲者が誰であるか、どんな顔で、どんな性格で、どんな生き方をしてきたかすらアリオラは全く知らないのである。


あまりの罪深さに、アリオラはサルマンの腕の中で泣き続け、

「アリオラ。もう大丈夫だ」

気が付くと朝日が差し込む雪深いの林の中にいた。


その後、サルマンによってアリオラはベネステス領というオプラトス大王国の片田舎の小村へと隠れ住む事になった。


アリオラの生家、バスティア男爵家の中でアリオラの味方でいてくれたのは三人だけ。

一人目の母はすでに亡く、二人目は引退し爵位を息子アンガビに譲った祖父サルマン。

そして三人目が、バスティア家の飯炊き女だった中年女性ロンダ。

ロンダは、仕事をきちんとこなした上で、アリオラの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた、サルマンに言わせれば、

「まるでアリオラの乳母のようだ!」

そういう優しい女性だ。


「ロンダの提案でな。商人が放棄していったロンダの村の屋敷に住む事になった」


「よくぞ、よくぞおかえりなさいまし、アリオラお嬢様!」


「ロンダぁ、ロンダぁ。わたし、わたし―――」


「何も言わなくていいんです!悪いのはくそったれなアンガビや、反感を持つ村々を粛清してまわる国です!王です!あんのくそったれどもが悪い!そうでしょう?サルマン様!」


「あ、ああ。でも、もう少し声を抑えるのだ。王家や国が相手では黙って耐えるしかあるまい。だが、ロンダ。その腰の包丁と鍋蓋はなんだ?」


「黙って耐えてどうするんです!戦って、守るべきでしょう!私もお供します!戦争です!こんなくそったれな国など、滅べばよいのです!」


「ま、待て、待つのだロンダ。だ、駄目だ!包丁を振り回すでない!や、やめよ大きな声で叫ぶな!な?ロンダ?落ち着こう、ロンダ?」


いつも優しかったロンダが怒り狂っているからアリオラは怖くなる。

またアリオラのせいで、ロンダやサルマンが死ぬような事になったら耐えられないから、自然と目からは涙が零れ、それを見たロンダが、

「泣いていても誰も助けてくれませんよ。自分で怒って、立って、拳を突き上げて叫ぶんです!やってやるぞって!今に見ていろ、この拳をお前たちに届けてやるぞ!って、さあ!」

そう言ってくれたが、まだアリオラは幼い心で戦ってやるとは誓えなかった。


しかし、アリオラの心には確かにサルマンとロンダが怒るのはアリオラのためだと分かるから、信じられる二人とともに屋敷で暮らす生活は、バスティア家の者にいつ隠れ家住む屋敷が発見されるか怯えながらも、アリオラの心を少しずつ癒してくれた。


ロンダは屋敷で暮らすのではなく、同じ村にあるロンダの生家であり息子夫婦と一緒に暮らす家から通いだったが、アリオラはそれで充分だった。


バスティア家でアリオラが拉致されて、サルマンに助け出されるまで、丸1年経過していたと聞いてアリオラはまた驚いたが、知らぬ間に8歳から9歳になっていたアリオラの、三人での暮らしの時間はそう長くは続かなかった。


アリオラ11歳の時に、バスティア家の雇った傭兵達に隠れ住んだ屋敷がバレてしまったから。


「逃げよ、アリオラ!ロンダ、お前は手を出すなよ!お前は、俺に雇われていただけと言えば何もされまい!」


「サルマン様!息子夫婦も覚悟はできています!ここで時間をかせぐために乳母が戦わなくてどうしますか!」


「おじいさまぁ、ロンダぁ」


「逃げよ!アリオラ!自由に生きよ!もうバスティア家に、アンガビに縛られるな!」


「逃げて下さい、お嬢様!わたしが戦って時間を稼ぎます。理不尽くそくらえです!」


「でもぉ、でもぉ」


「行け、アリオラ!」


「行って、アリオラお嬢様!」


アリオラは一人きりになる不安より、残していくサルマンとロンダが死ぬ事になりはしないかと、そちらの恐怖で身が竦んでいたが、二人がニカっと笑顔を見せてくれたから、もう何も考えずに走り出した。


予め逃げる時のためにまとめてあったリュックサックにフード付きコートを羽織って、屋敷の裏側の窓を開けてそこから裏庭へ出て、まっすぐ北へ北へと。


「頼るなら奴隷だぞ!奴隷は裏切らんからな!」


サルマンの教えを受けて小村から北にある町へ、奴隷商が商会を構える町を目指して走り、背後の屋敷から怒号と悲鳴と絶叫が聞こえて、竦む身体にむちうってまた走って、走って、走って―――

ボロボロになりながら北の町の奴隷商会に着いたアリオラの前に、いつもアンガビの後ろに控えていた執事を見つけて、

「頼れるのは奴隷、でしょうか。分かり易い事でございますね。アリオラお嬢様?」

彼が冷たい目のままにニヤリと口角を上げたから、アリオラは両ひざから崩れ落ちた。


希望になるはずだった奴隷の目の前にいたのは―――対極の絶望だったのだから。


執事に掴まった後、

「飛空艇を攻撃した父のせいで、王家の信用を失っているから王家へは売れんが、新しくお前を買いたいという者がいる。相手の希望で成人後の引き渡しだから、生かしておいてやろう。そうだ、祖父と感動の再会をするといい」

アンガビがアリオラにそう言い放って、アリオラは再びバスティア邸の地下室に押し込まれ、そこにサルマンの姿を見つけたアリオラは、

「おじいさま!良かった!もう会えないかって―――」

再会の喜びにアリオラはベッドに横たわったサルマンにそう言ったのだが、

「お、おお?アンガビではないか―――きょ、今日もわしの武勇伝をせがみにまいったのか?」

サルマンが焦点の合わぬ目をせわしなくきょろきょろさせて、口元に垂れるままの涎を見て、その異常を知る事になった。


「なに、悪いものでも食べたのだろう。なあ、父上?あははははは」


地下室の扉の格子付きの除き窓からアンガビが室内を覗き込んでそう言って笑った。


「そうそう、ロンダとか言う、飯炊き女は無事だ。お前が余計な事をしなければ、だがな。分かるな?」


そう言い残してアンガビは今度こそ地下から地上へと上がっていった。

アリオラに逃げだす気さえもたせぬ楔を打ち込んで。


アリオラはサルマンがアリオラに逃げるよう促した時に言った言葉を思い出す―――『もうバスティア家に、アンガビに縛られるな!』。

―――アリオラはそうはなれなかった。


アリオラはこの世界での成人年齢の15歳を地下牢で迎えた。

その一か月前にはサルマンが衰弱で亡くなり、無事だというロンダには会わせてもらえないままに。


『新しくお前を買いたいという者がいる。相手の希望で成人後の引き渡しだ』


アンガビの言う通りに、成人年齢を迎えてすぐ、アリオラは執事と数人の下人達に連れられて取引場所へ向かう事になった。


その場所を見てアリオラはまた言葉を失い、胸の痛みに苦しむ事になった。

―――アリオラが過去を想い返すその場所こそ、取引場所とされるその場所こそ、サルマンとロンダと共に暮らした屋敷だった。


アリオラの中で唯一幸せといってよかった場所で、アリオラは絶望の中で息ができずにいる。

そんなアリオラが苦しさにあえぐ部屋の扉にノック音が響いた。


その音がアリオラにもたらしたものを少し後にアリオラは思い返す事になる。そのノック音こそアリオラにとって生涯で最も大きな―――福音であったのだと。

星評価やブックマークしてもらえると、書き続けるモチベーションが迷子にならなくなります。

切実なので、よろしくお願いします。

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