エマ決死のデッサン!【四階】
エマの叫びが美術室に響く。
「エマーーー!」
ショウマが椅子から動きそうになる。
「う、動かないでショウマ! だ、大丈夫……い、痛くはないから」
モデルも動いたら、どうなるかわからない。
エマは、恐怖心を抑えるように笑ったが震えている。
「やっぱり、僕が描く……!」
「もう途中でやめられない! ……大丈夫……ちゃんと描くから。横向いて! さっきのポーズになって!」
「わ、わかった……エマ、本当は絵に失敗なんてないんだ。大丈夫……薄く、薄く線を引いて……少しずつ濃くしていって」
「う、うん……」
右足がノイズになっているのを見ると、怖くて鉛筆を落としそうになる。
でも……ショウマに変わってもらうわけにはいかない。
どうしてか、この絵は自分が描かなきゃいけない気がした。
だって……。
だって……。
何度も沸き上がっては消える……。
わかっているような、わかっていないような。
エマは必死にショウマを描く。
「あっ……」
疲れて、鉛筆が滑った。
「いやぁあああ!!」
「エマ!」
エマの左腕が、ノイズになった。
周りのノイズが嬉しそうに揺れている。
まるで仲間が増えることを喜んでいるようだった。
「エマ! あぁっどうしたらっ」
「大丈夫……っ……大丈夫だよ……ショウマ……鉛筆はまだある」
「うう……っ」
ノイズになりかけたエマの方が冷静だった。
エマに駆け寄りたい気持ちを、必死で押さえているショウマ。
人物デッサンなんて、小学校では何時間かけてするものだろう?
ぶっ続けで描き続けている。
休み時間なんてない。
もう、ふらふらだ。
「エマ……」
「……大丈夫……」
二人でふらふら……。
辛い気持ち、怖い気持ち、それだけが二人の心を支配する。
その時……。
「エマ~僕のまつげ、ちゃんと長~く描いてね」
「えっ」
ノイズになった左腕がブランとしたまま、エマはショウマの顔を見た。
「高い鼻もさ。前髪もしっかり描いてる?」
ショウマが笑った。
それにつられて、エマも笑ってしまう。
「か、描いてるよ。その目が隠れそうな前髪に、隠れたまつげの長い綺麗な目もさ」
「ふふ……イケメンに描いてよね」
リラックスできるように、冗談めかして言っているのだ。
「まかせてよ! でもイケメンかなぁ~?」
「あれ? 僕イケメンじゃなかったかぁ」
「あはは! どうだろ~~?? 私が描いたらイケメンになっちゃうかも」
「じゃあ、頼むよ。いくらでも待つから」
「うん……頑張るから……」
「うん……ゆっくり、リラックスだよ……」
涙が滲んできたのがわかる。
それからまた何時間経ったのか……。
「エマ……」
「あ……っ!」
また鉛筆を落としそうに……いや、今度は落としてしまった。
エマの左足がノイズになりそうになる。
「エマ!!」
しかし、エマが叫ぶ!
「できたよ!! できた!! 私の願いだよ!! 何をどう見ても……私のショウマに間違いないでしょ……!! 完璧だよ!! 階段出してーーーー!!」
エマが叫びながら描いた絵を掲げた。
ノイズ生徒たちが、まるで驚いたように揺れる。
「エマ……!!」
何がどうして、認められるのか、わからない。
でも、これで完成だとエマが決めたのだ。
ショウマは椅子から飛んで、エマの元へ駆け寄った。
ノイズ生徒たちが、揺れる。
ノイズ生徒たちの顔から、牙が出てきた。
「きゃ!?」
あれに喰われたら、最後にノイズ生徒になるんだろう。
だけど、ショウマの座っていたモデルの場所に、穴がぽっかり開いた。
「あれが次への階へ降りる道だ! 行こう、エマ!!」
ショウマがエマを引っ張って穴へ落ちる。
「わっ……わぁああああああああああああ!!」
エマの描いたショウマの絵が宙に飛んだ。
ノイズ生徒たちはそれを宝でも思っているのか、奪おうと必死に手を伸ばすのが見えて――。
紙吹雪が、美術室に舞っていた。