Truth is for smiles(真実は笑顔のためにある)【一階】
ショウマはエマの苦しみを知って、何も言えずにいた。
でも、ずっと座り込んだエマを抱きしめている。
「結局ショウマとさよならする事になるなら、あの保健室にいればよかった……」
平和で幸せだった、保健室。
エマはずっと、あの部屋にいたいと言った。
あの時には、もう既にエマはぼんやりと分かっていたのだ。
ショウマと一緒にいたい、という願いだけは……。
いや、それは五階にいた時からずっと変わらずにわかっていた。
「……駄目だよ。絶対に脱出しようって誓ったじゃないか」
「ショウマは、辛くないの……?」
「……こんなにエマを傷つけることになってしまって、僕だってすごく辛いよ」
「だから……お願い……一緒に宝石を手に入れようよ……」
「さっき、エマは異次元学校について調べたんだよね? 宝石はどこにあるの? 宝石を手に入れたらどうなるの? どうやって戻る? わかってるの?」
「……そこまではわからない」
「人間が存在できるのは、僕は此処までだと思う。宝石を手に入れても、エマが生きて帰れる保証はない」
「それでもいいもの!」
「駄目だ! 僕の命が終わったのは、もう決まった事なんだ。過去は変えられないんだ」
エマから少し離れて、ショウマはエマの手を握った。
「……なんでそんなこと言うの?」
「死者を蘇らせるなんて、しちゃいけないんだよ」
「……そんなのショウマが思ってるだけでしょ?……どうして駄目なの!?」
「エマの気持ちは嬉しいよ。でも、僕はゾンビになりたくない」
「ゾンビになんかならない……させない……!」
エマの叫びに、ショウマは首を横に振る。
「僕が死んだ事実はもう変えられない。でもエマの命は、まだ続いてる。……現在も未来も、まだ変えられる! 君の生命を、僕は絶対に危険にさらさない。絶対に生きて、エマを返す」
「ショウマ」
「エマが僕を想ってくれるように、僕もエマの事を大事に想っているんだよ」
「でも……やだ……だって……」
「さぁ、エマ」
先に自分が立って、エマをゆっくり立ち上がらせる。
「いや……! 私は受け取らない! ショウマは私と一緒にいたくないの!? なんで!?」
「エマ……僕達は一緒だよ。エマの心の傍にずっといる。この証書は一枚しかないけど、僕はずっとずっとエマの心に寄り添ってる。おんなじ名前のエマの傍にいるよ。僕は死んでも、ずっと一緒だ」
「ショウマ……そんなの、そんなの……寂しい……ううっ」
「これからも、ずっと心は傍にいるから……傍にいる僕に、新しいものをどんどん見せて。新しい学校や、新しい友達、新しい勉強も、全部全部、僕にも見せてよ。エマの瞳で見たもの、感じたもの……きっと一緒に僕も見て感じられる」
「そんなの嘘だよ……うっ……わっ私は……ひっく……ショウマといたかったのに……」
「僕もだよ。ねぇ、聞いて、エマ」
エマの涙を、ショウマの優しい手が拭う。
涙で目がかすんで、ショウマの顔がぼやけた。
ショウマも泣いていた。
でも、笑った。
「エマが大好きだよ。僕が笑顔で言える、たった一つの真実だ」
「ショウマ……うっうん……私もショウマが大好き……」
エマは笑えなくて、ただ涙はたくさん流れる。
「うん……ありがとう」
「ショウマ……ショウマ」
「また、会えてよかった」
「……うん……」
「さぁ、受け取って」
「でも……まだ一緒にいたい……」
「僕もだよ……でも、もう観客も、そろそろ僕らを襲う準備をしてるみたい」
確かに、席に座っているゾンビや、ノイズ生徒の様子がおかしくなってきている。
そして突然にBGMが流れ出した。
在校生が歌う歌だ。
体育館の上空を泳いでいた鮫が荒れ狂う。
蜘蛛ロボットは、パシャパシャとフラッシュを焚きながら、写真を撮る。
一気に全ての怪異が叫び始めた――!
『卒業なんて、しないでよ~♫ 地下へおいでよ♫ 宝石が、あるよ~♫』
「えっ……」
『エマ、僕を生き返らせてよ』
「お前達……!」
ノイズ生徒達が、全員、ショウマの顔になった。
『一人で卒業? そんなのひどいよ』
『そいつは偽物だよ。エマ一人で、出て行くなんてずるい』
『地下への階段を探そうよ』
『階段は、その偽物ショウマを倒せば手に入るよ』
『ずっと一緒にいようよ』
『そいつを倒そうよ』
「こいつら今更……エマ、聞いたら駄目だ。エマ?」
『エマ、僕を生き返らせてくれるよね?』
『エマの願いは、僕を生き返らせる事でしょう? ほら……階段が出てきたよ』
体育館の真ん中に、地下へと続く階段が現れた。
『行こう、行こう、行こうよ』
『卒業なんか、させないよ』
たくさんのショウマがエマへ腕を伸ばす。
「あんた達はショウマじゃない!! ショウマであるはずがない!!」
エマが叫んだ。
強く、強く叫んだ。
「そうだよ。真実は笑顔のために! 本物は僕だけだ! お前らが焦り始めたのは、これが脱出方法だという証拠だ! 僕らが卒業証書の奪い合いでもすると思ったか!? 僕らコンビを舐めるなよ!」
ショウマの言葉が、エマの心を強く打つ。
「そうだよ……真実は笑顔のために! 本物はこのショウマだけ……! 宝石を欲しがるあんた達なんか偽物だ! 私達はいつだって、お互いのことを想ってる! 私達コンビを舐めないでよね!」
二人の名前から出来た『決め台詞』。
二人の身体が光り輝く。
強い心が、共鳴してる。
エマの髪が揺れて、ショウマの髪も揺れた。
「……本当はわかってたんだ。ショウマは宝石なんか嫌がるって……わかってたの……」
「さすがはエマだね」
泣いても、泣いても涙が溢れてくる。
優しく頭を、撫でてくれた。
だから、また涙が出てくる。
ショウマが、ゆっくり息を吸う。
「今から、第666回卒業式を始めます!! 卒業生! 起立ーーっ!!」
ショウマが珍しく大声を出した。
二人はもう立っていたけど、それは合図だ。
卒業式が、始まる合図。
「佐藤笑真、あなたはこの異次元学校の過程を修了したので、これを証します」
「ショウマ……待って」
エマは、まだ怖かった。
「大丈夫、これからもきっとうまくいくよ。僕の心も一緒に行くから……! 異次元学校・卒業生、佐藤笑真!! ……さぁ、返事して……!!」
ショウマが笑って真っ直ぐ、卒業証書をエマに向ける。
そう、これが最後の別れじゃない。
何度も、何度も一緒に歌った、卒業式の歌が頭に流れた。
「ううっ……はい……!!」
エマは卒業証書を受け取った。
眩しい光が体育館の中から弾け飛ぶ!!
エマが最後に見たのは、ショウマの笑顔だった――。