体育館の二人【一階】
突然のショウマの言葉に、エマは動揺した。
「何言ってるの……!? 一枚しかないのは、ここが狂ってるからだよ!」
エマの顔色が、みるみる青ざめていく。
「こんなの罠に決まってるじゃん! 今まで散々私達を殺そうとしてきた学校なんだよ!? 一枚しかない卒業証書を奪い合って殺し合うのを見て楽しむとか、そういう罠に決まってる! 変な事を言わないで!!」
エマが絶叫する。
「エマ……」
「まだ卒業式はきてないんだから、誰の証書も無いに決まってる! だから! 変なことを! 言わないで!!」
そういうと、ショウマの手から卒業証書を奪って、また元の場所へ戻した。
「わかった!? 二度と言わないで!!」
叫んで、暴れだしそうなエマ。
「……エマ、ごめん……だからお願い。泣かないでよ」
「泣いてない!!」
でも、確かにエマの瞳は潤んでる。
怒っているけど、泣いているようだった。
「一回、ステージから降りよう? こいつらに見られているのは気持ちが悪いよ」
「……うん……」
ショウマに手を引かれて、慎重にステージから降りる。
襲いかかってくることもなく、観客は塵のように消えた。
エマは落ち着いたのか、何も言わなくなった。
ショウマも何も言わずに、黙っていた。
「体育館の放送室も、見てみよう」
古びた放送室は、用具室上の二階にあった
そこも何が起きるかはわからないけれど、広い体育館にいるよりは落ち着く。
お互い制服のポケットに500ミリリットルのペットボトルと、固形の食料を入れてきた。
体育館には水飲み場はないので、水と食料はこれで最後だ。
「……水を大事に飲まなきゃね」
「うん」
お互い、さっきの言い合いについては何も言わなかった。
時間が過ぎていく。
「エマ」
「なに」
「怒ってるの?」
「怒ってない……なんで?」
でも、明らかにエマの態度はおかしい。
「宝石を使って……何が欲しいの?」
「……なんでもいいでしょ。ショウマ、お願いだから一緒に地下へ行く方法を探して、一緒に地下へ行こう」
「なんでもないなら、必要ないんじゃないの?」
「じゃあ一人で、でも探す!」
エマは放送室から飛び出して行く。
「一人で行動しちゃ駄目だよ!」
「だって、ショウマが言う事を聞いてくれないからでしょ!?」
「……わかったよ。じゃあ、まずは地下へ行く道が本当にあるのか、探してみようか……」
「う、うん!」
エマの表情が明るくなる。
「絶対、絶対に、宝石を手に入れる……! 地下へ行く……! 絶対に!」
でも、階段は何をしても出てこなかった。
バスケットボールをゴールに入れてみたり、並んだ椅子を倒してみたり、した。
「ひっ」
たまにノイズ生徒が椅子に座っていたり、鮫が体育館の上空を泳いだり、ゾンビが歩き回ったり……。
エマが蜘蛛ロボットを一番怖がったので、放送室に逃げ込んだりを繰り返す。
「あの蜘蛛ロボット、今しっかり見ると、車のエンジンみたいだね」
「……車なんて、大嫌い……」
そういうと、エマはうずくまってしまった。
それからまた、キャットウォークに行って2階のカーテンを開けたり閉めたりもした。
跳び箱を開けて中も見た。
平均台も出して、渡ってみた。
試せるものは、なんでも試した。
「はぁ……はぁ……」
放送室で、エマがぐったりと息を切らせて倒れ込む。
しばらく休んでから、ショウマがエマの頭を撫でた。
「エマ、もう見つからないよ。もう脱出しよう?」
「だから~! あんなの罠だって! どちらかが一人だけなんて無理に決まってるじゃん!」
「じゃあ、もう一度卒業証書を見てみよう? 試してみたっていいじゃないか」
「……いやだ……」
「行こう」
「見たくない」
「行こう? エマ、僕のお願いだって聞いてよ。いつもお互いの順番だったでしょ?」
「……今、そんなのずるいよ」
「ずるいなんて、ひどいなぁ。じゅ、ん、ば、ん! でしょ?」
ショウマは笑って、エマに手を差し出した。
エマはその手を握る。
どんなに椅子や紅白幕をグチャグチャにしても、体育館は綺麗に卒業式モードに整頓される。
また二人でステージに上がった。
豪華な花から、良い香りがした。
「エマ?」
「あ、この花の匂いが、やだな! って思ったの」
「百合の花かな……僕は良い香りだと思うけど、好き嫌いはあるよね」
香りは、記憶を呼び覚ます。
エマの顔が、また暗くなった。
そしてショウマは卒業証書を見る。
「これは、やっぱりエマがもらうべきだよね」
「だからなんで? ショウマは変なことばっかり言ってるよ?」
「だって、僕はもらっていないから、これはエマのものだよ。エマ……これをもらって此処から出よう? 宝石なんか、ありはしないよ。きっと」
「さっきも言ってたね……卒業式はこれからだよ? 一緒に帰って、二人で卒業式に出るんだから」
拍手が聴こえる。
また、椅子に座っているノイズ生徒に、ゾンビに……。
何を楽しそうに、嬉しそうに見ているのか。
「いいや、卒業式はもう終わっている」
「な、何言ってるの……!?」
「卒業式はもう終わっているはずだ。出席できたのはエマだけ」
「ショウマ……何を」
「だって、僕は卒業式の前に死んじゃったんだからね」
ショウマが哀しく微笑んだ。
体育館の窓に亀裂が走って、バキリ! と音がした。